名探偵の生まれる夜 大正謎百景


 大正5年、とある探偵事務所に、早稲田大学の学生が探偵になりたいとやってきた。
ただ断るよりも実情を見せた方が良いと思った家主の岩井は、彼にある謎を持ち掛ける。
他に、野口英雄の娘だと言い張る少女の嘘を証明する羽目になる星一、ロープウェイの故障で宙釣りになった与謝野晶子、スリに大事な研究成果を取られたハチ公の主人・上野英三郎など、名を残した大正の傑人達。

 有名な人物たちが巻き込まれる様々な謎や犯罪に、居合わせた者が一夜の探偵となる。
大正時代の流行や景色が見えるような描写が楽しい。
それぞれは短い話だけど、巡り巡る縁にも思え、微笑ましい話も多く、短い大正の時代の賑わいが覗けた気がする。

魔法を描くひと


 1937年、美術学校を出たばかりのレベッカは、アメリカで生まれたアニメーション会社となったスタジオ・ウォレスに「結婚・出産などで数年で退職する女性を雇うことはない」と断られる。
女だからという理由で諦めるものかと幹部に絵を見せて直訴し、気に入られて入社はしたものの、やっぱり軽く見られたりからかわれたりとひどい扱いを受ける。
それでもめげずに、少ない女性の同僚と共に戦う決意をするレベッカ。
 そして20xx年の東京では、彼女たちがこっそり隠していた絵を発見した非正規雇用のマコトが、その絵に魅せられる。

 レベッカたちが戦った理不尽は、20xx年ではまた違う理不尽となって非正規雇用のマコトをむしばむ。
結婚して子供もいて正社員の女性との格差に落ち込むマコト。
女だからというだけで雇ってもらえず、実力も見てもらえずに家庭に入ることを強要される時代と、どんなに頑張っても成果として評価されるのは正社員だけで、”対等に”という聞こえのいい言葉でいくらでも都合よく使われる派遣社員の時代。
世代が変わるほどの時間が過ぎてもある理不尽の対比が、どちらの主人公にも感情移入させられる。
それでもあきらめなかった女性たちの話だけど、切ない後味も大きく残る。

パンとペンの事件簿


 織物工場で働いていたぼくは、工場主が変わって労働環境が急激に悪くなったことを訴える代表を押し付けられ、しかも同僚は裏切って知らん顔をしたために一人貧乏くじを引いた。
工場主の取り巻きから殴られ、路地裏に捨てられて動けなくなっていたところを救ってくれたのが、「文章に関する依頼であれば、何でも引き受けます」という変わった看板を掲げる会社、その名も「売文社」の人たちだった。
さらにこの会社の人間は皆が皆、世間が極悪人と呼ぶ社会主義者だという。
一風変わった人ばかりの場所で、ぼくは仕事が決まるまでおいてもらえることとなる。

 でっち上げの陰謀で絞首刑になるようなご時世。
ぼくは「売文社」の仕事を見て様々な人の事情を知っていく。
持ち込まれる依頼はまっとうなものだけではなく、あやうく詐欺の仲間だと思われたり、暗号が届いたり、人攫いの証拠をつかんだりと忙しい。
そしてそんなことすら楽しんでいる様子の「売文社」の人たち。
楽しくてあっという間に読めてしまう。

男女最終戦争 池袋ウエストゲートパーク20


 マコトとタカシが通っていた高校の先生からヘルプが入る。
電動アシスト付き自転車のバッテリーを盗んで転売するバイトに手を出してしまった後輩たちを助けてほしいという。
2人はもっと深みにはまる前に助けようと協力する。
 女性に相手にされない男たちの勝手な不満で硫酸を駆けられた女性の手助けや、適当なフェイクニュースを量産して稼いでいる人への脅しなど、イマドキの問題を取り上げる。

 闇バイトにうっかり乗ってしまった高校の後輩を助けるために動く2人。
卒業から10年たっても友人でいられる関係を作っておけというタカシ。
もうあまり表にでなくなったタカシが動くときはやっぱりかっこいいシーンが多い。

431秒後の殺人: 京都辻占探偵六角


 カメラマンの安見直行は、写真の面白さを教えてくれた恩人である叔父の死が納得できずにいた。
すると祖母から、京都の『六角さん』へ頼めばいいと言われる。
六角さんは、ずっと昔から法衣店をしながら占いもしていたそうで、近所は皆なにかあるとそこへ頼みに行ったという。
直行がおそるおそる尋ねると、そこには無愛想で気まぐれな店主・六角聡明がいた。

 最初は問答無用で追い払われた直行だが、話始めると聡明は興味をそそられたらしく、一緒に調査を始める。
いろんな人に話を聞くうちに、聡明は一人納得していく。
無愛想で不機嫌な聡明とお人好しな直行のコンビは、それ以外もいくつかの事件の相談を受け、直行が嫌がる聡明を連れまわしていく。
悲壮な犯罪者の告白もあったりするが、直行のお人好しのおかげで暗くならずにさらりと読める。

月影の乙女


 ハスティア公国領のセレの領主・ローデスの次女であるジオラネルは、幼いころに魔力を暴走させたことが原因で、訓練所へ誘われた。
そこで4年の訓練を経て、ジオは正式なフォーリ(魔法師)となる。
各地へ赴いて人力では難しい依頼をこなしていたが、平和なハスティアを狙う者がいた。
それは火を操る竜に変化できる、ドリドラヴのの王、ウシュル・ガルだった。
ウシュル・ガルの息子たちが潜入して火種を起こし、やがて戦争へとつながる。
フォーリであるジオたちは、戦うことを禁じられていたために攻撃できず、愛しい人や街を焼かれ、悲しみに暮れる人々。
彼らを救おうと立ち上がるフォーリたちが下した決断は。

 長編ファンタジー。
これまでのシリーズからは独立した物語だけど、周りの状況やさりげない動きの緻密な描写がすんなり流れてきてどんな不思議な魔法でも思い浮かべることができた。
小さな癒しとなる動物もいくつか登場し、フォーリたちを助ける。
長さのわりに疲れることなく、次々に起こる出来事から目が離せなくなってくる。
そうやって大きな戦いも終わるが、最後がなぜか急にありふれた結末となってしまった。
タイトルとなっている「月影の乙女」の印象も薄く、付け足された章で少し触れられている程度。
それならジオの持つ素質に注目させればもっと晴れやかに終われたのではないかと思ってしまった。

姥玉みっつ


 静かな老後を送ろうと思っていたお麓は、幸いにも明主の書役の仕事を得て、明主の家からも近い「おはぎ長屋」に移り住んだ。
すると50年も前からの幼馴染が二人、なぜか同じ長屋に移り住んできて、毎日やってきては姦しい。
うっとおしいと思いつつも、ある日行き倒れた母娘を見つけてかくまうことになる。
母と名乗る女は数日後に死に、娘は声を出せない。
その出会いから三人はさらににぎやかな騒動へと巻き込まれていく。

 主人公が年寄というのが面白い。
うっとおしいと思いつつも50年も前からの知り合いでは気心も知れていて扱いも慣れたもの。
静かな老後とはかけ離れた生活だけどお麓も楽しそう。
世間や身分に縛られながらも、精いっぱい楽しもうとする3人を見ていると元気が出る。

青姫


 村の名主の弟であった杜宇は、ある日武士と悶着を起こし、村を出奔した。
放浪の末たどり着いたのは、青姫とよばれる統領の下で自由経済の郷だった。
そこで杜宇は米作りを命じられ、田を開墾から始める。
そのうち郷にもなじみ始めるが、ある日ぼろぼろの男が郷にやってきた。
それは杜宇の出奔の訳となった武士であった。

 これまでの朝井まかての作品とは全く雰囲気が異なり、ファンタジーのような趣があった。
不思議な郷で米作りに奮闘し、わがままで意地も悪い青姫に振り回されながらも郷になじみ、そこでの居場所を見つける杜宇。
やがてすべてを思い返す年まで長生きをする杜宇の一生を、その場にいたような感覚になって読んだ。

兇人邸の殺人 〈屍人荘の殺人〉シリーズ


 閉園となった遊園地を買い取り、廃墟テーマパークとして人気の施設に、「兇人邸」があった。
そこでは、従業員が定期的に消えるという噂が流れていて、さらに葉村たちが追っていた班目機関の記録が眠っているらしい。
ある企業の社長から同行を依頼され、ヒルコと葉村は夜中に「兇人邸」へ忍び込む。
ところが、その屋敷で見つけたのは鉈を振り回す巨大な殺人鬼だった。

 ヒルコと葉村がまたもや命の危険にさらされる。
今度は巨大な屋敷に殺人鬼と共に閉じ込められるというホラーな設定。
そしてどうしても予想できない結末に毎回驚かされる。
班目機関のことも少しずつわかってきて、おもしろくなってきた。

詐欺師と詐欺師


 海外で稼いで一時帰国していた詐欺師の藍は、ある政治家のパーティで知り合ったみちるに興味を持った。
あらゆる事を犠牲にして親の仇を殺すことだけを生きる理由にしてきたみちるは、仇である戸賀崎グループ筆頭株主の戸賀崎喜和子を探すために金を欲しがっていた。
普段なら関わらない藍だが、なぜかみちるから目が離せず、復讐に付き合うことになるが、思いもよらない事に巻き込まれていく。

 世界中の悪党から何億という金をせしめてきた藍にとって、みちるのとる行動は拙く、ついかまってしまう。
そのうち引き返せないところまで来てしまい、みちるの執着と同じくらい暗くて深い闇をのぞき込んで怖い真実を知ることになる。
これは逃げ出せないんじゃないかと思った頃、また不思議ななりゆきですんなり脱出までできるが、この先の二人が気になってしょうがなくなってしまう。
タイプの違う詐欺師と、犯罪者たちのゲーム。