青く滲んだ月の行方


 隼人は、別れた咲良の荷物を箱に詰め、送り返す手続きをする。後輩の大地は、「女の子との遊びはクレーンゲームみたいなもの」と言ってみせる。
自殺をテーマにした劇の台本を作っている最中に、クラスメイトが自殺してしまい、作り直すことにしたB。
悩める少年たちの世界。

 毎日なんとなく過ごして、面白い事も忙しい事もあるけどなんとなく退屈な頃。
そんな世代の若者たちの出来事が、ただ淡々と描かれる。
盛り上がることもなく、暗すぎることもないので、夢中になることもなく、楽しくもなく、続きはどうでもよくなって、読むのを辞めてしまっても何も問題はない。
もちろん何も残らないし、次の章に入ればすぐに忘れてしまう。

灰かぶりの夕海


 千真の前に現れた少女は、関東に起こった大災害で亡くした恋人に、名前や姿形、癖までもそっくりだった。
生きる気をなくしていた千真の前に現れた少女を拾い、千真のしていた配達の仕事を手伝い始めた時、訪ねた家で二人は死体を発見する。
しかも死んでいる女性は、配達先の恩師の妻だった女性とそっくりだった。
死んだはずの女性と似た人物が、二人も。
千真の周りで、何が起こっているのか。

 現在の日本に近いけど、ちょっと違う過去を持っている設定。
最初は短い間に視点や人物がころころと変わり、何が言いたいのかわからず、少しも興味をそそらないプロローグを集めたような感じ。
そのうち焦点を当てられた千真と夕海だが、夕海が非常に気味が悪い。
純粋な少女を表現するには無知すぎて、同情もできなかった。
ドッペルゲンガーみたいに似ている人ともそんなにあちこちで出会うはずはないし、なんだか無理やりでうさん臭さばかり目立った。

五つの季節に探偵は


 第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞
高校二年生の榊原みどりの父は、探偵をやっている。
そのせいで周りからいろいろと面倒なことを頼まれたりしてきたが、今回は特にやっかいだった。
同級生からの頼みは、「担任の弱みを握ってほしい」。
断るつもりが承諾させられ、しょうがなく担任の尾行をしてみたところ、みどりは人間の本性を見つけることに楽しみを見出してしまう。

 お人好しなのかと思ったらそうではなく、ただ人の本当の顔を見たいという欲求と、探偵の仕事が楽しくなってしまったみどり。
一章ごとに成長していて、時には真実を暴きすぎて傷つけてしまうこともあったり。
探偵としての洞察力や閃きよりも、関係者に迫る場面が印象的だった。
解決するだけじゃなくて、冷酷なまでに真実をごまかさないやり方は、なんとなく察してあやふやにする周りに毅然と対抗していて気持ちが良かった。

もしかして ひょっとして


 もうすぐ1歳になる那々美を連れて、電車に乗って実家に戻る電車の中、行き会わせた老婦人とのひと時の話題は、もう一人の七夕生まれの女性の恋バナだった。
男子バスケ部の異変をどうにかしてほしいとあちこちから頼まれた生徒会委員の研介。
ブラックな人材派遣会社に勤める永島に猫を預けていった友人の秘密、叔母に頼まれてこっそり荷物を取りに行ったら死体が待っていたなど、ちょっと変わった雰囲気の短編集。

 スッキリ解決するものばかりではないため、その後のことが気になってしまう。
良い話だったと穏やかな気分でいても、次は全く違った話でがらりと様子が変わっていくため、気持ちが切り替わらない。
それぞれの話は楽しめたけど、続けて読むのはちょっと辛かった。

コスメの王様


 明治、家の借金返済のために牛より安い値段で売られてきた少女・ハナと、家族の生活のために進学をあきらめて神戸に出てきた少年・利一。
大銀杏の木の下で出会った二人はやがて、売れっ子の芸妓と化粧品会社の社長となった。

 銀杏の木の下、ドブにはまって死にかけていた利一を助けたハナ。二人はよく似た顔立ちをしていて、お互いが大好きだった。
そんな幼馴染の二人が成長していく様子がじっくりと書かれていて、互いに助け合い、それでも相手より頑張っていないからとより力を貯めるために踏ん張る姿が何度も出てくる。
そしてこれまでの高殿円の文体とは少し違っているようにも感じた。
これまでは、登場人物の感情を強く表現して感情移入させるものが多かったが、これはどこか客観的で、ざくざくと次々に投げ込まれる雪玉のように油断できないスピードで進むため止められなかった。
後半、二人が遠く離れていた期間はお互いの近況もあまり語られず情報がないのは、それだけ心理的にも離れていたのだろうかと思うし、最後はやっぱりここへ戻るのだという場所があったことが、まだ大丈夫という気にもなる。

かすてぼうろ~越前台所衆 於くらの覚書~


 田舎娘の十三歳の於くらは、越前府中城の炊飯場で下女働きを始める。
ある時、一人夜遅くまで働いていると、初老の男がやってきて何か食べさせてほしいという。
上手そうに食うその男は、なんと城主・堀尾吉晴だった。
於くらの作った夜食を気に入った吉晴によって、於くらはどんどん料理の腕を上げていく。
やがて主が変わっても、於くらはその腕と想像力で皆の腹と心を満たしていくのだった。

 いろんな地域の料理を知り、腕を上げるにしたがって、於くらはそれを残したいと思う。
読み書きもできなかった於くらがやがて覚書を作るまでに成長していくまで。
於くらの料理を食べた者たちとの交流も温かく、文献に残っている事もその都度注釈が加えられていて、それを初めて食べた時は皆どんな顔をしていたのだろうと想像するのも楽しくなる。

オブリヴィオン


 妻を殺害した罪で4年の服役後、出所した吉川森二の迎えに来たのは、二人の兄だった。
ヤクザものの兄・光一と、妻の兄の圭介。
森二は人との関りをできるだけ排していこうと決めていたが、住み家とした古いアパートの隣人・サラや、娘の冬香、そして兄たちとの間に次々と起こる出来事に追われる毎日になる。
妻を殺したことがいつまでも癒えずに過去を思うだけの森二と、そんな森二と関わることが辛いのに逃げられない兄たちとの関係が、暗く重くのしかかる。

 物騒な出だしで、ずっと暗い調子で進んでいき、すっと気持ちが冷えるような場面が続く。
そして過去と現在を交互に語ることで、思いはずっと過去にあるという森二の様子が印象付けられる。
でも後半で急に反転したように物事が進み始め、前を向く気持ちが沸いて森二の言動を変える。
 ひどい出来事ばかりが明らかになる割には暗くならず、それぞれ気に食わないと思っていた相手に助けられたりして、登場人物の印象をすっかり変えて終わったため、すっきりした気持ちで読み終えることができた。