月花美人


 菜澄藩の郷士・望月鞘音は、剣鬼とも呼ばれたほどの使い手だった。
両親を亡くして姪の若葉を引き取り、彼女との生活のためにと傷の治療に使う〈サヤネ紙〉を作っていた。
幼馴染の紙問屋・我孫子屋壮介と町の女医者・佐倉虎峰から、改良を頼まれる。
理由を言い渋る壮介に問いただすと、「月役(月経)」の処置に使うという返答。
武士である自分が、女の穢れで糊口をしのぐことに抵抗がある鞘音だが、ちょうど初潮を迎えた若葉の辛そうな様子を見て、少しづつ考えが変わっていくのだった。

 女性の整理事情は、男には隠されてきた。
古紙や古布をつめて処置し、穢れ小屋に隔離されたりしてきた女性たちの清潔を守り、生活を楽にするために奮闘した武士の物語。
実際にあった話とは違うが、人々の意識を変えようと戦う様子に心を打たれる。
ずれを防ぐための羽根つきを思いついたのが鶏の羽というところは無理があったが、それ以外は続きが気になって止められないほどだった。

先祖探偵


 東京谷中銀座の路地裏で、探偵事務所をひらいている邑楽風子。
風子は捨て子で、養護施設を出てからバイトでためたお金でたんていをはじめた。
先祖を辿る探偵をしているのは、自分の先祖を探す手助けになればと思ってのことだった。
 先祖は武田信玄にゆかりがあるはずだと言い張る男性や、先祖の祟りかもしれないのでどこの祖先が原因か調べてほしい、学校で祖先を調べるという宿題が出た、などの依頼に、あちこちをめぐっては調査をしていく風子。
やがて、自分の両親につながるのではないかという仕事が舞い込む。

 ずっと孤独だった風子が、自分の祖先を知りたいと思って始めた仕事。
やがてつながる縁と、風子が捨てられた理由に説明がついた頃には、まるで想像もつかなかった出来事が分かる。

おっかなの晩 (日本橋船宿あやかし話)


 江戸草川に浮かぶ島、日本橋の箱崎。
川辺の小さな船宿を切り盛りする女将のお涼。
彼女の元へ届く手紙の中には、吉原にいる花魁・清里からのものがあった。
清里は狐憑きと言われてしばらく客足が遠のいていたのだが、それを逆手に取った接客をするようになり、また人気が戻ってきていた。
そしてお涼の元へは、時折不思議な客もやってくるという。

 面倒見が良いお涼のところへやってくるのは、人だけじゃなかった。
そして彼らは、お涼に頼みごとをしたり、癒されたりして去っていく。
なかにはちゃんと落ちが付いた話も合っておもしろい。
お涼の子供の頃の話もあって、彼女の不思議な魅力がつまっていた。

競争の番人 内偵の王子


九州事務所への転勤となった白熊楓。
昔からいる人たちの結束が強い場所で、なかなか話をしてもらえず、パワハラ気味の上司と敵意むき出しの同僚、そして人当たりが良く誰に対しても優しいが自由な上司に疲れ切っていた白熊。
呉服業界のカルテルを探るうち、巨大なカルテルに行きつく。
本部のメンバーもやってきて、それぞれ別口の摘発に動くうち、地元の暴力団も絡むと知る。

 九州へやってきた白熊は、知り合いもなく、同僚ともなじめず、疎外感を感じていたが、本部の仲間がやってきてからは調子を取り戻す。
白熊と小勝負の関係も変わらずで安心する。
そして解決を見る頃には、また白熊は地元の大きな力によって戻されることになる。
普段は知ることのない仕事と、地域の権力者、個性的な登場人物の多さで全く飽きない。

競争の番人


 公正取引委員会審査官・白熊楓は、ウェディング業界の価格カルテル調査をすることになった。
東大首席・ハーバード大留学帰りのエリート審査官・小勝負勉とチームを組み、あらゆる調査を進めるが、調査対象のホテル社長が強かで、なかなか決め手をつかめない。
それどころか逆に冤罪と責められ、楓たちは方針の変更を余儀なくされる。
どうしても証拠がつかめないまま罠にかけられ、裏切られたりしながら、楓たちはあらゆる角度で調べを進めていくと。

 ストーリーに覚えがあると思ったら、ドラマでもやっていたようだ。
体育会系の楓と、頭脳派の小勝負との対比も面白く、読みやすい文章でドキドキの調査の場面も多く、どんどん進む場面に目が離せない。
どんな仕事をしているのかイマイチ知名度のない仕事にフォーカスを当てたお仕事ミステリー。

真夜中法律事務所


 検事である僕・印藤累(いんどう るい)は、ある夜幽霊と出会ってしまった。
それは突然の異動でプレハブ小屋に移動させられ、世間を騒がせた検事による証拠隠滅と情報流出の事件の後始末を命じられた頃だった。
出会った幽霊は、とある弁護士の元へと印藤をいざなう。
そこには、死者を現世に縛り付ける現象を知り、成仏させようともがく一人の女性がいた。

 幽霊が留まる理由がかなりしっかり設定されていて、それをうまく使った決着で妙な満足感があった。
検事の不祥事も単なる利己的な犯罪とは言えず、なんとも言えない哀しさは残るけど、それでもただの幽霊話ではなかった。
死者に関しても、不気味だとか復讐や怨念を持った存在としてではなく、ちゃんと生前と同じ性質の意思を持った存在として書かれていて、むしろ親近感を持たせて犯罪者との対比が協調されていた。
推理小説のような読後感。

元彼の遺言状


 1年付き合ってきた彼から差し出された婚約指輪が安物だったためにその場で振り、翌日にはボーナスを減らされて頭にきて勢いで辞めてしまった弁護士の麗子。
そのままはけ口を探してずっと昔に3か月だけ付き合っていた栄治にメールしたことがきっかけで、その栄治の遺言に振り回されることになる。
 栄治は大手製薬会社の御曹司で、相続する多額の資産をめぐって「自分を殺した犯人に全財産を譲る」という遺言を残していたのだ。

 ドラマを見ていたのでそのイメージが強かったが、ドラマで最後まで存在感があった篠田が途中で消えてしまった。
それでも話は走るように進み、麗子のパリッとした性格のおかげで物騒な出来事もすっぱり切り捨てられ、ちゃんと栄治の考えた通りに収束させてしまう。
読みやすくて爽快。

泥棒はライ麦畑で追いかける―泥棒バーニイ・シリーズ


 ある日、古本屋にやってきた美女に頼まれ、有名作家が昔書いた手紙を盗み出すことになったバーニィ。
ところが、作家の住むホテルへ忍び込んだら、またもや死んだ人間がいたのだった。
 正体を隠し続けた作家が、これまで書いた私的な手紙が競売にかけられるとなって、コレクターや恋人だったという人物たちが集まってきて、今回もにぎやかな謎解きとなる。

 またもやバーニィは、自分にかけられた殺人容疑を晴らすため、事件を解決する羽目になる。
そして今回は、ちょっと粋な方法も使って解決させていて、これまでの同じような印象を変えた結末となった。
さらに、前回の登場人物が奇妙な友人となって加わり、彼が面白い位置にいるので、今回の作家もまた出てきてくれるときっと楽しいと期待をする。

泥棒はボガートを夢見る―泥棒バーニイ・シリーズ


 古本屋へやってきた美しい客に一目ぼれしたバーニィ。
その美女イローナとボガートの話で意気投合し、その夜から15日連続でボガートの主演映画を見に通う。
しかし、旧友からバーニィの話を聞いたというある客が持ち込んだ仕事をうけて侵入した高級アパートで、なんとバーニィは失敗してしまう。
恋をしたバーニィが見失ったものは、恋人か仕事か。

 恋をした女性は、バーニィに仕事を依頼した人物ともかかわりがありそうだし、依頼されて盗んでくる予定だった書類はどこへ行ったのか。
依頼者が死んでしまい、犯人はわかったのにバーニィにはできることがない。
今回のバーニィは、皆を集めて犯人を追い詰めるという名探偵もやるけど、どこか締まらない役どころだった。
恋に浸り、仕事に失敗し、犯人は突き止めるが逃げられ、追い詰めることができない。
それでもなぜか不思議と情けなくない。
不思議な泥棒さん。

お初の繭


 産業もあまりなく、貧しい地域に住むお初は、12歳で生糸工場へ出稼ぎに出ることになった。
各地からやってくる少女たちが集められたのは、淋しい土地ながら特別な糸を吐く繭が育つ場所で、そこで集団生活をしながら仕事が始まるのを待っていた。
ところが、毎日腹いっぱい食べ、日に三度も風呂へ入るという清潔で快適な日々を過ごしているうちに、だんだんと焦ってきたお初。
皆が飲んでいる薬にアレルギー反応がでたことで一人隔離の生活になってしまい、工場の異様な雰囲気を客観的に感じることができたのだった。

 ホラー。
割と早いうちから不気味な雰囲気は出ていて、少女たち以外の登場人物の名前も不気味。
そして予想もできるが、どうしても目が離せない。
深みへはまるお初。
出てくる糸や街の名前が、怪しいが滑稽なため、ひたすら気味が悪いだけではなかったせいで読みやすい。
だが不吉な予想はどれも必ず当たり、恐ろしい余韻を残す。