六つの村を越えて髭をなびかせる者


 蝦夷地開発が計画されていた江戸中期。
幕府の後押しで蝦夷地へ向かうことになった一行の中に、生涯9度も蝦夷へ渡った最上徳内がいた。
徳内は出羽国の貧しい農家に生まれながらも算術に秀でていたために師から推薦され、蝦夷地見分隊に随行する。
そしてそこで見たもの、出会った人、食べたもの、すべてに驚愕する。文字を持たないため見下され、争いを好まないために搾取されるアイヌの人々は、それでも美しい自然と独自の文化で雄々しく生きていた。

 蝦夷の話はあまり知らないためにとっつきにくく、始めはなかなか進まなかったが、徳内の様子、心持ち、周りの者との関りがじっくりと書かれていて、しだいに夢中になる。次はどんなことを思い、何を成したいと考えるのだろうと予想しながら、一緒に冒険へ出かけている気分だった。
為政者の思惑一つで命すら取られてしまう時代と、厳しい自然、それでも魅かれる場所への憧れが強く残る。
そして印象的なタイトル。

断罪のネバーモア


 不祥事が続き、ついに一部民営化を果たした警察。
茨城県つくば警察署の刑事課へIT企業から転職した新米刑事の藪内唯歩は、警部補の仲城流次のパートナーとなり、殺人事件の捜査を始める。
しかし、好き勝手に動き回る仲城や、自分にだけ隠し事をされている様子に疲れ、唯歩はしだいに自信をなくし、気を滅入らせていく。
それでも踏ん張り、いくつかの事件を解決していく唯歩だが、7年前の事件との関連や、これまでの事件でのかすかな違和感から、真実に気付き始める。

 パラレルワールドのように、少し違うシステムを持った今、が描かれる。
ブラック企業にいた頃のトラウマからキーボードを打てなくなっていたり、皆の隠し事に傷ついたする、リアルに思い描ける様子と、実際とはちょっと違う事件やシステムの架空の設定とが入り混じり、熱でも出たかのような現実感のなさが続く。
そして一層ややこしい事態になって、混乱させたまま終わり、狐狸妖怪に化かされたかのよう。
『ジェリーフィッシュは凍らない』のシリーズより混沌としていて、すっきりしなかった。

白光


 日本人初のイコン画家として生きた山下りん。
明治、日本女性初としてロシアの女子修道院に渡ったが、美術を学ぶつもりであったりんは、修道院でのやり方になじめず、5年の任期を待たずに帰国する。
それでも、聖像画師として30年以上を過ごしたりんは、300点以上の絵を描いた。
自分の求める絵の技術と、信仰のための絵との隔たりに苦悩しながら生きた、一人の絵師の物語。

 本当は美術を学びたかった。
けれど周りが求めていたのは信仰となる絵であった。
そのため留学先でも指示されることに納得できず、やがて体が拒絶する。宗教画には無用の絵師の個性が抑えられずに苦悩するりんの様子が痛々しい。
そして、どんなことがあっても絵を描き続けるりんの強さが最後まで貫かれていて、イコン、正教の日本での歴史、大聖堂の描写、様々なことを調べながら、長さも気にならず一気に読んだ。

捨てられ白魔法使いの紅茶生活


 養護院で育ったアマリアは、白魔法が使えた。
少しでも養護院の助けになればと、旅の冒険者一行に誘われて魔物討伐に出かける。
ある日、力以上の依頼を受けた一行の竜退治に失敗し、アマリアは囮にされて捨てられてしまう。
黄金の竜を前に、死を覚悟したアマリアだが、なぜか竜に助けられ、一緒に暮らすことになった。

 最初はどうもアマリアの受け答えがおかしくて、これはただ都合がいい事が起こるだけで物語になっていないのではないかと思っていたが、次第に解消される。
紅茶が大きな意味を持ち、竜が姿を変えた子供の愛らしさ、子ども扱いしていた弟分の素敵な成長、成り上がった冒険者のぼんくら加減など、王道のアイテムですんなり読み進められるようになっていた。
悪い心を持った者から姫を救い出す、おとぎ話。

都知事探偵・漆原翔太郎 セシューズ・ハイ


 イケメンだがお調子者の元国会議員・漆原翔太郎は、その計算なのか出まかせなのかわからない熱弁で東京都知事となる。
就任早々「お近くの首長を辞めさせてみろ」と言い放った。
その後も、ゆるキャラ殺害や都議会襲撃予告、アール大国の王女の来訪で秘書が言い寄られるなど、ちょっと普通でない事件ばかり起こる。
そして秘書の雲井は、毎度知事に振り回され、天才なのかおバカなのかと頭を悩ませていた。

 ドタバタで焦りまくりの秘書・雲井をしり目に、能天気で好き勝手に動き回る知事。
お騒がせ具合ではドラマの「警視庁0係」や大倉 崇裕の「警視庁いきもの係シリーズ」と似ているが、この二つほどほのぼのとした感想が出ないので、なんだか読んでいて苦しくなってくる。
秘書のくせに雲井がバタバタと大慌てになり、少しも余裕がなさそうに見えるのが情けなさすぎるせいか。

ロータスコンフィデンシャル 倉島警部補シリーズ


 ゼロ」の研修帰りのエース公安マンでる倉島は、ロシア外相の随行員の行動確認をしていた。
同時期、ベトナム人の技能実習生が殺害される。
その容疑者にロシア人ヴァイオリニストが浮かび、一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。
いつしかこれは、ロシア、ベトナム、中国が絡む事件となっていた。

 ロシアのスパイを絡ませるのが好きな作者。
今度は中国も絡んできた。国同士の争いというにはなんだか小さい事のような気がして拍子抜けしてしまった。
登場人物も個性はあるのに区別がつきにくい。

スターバト・マーテル


 乳がんを経験したことで、死を身近に感じるようになった彩子。中学時代の同級生と再会したことで、彩子は今感じている悲しみや淋しさの訳を考え始める。
海外での結婚式に向かった仲良しが、新郎と喧嘩したりコテージに雷が落ちたりと、盛沢山で慌てながらも楽しく過ごした女たち、の2編。

 1作目はもの悲しい雰囲気で、夜のプールの場面がずっと続いているよう。
周囲の者にとっては、死を常に考えている人は暗くて引きずられそうで不気味だと感じ、男女の感じ方の違いも妙に納得できる。
そして1作目が暗かった分、2作目はドタバタで、悪ノリともいえるくらいに明るい。
どちらも女からの目線で男たちを冷静に観察している。