御坊日々


 廃仏毀釈により寺は大きな苦難にさらされ、当時の住職が急死したこともあり、東春寺は廃寺となった。
その後、明治20年になってその寺を買い戻し、整備したのは弟子の冬伯。現在は弟子の玄泉と共に細々と暮らしている。
その寺へ、檀家でもないのに相談に乗ってほしいとやってきたのは経営不振に悩む料理屋の女将。
二人は、店に客をもどすべく知恵を絞る。

 僧なのに洋装をして出かけ、相場で金を稼ぐという異色の冬伯。
主人公ののんびりした様子は作者の常で、周りの者に恵まれる。
金がなければ知恵を出せと困りごとを持ち込まれるところも同じ。
いつもは江戸が舞台なのでシリーズの区別がつきにくいが、今回は明治の寺なので雰囲気が違い、ちょっと新鮮だった。

吾妻おもかげ


 家業の縫箔屋の跡を継ぐ決意が出ないまま、それでも絵を描くことが大好きな主人公の菱川吉兵衛。
本意を告げずに江戸へ出てきた吉兵衛は、絵師にもなれないまま10年の時を自堕落に過ごしていた。
ある時、吉原の娘の小袖に刺繍をして見せたところ評判となり、吉兵衛は苦界でも懸命に明るく生きようとする女たちに、自分のふがいなさを思い、奮い立つ。
やっぱり絵が書きたい。

 目指した絵師からは程遠い生き方をしていることに腐っていた吉兵衛は、いろんな流派の絵を見てきたことで誰にもない個性を身につけていたことに気づく。
そして絵師として名を残したいと踏ん張るうち、自分流の絵を描くことに目覚め、やがて人気が出ていく。
しかし浮世絵師としての吉兵衛は、やがて嫌っていた狩野派と同じようなことを始めてしまう。
吉兵衛の人生は女たちによって芽吹き、諭されていく様子が吉兵衛の焦りと共に描かれていて面白い。
どこかで彼の弟子側の視点で書かれた本を読んだ気がする。

囚われの島


 新聞記者の由良が、ある店で出会った盲目の調律師・徳田。
彼の何かが気になり、由良は思わず後をつけてしまう。そして由良は、今まで誰にも話すことがなかった記憶を彼に話すことになり、いつしか二人の記憶は古い時代のある村へ結びつく。

 現代の出来事と、村で蚕を飼っている”私”とが入り乱れ、由良は生きることを放棄していくように影が薄くなる。
徳田の存在は大きいけれど、特に何もせず、主に蚕の話ばかりで、物語というより蚕で生きてきた人たちの生活の様子が描かれているだけ。
全体的に暗いトーンで夜のイメージだが、現代の話は要らないんじゃないかというくらい薄い存在感だった。

帽子、ミニマフラー


使用糸:毛糸ZAKKAストアーズ Brony (03)
Gingam Lisse・Mogol (8)
帽子編み図:大人のナチュラルニット から 2本どりのキャップ 74 g
ミニマフラー編み図:まきものいろいろ から リーフ模様のショール 63 g
使用針:9号針



ボタニカ


 明治初期、土佐で生まれた少年・牧野富太郎は、植物に興味を持ち、ただひたすら愛した。
独学で植物を研究し、「日本人の手で、日本の植物相(フロラ)を明らかにする」と決意。
東京大学理学部植物学教室に出入りを許され、新種の発見、研究雑誌の刊行と様々な成果を上げる。しかし、自分の研究にしか目がいかないために、協力を申し出てくれる人からはいつしか疎まれてしまう。学歴がないため良い職にもつけず、常に貧乏だが、植物の研究に生涯を費やした人物の一生。
 
 裕福な家に生まれたが一向に家業に興味を持たず、長じては身代を食いつぶして売るしかなくなるほど植物を愛する富太郎。
常に協力者も現れるのに生かせず、時に唯我独尊。けれどよい妻とめぐり逢い、子も多く、周りを振り回し続けたわりに恵まれていた。
富太郎の業績は素晴らしいと思うが、近くにいたらさぞ迷惑だろう。
読みごたえもたっぷりだがあまり気分はよくなかった。

夢ほりびと


 リストラされ、再就職がままならないと気づいた佐伯は、家出をした。
そしてたどり着いた廃墟には、同じようにままならない人生から逃げてきた人たちがいた。
借金から逃げてきた夫婦、リストカットがやめられない女子高生、ビッグウェイブを待っているサーファー。そして廃墟の主、惚けたじいさん。
庭に宝が埋まっていると信じている家主と一緒に庭を掘りながら、佐伯は帰るに帰れず、そっと家族を覗く。

 池永陽の話はいつも暗い。
静かでゆっくり流れる時間は水底から覗いた景色のような現実感のなさで、暗くてじっとりしている。
今回は弱い人間があつまっているため、ことさら暗く感じる。
元気が吸い取られていくようで鬱々とする。

虹を待つ彼女


 第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。
IT企業の研究者である工藤は、人工知能を使って故人をバーチャルで蘇らせるプロジェクトに参加していた。
そこでプロトタイプのモデルとして選ばれたのが、自らの作ったゾンビゲームの中で自殺した、あるゲームクリエイター・晴だった。
しかし彼女に関するデータが乏しく、調べていくうちに工藤は彼女に魅了されていく。

 ゲーム、人工知能など、バーチャルな世界なら何でもありだろうと思っていたが、それでもリアルさを追求する研究者らしく、執拗な探索が興味を引いた。
そして生きた形跡の少ない晴に近づこうとするほど惹かれていき、脅迫を受けるまでになる工藤の様子がだんだん狂気じみてくる。
ミステリアスな晴をどこまでも理解したいという思いだけでたどり着く結末はとても人間らしい感情で、工藤の感情が一気にあふれ出てこちらも胸がいっぱいになった。
晴の作ったゲームに隠された謎と、晴の感情がとてもきれいに描かれていて、後味はとても清々しい。

夜のだれかの玩具箱


 少年の頃の辛い記憶から抜け出せないまま故郷に帰れない男、記憶にないがおかしな名前のバーの名付け親だと言われた男、突然消えた女房の夢を見る男など、どこかで読んだことがある昔話。

 小話なので読みやすく、怖い話も淡々と語られているので追い詰められることもない。
ただ、次の話を読むともう前の話はすっかり忘れてしまっているくらいに印象は薄い。