林檎の木の道


 17歳の夏休み、屋上に母が作ったバナナの茂る庭に埋もれた小さな池を掘り返していた広田悦至は、元彼女の由実果が、千葉の海で自殺したことを知る。
しかし、由実果は自殺するような人間じゃなかったという思いがどうにも気になり、葬式で出会った幼馴染の涼子と共に調べ始める。すると、今まで知らなかった由実果の姿が次々と現れ、謎を深めていった。

 夏休みという自由な時間と、暑さの中でうんざりしながら物思いにふける若者のけだるさが充分に感じられる、半ばぼんやりとした時間。そんな雰囲気のなかでゆるゆると時間が進み、愚痴っぽいシーンが多くて気が滅入ってくる。
多少推理の部分もあるが、ぼんやりしすぎて興味がなくなっていき、驚くようなこともなく、まぁそんなとこだろうと思う程度の結末。

猫をおくる


 いつの間にか猫が集まり、「猫寺」と呼ばれていた都内の木蓮寺。
そこには、猫を専用に扱う霊園がある。
高校教師だった藤井は、住職の真道に誘われて猫専門のスタッフとして家族として過ごした猫たちの供養をしている。
炉の温度や時間を工夫し、骨がきれいに残るように。そして小さな星を見つけられるように。
 猫と過ごした時間、猫に救われたり、癒されたり、共に生きたものをいたわる人たち。

 小さな骨の中になってしまった猫たち。
猫に選ばれた人間たちが集まり、ただ優しい時間を過ごす。
これまでの辛い出来事を隠して、死んでしまった猫を思い、今生きている猫たちとの時を描いた優しい物語。
童話のよう。

数学者の夏


 数学が好きな上杉和典は、高校2年の夏、行き詰っていた。
部活で部員でリーマン予想の証明に取り組んでいたのだが、皆でディスカッションしながら進める方法に納得できず、一人で解いて見せたかった。
そしてこの夏、学生を対象に学生村を開設していた長野の山奥の村へこもることを決める。
ホームステイ先で数学だけに向き合うつもりが、不注意で解きかけのノートを隣家に飛ばしてしまい、そこから意外な出会いを得ることになる。

 開けてみればKZのメンバー。
ちょっとがっかりしたが、数学に夢中になり、自分には思いもつかなった方法をスラリと出されたことに羨望と嫉妬をあふれさせる様子は生々しく書かれていて、そんな心中を表現するのは作者の得意分野だったと思い出す。
次第に事は大きくなり、古い出来事を蒸し返すことになる。
戦争が起こした2次災害的な悲劇が何十年も心に傷をつけ続けることにこちらも苦しくなるが、それでもくたばらない力強さも隠さない昔の人々の印象が強く残り、子供っぽいKZ達はどうでもよくなる。

探偵は今夜も憂鬱


 仕事の締め切りが迫っている時に限って、美女からの依頼で探偵業をする羽目になる。
エステ・クラブの美人オーナーからは義妹に近づく悪い男との縁を切ってほしいと言われ、芸能プロダクションの社長からは突然失踪した売れっ子の女優を探してほしいと言われ、さらに雑貨店のオーナーからは、死んだはずの夫から3年ぶりに手紙が来た届いたので生死を調べてほしいと言われる。
 柚木は何とかライターの仕事を終え、それぞれ調査に乗り出す。
気乗りしない仕事のはずが、いやな予感や小さな不審に気を持っていかれ、またも美女に振り回される。

 短編3つ。
ハードボイルドを気取る柚木の、美女とのかみ合わないやり取りがちょっとうっとおしく感じる。
真実を悟るきっかけがさらりと流されているので、キーとなる違和感に気づかず、いつの間にか解決させているのがいつもの流れとなってきた。
個性あふれるメインメンバーの冴子がいないと締まらない。

初恋よ、さよならのキスをしよう 柚木草平シリーズ


 正月に娘の加奈子と訪れたスキー場で、高校時代の同級生だった卯月実可子と再会する。
初恋の相手は今も美しかったが、それから1か月後、彼女の営む雑貨店で何者かに殺されているのが発見される。
彼女の姪から、「自分に何かあったら柚木さんに相談するように」と言い残していたことを聞き、調査を始める。
警察は強盗殺人の線で追っていたが、柚木は実可子が仲良くしていた高校の同級生たちを訪ねていき、これは強盗ではなく、殺人が目的だったのではと思い始める。

 女たらしの柚木が、今回も盛大に美女に振り回されながらもあらがえない様子が笑いを誘う。
そしてところどころ出てくる娘のチクリとした冷たい眼差しと一言が、進展しない調査と人間関係をコミカルなものに変える。
 犯人を示唆する伏線がなかったように思うが、突然閃いて犯人に真相を問うことになったのが急すぎた。
それでも柚木の来し方が少し語られたので、これまでの疑問が解けた部分もあり、そちらでスッキリ感を持ってきた感じ。

ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし


 皇太后の父が建てた夏の離宮で、華やかな宴が催されていた。
その離宮では、先日生まれた孫の顔を見たいという皇太后、もちろん帝や妃である弘徽殿の女御、梨壺の更衣を始め、宮中で働く者たちが大勢集まり、恋のかけひきや政治の駆け引きなど、様々な思惑が動いていた。
もちろんそこには宗孝と中将も招かれており、「美しい妻を持った嫉妬深い夫が、妻と娘たちを惨殺した」という噂があることを知った中将は、めったに立ち入ることのできない離宮での不思議をなんとしても見つけようと、嬉々として散策を始めていた。

 夏の夜の熱に浮かされたような宴の様子が、夢の中のように美しい。
そんな中を、中将は不思議を求め、若宮は真白に会いに、宗孝はめったに姿を見せない姉を探して、それぞれさ迷い歩く。
肝試し的な様子になってくるが、結局はドタバタでなぜかうまく収まる。
何もかも知っているような十の姉に振り回される宗孝が可愛い。

ねじまき片想い (~おもちゃプランナー・宝子の冒険~)


 おもちゃプランナー富田宝子は、もう5年も片思いをしている。
相手は外注のデザイナーの西島。本人は隠しているつもりだが、周りはみんなとっくに気づいている。
ある日西島の自宅兼オフィスのマンションで、今まで見えていたスカイツリーが見えなくなったと不満を漏らすのを聞いた宝子は、なぜ突然向いのマンションの屋上に貯水タンクが設置されたのか、頼まれてもいないのに調べだした。

 子供たちにひたすら夢を見せるおもちゃプランナーが仕事の宝子が、なぜか急に探偵まがいのことをし始めることに、切ない片思いの話がいっきにスリルを含んだものに変わる。
でも勝手に西島の周りの危険を取り除こうとする姿はある意味不気味なストーカーでしかない。
周りは面白いキャラクターがたくさんいるのに、最後はみんなしてどっちつかずの曖昧な気付きで終わっている。

獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパーク16


 世間がタピオカミルクティーに狂っていたころ、マコトの友人でありヤクザの幹部であるサルも店を出していた。
そこへやってきた一人のオジサン。一部上場企業に勤めながらも、追い出し部屋へ入れられ、バイトをしにサルの店へやってきたのだった。

 ラブホテルばかりを狙う強盗や、新手のオレオレ詐欺ならぬバースディ詐欺、記憶に新しい児童虐待など、今回もつい最近こんな事件を聞いたというものばかり。
マコトはタカシやゼロワンの力を借りながら、相手を探り出していく。
 胸の悪くなるような事件を知った後の解決は、やっぱりスッキリする。

模様編みでスモッキング風なセーター

パピー シェットランドとのサイズ比較

使用糸:パピー クイーンアニー (986)
編み図:今着たいセーター から
    模様編みでスモッキング風なセーター 620 g 8号針

初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ


 お草が営む「小蔵屋」の近所のもり寿司は、最近評判が悪いようだ。店主が代替わりしてから味も変わり、新興宗教や啓発セミナーを呼び込み、店舗一体型のマンションにも空き部屋が目立つようになった。
そんなご近所さんを心配している草の元に、息子の良一だと名乗る男が突然訪ねてきた。
草は、そんなはずはないと思いながらも、水の事故で死んだはずの良一が万一生きていたらと思う気持ちもあり、気になってしょうがない。
 男の言うことは本当か、気持ちが乱れ、仕事にも身が入らない。

 今回は草の心にこれまでにないほどの嵐を起こす。
悪人も心を弱らせた人もたくさん出てきて、どちらかというと暗い話が多かった。
それでも最後は拍子抜けする真実で、むしろいい大人の男(50代)が幼いころの母の嘘をなんの根拠もなく今でも信じ込んでいるところに違和感が残った。