殺しも芸の肥やし 殺戮ガール


 10年前、高校の遠足で生徒30人と教師が乗ったバスが忽然と姿を消した。
墜落した気配もなく、わずかな痕跡さえないまま時がたち、この事件で姪を失った奈良橋は、刑事となっていた。
ある日管轄内で起きた「作家宅放火殺人事件」を担当することになるが、そこから不可解な人物が浮かび上がる。
気になって調べていくと、その人物は女である以外は顔も体系も違うが一人の人物へとつながっていることが分かる。
次々と人を殺しながらいろんな人物に成り代わる殺人鬼。

 天涯孤独な人物を見つけては、巧みに入れ替わる女。
まるでスパイのようだが、その実ただの殺人鬼。だがその女のかなえたい夢はなんとお笑い芸人という。サイコなのかコメディなのかわらかない。
恐ろしいけどそれぞれの人物も細かく描かれていて気になってしまい、あっという間に読めてしまう。
ホラーというわけではないので嫌な読後感もなく、謎のまままた姿を消す。

アンと幸福 和菓子のアン


 東京デパートの食品売り場、「みつ屋」でアルバイトをしている杏子。
食べることが大好きで和菓子も大好きなアンが、今回はちょっと冒険をする。
「みつ屋」も新しい店長を迎えて新体制。
しかし、新店長の藤代は、年配の客や子供を連れた客のときだけ横入りのように会話に入ってくる。
その理由が分からず悩むアン。
アルバイトから正社員へとの誘いを受け、悩むアン。
そして新しい場所へ。

 長くあいたシリーズで細かいことろは忘れているけど、読み始めるとするすると蘇る世界感。
正社員を選んだアンが初めて出張で出かけた菓子の祭りでの出来事はちょっと大げさな気がするけど、おいしそうな和菓子や言葉の歴史などが分かりやすく楽しく解説されていておもしろかった。

パンとペンの事件簿


 織物工場で働いていたぼくは、工場主が変わって労働環境が急激に悪くなったことを訴える代表を押し付けられ、しかも同僚は裏切って知らん顔をしたために一人貧乏くじを引いた。
工場主の取り巻きから殴られ、路地裏に捨てられて動けなくなっていたところを救ってくれたのが、「文章に関する依頼であれば、何でも引き受けます」という変わった看板を掲げる会社、その名も「売文社」の人たちだった。
さらにこの会社の人間は皆が皆、世間が極悪人と呼ぶ社会主義者だという。
一風変わった人ばかりの場所で、ぼくは仕事が決まるまでおいてもらえることとなる。

 でっち上げの陰謀で絞首刑になるようなご時世。
ぼくは「売文社」の仕事を見て様々な人の事情を知っていく。
持ち込まれる依頼はまっとうなものだけではなく、あやうく詐欺の仲間だと思われたり、暗号が届いたり、人攫いの証拠をつかんだりと忙しい。
そしてそんなことすら楽しんでいる様子の「売文社」の人たち。
楽しくてあっという間に読めてしまう。

男女最終戦争 池袋ウエストゲートパーク20


 マコトとタカシが通っていた高校の先生からヘルプが入る。
電動アシスト付き自転車のバッテリーを盗んで転売するバイトに手を出してしまった後輩たちを助けてほしいという。
2人はもっと深みにはまる前に助けようと協力する。
 女性に相手にされない男たちの勝手な不満で硫酸を駆けられた女性の手助けや、適当なフェイクニュースを量産して稼いでいる人への脅しなど、イマドキの問題を取り上げる。

 闇バイトにうっかり乗ってしまった高校の後輩を助けるために動く2人。
卒業から10年たっても友人でいられる関係を作っておけというタカシ。
もうあまり表にでなくなったタカシが動くときはやっぱりかっこいいシーンが多い。

カラスは言った


 ある朝、窓辺に止まったカラスに言われた。
『やっと見つけました。あなたを探していました』
カラスが言った人物は知らない人だったが、僕は職場の先輩と共にそのカラスを捕まえることにした。
するとカラスは、今世間をにぎわせている森林保護の活動をしている団体から消えた人を探しているとわかる。
そして突撃系動画配信者がなぜか僕を追っているといわれ、カラスと共にそいつから逃げることとなってしまった。

 そのカラスがドローンであることが分かり、迷惑系だという動画配信者から逃げるために一緒に行動することになった僕。
逃走経路や宿も教えてくれ、いつしか仲間意識まで芽生える。
カラスと一緒という不思議さが面白く、時に見つかりそうになりながらのひやひや感も楽しい。
しかしすべてが解決し、日常へ戻った僕がカラスを操っていた人物と会った時から一気に失速し、これまでの一体感や高揚感が消えて白けた感じになる。
カラスの中身だった人の気持ちが少しも入ってこなくなり、相槌を打つだけで共感はしないという、カラスと出会う前の僕と同じような状態になってしまい、感情が浮かんでこなかった。
世間から距離を置いて暮らしていた僕に戻ったようだ。

崩れる脳を抱きしめて


 神奈川にある終末医療の病院に実習に来た研修医の碓氷。
そこで脳腫瘍を患う女性ユカリと出会う。
外の世界におびえて病院から一歩も出ないユカリと、父に捨てられた憎しみで金を稼ぐことに執着する碓氷が、やがて心を通わせていく。
しかし研修が終わった碓氷が突然やってきた弁護士から聞いたのは、ユカリの死だった。
彼女は本当に死んだのか、残した遺言書に感じた違和感から、碓氷はユカリの足跡をたどることにする。

 ユカリに惹かれ、小さな共犯となり、二人が抱えてきた闇をお互いに助け合いながら乗り越えていく。
前半は割と違和感なく読めていた。
だが碓氷がユカリの死を追い始める頃から、違和感とも嫌悪感とも言える不自然さが大きくなっていく。
それまでの思いが台無しになるほどの崩れようで、前半の印象の良さが後味の悪さでかきけされてしまった。

431秒後の殺人: 京都辻占探偵六角


 カメラマンの安見直行は、写真の面白さを教えてくれた恩人である叔父の死が納得できずにいた。
すると祖母から、京都の『六角さん』へ頼めばいいと言われる。
六角さんは、ずっと昔から法衣店をしながら占いもしていたそうで、近所は皆なにかあるとそこへ頼みに行ったという。
直行がおそるおそる尋ねると、そこには無愛想で気まぐれな店主・六角聡明がいた。

 最初は問答無用で追い払われた直行だが、話始めると聡明は興味をそそられたらしく、一緒に調査を始める。
いろんな人に話を聞くうちに、聡明は一人納得していく。
無愛想で不機嫌な聡明とお人好しな直行のコンビは、それ以外もいくつかの事件の相談を受け、直行が嫌がる聡明を連れまわしていく。
悲壮な犯罪者の告白もあったりするが、直行のお人好しのおかげで暗くならずにさらりと読める。

時間の虹 紅雲町珈琲屋こよみ


 コーヒーと和食器の店、小蔵屋。
最近間違い電話が多いこと、そして久美が一ノ瀬の話を全くしなくなったこと。
不安なことが重なるが、お草さんは敢えて普段通りに過ごす。
これまでとは違う問題が起こりそうな不穏な雰囲気に包まれていた。

 小蔵屋が閉店!?
もうなじんだシリーズだが、今回はサブタイトルが不穏で驚いた。
いつの間にか過ぎている時間が、より不安を引き立てる。
そして小蔵屋閉店。
何があったのか、お草さんは何を思っていたのか、想像が膨らむばかりで一向に解決しない。
でも何か区切りではある感じはした。

午後のチャイムが鳴るまでは


 九十九ヶ丘高校のある日、昼休みに禁じられた外出を企む男子。
先生に見つからず、午後の授業に間に合うように帰ってくるというミッションに挑む。
文化祭で販売する部誌の表紙に入れる予定の絵が出来上がってこない!
屋上にある天文部の望遠鏡からある日突然消えた女子生徒。
学校で起こる小さくてもばかばかしくても青春だった出来事。

 クラスで起こる出来事の一つ一つが大事だった頃。
そこで起こる出来事をあっという間に解き明かす生徒会長。
バラバラの事件だけど、探偵役はあっという間に気付く。だけどあえてそれを解かずに関わる人に任せて気づかせる。
全部読んでやっとつながりが楽しく感じる。

新宿特別区警察署 Lの捜査官


 歌舞伎町、新宿二丁目、三丁目を管轄する「新宿特別区警察署」。
そこへ日着任の新井琴音警部は、小学三年の息子のインフルエンザで初出勤に送れそうだった。
夫は警視庁本部捜査一課の刑事だが、琴音の方が階級が上であることで屈託を抱えている。
琴音がなんとか出勤したとたん、管内で殺人事件が発生したので出動の号令がかかり、さらにその夜、二丁目のショーパブ上階のイベントスペースで無差別殺傷事件が発生する。
新宿二丁目という特殊な場所で起こる、性的マイノリティのために追い詰められた人たちの事件。

 幹部になって初めての事件。
新しい配属先で起こる、これまでの価値観を覆される琴音。
調べていくにつれ、思いもよらない価値観と感情にあふれる琴音に、読むうちにこちらも感情を揺さぶられる。
そのうえ苦しい現実の描写が多いためこちらも苦しくなるが、読みやすいので一気に読んだ。