進々堂世界一周追憶のカシュガル


 予備校に通うサトルは、京大に入る事、京都に住むことを目標としていた。
そして、京大の近くの喫茶店「進々堂」で出会った京大生の御手洗さんと仲良くなる。
彼はちょうど、世界一周の放浪の旅から帰ってきたばかりで、旅先での体験をいろいろと話してくれた。
イギリスで出会ったちょっと人には築かれにくい障害を持った青年のこと。
戦時中に連れてこられ、強制労働させられていた朝鮮人の姉弟のこと。
カシュガルで、誰にも顧みられずに暮らす老人のこと。
それらを、ただ尊敬の眼差しで聞くサトルとの対話の話。

 何か事件が起こるわけでもなく、謎が解かれるわけでもなく、ただ静かに御手洗の話を聞く。
だけどその異国の話が深刻だったり悲しかったりと、印象的なものばかり。
最初は退屈に思えていたが、だんだん引き込まれて行った。

ギニー・ファウル


 大学教授であり実録小説家の稲本浩三は、役10年前に三鷹で起こった未解決の夫婦行方不明事件を題材にしたいと編集者に持ち掛ける。
だが、未解決事件のため難しいと言われてしまう。
しかし稲本は諦められず、一人で調べ始めた。
そこからマルチ商法に関わってしまった女子学生の相談を引き受けたりしていくうちに、三鷹事件へとつながっていく。

 関係なさそうなマルチ商法からもどんどんつながっていくので、稲本が出会うどの人も怪しく見えてくる。
そしてどんどん暴力的になり、最後はグロテスクになってしまい、イヤミスの分野に入りそう。
表紙のホロホロ鳥も、不気味さを引き立たせる。

千年の黙 異本源氏物語 平安推理絵巻


 あてきが務めるお屋敷の御主は、物語を書くお方。
ある日、帝が大切にしている猫が盗まれたという噂が出る。
出産のため宮中を退出する中宮定子に同行した猫は、清少納言が牛車につないでおいたにもかかわらず、いつの間にか消え失せていたという。
 そして式部の書いた物語の一部が消えたという謎。
源氏物語の作者である式部が、日常の謎から自分の著書の謎まで、探偵役となる不思議な物語。

 千年まえの物語を題材に、その作者を探偵にしてしまうという大胆さ。
その時代では重要だったであろう歌もほとんど出てこず、解釈なども添えられているので読みにくさは全くなかった。
周りの人物も面白い人が多くて、飽きることなく一気に読んだ。
『源氏物語』が千年もの間抱え続ける謎のひとつ、幻の巻「かかやく日の宮」の事は初めて知ったけど、すごく納得できる終わり方だった。
他の説も探してみたい。

ミノタウロス現象


 史上最年少市長で市長になった利根川翼。
支持率を気にしつつ、くだらない因習やおじさんたちのマウント取りにうんざりしながらも真面目に仕事をこなしていた。
そんな時、世界のあちこちで角を持ち、ヒトよりも大きな体と力を持った怪物が現れる。
その怪物への対策を話し合うことになっていたある日、議会の最中に突然怪物が現れた。
何とか銃殺したものの、なんとそれは着ぐるみを着せられた議員だった。

 現代に、ファンタジーのような怪物が現れる。
それでもただの不可解な現象ではなく、ちゃんと出現や生態を検証していて、対処法まである。
最初はあまりの非現実感に醒めていたが、そのうち理由を考え始めた頃から私も一緒に検証に立ち会っている気になってくる。
空想ではあるけど、こうゆう人知を超えた現象が起こることもあるかもしれないと思って楽しめた。

死まで139歩


 毎日歩いて手紙を運ぶ仕事をする男。夜の公園で謎めいた言葉を言い残して消えた美女。
おかしな事件を相談されたツイスト博士。
しかしこの2件には、「しゃがれ声」の人物が共通して登場していた。
そして怪しい人物からの電話で呼び出されたツイスト博士は、そこで無数の靴が並べられたまま5年の間封印された屋敷へたどり着く。
さらに、埋葬されたはずの屋敷の主人の死体が、暖炉の前の椅子に座っていた。

 ツイスト博士シリーズのなかで今回は密室をしっかり作ってある事件だった。
そしてその仕掛けも、トリックを使ったもので何度も読み返した。
悲しく淋しい背景があったことが分かると、その手の込んだトリックが急にイメージが変わって悪意の要素が減る。
郷愁めいた印象を残した。

赤髯王の呪い


 ある日、故郷の兄から届いた手紙に驚愕するエチエンヌ。
密室状態の物置小屋から明かりが見え、16年前に呪いによって死んだと言われるドイツ人少女の霊を見たという。
エチエンヌは、友人から紹介されたツイスト博士に、当時の状況を語り始める。
 さらに、短編3編も収録。

 昔の領主の呪いが生きていると言われる土地で、赤髯の領主の悪口を言うと呪われるというもの。
密室で死んでいた少女の謎は解き明かされないままだったのに、ツイスト博士は簡単に解いてしまう。
予想外の事実に驚かされた。
ツイスト博士の柔軟さをみせた話だった。

時空犯


 私立探偵、姫崎智弘の元に、報酬一千万円という破格の依頼が舞い込んだ。
依頼主は情報工学の権威・北神伊織博士で、なんと依頼日である今日、2018年6月1日は、すでに千回近くも巻き戻されているという。
そして集められた人は8人。
皆にも巻き戻しを体験してほしいというものだった。
しかし再び6月1日が訪れた直後、博士が他殺死体で発見される。

 時間が巻き戻り、同じ日を永遠に繰り返し、しかもその記憶まであるという。
情報伝達としてのプログラムに、人間の情報を吸い出して大量にかき混ぜたら、知恵をもつ何かが生まれるのではないかという途方もない研究。
荒唐無稽だけどかなり理論的な説明があり、研究の一分野という感じはある。
その繰り返しの中で人を殺すという検証をした犯人を追い詰めることができはしたが、犯人の考えも理解できない分野だった。
人知を超える、全く別のものと出くわしたとき、どうすればいいのか。