鏡の国


 ミステリー作家だった叔母の室見響子が亡くなり、その相続権を譲り受けた私。
彼女の遺稿が見つかってそれを出版したいという話が出た時、私は原稿を読んで叔母のことが嫌いになった。
しかし編集者の勅使河原は、原稿には「削除されたパート」があるのではないかと言い募り、私へ再度原稿を読むように言ってきた。
ほとんどの部分はノンフィクションだという話を読み返しながら、私は叔母の人となりを考え直すきっかけが訪れたと感じていた。

 叔母が書いた小説と、それを読む私との間で話は行き来する。
小説の中の主人公とそれを読んでいる私とのどちらかに感情移入することもなく、読みやすい。
話が進むにつれ解明してくる真相に驚きつつも、大御所ミステリー作家の描いたものであるというには少し物足りないと感じた。
作家になる前の習作である設定であるとはいえだ。
結末のやり取りも削除された部分も、これはどうも胡散臭いという感じがあって、どちらの最後も消化不良だった。
そのため、最終章以外の面白さが消えてしまって印象はイマイチ。

泥棒は哲学で解決する


 世界に5枚しかないという貴重なコインを盗みに入った家には、すでに天窓から忍び込んだ泥棒たちによってめちゃくちゃに荒らされていた。
しかしバーニィが欲しかったコインはまだ残されており、バーニィは先客の犯行に見せかけられるとして楽な仕事をしたはずだった。
ところが、翌朝その家では住人の妻が死体で発見される。
そしてなぜかバーニィが殺人犯とされてしまうのだった。

 やっぱり仕事をした家で見つかる死体。
そしてさらに、コインや切手を扱っていた故買屋のなじみまで殺されてしまう。
バーニィが自らの無実を証明するために奮起するという流れも同じだが、これまでの登場人物も相棒になったり友人になったりと不思議で楽しい関係が起こる。
犯人を追い詰める探偵としても頼もしく、でも泥棒という特性もちゃんと生かした解決で変わっていて面白い。

泥棒は詩を口ずさむ


 引退する古本屋を買い取り、主人となったバーニィ。
元泥棒だと知っている人は少ないはずなのに、わざわざやってきたその客は、世の中に一冊しかない本を盗めと頼んできた。
楽勝で盗んでこれた本だったが、なんとそれを奪われてしまう。
しかもまた殺人事件にも巻き込まれ、バーニィはまたもや自分の無実を証明するために事件を解決する羽目になる。

 頼まれた仕事はしないはずのバーニィが、これで三度目の依頼泥棒なうえ、そのすべてで殺人事件の犯人にされてしまう。
同じ展開であきれてしまうが、話自体は面白い。
相棒となる女性もちゃんといるし、何かと融通を聞かせてくれる刑事のレイもいる。
奇抜な推理でもなく、ちゃんとヒントも隠されていて、ちょっと周りくどいが飽きずに読めた。

治験島


 島一つ、まるごと最先端の病院と研究施設にした場所で、集められた10人の新薬治験者。
始まったアレルギー治療で、「呪われている」という怪文書、医師の転落死などの不審な出来事が連続する。
そして飲み物に毒物が混入され、治験は中止となったが、事件の調べのために治験者は島に足止めされてしまう。
すると、自称探偵という一人の治験者が事件を捜査し始める。

 隔離された島の中で起こる事件。
犯人の目星もなかなかつかず、事件を起こした目的もわからない。
それでも少しずつ分かってくる人間関係が、長く息づく恨みを感じされる。
でも最後は予想もつかない大きな国際問題へと発展していくのだが、それはこれまで全く予感させるものがなく、取ってつけたように急に出てくる。
ミステリーでは必ず伏線や小ネタで事実を出しておくことが多く、すべてを隠したまま結末で急な展開を起こされると推理もできない。
そのためその展開が始まったとたん白けてしまう。
それを除けば楽しく読めた。

望月の烏 八咫烏シリーズ


 権力者・博陸侯の下、金烏代となった凪彦。
まだ幼いゆえに信用もなく、政はすべて博陸侯がになっていた。
それでも凪彦の妃選びのための四人の姫君たちが集う〈登殿の儀〉が行われることとなり、宮中は華やいでいた。
ところが、女の身でありながら髪を落とし、落女として下級士官となった澄生がとんでもない嵐を巻き起こす。

 雪哉の変わりように驚いて、まだ同一人物だと納得できない。
しかし年月は流れ、奈月彦は死に、外遊を終えた雪哉が何を考えているのかが気になってしょうがない。
さらに、強烈な存在感を残す澄生の素性に驚いて、しばらく相関図を眺めていた。
ますます複雑になっていく世界に、驚くことばかり。

雨露


 新政府軍が江戸に迫る慶応四年。
町人も交えて結成された彰義隊が上野寛永寺を拠点に新政府軍を待ち受ける。
臆病者の旗本次男・小山勝美は、意味を見いだせないまま兄に従い、戦へと向かう。

 できる兄の元、絵だけが取り柄の勝美が、出会う人たちとの交流で出会う、様々な考えと生き方。
戦とは縁がないはずの絵の師匠までもが駆り出される事態に慄く。
大儀を持つ人に振り回されていく様子がたくさん描かれている。
ただ、注目したい人物が出てきても活躍せず、うっすらとした印象のままで終わるので最後までよくわからないままだった。

台北アセット 倉島警部補シリーズ


 警視庁公安部外事一課の倉島は、研修の講師を務めるよう要請され、ゼロの研修から戻った後輩の西本と台北に向かった。
そこで、サイバー攻撃を受けた日本企業の台湾法人から、捜査を依頼される。
ところが、その会社のシステム担当者が殺害されてしまう。
現地の殺人捜査をする機関から疎ましがられながらも、倉島はサイバー攻撃と何らかの関連がありそうだと感じて捜査に加わりたいと申し出る。

 ロシア人スパイのヴィクトルと戦った倉島だが、倉島が主人公となったら急に平坦になる。
事件もスパイも裏切者も出てくるのに、なぜか盛り上がらない。
ヴィクトルの話は面白かったのに不思議だ。

おもちゃ絵芳藤


 師匠の歌川国芳が死んだ。
弟子の芳藤は、他の弟子たちと協力して葬式を済ませた後も画塾を続けていたが、芳藤は己の力量に華がないと自覚していた。
名をあげるほどの作品を出せず、駆け出しの若い絵師がするような玩具絵の仕事を受け続ける芳藤。
時代も移り、町は西洋の物にあふれる中、芳藤は様々な葛藤を抱え、塾や自分の仕事に悩み続ける。

 偉大な師匠の元で学び、力はあるもののパッとしない芳藤。
だがそれでも絵を描き続け、切り刻まれたり折られたりしていずれは紙くずとなる玩具絵にも丁寧である芳藤の心の内が細かく描かれている。
力があってもどんな人間でも、それぞれに抱える物をじっくりと読ませるわりに読みやすい。
飽きることなくどんどん進む。

泥棒はクロゼットのなか


 盗みに入った家で、まさかの家主帰宅。
集めた宝石を置いて慌ててクロゼットに隠れたに閉じ込められたバーニィは、そこで殺人現場を目撃してしまう。
さらにはその殺人の容疑者とされ、宝石までなくなっておりまさに泣きっ面に蜂の状態。
泥棒が本業のはずが、またしても探偵となって真犯人を探す羽目になったバーニィだった。

 ターゲットを紹介され、安全で確実なはずが失敗し、さらにはそこに死体までついてくるというのは第一弾と同じ展開。
そして魅力的な女性との出会いも。
樋口有介の「柚木草平シリーズ」に似た印象で、事件を深刻にしすぎないバーニィのおかげで読みやすい。
泥棒なのになぜか女にもモテるところも似ていて、若いのから老女まですべてに好かれる様子は見ていて楽しい。
ただ今回はちょっと疑問点の残る結末。
シリーズは続くが、展開は変わっていくだろうか。

泥棒は選べない


 泥棒のバーニイ・ローデンバーは、錠前破りが得意。
欲張らずに年に3,4回ほどの仕事で満足しているはずが、うまい話に釣られて入った家で、警察と出くわした。
さらに奥の部屋で死体も見つかり、やってもいないのに殺人犯として追われることになってしまう。
再びプロの泥棒に戻るためには、自分の手で真犯人を見つけるしかない。
バーニィは、古い知り合いが留守をしていることを思い出し、そいつの部屋に隠れながら、泥棒なのに探偵をする羽目になっていた。

 しっかり者だったはずが、うっかり欲に負けたせいで背負ってしまう殺人犯という汚名。
潜伏先に選んだ部屋で出くわした女性ともうっかり仲良くなってしまったり、泥棒のわりに人が良い。
そして職業柄なのか観察眼もすぐれていて、小さな違和感にもよく気づくので探偵にはピッタリだった。
他の登場人物とのやり取りも軽快で楽しいので読みやすく、泥棒だが憎めない。