十字路の探偵


 時計屋の二階に居候をしている探偵は、古本屋の主人から買った本を読んで、十字路に飛び出した。
その本には、まさに今起ころうとしている事が書かれていたのだった。
そしてその時出会った少女と共に、探偵は「誰かが死ぬ前に事件を解決する」と決める。

 誰も死なせないと決めた探偵だが、現在起こっている連続殺人事件が解けずにいた。
拾った少女と共に事件に挑むが、特に推理するでも観察するでもなく、ただゆったり眺めている。
勘を働かせるのはむしろ少女のほうで、ゆるっとした雰囲気でずっと進み、ぬるっと解決する。
なんだか薄い話だった。

初瀬屋の客 狸穴屋お始末日記


 訴訟の手続きや裁きが出るまでの間の宿を生業とする公事宿。
そこへ見習いの手代として入った絵乃。
絵乃自身も、借金と浮気を繰り返す夫との離縁を経験しており、訴え出る人たちの今後の人生が良くなるようにと仕事を張り切る日々だった。
そんな狸穴屋にやってくる客は、諍いや屈託を抱えている。

 主に離婚を扱う狸穴屋。
生業はいろいろだが、作者は人々の人情をじっくり書くものが多い。
今回も市井の人々ばかり出てくるが、皆なぜか影が薄い。
話も終わったら忘れてしまうようなものばかりで、印象に残る出来事はなかった。

高慢と偏見、そして殺人


 紆余曲折の末にエリザベスとダーシーが結婚してから六年。
2人が住むペンバリー館で、あらしの夜に起こった悲劇。
屋敷での舞踏会を控え、準備に忙しい人々のところへ、馬車が森からすごい勢いでやってきた。
乗っていたのはエリザベスの妹リディア。
彼女は、森で夫とその友人が馬車から出ていった直後、銃声が聞こえたという。
探しに向かったダーシーたちが見たのは、無惨な死体と、そのかたわらで放心状態のリディアの夫ウィッカムがいた。

 ジェーン・オースティンの古典の続きということだったが、それを知らなくても充分楽しめた。
エリザベスとダーシーの親族が起こした、残虐な犯行は、はたして本当にウィッカムの所業なのか。
状況説明がしつこすぎるくらいしっかりしていて長いと感じるが、真実は少し意外なところから出てきた。
エリザベスとダーシーの結婚に至るまでの話が気になりだす。

皇后の碧


 精霊たちが生きる世界。
鳥の精霊の王に拾われた、土の精霊の子・ナオミ。
羽は持たないが不自由はなく暮らしていたナオミはある時、風の精霊を統べる蜻蛉の精霊の皇帝から「私の寵姫の座を狙ってみないか?」と誘われる。
皇帝の後宮には皇后と愛妾(つま)がおり、彼の胸には皇后の瞳の色に似ている緑の宝石を選び抜いた首飾り「皇后の碧(みどり)」が常に輝いていた。
ナオミはなぜ自分に声がかかったのか訝りながらも、かつて鳥の王の妻であり、皇帝に召し出されたイリス皇后の様子を探りに、後宮へと向かう。

 八咫烏シリーズとはかなり印象が変わるファンタジー。
皇帝の横暴におびえる日々から、後宮の内部を見て回るうちに気づく事、立場によって見え方がこんなに変わるのかと驚く。
そのうえ鳥と虫との性質の違いがもたらす考え方の違いも大きい。
皇帝の秘密は大きかったが、イリスの秘密でもあり、納得させられる。

神学校の死

 
 サフォーク州の人里離れた全寮制神学校で、一人の学生が海岸の砂に埋もれて窒息するという不審な死を遂げた。
事故という結論に不満を持った父親が、警察に再調査の圧力をかけてきた。
真相究明のため現地へと赴いたダルグリッシュ警視長が調査を始めると、客として来ていた神学校の閉鎖を進めようとする教会幹部が教会内で殺される。
学生の死と関係があるのか、そしてダルグリッシュがいるにもかかわらず殺人が起こるという異常な状況で、真相にたどり着くことができるのか。

 危険だとわかっている場所で大量の砂で圧死という、事故か自殺かわからない学生の死から、次々と不幸が続く。
状況説明が長く、最初に明かされた少しのヒントだけで半分ほどまで進むので、何も見えてこないために飽きてくる。
最後の1/10ほどになってようやく面白くなってくるが、個性のあまりない神父たち登場人物の区別がつくようになるまで長かった。

魔法律学校の麗人執事1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー


 スポーツでも学業でも日本一の、修道院育ちの野々宮椿。
好きな男の子から「女としてみれない」と言われて落ち込んでいた時、魔法の天才・条ヶ崎マリスの執事にならないかと通りすがりのオジサンから誘いを受ける。
女だということを隠し、男子寮で暮らすことになってしまう。
棒弱婦人の主人・マリスに振り回されながら、魔力ゼロの一般人である椿が魔法と法律の学び舎・魔法律学校に入学する。
生意気なオレ系主人と男装の執事の、恋と魔法のファンタジー。

 これまで法律の小説をたくさん出してきた作者が、ライトノベルシリーズとして出したのがいきなり魔法学校。
魔力は遺伝で決まり、その力を持った数少ない人たちだけが日本を動かしているという設定。
あまりのギャップに追いつけないけど、王道のファンタジー。

キノの旅XXIV the Beautiful World


 キノとエルメスが旅の途中で出会った人たちや国の話、24段。
わずかな温度差でも許せない人たちの国では、国の空調温度の設定で国民投票が行われていた。
若者しかいない国や、冗談を言ってはいけない国など、今回も不思議な国がたくさん。

 今回はキノの師匠の話もあった。
長い年月を経て持ち主のところへ戻ってきたライフルの話は、いつもの皮肉な国の話とは違ってセンチメンタルな雰囲気。
これまでより残酷さが減った国が多かった。

優しい幽霊たちの遁走曲


 ホラー小説家の津久田舞々は、新作が描けずに悩んでいた。
すると担当編集者から「ホラー作家を欲しがっている」という過疎化した町を紹介され、黄金の国と呼ばれていた町・古賀音を訪れる。
依頼は、その町に移住して町の小説を書くこと。
田舎には不釣り合いな洋館で、食も住もすべてを用意してもらえるというできすぎた依頼だった。
ところが庭にある祠の封印を解いてしまったところから、舞々の常識と生活は一変する。

 住まいも光熱費も、食費もすべて費用は町持ち、さらに別に報酬まで出るという胡散臭い依頼だが、追い詰められていた舞々は乗ってしまう。
そこで出会った人ではない者たちと、おかしな体験。
最初は現実を受け止めきれずに戸惑う舞々だが、やがてどこまでが現実か訳が分からなくなってくる様子はホラー。
最後は「クラインの壺」のように混乱して終わるのかと思ったが、タイムリープの様子も含まれていてまだ続きそうにも感じられ、終わりのない恐怖に包まれる。

矢上教授の午後


 夏のある日、大学の古い研究棟に偶然居合わせた人たちが、停電によって建物に閉じ込められてしまう。
電話もつながらず、エアコンもなく外は大嵐で出ていくこともできず、ただ天気の回復を待つひと時のはずだった。
しかし、そこでなぜか大学関係者でもない男の死体が見つかってしまう。
犯人がまだこの中にいるかもしれない状況で、午後のティータイムのお供にと矢上が真相を突き止めようとする。

 小さな謎も大きな謎も、盛り込みすぎてどれが解決に向かっているのか全くつかめない。
さらにそれぞれの章が短く、ころころと場所も視点も変わっていくので流れがつかみにくかった。
最後にはすべて解明するが、どれもなくても良かったのではと思うような小さな出来事ばかりで興味も沸かず、退屈な午後といった感じだった。

死者の国


 パリの路地裏で、ストリッパーが殺された。
口を耳まで切り裂かれ、喉には石が詰め込まれ、裸のまま両手両足を縛られ、さらには下着で首を絞めているという異様な姿だった。
警視のコルソは、捜査を進める画手がかりは見つからず、そのうちに第二の犠牲者が見つかる。
すると、元服役囚で現在は画家として成功しているソビエスキという男が二人と付き合っていたという情報をつかみ、コルソはソビエスキを容疑者と考えた。
様々な共通点からソビエスキを追い詰めるが、コルソはどこかしら違和感も感じていた。

 思い込みが激しく、多少乱暴でも突っ走り、強引な操作を強行するコルソ。
違和感は時々見え隠れするが、それでも犯人はソビエスキしか考えられないと、突き進む。
やがてソビエスキは捕まるが、有能な弁護士が付き無罪になりそうになり、と状況は二転三転する。
決定的な証拠だと思われたものにも違和感が出てきたりと、どこかしらスッキリしない。
普通なら犯人が捕まって一件落着のはずが、裁判やら新たな死体やらとだらだらと続くには理由があるのだが、むしろ最後の事実のほうが予想ができた。
ソビエスキの強いキャラクターがなによりも印象に残る。