崩れる脳を抱きしめて


 神奈川にある終末医療の病院に実習に来た研修医の碓氷。
そこで脳腫瘍を患う女性ユカリと出会う。
外の世界におびえて病院から一歩も出ないユカリと、父に捨てられた憎しみで金を稼ぐことに執着する碓氷が、やがて心を通わせていく。
しかし研修が終わった碓氷が突然やってきた弁護士から聞いたのは、ユカリの死だった。
彼女は本当に死んだのか、残した遺言書に感じた違和感から、碓氷はユカリの足跡をたどることにする。

 ユカリに惹かれ、小さな共犯となり、二人が抱えてきた闇をお互いに助け合いながら乗り越えていく。
前半は割と違和感なく読めていた。
だが碓氷がユカリの死を追い始める頃から、違和感とも嫌悪感とも言える不自然さが大きくなっていく。
それまでの思いが台無しになるほどの崩れようで、前半の印象の良さが後味の悪さでかきけされてしまった。

431秒後の殺人: 京都辻占探偵六角


 カメラマンの安見直行は、写真の面白さを教えてくれた恩人である叔父の死が納得できずにいた。
すると祖母から、京都の『六角さん』へ頼めばいいと言われる。
六角さんは、ずっと昔から法衣店をしながら占いもしていたそうで、近所は皆なにかあるとそこへ頼みに行ったという。
直行がおそるおそる尋ねると、そこには無愛想で気まぐれな店主・六角聡明がいた。

 最初は問答無用で追い払われた直行だが、話始めると聡明は興味をそそられたらしく、一緒に調査を始める。
いろんな人に話を聞くうちに、聡明は一人納得していく。
無愛想で不機嫌な聡明とお人好しな直行のコンビは、それ以外もいくつかの事件の相談を受け、直行が嫌がる聡明を連れまわしていく。
悲壮な犯罪者の告白もあったりするが、直行のお人好しのおかげで暗くならずにさらりと読める。

時間の虹 紅雲町珈琲屋こよみ


 コーヒーと和食器の店、小蔵屋。
最近間違い電話が多いこと、そして久美が一ノ瀬の話を全くしなくなったこと。
不安なことが重なるが、お草さんは敢えて普段通りに過ごす。
これまでとは違う問題が起こりそうな不穏な雰囲気に包まれていた。

 小蔵屋が閉店!?
もうなじんだシリーズだが、今回はサブタイトルが不穏で驚いた。
いつの間にか過ぎている時間が、より不安を引き立てる。
そして小蔵屋閉店。
何があったのか、お草さんは何を思っていたのか、想像が膨らむばかりで一向に解決しない。
でも何か区切りではある感じはした。

午後のチャイムが鳴るまでは


 九十九ヶ丘高校のある日、昼休みに禁じられた外出を企む男子。
先生に見つからず、午後の授業に間に合うように帰ってくるというミッションに挑む。
文化祭で販売する部誌の表紙に入れる予定の絵が出来上がってこない!
屋上にある天文部の望遠鏡からある日突然消えた女子生徒。
学校で起こる小さくてもばかばかしくても青春だった出来事。

 クラスで起こる出来事の一つ一つが大事だった頃。
そこで起こる出来事をあっという間に解き明かす生徒会長。
バラバラの事件だけど、探偵役はあっという間に気付く。だけどあえてそれを解かずに関わる人に任せて気づかせる。
全部読んでやっとつながりが楽しく感じる。

新宿特別区警察署 Lの捜査官


 歌舞伎町、新宿二丁目、三丁目を管轄する「新宿特別区警察署」。
そこへ日着任の新井琴音警部は、小学三年の息子のインフルエンザで初出勤に送れそうだった。
夫は警視庁本部捜査一課の刑事だが、琴音の方が階級が上であることで屈託を抱えている。
琴音がなんとか出勤したとたん、管内で殺人事件が発生したので出動の号令がかかり、さらにその夜、二丁目のショーパブ上階のイベントスペースで無差別殺傷事件が発生する。
新宿二丁目という特殊な場所で起こる、性的マイノリティのために追い詰められた人たちの事件。

 幹部になって初めての事件。
新しい配属先で起こる、これまでの価値観を覆される琴音。
調べていくにつれ、思いもよらない価値観と感情にあふれる琴音に、読むうちにこちらも感情を揺さぶられる。
そのうえ苦しい現実の描写が多いためこちらも苦しくなるが、読みやすいので一気に読んだ。

春休みに出会った探偵は


 中学2年生の花南子は、父親の海外勤務によって春休みから曾祖母の五月さんが経営するアパートで一人暮らしを始めた。
その矢先、五月さんがぎっくり腰で入院してしまう。
一人五月さんの部屋でいる時にあて先不明の封筒が届き、その内容のおかしさに気を惹かれ、同級生の根尾くんと調べようと決める。
すると偶然出会った無愛想だけど親切な男性の手助けを得ることができ、花南子たちは彼を”名探偵”と呼ぶことにした。

 中学生ではできることが限られていて、しぶしぶながらもそのフォローをしてくれる探偵に信頼を寄せ始める。
もちろん謎はご近所さんのことだし、そうそう世界は広がらないけど、子供の不自由さをできるだけ越えようと頑張る花南子の様子が力いっぱい表現されている。
春休みの自由さが自立心を引き立てているようだった。

ブラッド・ロンダリング 警視庁捜査一課 殺人犯捜査二係


 警視庁捜査1課へと転属となった真弓倫太郎。
牛込署管内で転落死体が見つかり、臨場要請がきた。
その死体は一見自殺に思えたが、靴についていた特殊なドーランが気になるというチームメンバーの汐里の意見から、捜査が始まった。
そこから始まるさらなる遺体発見と「無果」というキーワード。
やがて見えてくる大きな事件とその被害者の人生と、真弓と汐里の過去。

 汐里が抱いている大きな傷は早いうちに明らかになるが、真弓の苦悩はなかなかはっきりしてこない。
それだけ隠された秘密が明らかになるときの衝撃は大きかった。
最初から緊張感が続いて読むのにエネルギーが必要だったが、最後は苦しいのに止められず、登場人物の痛みが次々にやってきて辛かった。
しかも何人分もあったので、読み終えると疲れ果ててしまう。
それくらい大きな衝撃だった。
最後に明かされるタイトルの意味は、予想もできなかった。

明智恭介の奔走 屍人荘の殺人シリーズ


 神紅大学ミステリ愛好会会長・明智恭介。
探偵に憧れ、謎を求めてあちこちに出入りしては名刺を配り歩く変人。
サークル内で起こった不可解な盗難、商店街での噂の真相、わずか数分で起こった試験問題の盗難騒ぎなど、身近で出くわす日常の謎に迫る。

 『屍人荘の殺人』より前に葉村と共に挑んだ謎。
変人だが、ミステリを求めるエネルギーは大きい。
屍人荘であんなにあっさり姿を消したのが今でも意外なほどの存在感で、葉村から見たちょっと滑稽な様子がまだ未熟な探偵感が出ていてでおかしい。
それに確かに小さな謎だが、商店街の謎はほっこりさせれたし、シリーズにあるような政治的な陰謀がない分読みやすかった。

乃井探偵社は今日も倫理観ゼロ


 女性専用の探偵事務所である乃井探偵社は、従業員3名ももちろん女性。
ある日やってきた女性の依頼は、「娘を殺した犯人を警察より先に探してほしい」というものだった。
若い女性がさんざん殴られた後に首を絞められて殺された事件は、警察の調べをもってしても容疑者は浮かんでこなかったという。

 ある程度、法を犯す覚悟がないとやっていけないような依頼。
そして従業員の悲惨な過去なども混ざりあい、過去と今を行き来しながら、捜査を進めながらという複雑な構成だった。
それでも登場人物の少なさゆえか混乱はせず、すんなりと読み進められた。