化け者手本


 文政、江戸。
稀代の女形だった元役者の魚之助の足をなくしてから、鳥屋の藤九郎は彼の足となることにした。
ある日座元から呼び出され行ってみると、舞台の幕が下りたとき、首の骨がぽっきり折られ、両耳から棒が突き出た死体が、客席に転がっていたという。
その異様な死にざまのため、これは何かの見立て殺人ではと考えた二人だが、なんとこの奇妙な死人出はこれで二人目だという。

 シリーズ物の二作目だと知らなかったが、それなりに説明もちゃんとあったので困ることなく読めた。
ただ歌舞伎に興味がなかったり知識がなかったりするととても読みにくい。
メインの登場人物2人は個性的で魅力もあり、そのため歌舞伎の独特な言葉使いや振る舞いなどの部分になじめなくても読み進められる。
魚之助が足を無くす理由を知りたくなった。

ゴミの王国


 父の病的なほどの潔癖症の影響で過剰なきれい好きの日下部朝陽。
東京の民間清掃会社で契約社員として日々ゴミの回収をしている。
ある日、半年前に越してきた佐野友笑の部屋がゴミであふれていることを知り、恐怖に陥る。
人見知りしない仕事仲間兼映像アーティストのミントが朝陽を巻き込み友笑と仲良くなり、彼女の作るゴミアートをあるミュージックビデオを作ると意気込む。

 掃除をしないではいられない朝陽と、ゴミを集めてしまう友笑。
正反対の二人が仲良くなって、少しずつ変わっていく。
それぞれの育った境遇が極端なのも、2人の性分の対比がはっきり出てわかりやすい。
でもところどころで童話のような出来事や表現があって子供っぽい。
そのせいか、大きな問題も簡単に解決してしまってあっけない。

カラスは言った


 ある朝、窓辺に止まったカラスに言われた。
『やっと見つけました。あなたを探していました』
カラスが言った人物は知らない人だったが、僕は職場の先輩と共にそのカラスを捕まえることにした。
するとカラスは、今世間をにぎわせている森林保護の活動をしている団体から消えた人を探しているとわかる。
そして突撃系動画配信者がなぜか僕を追っているといわれ、カラスと共にそいつから逃げることとなってしまった。

 そのカラスがドローンであることが分かり、迷惑系だという動画配信者から逃げるために一緒に行動することになった僕。
逃走経路や宿も教えてくれ、いつしか仲間意識まで芽生える。
カラスと一緒という不思議さが面白く、時に見つかりそうになりながらのひやひや感も楽しい。
しかしすべてが解決し、日常へ戻った僕がカラスを操っていた人物と会った時から一気に失速し、これまでの一体感や高揚感が消えて白けた感じになる。
カラスの中身だった人の気持ちが少しも入ってこなくなり、相槌を打つだけで共感はしないという、カラスと出会う前の僕と同じような状態になってしまい、感情が浮かんでこなかった。
世間から距離を置いて暮らしていた僕に戻ったようだ。

にわか名探偵~ワトソン力~


 空いた映画館でゾンビ映画を見ていた警視庁捜査一課の刑事、和戸宋志。
上映が終わって明るくなると、観客の一人が死んでいた。
そのうえ扉に細工がされて出られない。これでは犯人はスクリーンの中にいた者だけだ。
そんな中、観客が推理を始める。
和戸の周りでは、皆が推理を始める。
 故障したロープウェイで、間違えて入ったヤクザの事務所で、仮想空間で、和戸の周りで起こる事件で和戸以外の名探偵が生まれる。

 和戸の周りだけに起こる、不思議な推理力の高まり。
そこに出くわした普通の人たちが探偵となって事件を推理するのは面白いし事件も不思議なものばかりだけど、なぜか淡々としすぎて盛り上がりもなく、解決はするが気分はスッキリしない。
和戸が周りの意見を聞くだけというのが他人事すぎるからだろうか。

紺碧の海


 八丈島で生まれた留吉は、罪人の流刑地という場所から出たかった。
大工の棟梁をしている同郷の半右衛門の誘いで横浜へ移り、奉公先で商いを覚え異国語も学び、ウィリアム商館で番頭を務めるまで成長した。
半右衛門と留吉は、ある日見かけた羽毛の布団に衝撃を受け、鳥島という無人島でアホウドリを捕獲する事業を立ち上げる。
羽毛は売れ、富を手にする半右衛門と留吉。
しかし半右衛門は次の無人島を目指すことを毛隠していた。

 日本が鎖国の間放置していた近海の無人島を開拓しようと生涯情熱を持ち続けた半右衛門。
彼を目標にして学び、商人として力をつける留吉。
最初は半右衛門の力強さがまぶしく、魅力に惹きつけられるように勢いよく進むが、だんだんワンマンが目立ち、嘘も混ざってくる。
八丈島の人々を自力で生きていけるようにという目標が、いつしか半右衛門の王国へと進む工程に寒気を感じてくるようになってきて、大きな影響力を持つゆえの恐ろしさが協調され、不安が大きくなってくる頃、留吉は半右衛門の元を去る決意をする。
最後はなんとも苦しい結末。

仕事のためには生きてない


 ロックを愛し、大学時代の友人とバンド活動をしている多治見勇吉。
広報部で社長のSNSへの発言が炎上し、その対応に追われている最中、勇吉はスマイルコンプライアンス準備室〉という部署に異動になる。
社長の言い出した「スマイルコンプライアンス」という実態不明の思い付きを社則に入れろというのだ。
会議のための会議、忖度管理職への根回し、時間切れまで繰り返される「充分な検討」という名の意味のないやり直しに疲弊する勇吉。
なぜ自分はこんなになって働いているのか、と自分に問う。

 『被取締役新入社員』を思い出させる。
無茶ぶりと丸投げに消耗しながらも、なんとか抜け出す方法を探る。
仕事が趣味とはいえないが、一日の大半を過ごす職場は少しでも楽しい方がいい。
少しでも快適な場所にしたいと願う者たちの戦い。

焔【ほむら】と雪【ゆき】 京都探偵物語


 鯉城は、怪我をして警察を辞めてから、探偵をしている。
病弱の幼馴染の露木の知恵を借りながら、立場の違う二人だから気づく視点で可能性を探り真実を見つけていく。
自らに火をつけて死んだ男、別荘で鳴り響く怒号の謎、製薬会社社長の妻に付きまとう不審な男など、大正の京都で起こる事件を追う。

 二人の立場が違うおかげで見えてくる世界が違うが、お互いの思いが推理に大いに左右されていて、どっちも納得がいく部分もあればいかない部分もある。
特に露木の執着が大きく、その部分だけ見れば不気味でもあるが、起こる事件はいつの時代も変わらない人の思いだった。
二人の対比は面白いが、推理には強引な部分があった。

蠟燭は燃えているか


 宇宙ホテルでの事件から無事逃れ、脱出ポッドの中で生演奏をした京都の女子高生真田周。
しかし、待っていたのは配信動画の炎上だった。
それから周の周りは迷惑系動画配信者や動画絵の誹謗中傷で日常を過ごすことも困難となる。
そんな時、週の動画に「まずは金閣寺を燃やす」というコメントが書き込まれ、そこから次々と国宝や文化財が放火されていく。
一連の放火にはどんな意味があるのか、週は瞳子と会えるのか。

 宇宙ホテルの結末からすぐの出来事。
瞳子を探すために配信した動画から、京都の文化財の多くが焼かれてしまうことになってしまい、周は戸惑いながらも瞳子へ近づいている事を感じている。
加害者であり被害者でもある周の周りに集う、加害者家族と被害者家族。
彼らの思いが煮詰まって思い雰囲気となる。
でもどこかに、いくら子供でもそこまで世間知らずかと思うような行動や、逆にそこまで大きなことを考えついて行動できるのかといった違和感もあった。

ワトソン力


 自分の周りの人の推理力を大きく上げる力を持つ和戸。
だがなぜか自分にはその力がでないので、和戸の所属する警視庁捜査一課の検挙率は前代未聞の10割という。
しかしなぜか、彼はとらえられ、窓のない小部屋に連れてこられていた。
犯人は顔も出さず、なぜ連れてこられたのか分からないまま監禁された和戸は、これまで自分には効果がなかったその力を、自分に使ってみる気になった。
そしてこれまで和戸が解決してきた事件を思い返す。

 周りの推理力を高める力をワトソン力と名付けた和戸。
これまでの7つの事件を順に思い返していくのだが、どんな状況でも発揮される便利機能だが、それがかえって身を危なくしてしまう。
居合わせた素人みんなが拙い推理を発表する場面はおもしろく、これだけのバリエーションを考えるのは大変だと勝手にねぎらいたくなる。

令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法


 架空の法律で、その法律に振り回される人々の様子を描く。
過剰な動物愛護の精神で、動物にも教育を受ける権利や性質に応じた環境を得る権利などができ、それに従って裁判も起こるようになった。
自家製の醸造酒を家庭の味とする風習が広がった世界。
現金が禁止された世界など、今の社会で問題になっていることを法律にしてみた結果。。

 今世間で問題になっていることを、ちょっと大げさにしてみたらどうなるか、そんな極端な世界を想像してみる。
ゾクッとするような怖い事も起こり、どうなってしまうのかと不安になる。
これまでの新川帆立の作品とはちょっと違ったダークな世界。