イグアナの花園


 生き物の声が聞こえる美苑は、植物学者で大学教授の父と、厳格な華道師範である母親と住む家の中庭やアトリエで、生き物たちの言葉に耳を傾けるのが日課だった。
学校では「空気が読めない」と言われて友達もいない。
ある日、優しく見守っていてくれていた父が急逝して落ち込む美苑に、父の友人であった児玉先生から、大学の植物園で飼育されている子供のグリーンイグアナを育てないかと提案をうける。
その日からは「ソノ」と名付けたイグアナと、父の残したアトリエで幸せに暮らしていたが、突然母から呼び出され、「半年以内に結婚するように」と言われてしまう。

 小さな生き物の声が聞こえるが、話ができるわけではない。
代わりに人間の友達がいないが、少しも淋しくはない。
そんな美苑に課せられた、結婚という試練。
荒唐無稽に見える能力も、なぜかすんなり受け止められる不思議な物語。
苦手な人間付き合いと、居心地のいい場所から離れたくないのに惹きつけられる研究との間で悩む美苑の成長に優しいイグアナが母のように寄り添う。
優しい物語。

うさぎの町の殺人


 娘の大学進学を機に、うさぎの町として有名な「三浦半島二子山ピープルタウン」へ越してきた黒田父子。
しかし、暮らしやすく穏やかな日々に影を差す、うさぎの惨殺や大学生連続自殺が発生。
そして娘も失踪してしまい、黒田は娘を探すために町を調べ始める。
黒田は、一見平和な町の底に流れる暗い流れを見つけ出す。

 あるサークルの人たちが順番に自殺していくという異様な出来事に、うさぎの惨殺された死体が転がる町。
充分不穏だが、それらがどうつながっていくのか、ひっそり繋がっている町の確執とは何なのか。
読みやすく、胡散臭い人物も疑いやすい人物もいて、終盤までは面白かった。
最後になってようやくプロローグを思い出すが、大儀を持つそんな人物がただの市民をそこまで殺して回るかと疑問になった。

こまどりたちが歌うなら


 人間かにつかれて退職した茉子は、親戚の伸吾が社長をしている小さな和菓子会社に誘われる。
有能な父の跡を継いだせいで頼りないと言われている伸吾や、古参で何でも知っている亀田さん、声が大きく威圧的な江島さんなど、個性的な人たちと古い体質のなかで、茉子はだんだん疲弊していく。
しかし、サービス残業や女性蔑視など、見過ごせないと茉子は声を出し続ける。

 古い体質で身動きのとりずらい中で働く茉子が、過去の苦い経験をもとに変えていこうとする。
しかし前半は嫌な気分になることが多く、読む手が止まりそうになる。
まだまだ改革の途中で終わるが、おそらく少しずつ、変えていける若い人たちが入って新しい風が吹きそう。

花迎え


 美代は長く続く頭痛に悩まされていた。
どの病院へ行っても治らず、更年期の性だとは受け入れたくない。
そんな美代に、集落の人たちは「花の宿」へ行けばいいと勧める。
果たしてそこはどんな所で、何をするのだろうか。
半信半疑ながらもこっそり訪ねた美代に、心のすべてを吐き出せと老婆は言う。

 農業新聞に連載されていたという物語。
小さな集落で更年期に悩む女性を受け止め、直してきたという主人とのやり取りがメインだが、治療とも宗教とも違ったやりとりが不思議。
病は気からというような、小さいコミュニティで鬱屈した気持ちをすべて吐き出すよう促される。
特に解決もしない様子が、この先も続く人生ではスッキリ解決することの方が少ないと言われているよう。

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森笠邸事件 探偵の流儀II


 所長の嶋岡が入院の間、姪の美菜子が所長を代行している探偵事務所。
美奈子もだんだん慣れてきた頃、以前つき合いのあった地元の名家・森笠家から呼び出しが来た。
依頼は、当主の森笠和史から嶋岡の名誉にもかかわる監禁事件の調査ということだった。
世間に公にできない事情をを抱えている森笠家へ乗り込み、そこで知った恐るべき事実に困惑しながらも、美奈子たちは調査を開始する。

 事務所のメンバーが全員かかって調べ上げる森笠家。
そこには、過去の事件にまでつながる醜聞があった。
今回の探偵の仕事は危険続き。
美奈子も危うく死にそうになる。
大きな家には大きな秘密がある。

祖父の祈り


 感染症のパンデミックで荒廃し、物資もなく治安も悪化したアメリカのある都市。
最愛の妻を亡くしたある老人が、娘と孫と共に空き家を転々としながら生きる。

 横暴な警察に嫌がらせを受けたり、フードバンクに並んでおまけをもらったり、放置された店から物を持ち出したりと、あらゆることが今と変わってしまった世界。
家族を守ろうと祖父は決断する。
ひどい世界だが、力を合わせて家族で生きていこうとしている強さを淡々と語る。

探偵の流儀


 刑事を辞めて探偵事務所で働いている松代。
その事務所の所長が階段から落ちて重症を負う。
残された所員の間宮と松代、飯田は、事務所存続の危機に直面することになるが、残りの仕事を精いっぱいこなしながらも所長の事故に疑問を抱いていた。
所長の姪が代理になってくれないかと目論む飯田や、刑事時代の悪縁である同僚との遭遇、そして政治家や大企業をも巻き込む問題にまで広がってしまう。
小さな探偵事務所はどうなってしまうのか。

 所長の信用で成り立っていた小さな探偵事務所が、このままつぶれるかもしれないという危機感のなか、思いもよらない大きな事件を探り当ててしまう。
皆それぞれ個性がはっきりしているので分かりやすい反面、政治的な陰謀で分かりにくさが出てくる。
おかげでただ謎や問題の解決に留まらない探偵らしい仕事となった。

首ざむらい 世にも快奇な江戸物語


 母から言われて叔父を訪ねて大阪まで旅をする男が、首だけのサムライを拾う。
世にも不思議なその首を道ずれにした旅の話を聞きたいと乞われ、男は首との道行を話始める。
 ある若者が河原で死んでいるのが見つかる。犯人は河童だという。
幼いころかどわかしに遭った娘が飼う黒猫はそろそろ猫又になるらしい。
江戸の不思議な話。

 99回オール讀物新人賞受賞作。
奇妙だがどこか滑稽で、不思議で不気味だけど暗い話はなく、読みやすい。
優しい人たちが多くてホロリとさせられる場面もあり、怪異というわりには穏やかな話だった。

退職クロスロード


 年度末の3月31日、清掃員として派遣先の大手の総合メーカー・万屋カンザキ本社ビルで大忙しの日を迎えていた守田。
部署移動や退職などで大量に出されるゴミの回収に追われていた守田は、この日で定年を迎え、会社を去る窓際部長の佐和山義男から朝食に誘われる。
そして佐和山に、「あなたは命の恩人だ」と告げられ驚く。
堂やら5年前に、自殺しようとしていた佐和山を知らず知らずのうちに救っていたらしい。
バブル期入社の剛腕営業マンと、就職氷河期の挫折の末派遣社員となった守田との、立場も年も全然違う二人。
そこから万屋カンザキの過去の闇が掘り出されていき、やがて社内の同期や部下をも巻きこんだ、封じられた過去が明らかになっていく。
 
 派遣社員として常駐する会社で黙々と清掃の仕事をしてきた守田が、思いもよらぬ事に巻き込まれていく。
佐和山の一言が本来なら関係のない社内政治にまで飛び火し、守田の生き方まで変えてしまう結末に。
どんどん大きくなる事件に興味がとまらなかった。

夜色表紙の本


 父が文字を書き、意匠と飾り文字は叔父が、細密画は母が描いた。
〈夜の写本師〉である三人が彼のために書いてくれた薄い本は、いつの間にか彼の元から消えていた。
おそらく家を出ていった息子が持ち出したのだろう。
持ち主の元へ戻ってくる呪いがかかっているから、きっとまだ生きているはず。
そうして微かな希望を持って、〈護符師〉である彼・ヴァニバスは息子を探す旅に出た。

 オーリエラントの魔導師シリーズ。
〈夜の写本師〉になれなかったヴァニバスだが、深い苦悩と憎しみを知って〈夜の写本師〉になっていく過程を描いている。
短編で、それぞれが違う話ではあるものの、すべてはヴァニバスに関わる事。
まとめて一つの大きな物語となっていて読みごたえがある。