こぼれ桜 摺師安次郎人情暦


 摺師の安次郎は、亡き女房の実家へ預けていた息子の信太を引き取り、神田明神下の長屋に父子二人で暮らしていた。
その仕事ぶりは評価され、愛想はないが信用は得ていた。
ある日、弟弟子の直助が慌てて持ち込んだ情報は、友の彫師の伊之助が好色本を作ったという罪でお縄になったというものだった。
しかも、見るからに下手なものであるにもかかわらず、伊之助は自分が作ったと認めているという。

 元は武家育ちだった安二郎が摺師になった経緯は少しずつ明かされるが、それによる身内との確執が最後まで底で流れていて、安二郎の摺師としての仕事の様子と並行して書かれている。
大きな軸の一つと言っていいが、そちらは暗いばかりでつまらなく、摺師としての仕事の方が断然面白かった。
登場人物も皆個性豊かで混乱することもなくすんなり入り込め、摺師と版元、絵師や彫師との関係も興味が沸いた。