赤い部屋異聞


 ある喫茶店の二階に、退屈した人々が集い、珍奇な話や猟奇譚を披露する「赤い部屋」がある。
そこである新人が、自分は99人を殺してきたと語る。
江戸川乱歩の名作短篇「赤い部屋」をオマージュした、不思議でちょっと怖い話。
他にも、作者が敬愛する作品たちのオマージュが集められた短編集。

 ちょっと不気味な話が多い。
作品ごとに元ネタと共に解説があるため、元の話も気になってしょうがなくなる。
それでもそんなことは関係なくただ不思議で不気味な物語を楽しめる。
特に最後の「迷探偵誕生」が面白かった。

口出し屋お貫


 三度目の奉公先を勢いで辞めてきたおれん。
毎回仕事先を紹介してくれていた口入屋に顔を出すと、見慣れない若い女が座っていた。
聞くと、2年前に祖父から継いだというお貫は22歳だという。
小娘なら簡単に紹介してくれそうだと思ったが、これまでの辞め方に問題があると断られ、カッとしたおれんは他をあたるが見つからず、消沈して家に帰るとそこにはさっきのお貫がいた。

 「口入れ屋の主人と言えば、酸いも甘いも噛み分けた食えない年寄りが相場」のはずが、若い女主人がいて誰もが始めは見くびる。
しかしその度胸と人を見る目でお貫は侮れなかった。
「口入れ屋は商売だけど、口出しするのは性分なんで」というお貫。
口出し屋と聞いて最初は新しい商売かと思ったが、だんだん納得がいってくる。
決して甘くはないが、こんな人と知り合いになればさぞ心強いだろう。

ひまわり


 ある日、交通事故に遭い四肢麻痺になってしまうひまり。
どうにか命はとりとめたものの、首から下が動かないということに愕然とする。
そしてスパルタと言われるリハビリセンターへ通うが、いつかは動けると楽観視していたひまりは、回復してもきっとここまでというラインが見えてしまう。
復職に希望を託すも、環境が整っていないとかヘルパーを入れるのは守秘義務の観点から許可できないなどと言われ、遠回しに退職を迫られる。
福祉の補助を受ければ、困ることはない。でも一生寝たきりで、目標もなく、社会から切り離されて生きるのかと落ち込むひまりに、古い友人から弁護士になればいいのにと勧められる。
そこから、ひまりの戦いが始まった。

体のほとんどが動かなくて、24時間介護が必要なひまりが、弁護士試験では前代未聞の音声入力ソフトをみとめさせて試験を受ける。
ボリュームがある割には読みやすく、ひまりの必死さに釣られる感じでどんどん進むが、健常者ですら体力がいることを目指すひまりに、読んでいるこちらもすごい勉強している気がして消耗してしまう。
しかも実在する人をモデルにしているためにリアルで、ゆっくり読もうと思っていたのにあっという間だった。

名探偵の生まれる夜 大正謎百景


 大正5年、とある探偵事務所に、早稲田大学の学生が探偵になりたいとやってきた。
ただ断るよりも実情を見せた方が良いと思った家主の岩井は、彼にある謎を持ち掛ける。
他に、野口英雄の娘だと言い張る少女の嘘を証明する羽目になる星一、ロープウェイの故障で宙釣りになった与謝野晶子、スリに大事な研究成果を取られたハチ公の主人・上野英三郎など、名を残した大正の傑人達。

 有名な人物たちが巻き込まれる様々な謎や犯罪に、居合わせた者が一夜の探偵となる。
大正時代の流行や景色が見えるような描写が楽しい。
それぞれは短い話だけど、巡り巡る縁にも思え、微笑ましい話も多く、短い大正の時代の賑わいが覗けた気がする。

魔法を描くひと


 1937年、美術学校を出たばかりのレベッカは、アメリカで生まれたアニメーション会社となったスタジオ・ウォレスに「結婚・出産などで数年で退職する女性を雇うことはない」と断られる。
女だからという理由で諦めるものかと幹部に絵を見せて直訴し、気に入られて入社はしたものの、やっぱり軽く見られたりからかわれたりとひどい扱いを受ける。
それでもめげずに、少ない女性の同僚と共に戦う決意をするレベッカ。
 そして20xx年の東京では、彼女たちがこっそり隠していた絵を発見した非正規雇用のマコトが、その絵に魅せられる。

 レベッカたちが戦った理不尽は、20xx年ではまた違う理不尽となって非正規雇用のマコトをむしばむ。
結婚して子供もいて正社員の女性との格差に落ち込むマコト。
女だからというだけで雇ってもらえず、実力も見てもらえずに家庭に入ることを強要される時代と、どんなに頑張っても成果として評価されるのは正社員だけで、”対等に”という聞こえのいい言葉でいくらでも都合よく使われる派遣社員の時代。
世代が変わるほどの時間が過ぎてもある理不尽の対比が、どちらの主人公にも感情移入させられる。
それでもあきらめなかった女性たちの話だけど、切ない後味も大きく残る。

パンとペンの事件簿


 織物工場で働いていたぼくは、工場主が変わって労働環境が急激に悪くなったことを訴える代表を押し付けられ、しかも同僚は裏切って知らん顔をしたために一人貧乏くじを引いた。
工場主の取り巻きから殴られ、路地裏に捨てられて動けなくなっていたところを救ってくれたのが、「文章に関する依頼であれば、何でも引き受けます」という変わった看板を掲げる会社、その名も「売文社」の人たちだった。
さらにこの会社の人間は皆が皆、世間が極悪人と呼ぶ社会主義者だという。
一風変わった人ばかりの場所で、ぼくは仕事が決まるまでおいてもらえることとなる。

 でっち上げの陰謀で絞首刑になるようなご時世。
ぼくは「売文社」の仕事を見て様々な人の事情を知っていく。
持ち込まれる依頼はまっとうなものだけではなく、あやうく詐欺の仲間だと思われたり、暗号が届いたり、人攫いの証拠をつかんだりと忙しい。
そしてそんなことすら楽しんでいる様子の「売文社」の人たち。
楽しくてあっという間に読めてしまう。

男女最終戦争 池袋ウエストゲートパーク20


 マコトとタカシが通っていた高校の先生からヘルプが入る。
電動アシスト付き自転車のバッテリーを盗んで転売するバイトに手を出してしまった後輩たちを助けてほしいという。
2人はもっと深みにはまる前に助けようと協力する。
 女性に相手にされない男たちの勝手な不満で硫酸を駆けられた女性の手助けや、適当なフェイクニュースを量産して稼いでいる人への脅しなど、イマドキの問題を取り上げる。

 闇バイトにうっかり乗ってしまった高校の後輩を助けるために動く2人。
卒業から10年たっても友人でいられる関係を作っておけというタカシ。
もうあまり表にでなくなったタカシが動くときはやっぱりかっこいいシーンが多い。

431秒後の殺人: 京都辻占探偵六角


 カメラマンの安見直行は、写真の面白さを教えてくれた恩人である叔父の死が納得できずにいた。
すると祖母から、京都の『六角さん』へ頼めばいいと言われる。
六角さんは、ずっと昔から法衣店をしながら占いもしていたそうで、近所は皆なにかあるとそこへ頼みに行ったという。
直行がおそるおそる尋ねると、そこには無愛想で気まぐれな店主・六角聡明がいた。

 最初は問答無用で追い払われた直行だが、話始めると聡明は興味をそそられたらしく、一緒に調査を始める。
いろんな人に話を聞くうちに、聡明は一人納得していく。
無愛想で不機嫌な聡明とお人好しな直行のコンビは、それ以外もいくつかの事件の相談を受け、直行が嫌がる聡明を連れまわしていく。
悲壮な犯罪者の告白もあったりするが、直行のお人好しのおかげで暗くならずにさらりと読める。

月影の乙女


 ハスティア公国領のセレの領主・ローデスの次女であるジオラネルは、幼いころに魔力を暴走させたことが原因で、訓練所へ誘われた。
そこで4年の訓練を経て、ジオは正式なフォーリ(魔法師)となる。
各地へ赴いて人力では難しい依頼をこなしていたが、平和なハスティアを狙う者がいた。
それは火を操る竜に変化できる、ドリドラヴのの王、ウシュル・ガルだった。
ウシュル・ガルの息子たちが潜入して火種を起こし、やがて戦争へとつながる。
フォーリであるジオたちは、戦うことを禁じられていたために攻撃できず、愛しい人や街を焼かれ、悲しみに暮れる人々。
彼らを救おうと立ち上がるフォーリたちが下した決断は。

 長編ファンタジー。
これまでのシリーズからは独立した物語だけど、周りの状況やさりげない動きの緻密な描写がすんなり流れてきてどんな不思議な魔法でも思い浮かべることができた。
小さな癒しとなる動物もいくつか登場し、フォーリたちを助ける。
長さのわりに疲れることなく、次々に起こる出来事から目が離せなくなってくる。
そうやって大きな戦いも終わるが、最後がなぜか急にありふれた結末となってしまった。
タイトルとなっている「月影の乙女」の印象も薄く、付け足された章で少し触れられている程度。
それならジオの持つ素質に注目させればもっと晴れやかに終われたのではないかと思ってしまった。

姥玉みっつ


 静かな老後を送ろうと思っていたお麓は、幸いにも明主の書役の仕事を得て、明主の家からも近い「おはぎ長屋」に移り住んだ。
すると50年も前からの幼馴染が二人、なぜか同じ長屋に移り住んできて、毎日やってきては姦しい。
うっとおしいと思いつつも、ある日行き倒れた母娘を見つけてかくまうことになる。
母と名乗る女は数日後に死に、娘は声を出せない。
その出会いから三人はさらににぎやかな騒動へと巻き込まれていく。

 主人公が年寄というのが面白い。
うっとおしいと思いつつも50年も前からの知り合いでは気心も知れていて扱いも慣れたもの。
静かな老後とはかけ離れた生活だけどお麓も楽しそう。
世間や身分に縛られながらも、精いっぱい楽しもうとする3人を見ていると元気が出る。