前夜


 ある田舎町で伝わる〈蛭鬼〉という存在。タブーとされ、誰も口を開かないが、その町出身の兄弟は、その存在を信じていた。
映画スターとなった兄の死を受け入れず、1年後に蘇ると信じて火葬を拒否した弟。
拠り所は父の残した日記のみ。
兄がスターとなった映画の世界へ引き込まれ、学者へコンタクトを取り、探偵を雇って得た真実とは。

 土着の信仰を元に、夢と現実を行き来するような、ゆらゆらと漂い揺さぶられるような感覚。
猫を遠ざけたり、ザクロを食べたり、行動をすることでより信じていく様子が狂気を引き寄せているようで不気味な感覚を残す。
ただ、入り込めるほどの力はない。
もっと、取り込まれるような速さと力を持ったほかの作品とは大きく違う気がした。

いわいごと


 江戸町名主の跡取り息子・高橋麻之助のところには、日々町内のもめごとや悩み事が持ち込まれる。
今日は、3人で買った富くじが当たった男たちが、どこに旅をするかで揉めていた。
麻乃助は、男たちはきっと他に理由があるのではと思い、突破口を見つけるべく動き出す。
さらに、縁談相手のお雪との先々も決まらずにいる麻乃助のところへは、年頃の友の縁談が先に決まっていく。

 こちらは『しゃばけ』と違い、不思議は起こらない。
その分現実の厳しさがあるが、周囲のもめ事を解決に導くところは同じ。
今回は友と自分の縁談や出世という、人生の岐路がたくさんやってきた。
穏やかに見ていられる『しゃばけ』と違い、『まんまこと』シリーズは、何があるかわからない。

無頼無頼ッ!


 「この世のすべてを目に焼き付ける」と不可思議を追い求めて旅をする蜘蛛助と、獣のような力で父を殺した仇を追い求めて蜘蛛助の用心棒を名乗り出た兵庫。
今度の二人の旅は、蜘蛛助がある女から不思議な鉄の門の噂を聞いた時から行き先が決まった。
渡された地図を頼りに行ってみれば、おかしな出会いと奇妙な不意打ちで二人は意地になる。

 山賊のような爺を助ければ片手を封じられ、化け物のような巨人と戦い、里人皆に存在を無視されている子供を助けたりと、それはそれは大冒険。
しかし、それらはすべてつながっており、やがて鉄の門のある場所へとたどり着く。
黄泉の民と名乗る人たちの名前が知れたときにはなんだかがっかりしたが、昔の話とうやむやにするわけではなかったので楽しく読めた。
二人の旅がもっと読みたいと思った。

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (下)


 リスベットはある目的のためにNSAに侵入したのだが、ファイルの解析に手間取っていた。
一方ミカエルは、殺されたフランス・バルデルの息子アウグストを助けて共に姿を消したリスベットが心配でならない。
アウグストを狙う者、ハッカーのスワプを狙う者、リスベットを憎む者、いろんな悪意が入り乱れる。

 ずっと続く緊迫感。そしてやっと姿を現すリスベットの妹・カミラ。
知らなければ作者が変わったと思えないほどだが、どうにもつかみにくい内容だった。
結局、そこまで大げさにするほどの話だったのかと思うほど感想もうかばず、リスベットの個性も薄まっている。

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 (上)


 雑誌『ミレニアム』は経営不振に陥っており、株式を売り、ミカエルにも特ダネはなく、精彩を欠いていた。
そんな時、人工知能研究の世界的権威であるバルデル教授が大きな問題を抱えているというタレコミを受け取る。
胡散臭いと感じたミカエルだが、そこにリスベットが関係していると気づいたとたん、興味を持った。
一方、アメリカのNSA(国家安全保障局)では、バルデル教授が産業スパイ活動をしたとつかみ、情報収取をしている最中にNSAのネットワークに侵入されていた。
リスベットはなにをしようとしているのか。

 これまでと同様、ミカエルたちが停滞している時に物語が始まる。
作者が変わってもここまで違和感がないものかと驚いたが、導入部である事の起こりが分かりにくいところまでそっくり。
一般市民になったリスベットがこれまで通り動けるわけがないだろうと思っていたが、そんなことはなく、やっぱり思いもかけない行動に出る。
他人に興味を持つことが増えたようだが、そのせいかこれまで秘密の顔だった「スワプ」がついに表に出てこようとしている。

ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介


 高円寺南商店街で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介は、美術解剖学と服飾には自信があり、服の痛みやシワを見ればその人の病気や暴力の影が見える。
ある日偶然テレビの未解決事件の公開捜査番組を見かけ、その被害者である少女の着ていたワンピースから目が離せなくなった。
桐ヶ谷は同じ商店街にあるヴィンテージショップの店主・水森小春に意見を求め、見つけた事実を元に警察に情報提供をするが、全く取り合ってもらえない。
二人は、自分たちでできることをしようと動き出す。

 『法医昆虫学捜査官』シリーズと同じテイストだが、いろんな知識がちりばめられていて興味が尽きない。
もちろん個性的な登場人物もいるし、予想もしないところからの事実も出てくるし、驚きでいっぱいだった。
悲しい事実のせいで一番薄まっているけど、主人公の桐ヶ谷の性分の印象強さも相当だ。
そしてそんな専門的な知識を自信にしている彼らの矜持を一言で表す名言もあった。
「この謎がわからないようなら、わたしらは実践で使い物にならないプロ気取りの雑魚」

天を測る


 幕末の安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。
そこに乗る算術・測量術を得意とする小野友五郎は、乗組員であるアメリカ人たちに負けない技量を披露していた。
アメリカの技術を知り、学び、自国で通用させるため、友五郎は数字と向き合う。
いつしかその実直さを買われ、望んだわけではなくとも出世し、やがて日本の大きな変革に巻き込まれていく。

 今野敏の書く主人公は、真面目で芯があり、ただ自分の役割を全うしているだけなのに人からは大きく評価され、変わった考えを持つ人だと言われるが、自分自身はただ思う道を進んでいるだけでなのでなぜ評価されるのか理解できないといった人物ばかり。
どんなシリーズでも同じで飽きてきた。
面白かったのは福沢諭吉が自分勝手でちゃらんぽらんの困ったやつという人物だったこと。
 ヴィクトルの活躍する「曙光」や、「蓬莱」、「海に消えた神々」といった昔のようなしっかり読ませる話がまた読みたい。

明治銀座異変


 横浜の本町通り、馬車で通りかかった西洋人を、3人の侍が切りかかり殺してしまう。
必死で逃げる奥方と青い目の小さな子供。
しかしその事件は、犯人が捕まらないまま17年の月日が流れた。
 開化日報記者の片桐は、14歳の見習い探訪員“直太郎”と共に御者が狙撃され、暴走した鉄道馬車に出くわす。
止めようと駆け出す直太朗と、乗客だった一人の女性によって、暴走は止められたが御者はそののち死に、狙撃事件として新聞のネタになることになった。
片桐と直太朗、そして乗客の女性・咲子は、事件を追ううち17年前の事件との繋がりを見つけてしまう。

 舞台は前作より前の話。
一見やる気のなさそうな片桐と、”腕白”な直太朗のやり取りが微笑ましく、そこに加わる咲子の聡明さが際立つ。
手がかりの少ない事件だが、事実がわかり始めると止まらない。
理由もなく殺された西洋人の来し方が分かるにつれ暗い気分になってくるし、その尻拭いを丸投げされてしまう片桐のやるせない苦悩が息苦しい余韻となる。
それでも、時々姿を見せる久蔵に親しみを感じてしまうし、咲子の後の人生は力強いとわかっているから気持ちは沈まない。

礼儀正しい空き巣の死


 高齢夫婦が旅行から帰ったら、知らない男が浴室で死んでいた。
その男は靴をそろえ、脱いだ服をたたみ、割った窓ガラスも補強するという礼儀正しさ。笑い話のような事件から起こる、30年前からの犯罪。
 死んでいた男はホームレスと思われたが、その家が30年前に少女殺人事件の起こった隣家だったことを定年間際の金本刑事課長が思い出す。
単なる偶然なのか。

 出世欲の強い卯月枝衣子警部補が、金本の勘を引きついで調査していると、ちょうど起こったばかりの別の事件との関連まででてくる。
そうやって次々と関連事項が増えて聞き、とうとう30年前の事件にもつながってしまった。
男たちの思惑にあきれたり振り回されたりと、枝衣子は忙しくなるが、枝衣子自身にも大きな進退の決断へとつながり、事件の広がりと枝衣子の人生の広がりに興味を惹かれて目が離せなくなる。
柚木草平が、「小説の登場人物」として出てきた。
でも山川は登場人物としてちゃんと登場していた。
前作はちゃんと実際に警察にいた人物として登場していたのに?