そして、よみがえる世界。


 近未来。脳神経外科医の牧野は、数年前の事故で脊髄を負傷し、四肢麻痺に陥った。
今は頭蓋内に移植した脳波を検出するチップによって代替身体のロボットを動かすことで何とか生活できている。
そんな牧野に恩師から依頼があり、視覚を失った少女エリカへの視覚再建装置〈バーチャライト〉埋設手術を代理執刀することになる。
オペは成功したが、エリカは術後、黒い影の幻に脅かされるようになり、さらに医療チームにも死者が出てしまう。

 第12回アガサ・クリスティー賞受賞作。
介助ロボットや仮想空間での技術が進んだ時代。
近くにいなくても実際の体が動かなくても、投影によりさもそこにいるように動き回れる自分を動かし、世界最高峰の手術をする。
夢のような技術だが、前半はなんとも説明がくどくてしんどかった。
しかしエリカが動き始めると早かったし、決着がついた理由も納得できた。
次第に判明してくる秘密はかなりの衝撃で、恐ろしくて想像すると寝れなくなりそうだった。

市立ノアの方舟


 野亜市役所職員の磯貝健吾は、廃園の噂のある赤字続きの動物園に園長として移動になった。
そこは、動物たちは毎日に飽き、飼育員たちもやる気をなくしている場所だった。
礒貝は挫けそうになるが、娘が書いた一枚のゾウの絵で、自分も幼いころそのゾウに会ったことがあることを思い出す。
 
 園の中の違和感を探り、動物たちを観察し、調べながら、礒貝は少しづつ改革をしていく。
人が戻れば、廃園は免れるかもしれないと。
ゾウの聴覚に驚き、フラミンゴの異種カップルに協力し、ホッキョクグマの習性に忍耐を知る。
動物たちの知らなかった習性を飼育員に教えられながら、ヒトとの違いを考えて、ずっと楽しかった。
動物園でただ彼らを眺めるだけななのはもったいないと感じ、見に行きたいと思った。

李の花は散っても


 後の昭和天皇の最有力妃候補だった梨本宮方子。
しかし、避暑に訪れていた別邸で何気なく見た新聞で、自分の結婚が決まったことを知り、ショックを受ける。
相手は朝鮮王室の李王世子・李垠だった。
政略結婚だったが、方子は死ぬまで夫に寄り添い、日本と朝鮮の戦争を挟んだ厳しい時代を生きた。
一方、朝鮮の革命家に恋をしたマサは、何があろうと彼と一緒にいようと決め、朝鮮へ渡り、朝鮮人と偽って生き抜く決心をする。

 二人の女性の、大きく人生を揺さぶられた混沌の時代の生き方。
前半は、方子が特別な立場だったせいもあり、マサの側は退屈だったが、佳境に入ってくるとやっと勢いが出て面白くなった。
これだけ対局でも、国にいいように扱われ、戦争で死にそうになり、信じた人たちとまた会えることを祈って過ごすという面では同じことをした二人。
二人の優しい出会いがじんわりと沁みる。

氷の致死量


 聖ヨアキム学院中等部に赴任した教師の十和子は、14年前に何者かに殺された女性教師・更紗が自分に似ていたということを知り、驚く。
見た目が特に似ているわけではないが、まとう雰囲気が似ているという。
十和子は、もしかして更紗も自分と同じだったのかもしれないと思い始める。
一方、殺人鬼の八木沼は、また一人、ある目的のために女を殺していた。
性的マイノリティのいろんな種類を描く。

 LGBTQ2+。次々と増える種類に、もうマイノリティという分類ではなくなっている感じがする。
昔の殺人事件も解決していない上に、脅迫や物騒な事故が続く。
十和子が乗り越えられない過去、生徒の親や別居中の夫もまとめて問題の多い人物ばかり。
ただ、最後にはちょっと意外な真実も出てきて、全体的に暗いイメージだけどちゃんと解決していた。

シャルロットのアルバイト


 元警察犬のシェパードであるシャルロットは7歳。
引退後をのんびり暮らしているが、ある日散歩のときに、迷子のトイプードルに出会ってしまった。
だけどその子は、昼間に外に出るのを怖がったり、人間の食べ物を欲しがったりして、ちょっと不安なことがある。
さらに、お向かいに越してきた新しい家族は、ホームパーティーにも参加しない隠れたもう一人がいるらしいし、動物病院で出会った人からは、突然アルバイトを持ち掛けられたりする。
夫婦の真ん中にいるシャルロットは、もうかけがえのない家族である。

 シャルロットを通して出会う人たちとの、ちょっと不思議な出来事。
言葉が通じない犬だけど、表情がわかったり、説得したり、いろんな謎を考えている。
犬好きなら癒されたり考えさせられたりと、きっと楽しく読める。

忘らるる物語


 星卜で「皇后星」に選ばれた環璃は、次の帝を決めるための儀式のため、真珠で飾った輿に乗せられ、4つの国の王の元を順にめぐる。
そこで王と寝て、子ができればその王は次の帝となる。
住んでいた国を滅ぼされ、夫は殺されて子は連れ去られた。もう何も持たない環璃にから、まだ心を奪う儀式は続く。
そんな時、山賊に襲われた環璃を助けたのは、昔から女だけに伝えられてきた不思議な場所から来た、不思議な力を使う女性・チユギだった。
そして環璃はチユキと約束をする。

 男が支配する世界を変えたいと願い、復讐を誓う環璃が、国々で見聞きしてきたことで学んでいく様子が生々しく綴られている。
「トッカン」や「上流階級」の世界との落差が大きすぎてとまどうが、強烈な出来事や言葉たちが次々と押し寄せてくるのであっという間にその世界にのまれてしまう。
予想される結末ではあったけど、それまでの物語の迫力に押されてそんなことで落胆する余裕もなかった。

朝星夜星


 大きな背丈のゆきは、小さいころから奉公していた遊女屋から突然、嫁に行くことになる。
相手は阿蘭陀料理を作る料理人。
進められるまま嫁ぎ、やがて子も生まれるが、夫の丈吉は無口で何も教えてくれない。
それでもだんだんと自分の店を出し、大きくなり、大阪に出て、やがて政府からの客ももてなす大店となっていく。
日本初の西洋料理店を出した、草野丈吉に、生涯にわたり添ったゆきの物語。

 誰も客が来ない貧乏だった頃から、大成功を収めてもまだ足りないと働く丈吉に、どこまでも寄り添った妻のゆき。
外に女を作られて腹を立てる様子、子供にむける愛情、店でのやりがいなど、細かい心の動きまでじっくりと書かれていて読み飛ばせない。
時々入るつぶやきがとても端的でおもしろいし、少しも飽きなかった。
最後は老いて思い出を攫いながらの毎日が、目が覚める直前に見た夢のようでほっこりするが、この終わり方は他でもあった気がする。

秋麗 東京湾臨海署安積班


 遺体らしきものが海に浮いていると通報があり、引き揚げた遺体はかつて特殊詐欺の出し子として逮捕された戸沢守雄という七十代の男だった。
殺人らしいということで安積たちが動いていると、死亡する前日に仲間と3人で釣りに出かけていることが分かる。
仲間の二人を訪ねたところ、二人とも自棄におびえていて、安積は関連がありそうだと調べを進めることにする。
そこから、殺された男がやっていた詐欺事件も含めた捜査が始まる。

 安定の安積班。
こちらもパターン通り、始めは関係ないちょっとしたもめ事や困りごとから始まり、最後になってそちらも事件とは関係なく終わる。
でもなぜか樋口班より印象が良い。
班の仲間たちや速水など、個性的な人物が集まっているせいかもしれない。

敬語で旅する四人の男


 大学を出てから合っていない母に会いに佐渡に向かう真嶋。生まれ育った京都から出たくないと離婚された繁田。彼女からの束縛にうんざりする中杉。イケメンだけどこだわりが強く、曖昧な表現が苦手で空気を読むことができない男・斎木。
特に友人でもなかった男4人が、なぜか旅をする。

 不思議な距離感でつながる男たちの様子が奇妙で面白い。
特に大きな出来事が起こるわけではないが、友人とも言えない4人には、広々とゆったりした空間を感じさせる。
のんびり読むことができる。