廃院のミカエル


 食品輸入会社の社員としてアテネで働く美貴は、一度食べただけだが忘れられない蜂蜜を探して廃墟となった修道院へ立ち寄る。
するとそれ以降、周りで奇妙な事が連続する。
偶然連れとなった二人と共に、心が冷える瞬間に幾度も出会ううちにたどり着く、修道院の隠された真実。

 不気味な現象に何度も出会ううち、うっかり本当に天啓を受けたような気になってしまう美貴。
思い込みと宗教はいったん決まってしまうと変えるのは難しい。
その中で、違う考えの人による理性的な観察と行動で、少しづつ過去の出来事が明かされていく。
若い修道士の行動と重ね合わされて発覚する、悪魔の所業と描かれたミカエル、そして蜂蜜。
すべてがつながった時には霧が晴れたようになる。

みかんとひよどり


 創作ジビエ料理の店のシェフをしている亮。
だが客が少なく赤字続きで、オーナーからいつ解雇されるかと思うと鬱々としていた。
そんな時、山に入り猟をしていると道に迷い、遭難してしまう。
無愛想な猟師・大高に助けられた亮は、大高の狩った獲物を買って店に出す契約を取り付けた。

 冷たい態度の大高だが、見捨てることはしない。
亮の店にもいいヒヨドリを届けてくれて、やがて店も繁盛していく。
おいしそうな料理が並んで気になってしょうがない。
個性的な大高やオーナーが、平凡な亮の周りをどんどん鮮やかにしていく様子が楽しい。
ちょっとタイトルが中身と合ってないような弱いような気がするのが残念。

鏡じかけの夢


 願いを込めて磨くと叶うというその鏡。
持ち手の願いを飲み込みながら次々と時代と人を乗り換えていく。
あの人の妻と入れ替わりたいと願う看護婦、踊り子に心酔する富豪、孤児と奇術師、貧乏から抜け出したいと願った双子。
叶った先にある事はおかまいなし。

 不思議な力に取り込まれ、手放せなかった人たちの物語。
ほとんどは不幸に終わるが、どれも思いもよらない場面がくる。
たいていは自分の望みだったために嫌な後味を持つサイコホラーで、意思のないはずの鏡だけが永遠に存在し続ける不気味さがじわじわとやってくる。
そんななか、奇術師と弟子の話は一つだけ口直しのように鏡への良いイメージとなった。

ボスポラス 死者たちの海峡


 イスタンブールで、日本人音楽家の女性が自殺した。
彼女は駐在員の妻たち3人を、自分を自殺に追い込んだとして遺書に書き残していた。
その遺書の真意を探るための捜査員は3名。
やがて、トルコ在住の日本人コミュニティの狭さと陰湿さがみえてくる。
さらに関係ないと思われていた連続転落死亡事件までつながっていく。

 登場人物が多くて混乱した。
警察の関係者までもが日本人コミュニティの人たちとつながりがあり、小さな出来事がどこまで計算されているのかと驚いた。
誰に注目していいかも長い間決められず、そのうちうすら寒い悪意がのぞいてきてようやく気付く。
後味も苦く、読み終わった日は夢見が悪かった。
それくらい後を引く不気味さだったが、どんどん焦りが出てくる流れで途中で止めれば余計気が滅入りそうだと思って読み終えたが、スッキリとはかけ離れた後味で、印象は強烈に残る。

もつれ星は最果ての夢を見る


 量子テレポーテーション通信の開発によって、遠く離れた星同士でも通信が可能になった時代。
宇宙開発コンペに参加するため、地球から十光年離れた星に降り立ったエンジニアの零司と相棒のAI・ディセンバー。
しかし割り当てられた場所に到着したとたん、他の参加者の遺体を発見してしまう。
コンペ運営本部との通信も途絶え、未開の星で孤立無援となった零司。
不審な宇宙船や参加者ではない人物と出会って命を狙われたりと、零司は本来の仕事ではない事に奔走することになる。

 はるか未来、地球以外の星へ人類が到達した後の話。
AIとペアになり、新しい星の新規開拓コンペに参加したと思っていた零司は、相次いでやってくる襲撃者にとまどい、やがて知らされる事実に愕然とする。
崩壊する地球からすんでのところで抜け出し、200年もの間冷凍睡眠で放浪していたという零司の行動が、そして彼の作り出したAIが、人類の行く先を決めるという大ごとにまで発展し、途方もない行く末を想像させる。
オープニングの、各コンペ参加者の様子を綴ったプロローグを読んだ時点では、つまらないと感じて一度本を閉じたが、暇に飽かせて続きを読んでみて良かった。
つかみは失敗だが本編はとても面白かった。

皇后の碧


 精霊たちが生きる世界。
鳥の精霊の王に拾われた、土の精霊の子・ナオミ。
羽は持たないが不自由はなく暮らしていたナオミはある時、風の精霊を統べる蜻蛉の精霊の皇帝から「私の寵姫の座を狙ってみないか?」と誘われる。
皇帝の後宮には皇后と愛妾(つま)がおり、彼の胸には皇后の瞳の色に似ている緑の宝石を選び抜いた首飾り「皇后の碧(みどり)」が常に輝いていた。
ナオミはなぜ自分に声がかかったのか訝りながらも、かつて鳥の王の妻であり、皇帝に召し出されたイリス皇后の様子を探りに、後宮へと向かう。

 八咫烏シリーズとはかなり印象が変わるファンタジー。
皇帝の横暴におびえる日々から、後宮の内部を見て回るうちに気づく事、立場によって見え方がこんなに変わるのかと驚く。
そのうえ鳥と虫との性質の違いがもたらす考え方の違いも大きい。
皇帝の秘密は大きかったが、イリスの秘密でもあり、納得させられる。

図書館の魔女 霆ける塔


 一ノ谷にある知恵の塔の主・マツリカが攫われた。
宿敵ミツクビの罠にかかり、閉ざされた山城で彼女が淹れられたのは、夜ごと雷の降り注ぐ不可思議な塔だった。
一方、ハルカゼ、キリン、そしてキリヒトを中心にマツリカを救い出そうとする一行が旅立つ。
マツリカがいる場所の検討もつかずに途方に暮れる一行だが、わずかな手がかりからたどり着けるのか。

 マツリカが攫われた先は、地図にも載ってない砦。
そして毎夜の雷と凍った湖、雪あかりで近づくものはすぐさま見つかってしまうという場所。
いつもはマツリカがその知恵を振るい、難題を解きあがしていくが、今回はハルカゼが大活躍だった。
ほぼハルカゼの知恵のみで切り抜ける後半は、息をつく暇もない。
そしてマツリカは救出を信じ、しっかり手を打っていた。
今回はわかりやすくハラハラした。

18マイルの境界線 法医昆虫学捜査官


 高級会員制ゴルフ場の雑木林で発見された女性の遺棄死体は、すべての歯を抜かれ、顔をつぶされ髪も切られたうえに、顔と手足を焼かれていた。
執拗に身元を隠すような事をした割に、見つかりやすい場所に遺棄するという一貫性のない事件。
さらに三日後には隣の県の違法スクラップヤードでも同じような遺体が見つかる。
手口からして同じ犯人に違いないと目星をつけたものの、被害者の身元は判明せず、捜査は難航する。
赤堀と岩楯は、二つの遺体から見つかった虫たちを調べるが、発見された昆虫相からは謎ばかりが浮き上がる。

 赤堀の専門分野が少しづつ認められてきてはいるものの、まだまだ懐疑的な警察組織。
新たに岩楯の相棒となった深水の強い個性も際立ち、誰もがそれぞれの才能を発揮している。
今回も不意を突かれる展開で手が止まらなかった。

れんげ野原のまんなかで


 秋庭市のはずれにある、ススキ野原のど真ん中に建つ図書館へ配属された新人司書の文子。
利用者が少ないため暇なのだが、ある時から小学生の肝試しの場所になってしまったり、本を並べて暗号を作る者が現れたり、大雪の日に図書館に閉じ込められそうになったりと事件は絶えない。
しかし、博識な先輩の力を借りてどうにか解決していく文子。
小さな図書館の、それでも忙しい日々。

 尊敬している先輩・能勢の言動は、とても優しく深い考えがあってこそで、毎回感心するが、新人司書の文子の言動は子供っぽすぎて共感が沸かない。
図書館へ家出しようとか、大きくてきれいな本を読む楽しみとか、いい話も多い。
最後、子供の頃の傷を背負って生きている人物に対しては厳しい能勢だったが、その後の行動は「なるほど!」と思わせた。
地主さんの家で起こった出来事など、面白くて納得できる印象に残るシーンは多いのに、主人公の文子の魅力だけがイマイチだった。

死まで139歩


 毎日歩いて手紙を運ぶ仕事をする男。夜の公園で謎めいた言葉を言い残して消えた美女。
おかしな事件を相談されたツイスト博士。
しかしこの2件には、「しゃがれ声」の人物が共通して登場していた。
そして怪しい人物からの電話で呼び出されたツイスト博士は、そこで無数の靴が並べられたまま5年の間封印された屋敷へたどり着く。
さらに、埋葬されたはずの屋敷の主人の死体が、暖炉の前の椅子に座っていた。

 ツイスト博士シリーズのなかで今回は密室をしっかり作ってある事件だった。
そしてその仕掛けも、トリックを使ったもので何度も読み返した。
悲しく淋しい背景があったことが分かると、その手の込んだトリックが急にイメージが変わって悪意の要素が減る。
郷愁めいた印象を残した。