鏡の国


 ミステリー作家だった叔母の室見響子が亡くなり、その相続権を譲り受けた私。
彼女の遺稿が見つかってそれを出版したいという話が出た時、私は原稿を読んで叔母のことが嫌いになった。
しかし編集者の勅使河原は、原稿には「削除されたパート」があるのではないかと言い募り、私へ再度原稿を読むように言ってきた。
ほとんどの部分はノンフィクションだという話を読み返しながら、私は叔母の人となりを考え直すきっかけが訪れたと感じていた。

 叔母が書いた小説と、それを読む私との間で話は行き来する。
小説の中の主人公とそれを読んでいる私とのどちらかに感情移入することもなく、読みやすい。
話が進むにつれ解明してくる真相に驚きつつも、大御所ミステリー作家の描いたものであるというには少し物足りないと感じた。
作家になる前の習作である設定であるとはいえだ。
結末のやり取りも削除された部分も、これはどうも胡散臭いという感じがあって、どちらの最後も消化不良だった。
そのため、最終章以外の面白さが消えてしまって印象はイマイチ。

治験島


 島一つ、まるごと最先端の病院と研究施設にした場所で、集められた10人の新薬治験者。
始まったアレルギー治療で、「呪われている」という怪文書、医師の転落死などの不審な出来事が連続する。
そして飲み物に毒物が混入され、治験は中止となったが、事件の調べのために治験者は島に足止めされてしまう。
すると、自称探偵という一人の治験者が事件を捜査し始める。

 隔離された島の中で起こる事件。
犯人の目星もなかなかつかず、事件を起こした目的もわからない。
それでも少しずつ分かってくる人間関係が、長く息づく恨みを感じされる。
でも最後は予想もつかない大きな国際問題へと発展していくのだが、それはこれまで全く予感させるものがなく、取ってつけたように急に出てくる。
ミステリーでは必ず伏線や小ネタで事実を出しておくことが多く、すべてを隠したまま結末で急な展開を起こされると推理もできない。
そのためその展開が始まったとたん白けてしまう。
それを除けば楽しく読めた。

雨露


 新政府軍が江戸に迫る慶応四年。
町人も交えて結成された彰義隊が上野寛永寺を拠点に新政府軍を待ち受ける。
臆病者の旗本次男・小山勝美は、意味を見いだせないまま兄に従い、戦へと向かう。

 できる兄の元、絵だけが取り柄の勝美が、出会う人たちとの交流で出会う、様々な考えと生き方。
戦とは縁がないはずの絵の師匠までもが駆り出される事態に慄く。
大儀を持つ人に振り回されていく様子がたくさん描かれている。
ただ、注目したい人物が出てきても活躍せず、うっすらとした印象のままで終わるので最後までよくわからないままだった。

台北アセット 倉島警部補シリーズ


 警視庁公安部外事一課の倉島は、研修の講師を務めるよう要請され、ゼロの研修から戻った後輩の西本と台北に向かった。
そこで、サイバー攻撃を受けた日本企業の台湾法人から、捜査を依頼される。
ところが、その会社のシステム担当者が殺害されてしまう。
現地の殺人捜査をする機関から疎ましがられながらも、倉島はサイバー攻撃と何らかの関連がありそうだと感じて捜査に加わりたいと申し出る。

 ロシア人スパイのヴィクトルと戦った倉島だが、倉島が主人公となったら急に平坦になる。
事件もスパイも裏切者も出てくるのに、なぜか盛り上がらない。
ヴィクトルの話は面白かったのに不思議だ。

商い同心 人情そろばん御用帖


 諸色調掛同心(しょしきしらべがかりどうしん)・澤本神人。
市中の物の値が適正かどうかを調べ、無許可の出版物等の差し止めを行うのが仕事で、子分の庄太と江戸の不正を暴いている。
そんな時、辻占の女易者を「いんちき」だと言い張る男がやってくる。
他にも、高価なはずの人参が安値で売買されているという噂を聞きつけ、江戸をくまなく歩きまわったりと、お役目に熱心な神人だった。

 個性がはっきりした登場人物が多いので、分かりやすいし読みやすい。
前作があったようだが全く気にならずに読めた。
ただ、読みやすいために記憶には残らず、最後まで印象の薄い主人公だった。
副題にあるそろばんも、特に意味はないようだ。

バスクル新宿


 バスターミナル「バスクル新宿」に集まる人の、ひと時の出会い。
長距離バスに乗る人はどんなことを抱えているのか。
誰かに会いに?それとも帰りに?
ある日同じバスに居合わせた人たちの、それぞれの視点で書かれたある便の出来事。

 どんな目的でこのバスに乗ったのか、それぞれの理由が描かれているが、どれも普通で特別ではない日常。
でもそこに少しの不思議と疑問を含ませているため、警察官がやってきたり不審に思う人がいたりと、少しの非日常が入っている。
興味を引くほどの出来事もなく、通して登場する正体不明だけど印象的な少年を最後に主人公にしているが、それもわかってみれば日常を少し変えようとしたという話。
盛り上がるところもなかったので平坦。

ルームメイトと謎解きを


 全寮制男子校である霧森学院の旧寮「あすなろ館」。
昨年起きた“ある事件”のせいでほとんどの生徒が新寮に移ってしまい、今はたった6人の生徒しか入居していない。
入居者の一人、兎川雛太の部屋に同居人としてやってきた転校生は、人に興味がなさそうな冷めた鷹宮絵愛だった。
ある日、学校の生徒会長の湖城龍一郎が何者かに殺害され、現場の状況から犯行が可能なのは「あすなろ館」の住人だけという状況になってしまう。
ヒナ(雛太)とエチカは、自分たちの容疑を晴らすため、独自に調査を始める。

学園探偵もので、去年の事件からのつながりがありそうだということで連作かと思ってしまったが違うようだ。
元気で行動的なヒナと、冷静な観察が得意なエチカが推理を進める。
ところどころで、決定事項のように語られることに疑問が沸いたりとおかしな点もあったが、思いもかけない動機が浮かんできて結構楽しめた。

死神と天使の円舞曲(ワルツ) 「死神」シリーズ


 黒猫のクロは、自殺しようとする料理人に出会い、体を張って助けるが、その男の心は闇でいっぱいだった。
一方、ゴールデンレトリバーのレオもまた、新たな「未練」を解決しようと動き出すが、二人が助けようとする人たちには、ある共通点があった。
それらの謎を解いていくと、すべては一つの家族に行き当たる。

人が死んだ後の魂を導く「死神」とう仕事をする二人は、犬と猫となって人の世界へ落されていたというシリーズ。
前作があるのを知らずに読んだが、きちんと説明が入るので困ることはなかった。
童話のような設定のためどんなに惨い場面でもどこかふわふわとした雰囲気があり、読みやすいが都合も良い。

走馬灯交差点


 ロクデナシの父親から急に呼び出されて行った先には、見ず知らずの女性の死体があった。
なぜか通報もせず死体を捨てに行くことになってしまった朝陽。
 殺人事件を捜査中の刑事が、橋から突き落とされて死んでしまう。
いくつかの殺人が入り乱れる、まさに交差点。

 関係する人たちが順に入れ替わり、それぞれまた殺人を犯す。
もはや誰が誰で、中身が誰の時に誰を殺したのか混乱しながら読むしかない。
独り言が多くてそれも混乱をさらに大きくしていくため、一層複雑になっていき、解決するのか不安になってくる。
それでも一応は説明がされるが、その頃にはもうすっかり訳が分からなくなっていた。

スナック墓場


 妹はいくつかの指がないけれど、それを少しも恨むことはなく、いつも朗らかに笑っている。
きれいにすることが楽しい職人気質の夫婦のクリーニング店にやってくる女は、なぜか下着も持ち込んでくる。
工場のラインで働く、二人の女性。
どれも女性が日々の中でふと感じる事が、静かに語られた短編集。

 特に事件が起こるわけでもない、静かな毎日を切り取った小編なので、いつ終わっても良いし続いても良いような話ばかり。
印象に残るようないい話でもない。
ただ、時々起こる発作で商店街をめぐるオジサンを、皆が順番にバトンのように話を繫げて無事に家まで戻す話だけは面白かった。