優しい幽霊たちの遁走曲


 ホラー小説家の津久田舞々は、新作が描けずに悩んでいた。
すると担当編集者から「ホラー作家を欲しがっている」という過疎化した町を紹介され、黄金の国と呼ばれていた町・古賀音を訪れる。
依頼は、その町に移住して町の小説を書くこと。
田舎には不釣り合いな洋館で、食も住もすべてを用意してもらえるというできすぎた依頼だった。
ところが庭にある祠の封印を解いてしまったところから、舞々の常識と生活は一変する。

 住まいも光熱費も、食費もすべて費用は町持ち、さらに別に報酬まで出るという胡散臭い依頼だが、追い詰められていた舞々は乗ってしまう。
そこで出会った人ではない者たちと、おかしな体験。
最初は現実を受け止めきれずに戸惑う舞々だが、やがてどこまでが現実か訳が分からなくなってくる様子はホラー。
最後は「クラインの壺」のように混乱して終わるのかと思ったが、タイムリープの様子も含まれていてまだ続きそうにも感じられ、終わりのない恐怖に包まれる。

あの日、タワマンで君と


 就職活動を途中でやめ、配達員をしていた山下創一。
ある日、高級レストランから料理を届ける仕事が入った。
依頼人は六本木でもっとも高いタワーマンションの最上階に住む多和田という男で、到着すると強引に部屋に上がらされる。
そこから、創一の生活は一変する。
いつしか多和田の部屋に入り浸るようになり、さらにエスカレートしていく。

 最初から不穏な雰囲気が漂うが、それはずっとついて回る。
享楽的な生活、金にものを言わせ、他人を操り、やがて綻びが広がっていくという一通りの流れが違わず起こる。
どの部分も不快でしょうがなかった。

虚池空白の自由律な事件簿


 自由律俳句の伝道師といわれる俳人・虚池空白と、編集者の古戸馬。
2人は落書きや看板など、街の中で見かける詠み人知らずの名句〈野良句〉として集めていた。
行きつけのバーの紙ナプキンに書かれた文字、急逝した作家が一筆箋に残した遺言めいた言葉、夜の動物園のキリンの写真と共にSNSに投稿された言葉など、偶然見かけた言葉から、それらの背景を推察する。

 誰が残したメモなのか、どんな意味があるのかを推理していく二人。
時にそれが犯罪めいた出来事まで見つけ出してしまう。
でももともとの「自由律俳句」になじみがないせいか、なんだかしっくりこない。
ただの日常の謎なのに、わざわざわかりにくい言葉を使って煙に巻かれている感じがずっとあった。

三人書房


 作家となる前の江戸川乱歩が、兄弟で営んでいた古本屋。
そこへ持ち込まれるのは、松井須磨子の遺書らしいと言われる手紙や、浮世絵の贋作の噂など様々。
同じ時代を生きた宮沢賢治や高村幸太郎などとの交友と、不可解な事件に興味を持つ若き日の乱歩。

 第18回ミステリーズ!新人賞受賞作。
乱歩が興味を持つのは、不可解な事件。
それを、知人を通して現地をみにいったりして謎を解いていくのだが、三兄弟の個性は特徴的なのになぜか区別がつきにくい。
古本屋をやっていたわずか二年の間の出来事とあって儚いイメージがあり、乱歩が独自に調査して製本し、こっそり値札をつけてやなに並べていた本というのが興味を引くが、それについては関連してこなかったのが残念。
読みにくかった。

崩れる脳を抱きしめて


 神奈川にある終末医療の病院に実習に来た研修医の碓氷。
そこで脳腫瘍を患う女性ユカリと出会う。
外の世界におびえて病院から一歩も出ないユカリと、父に捨てられた憎しみで金を稼ぐことに執着する碓氷が、やがて心を通わせていく。
しかし研修が終わった碓氷が突然やってきた弁護士から聞いたのは、ユカリの死だった。
彼女は本当に死んだのか、残した遺言書に感じた違和感から、碓氷はユカリの足跡をたどることにする。

 ユカリに惹かれ、小さな共犯となり、二人が抱えてきた闇をお互いに助け合いながら乗り越えていく。
前半は割と違和感なく読めていた。
だが碓氷がユカリの死を追い始める頃から、違和感とも嫌悪感とも言える不自然さが大きくなっていく。
それまでの思いが台無しになるほどの崩れようで、前半の印象の良さが後味の悪さでかきけされてしまった。

署長シンドローム


 大森署の新しい署長は、キャリアの藍本小百合。
この藍本所長は、誰もが目を見張る美人だった。
そんな大森管内の羽田沖海上にて、武器と麻薬の密輸取引が行われるという情報が入る。
海上ということで海上保安庁や麻薬取締官なども加わり、署内は賑やかになる。

 一度彼女の顔を見てしまったら態度が変わるほどの美人という藍本署長。
事件はいつものように特別ではない。警察官としては日常の出来事だが、一つの事件の捜査に関わる人たちの人間模様を描いているわりにはどこか薄っぺらく感じる。
登場人物の個性もなくなってきて、もうあっさり読めるだけが取り柄となった。

からくりがたり


 高校三年の冬に自殺した兄が残した日記には、教師や妹の同級生、喫茶店のウエイトレスたちとの、恋愛遊戯が事細かに綴られていた。
それは事実も交ざっていたが、およそ兄とはかけ離れた人格で、やがて妹は疑念を抱く。
さらにその日記に登場した女性たちを訪ね歩くうち、彼女たちは次々と事故や事件で死亡していることを知る。
市内で毎年年末に起こる殺人事件と、時々現れ語り掛ける正体不明の男とは。

 女友達のやや行き過ぎたはしゃぎっぷりと、自殺した兄の暗くこごった欲望の沈みっぷりが対照的。
でも全体的に下品で、そのうち気持ち悪くなってきたうえ、最後まで混沌とした物語だった。
ホラーのような雰囲気もあって、不気味さが残る。

赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE


 早朝、手漕ぎのボートで三人、人里離れた屋敷へと向かう。
私と鮭川は、声を持たない美しい赤目姫といられることで最上の喜びを感じていた。
そして訪れた屋敷で、さらにはチベットやナイアガラの滝で、それぞれが赤目姫と過ごした時間を話すうち、意識も時間も錯綜し、やがて混線していく。

 視点も時間も入れ替わり、また人物も入れ替わったりしていくため、どれが本来の自分の感情なのかすらわからなくなる。
もちろん脈絡もないし、結末もない。
ストーリーが破綻してただ困惑するままに終わった。
この手の物は苦痛。

しあわせの輪 れんげ荘物語


 激務だった会社を早期退職したョウコは、古いアパート「れんげ荘」で倹しく自由に暮らしていた。
老後に不安は感じながらも兄夫婦のところに、突然やってきたネコたちのことや、れんげ荘の住人たちとの交流を描く。

 シリーズなのを知らずに読んで、何のことやらわからないこともいくつかあったが、それは突き詰めるほどのことでもなく、日常が流れていく。
そのせいか身近な人という感じがなくどこか他人事で入り込めなかった。

インビジブル


 昭和29年、政治家の秘書が、麻袋を頭にかぶせられた刺殺体として発見される。
初めての札事件捜査で意気込む大阪市警視庁の新城は、国警から派遣された警察官僚の守屋と組み捜査に当たる。
守屋はエリートなのに捜査の仕方も知らず、イライラする新城。
すると同じような刺殺体が発見され、事件は連続殺人となる。
戦争を挟んだ日本の混沌とした時代を描く。

 儲かると聞いて開拓団として満州へ渡った者たちが、その後戦争によってどんな人生を送ったのか。
暗くて苦しい時代を生きた者たちの事件だったが、時代と政治、大阪弁がなじまず、最後まで息苦しい感じが抜けなかった。
この手の作りは私には合わないようだ。