空を駆ける


 会津藩士の父のもとに生まれたカシは、幼い時戊辰戦争を生き延びた。
しかしその後は横浜の生糸問屋へ養子に出され、さらに父によりアメリカ人女性宣教師メアリー・キダーが創立した女子寄宿学校フェリス・セミナリーへ入学となる。
生家はあるのに2度も父から捨てられたと感じるカシは、常にホームを求めていた。
やっと手に入れたフェリス・セミナリーでカシは学び、女性の自立こそがこの国の未来を切り開くと感じ始める。

 フェリスで思う存分学びながらも、やっぱりホームを求めてしまうカシ。
そこで出会った学友たちとの交流で、彼女は大きな翼を手に入れ、生涯の仕事と伴侶を手にする。
幼いころの出来事から、成長するにしたがって変わってくる考え方や好み、そして出会いと感情をいっぱい詰め込んであって、最後ま充実していた。
表紙の明るく爽やかなイメージのままで、まさに駆け抜ける。
とても楽しい時間だった。

鯉姫婚姻譚


 商才がないと早々に見切りをつけられ隠居の身となった呉服屋の跡取り息子・孫一郎。
身の回りの世話をする婆さんとひっそり暮らす家には、大きな池があった。そして父が家と共に残したのは、池に住む人魚だった。
ある日孫一郎は、まだ10歳ほどにしか見えないその人魚のおたつに求婚される。
そして、人と人ではないものの結婚の話をねだられ、決して幸せにならないと語る。

 人ではないものとの婚姻の話は、昔ばなしにもたくさんある。
知っている話もいくつかあったが、どれも幸せなのは本人たちだけで、周りは死んだりひどい目に合ったりする。
でもなぜかどれも、人が人外に歩み寄る話ばかりだった。
人に寄り添い、人の世界で生きようとしたものは少ない。
孫一郎の最後もやはり、傍から見れば恐ろしい、おたつからの究極の愛情をもらうことになった。

山亭ミアキス


 山道を走っていたら迷い込んだ、「山亭ミアキス」。
超美形のオーナーと美味しい紅茶、微かにリンゴの香りが漂う暖炉や絶品のアイルランド料理と驚くことばかり。そして外に出て霧が晴れると、青く光る湖がある。
だけどその不思議な宿では、携帯もつながらずテレビもなかったり、ほかの客の姿も見ない。
運よくたどり着いた人たちは、そこでひと時の癒しと、未来への力をもらう。

 「マカン・マラン」シリーズと同じように、料理の描写がとても美味しそうで気になる。
マタハラで仕事をクビになった女性や、ブラック部活に苦しむ少年、仕事での理不尽に悩む人など、いろんな人が迷い込む。
だけど共通しているのは皆悩んでいる者たち。
そして従業員たちは、目的を果たす力を手に入れたら、次の者に託して宿を去る。
その宿のことは、いい思い出となる者だけじゃないところがいかにも従業員たちの習性を表しているし、カラクリもわかってはいるけど神秘的で、短編だから読みやすくもあり、悲しいきっかけだったわりには後に残る余韻は軽い。

ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし


 いつものように怪異を求めて夜歩きする宣能と宗孝。
しかし宗孝は、宣能が秘めている荒事のことで頭がいっぱい。その時、二人の面前にひらりと漂う白いものが現れる。
驚き慄く宗孝。
 一方、自身が企んでいたことが失敗し、夜な夜な悪霊に悩まされている弘徽殿の女御は、悪霊が実は巫女たちの仕掛けだったことを知り、復讐を誓っていた。

 宗孝の周りが一気に慌ただしくなる。
どんなことも権力に任せてやってしまう弘徽殿の女御、都の裏の仕事をしている多情丸、そしてそんな物騒なことは何も知らずに純情な恋心を育んでいる東宮と初草。
物騒なことが多く起こる今回だが、東宮と初草の微笑ましいやり取りが和ませる。
今回は周りの者たちのエネルギーに押されて、宣能と宗孝の印象が薄かった。
これからの二人が心配になる。

青い雪


 第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
夏のひと時を過ごす3つの家族。
幼い時はただ楽しかった。でもある時、5歳の亜矢ちゃんがいなくなった。
子供だったために知らなかったことが、やがて少しずつ分かってくるようになり、亜矢ちゃんを取り戻そうと動き始める寿々音と大介、そして秀平。
やがて3つの家族の秘密も明かされ、あの日起こったことも明らかになる。

 3つの家族それぞれの子供たちの目線から語られるため、最初はバラバラな印象。
でも3家族の関係が分かり始めると、それぞれの出来事がつながり始める。
そしていつまでもつながらなかったタイトルは読み終わってはじめて気づく。
ちょっと関係者が多すぎて混乱した。

さよなら僕らのスツールハウス


崖に腰掛けるように建っているシェアハウス「スツールハウス」。
元恋人の結婚式にお祝いとして送った写真にこっそり隠した伝言。シャワールームから聞こえた、住人以外の音。植物が好きな青年に持ち込まれた月下美人についての相談。そして一番長く住んだ住人が急に思い立ったこと。

同じ時を過ごした記憶を、建物が思い出しながら語っているよう。
スツールハウスが建って最初の住人の話から始まり、入れ替わりながら、代々の住民それぞれの立場で起こったことを淡々と描いている。
しんみりしたり、後悔を解消できたり、ホラーだったりといろいろだが、私は一番最初の話が気に入った。

遺品博物館


 一見して年齢が分かりにくく、特徴もない男は、吉田・T・吉夫といった。
「遺品博物館」に収蔵する品を選ぶため、生前に依頼をうけた人から一つ、遺品をもらいにやってくるらしい。
金銭的価値は関係なく、死者の人生において最もふさわしい遺品を選ぶという。
 そんな吉田が引き取りに来た遺品にまつわる、依頼人と家族の話。

 遺産を残したことで起こる親族の争いや、死んでからわかる依頼人の交友関係、そして隠してきた思いなど、それぞれの人生が語られる。
悲しみに沈んだり、分け前を増やそうとしたり、出し抜こうとしたりする親族をしり目に、吉田は依頼人とその周辺を冷静に観察している。
そんな吉田の言動が時にコミカルだったり軽快だったりするため、全体の雰囲気もどこか明るくて読みやすい。
妙に感情移入することもなく、自分のことは謎のまま曖昧にして、依頼人の最も象徴的な遺品を選び取る様子は、何よりも依頼人の人柄を浮きだたせている。
こんな博物館があるならぜひ見てみたいし、依頼しておきたい。

道化師の退場


 永山櫻登は、俳優だが名探偵として名を馳せた桜崎真吾と面会する。
彼は、余命宣告を受けた病人だった。
前年の夏、小説家来宮萠子が自宅で殺害され、容疑者として櫻登の母春佳が逮捕されたが、「彼女の死に対して、わたしに責任がある」の言葉を遺し謎の自殺。
櫻登は、母の無実を信じてその真相を究明しようと桜崎を頼ってきたのだった。
桜崎の指示で、櫻登は母とその交友関係、さらに祖母やその親友にまで調査を広げ、母の残した言葉の意味を探っていく。

 誰からも変わっていると言われてきた櫻登は、会話のつなげ方が独特。
そんな彼に助言をする桜崎も風変りで、個性的な人物が多い。
だんだん広がる調査対象と人間模様に、より深くなってくるのは櫻登への興味。
イヤミスにはならない程度の、ホラーともいえるような最後は思わず読み返した。

よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記


 高校生の滝本望は、元芸者で粋なお蔦さんと、神楽坂で暮らしている。
最近近所で万引きが増えていると、警官の馬淵刑事が商店街にチラシを持ってやってきた。
商店街の者は皆、ずっと昔からの知り合いばかりで団結も強い。
そんな神楽坂に来た、若い女性の万引き犯。

 ご近所さんのために、ただ自然に力になりたいと思って行動する高校生の望。
商店街のためだけじゃなく、部活で起こったちょっとした「事件」や、皆が知っているけど誰も触れたことがない地域猫、そしてお蔦さんの交友関係まで、いろんな方面に力を出し惜しみしない。
とりわけ、お蔦さんの芸者時代の話はもっと知りたいと思ってじっくり読んだ。
重ねた年月や苦労が、愚痴や軽口でも湿っぽさはなくてむしろ知恵や励ましに聞こえる。
そのため、お蔦さんの話は聞いておこうという気になる。