泥棒はスプーンを数える


 古本屋にやってきた客から頼まれた仕事を難なくこなしたバーニィ。
するとその客・スミスは、次の依頼をしてきた。
そんな中、刑事のレイが店にやってくる。
大きな家で一人暮らしをしていた老女が殺されたらしい。
いつものようにバーニィに容疑がかかっているのかと思いきや、なんと今度は恥を忍んでバーニィに知恵を借りに来たという。
自分のためではないのに、バーニィはこの事件を解決しなければならなくなる。

 今度はレイの方からバーニィの推理を聞こうとやってくる。
泥棒なのに探偵をやってきたバーニィにとって、これは一大事である。
自分のためではないのに仕事をするバーニィ。
でもちゃっかり美女と知り合いにはなっている。
これがきっかけで探偵をまっとうな仕事としないかと言われたバーニィだが、やっぱり彼の矜持には合わなかったようだ。

襷がけの二人


 親が定めた縁談で、製缶工場を営む山田家に嫁ぐことになった十九歳の千代。
女中が二人いる裕福な家庭で千代は、若奥様となった。
無口な夫とはいい関係を築けなかったが、元芸者の女中頭・初衣、そして朗らかな芳との関係は良好で、三人は姉妹のように仲良くなった。
やがて芳は嫁に行き、初衣とは戦火によって離れ離れになってしまう。
しばらくは暗く、必死で生きていた千代だが、ひそかに憧れていた初衣と、また会えることになる。

 生きているのかもわからない相手と、また巡り合えた時の喜びが、冒頭にある。
そこに至るまでの日々を辿っていきながら、千代の思いにふれるたび初衣との日々がどれほど楽しい時間だったのかが分かってきて嬉しくなる。
そして戦争が起こり、悲惨な日々の千代は苦しくなるが、それでも最後に巡り合える日を知っているのでむやみに辛くならずに済んだ。
長さのわりに読みやすく、千代の気持ちが素直に入ってくる。

ヴァンプドッグは叫ばない 〈マリア&漣〉シリーズ


 U国MD州で現金輸送車襲撃事件が発生した。犯人グループの5人は、裏の協力者の力を得て、車と屋敷を手配され、逃げ込んでいた。
応援要請を受けたマリアと漣は州都フェニックス市へ向かい、ジェリーフィッシュや検問で大掛かりな捜査が始まっった。
犯人グループは慄くが、実は二十年以上前に連続殺人を犯した男『ヴァンプドッグ』が逃げ出していたのだ。
ヴァンプドッグは狂犬病ウィルスに罹患しているとみられており、彼の犯行と思われる死体が次々と発見されていた。

 物騒な事件と恐ろしいウィルスに、暗い雰囲気が漂うが、マリアと漣のコンビが交わすやり取りで一瞬にして和やかになる。
発症したら100%死に至るという狂犬病が題材となったことで、恐ろしさが大きいうえに、その変異体となればもうワクチンは効かないかもしれないという不安が膨らみ、現金強奪事件が小さいことに見えてくる。
やがて犯人グループも順に謎の死を迎える頃にはもう目がそらせない。
結果も予想外なところがたくさんあり、とても楽しかった。

うさぎ玉ほろほろ


 武士から菓子職人へと転身した「南星屋」の主・治兵衛。
娘と孫、そして最近店に入った職人の雲平で切り盛りする小さな店だが、店主の治兵衛が全国を歩いて集めた珍しい菓子を出すため人気の店だった。
店に顔を出すようになった中間の鹿蔵が、ある日文を託したまま姿を消してしまい、皆で心配する。
鹿蔵が大きな事件に関係しているのではないかと気を揉むが、孫のお君がうっかり買った恨みによることだとわかり怖い思いをしたり、小さな子供が思い詰めて店に直談判にやってきたり、店はいつも人であふれている。

 可愛い客にほっこりしたり、おいしそうな菓子を想像したり、知らない地域の菓子を調べたりと、とても楽しい時間だった。
剣呑な事件に巻き込まれそうになってヒヤリとしたが、「南星屋」のみんなが軽口をたたきながらも次の菓子の話をする場面が好きで、どんなふうになるかと想像してうれしくなる。
甘いもので幸せになる気持ちがあふれていた。

朝星夜星


 大きな背丈のゆきは、小さいころから奉公していた遊女屋から突然、嫁に行くことになる。
相手は阿蘭陀料理を作る料理人。
進められるまま嫁ぎ、やがて子も生まれるが、夫の丈吉は無口で何も教えてくれない。
それでもだんだんと自分の店を出し、大きくなり、大阪に出て、やがて政府からの客ももてなす大店となっていく。
日本初の西洋料理店を出した、草野丈吉に、生涯にわたり添ったゆきの物語。

 誰も客が来ない貧乏だった頃から、大成功を収めてもまだ足りないと働く丈吉に、どこまでも寄り添った妻のゆき。
外に女を作られて腹を立てる様子、子供にむける愛情、店でのやりがいなど、細かい心の動きまでじっくりと書かれていて読み飛ばせない。
時々入るつぶやきがとても端的でおもしろいし、少しも飽きなかった。
最後は老いて思い出を攫いながらの毎日が、目が覚める直前に見た夢のようでほっこりするが、この終わり方は他でもあった気がする。

幽霊絵師火狂 筆のみが知る


 料理屋「しの田」のひとり娘である真阿は、胸を病んでいると言われ、外に出ずに部屋で寝ているか本を読んでいることが多かった。
ある時、江戸からやってきた有名な絵師だという火狂が居候をすることになる。
火狂は怖い絵を描くというが、真阿は彼の絵が気に入り、時折部屋へ訪ねて行っては絵を見せてもらっていた。
そして真阿は、夢を見るようになる。

 その夢は、火狂の絵と呼応するように人や景色を見せる。
体が大きく、みすぼらしい姿をしている火狂なのに、よく笑い、真阿には優しい。
二人の不思議なやりとりが短いのに核心をついているし、若い真阿が気づいたことと、父ほどの年の火狂が考える事の違いが比較されてなるほどと思わせる。
そして他人事なのにわざわざ出かけて行って事情を探ってくる火狂。
悲しい出来事と優しい人の話で、予想外に心に残る本となった。

空を駆ける


 会津藩士の父のもとに生まれたカシは、幼い時戊辰戦争を生き延びた。
しかしその後は横浜の生糸問屋へ養子に出され、さらに父によりアメリカ人女性宣教師メアリー・キダーが創立した女子寄宿学校フェリス・セミナリーへ入学となる。
生家はあるのに2度も父から捨てられたと感じるカシは、常にホームを求めていた。
やっと手に入れたフェリス・セミナリーでカシは学び、女性の自立こそがこの国の未来を切り開くと感じ始める。

 フェリスで思う存分学びながらも、やっぱりホームを求めてしまうカシ。
そこで出会った学友たちとの交流で、彼女は大きな翼を手に入れ、生涯の仕事と伴侶を手にする。
幼いころの出来事から、成長するにしたがって変わってくる考え方や好み、そして出会いと感情をいっぱい詰め込んであって、最後ま充実していた。
表紙の明るく爽やかなイメージのままで、まさに駆け抜ける。
とても楽しい時間だった。

広重ぶるう


 定火消同心の子として長屋で生まれた重右衛門は、幼いころから絵が好きだった。
町絵師なら簡単になれると思い人気の豊国に師事しようと訪れたが門前払いされ、銭を稼げるならだれでもいいと、次に豊弘の門をたたいた。
しかし、広重という名をもらい、独り立ちしても一向に売れず、美人画は「色気がない」、役者絵は「似ていない」と酷評されるしまつ。
貧乏暮らしの中、ある日なじみの版元である喜三郎から見せられたうちわ絵に衝撃を受ける。
それは、まだこの国ではで広まっていない、ベルリンから来た顔料「ベロ藍」だった。
広重は、この青でしか描けない江戸を書きたいと、生涯思い続ける。

 これはじっくり読みたいと思っていたのに、気づけば止められなくなっていた。
そういえば北斎の話も、娘のお栄の話も、国貞の話も読んだことがある。
江戸の絵師、浮世絵師の話は多く、そのどれもがエネルギーにあふれていて面白い。
苦悩し、腐ったりもしたけど誰からも見捨てられないのは広重の人徳。
ベロ藍で刷られた空や川の色を実際に見てみたい。

婿どの相逢席


 小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、好き合ったお千瀬と結婚でき、うれしさでいっぱいだった。
ところが、お千瀬の実家である大店の仕出屋『逢見屋』に婿入りとなった鈴之助は、驚くことを知らされる。
そこは、女が仕切り、女が最も偉い家だった。
表向きは主人となるが、商売の一切は蚊帳の外、仕事もなく、ただ無為に過ごすことだけを望まれ、鈴之助は途方に暮れる。

 逆玉の輿のつもりが、婿入り早々隠居暮らしとなった鈴之助。
だが前向きな鈴之助は、可愛い妻を助けつつ、暇なことをいいことに、気になることにどんどん首を突っ込んでいく。
鈴之助の穏やかで人を安心させる性格が、あちこちで幸せの種となっていく様子がとても気持ちがいい。
捻くれた人も多く出てくるが、そうなってしまった原因をときほぐしていく鈴之助の言動が、やがて『逢見屋』にも変化をもたらしていきそうだ。

白光


 日本人初のイコン画家として生きた山下りん。
明治、日本女性初としてロシアの女子修道院に渡ったが、美術を学ぶつもりであったりんは、修道院でのやり方になじめず、5年の任期を待たずに帰国する。
それでも、聖像画師として30年以上を過ごしたりんは、300点以上の絵を描いた。
自分の求める絵の技術と、信仰のための絵との隔たりに苦悩しながら生きた、一人の絵師の物語。

 本当は美術を学びたかった。
けれど周りが求めていたのは信仰となる絵であった。
そのため留学先でも指示されることに納得できず、やがて体が拒絶する。宗教画には無用の絵師の個性が抑えられずに苦悩するりんの様子が痛々しい。
そして、どんなことがあっても絵を描き続けるりんの強さが最後まで貫かれていて、イコン、正教の日本での歴史、大聖堂の描写、様々なことを調べながら、長さも気にならず一気に読んだ。