攫い鬼 怪談飯屋古狸


 毎度のように怖い話を聞かされ、そこへ行かされる虎太。
今度は女の幽霊に「子供を探して」と頼まれごとまでされる。
怖がりのくせに正義感を発揮して、幽霊の依頼を受けてしまった虎太が突き止めた、生きている者の仕業。

 調べていくと、ほかにも攫われた子供がいたことが分かる。
そしてなぜか、昔名をはせた泥棒の話もついて回った。
関係なさそうなその二つが、なんととても近くで起こっていたことに虎太は驚く。
ハッピーエンドで終わるのはいいけれど、それまで虎太が「古狸」で受けた仕打ちはちょっとひどすぎるんじゃないかと思ってしまった。

探偵は教室にいない 真史と歩シリーズ


 第28回鮎川哲也賞受賞作。
中学でバスケ部の仲間との楽しい日々を送っている主人公の海砂真史。
ある日机の中に差出人不明のラブレターが入っているのを見つける。何のことはない手紙が妙に気になり、真史は長く合っていない幼馴染を訪ねることにした。
その幼馴染は、幼いころから大人びた頭のいい子で、きっとなにか新しいことを見つけてくれる。

 日常の謎解き短編集。
中学生たちの周りの謎なのでそれほど難しいことはないが、幼馴染で探偵役として登場した歩の語り口が特徴的なので面白い。頭がいいが周りの空気を読まず、一人変わった行動をし、それを少しも気にしない歩の賢しげな口調。
ありがちな設定だけどキャラクターの印象は強い。
代わりに、いつもつるんでいるバスケ部の仲良したちが、メインメンバーにしては印象が薄い。
青崎 有吾の裏染シリーズに似てると思ったら彼も第22回鮎川哲也賞受賞していた。

出身成分


 平壌郊外の保安署員クム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。
記録はずさんとしかいいようがなく、記録した人物の署名すらされていない。
関係者の話を聞くべく現地に向かったアンサノは、11年たった今でも口を閉じ、真実を語りたがらない住人たちに困惑する。
出身であらゆるものが制限され、理不尽に抗う気も起らずに生きる人たちを見て、アンサノは父を思い出していた。
最上位階級である「核心階層」で、医師をしていた父の政治家への毒殺疑惑があってから、国の体制に疑問を持ち始めていたことに気づく。

 脱北者からの証言に基づいており、地味で複雑であると冒頭に書かれているが、決して単調でも地味でもなかった。
調べが進むうちに見えてくるものは、環境や教育の偏りが思考にこれほど影響するのかという驚愕と絶望。
ただ、同じように育ったアンサノがどこで人とは違った視点を持ち、北朝鮮以外の国ではごく普通とされる考えを持てるようになったのかが疑問として残り、時間をかけた周到な工作に力を貸した上司の悲しみが救われない。

刺青白書 柚木草平シリーズ


 人気が出始めたアイドルが、自宅で殺されているのが発見される。
全裸で後ろ手にガムテープで縛られ、複数の刺し傷があった。
事件の記事を依頼された柚木草平は、続いて水死体で見つかった女性とアイドルが同じ中学の同級生だと知り、関係を調べ始める。
 一方、女子大生の三浦鈴女もおかしな共通点だと気づき、周りの同級生から話を聞いていた。
そしてそれらは、中学の頃自殺した女子や、右肩に入れた刺青、消したいと思っていた過去を掘り起こすことになってしまう。

 今回は鈴女という歴史を学ぶ女子大生が中心に置かれ、彼女の動きで事件は見えてくる。
柚木の女たらしぶりも今回は控えめで、寄ってくる美女もいない。
その分鈴女が印象深く、鈴女の落ち着いた佇まいが、何事もゆっくりと説得されているような雰囲気でやってくる。
最後は柚木と共に決着をつけるところまで付き合い、ハッピーエンドにまでなっている。
珍しい回。

ばけもの好む中将 十 因果はめぐる


 「ばけもの好む中将」である宣能の妹・初草は、文字が動いたり、色がついて見えるという共感覚の持ち主。そのため、文字そのものを読み取りにくく、読み書きができなかった。
そこで発明家に嫁いだ宗孝の5番目の姉に協力を頼み、初草が文字を読める発明品を作ってもらうこととなった。
一方、宣能と共に怪奇探しに出た宗孝は、宣能と別れた帰りに河原で瀕死の男に出会う。
その男が言い残した言葉が宣能に関わる名であったために、宗孝は苦悩の夜を重ねていた。

 初草の能力に宗孝の姉の知恵が重なり、とても愛らしい姿となった場面を想像するのが楽しかった。
宗孝は相変わらず姉たちとの微笑ましいやり取りで場を和ませ、宣能の麗しい姿が優雅を催す。
悪意を吐き出す多情丸が最後に不気味な高笑いを残すために後味が不穏だが、これから宣能の活躍が待っているのだろうか。

揺籠のアディポクル


 無菌病棟で暮らすタケルは、もう一人の住人のコノハと二人きり、完全に隔離された建物にいた。
外部の雑菌から身を守るためだというこの病棟だが、ある大嵐の日、通常の病棟とのただ一つの通路が倒れてきた貯水槽によって破壊された。誰も助けが来ないことに恐れながらも、水や食料の貯蓄が充分あることに安心していた。
ところが、たった一人の同居人であるコノハが、メスを胸に突き立てられ、死んでいたのである。
この密室で、なぜ殺人が起こったのか。

 閉鎖空間での話がずっと続く。でも意外に住人は不快ではなさそうで、その様子は序章だと思っていたのだが、だらだらと続き長い間何も起こらない。
うんざりしてきたころやっと事件は起こるが、一人よがりな考えで気も狂わんばかりのタケルの思考があきれるほどつまらない。
同じような設定の小説ならいくらでもあるのに、これはすごくがっかりした。
『ジェリーフィッシュは凍らない』との差があまりにも大きい。

見た目レンタルショップ 化けの皮


 大学1年生の主人公・吾妻庵路は、レンタルショップの店長である。
通常のレンタル品に加え、もう一つの店の顔も持つ。
それは「見た目」のレンタル。
見た目を変えたい人たちが、思い通りの見た目に変身して、やりたい事とは?

 狐使いの後継者である庵路は、狐の化ける力を利用して、見た目を変えたい人たちの望みをかなえる。
おかしな設定だけど、長く生きている狐たちの力を使えるのはその力を持つ男子のみ。
そして利用者は、自分と同じように虐待を受けている子供を救いたい、見た目で得をしている人たちへのささやかな復讐、いつも一人でいる女性に、声をかけたいなど、様々。
でも結局、ちょっとバージョンを変えたいじめや虐待が原因のものが多かった。
柔らかい語り口と、誰も責めない終わり方は、小路幸也とそっくり。

イスランの白琥珀


 「オーリエラントの魔道師」シリーズ。
ヴュルナイは、幼い時国母イスランによってその力を目覚めさせられた。
その後大魔導士となり、いまわのきわのイスランに国の行く末を託されたが、後継者たちの裏切りにより命を狙われる。
辛くも生き延びたヴュルナイは、オーヴァイディンと名を変えて齢100を超える年になり、友となったエムバスと旅をしていた。
ある日、無実の罪で捕らえられた若い女族長を助けることになり、そこからオーヴァイディンは国を救う策をめぐらせ始め・・・

 魔導士となること、どうすればなれるのか、その秘密が長い旅の途中でわかる。
頑固で、関係のない人々には頓着せず、人助けも気が向いた時だけというひねくれた老人となったオーヴァイディン。
いつの間にかなくしていた白琥珀が、イスランの意思を示すときの衝撃は乱暴ともいえるほどだが、女族長との出会いがイスランとの誓いをオーヴァイディンに思い起こさせる。
この時を待っていたかのように。
人である故に持つ闇が魔導士という力になり、オーヴァイディンのしぶとさと賢さは、近くにいたらさぞめんどくさいだろうが、それ以上に頼もしいだろう。

誰もわたしを愛さない 柚木草平シリーズ


 月刊EYESの新人・小高直海が新しい担当になり、女子高生がラブホテルで殺されたという事件の記事依頼を受けた柚木草平。
行きずりの犯行と思われ、警察もその線で動いているのだが、柚木は事件現場の写真から不審な点をいくつか見出していた。
新担当の小高や、被害者の友人の姉である美人エッセイスト、娘の加奈子や元上司の吉島冴子、またもや女たちに振り回される柚木のシリーズ第6弾。

 一見おとなしく真面目な被害者。しかし隠された銀行口座には大金が預けてあり、どうやら後ろ暗いアルバイトをしていたと気づく柚木。
刑事とは違った視点で人物を観察し、言葉で説明できないような勘や印象を突き詰めていく様子はちゃんと探偵なんだけど、ところどころで女たちに踊らされていると感じている柚木が、それでも毎回口説き文句は言ってしまうので急に信用できなくなる。そんな様子がどんな女にも何度も繰り返されるので、事件の印象が薄くなってしまっていた。
真相がわかっても、後は警察の仕事とばかりに放りだすため、なんだか消化不良で終わる。