北緯43度のコールドケース


 博士号を持ち、30歳で北海道警察の警察官となった沢村。
未解決となっていた5年前の少女誘拐事件の被害者・島崎陽菜の遺体が発見される。
犯人と思われていた男は既に死亡していたのだが、共犯者がいたのかと再び捜査本部が設置される。
しかし今回も解決には至らなかった。
しばらくして、5年前の捜査資料が漏洩し、沢村が疑われる。

第67回江戸川乱歩賞受賞作
 研究者の身分を捨て警察官となった沢村が、ここでも自分の居場所を見つけられずもがく。
5年前の事件では捜査から外された沢村が、今度は秘密漏洩の建議までかけられてどうするか。
沢村の迷いがずっと付きまとい、事件の薄暗いイメージと並行して事件解決の困難さを強調している。
ちょっと読みずらいと感じるところもあったが、一つ一つ解明していく事実が心地よくて一気に読めた。

数学の女王


 博士号を取得後に警察官となった沢村依理子は、突然本部の警務部に異動となる。
そんな中、新札幌に新設されたばかりの北日本科学大学で爆破事件が発生。
そしてまた急に捜査一課へ行けと命じられ、沢村は困惑していた。
爆破事件の犯人は一向に絞られず、捜査の方向も曖昧になっていくなか、沢村は一人の男のことが気になっていた。

 爆破で狙われたのは学長で、沢村は真という名前と学長という立場から勝手に男だと思い込んでいた。
自分が女であることを理由にした人事異動に憤りを覚えていたくせに、自分もジェンダーバイアスがかかったものの見方をしていたことに気づいて愕然とする沢村の様子が生々しい。
能力はあるのに女であるために報われないと信じ込んだ者、それでも運をつかんで転機を迎える者など、なにがきっかけになるか紙一重で怖くなる。

とりどりみどり


 万両店の廻船問屋『飛鷹屋』の末弟・鷺之介。
『飛鷹屋』の子供は5人いて、全員母が違うけど仲はいい。
毎日3人の姉に付き合わされてうんざりしていた鷺之介は、ある日芝居小屋で出会った同じ年くらいの少年と友達になる。
往来で騙りに出くわしたり、姉が突然戯作者に弟子入りしたいと言い出したり、境内で買った手ぬぐいが物騒な証拠品だったりと、全く飽きない毎日だ。
そして母の月命日に墓参りに行った鷺之介が知る、出生の秘密。

 遠慮も気遣いも全くない姉たちに一向に太刀打ちできない鷺之介が気の毒になるが、次第に姉たちの頭の良さと行動力に関心させられる。
口も悪いのであちこちで厄介を起こすが、それでもちゃんと弟を大事にしているし、女だからと我慢もしない。
見方につければ頼もしい限りだ。
こんな風に強く生きられればいいなぁと羨ましくなる。

そして、よみがえる世界。


 近未来。脳神経外科医の牧野は、数年前の事故で脊髄を負傷し、四肢麻痺に陥った。
今は頭蓋内に移植した脳波を検出するチップによって代替身体のロボットを動かすことで何とか生活できている。
そんな牧野に恩師から依頼があり、視覚を失った少女エリカへの視覚再建装置〈バーチャライト〉埋設手術を代理執刀することになる。
オペは成功したが、エリカは術後、黒い影の幻に脅かされるようになり、さらに医療チームにも死者が出てしまう。

 第12回アガサ・クリスティー賞受賞作。
介助ロボットや仮想空間での技術が進んだ時代。
近くにいなくても実際の体が動かなくても、投影によりさもそこにいるように動き回れる自分を動かし、世界最高峰の手術をする。
夢のような技術だが、前半はなんとも説明がくどくてしんどかった。
しかしエリカが動き始めると早かったし、決着がついた理由も納得できた。
次第に判明してくる秘密はかなりの衝撃で、恐ろしくて想像すると寝れなくなりそうだった。

市立ノアの方舟


 野亜市役所職員の磯貝健吾は、廃園の噂のある赤字続きの動物園に園長として移動になった。
そこは、動物たちは毎日に飽き、飼育員たちもやる気をなくしている場所だった。
礒貝は挫けそうになるが、娘が書いた一枚のゾウの絵で、自分も幼いころそのゾウに会ったことがあることを思い出す。
 
 園の中の違和感を探り、動物たちを観察し、調べながら、礒貝は少しづつ改革をしていく。
人が戻れば、廃園は免れるかもしれないと。
ゾウの聴覚に驚き、フラミンゴの異種カップルに協力し、ホッキョクグマの習性に忍耐を知る。
動物たちの知らなかった習性を飼育員に教えられながら、ヒトとの違いを考えて、ずっと楽しかった。
動物園でただ彼らを眺めるだけななのはもったいないと感じ、見に行きたいと思った。

李の花は散っても


 後の昭和天皇の最有力妃候補だった梨本宮方子。
しかし、避暑に訪れていた別邸で何気なく見た新聞で、自分の結婚が決まったことを知り、ショックを受ける。
相手は朝鮮王室の李王世子・李垠だった。
政略結婚だったが、方子は死ぬまで夫に寄り添い、日本と朝鮮の戦争を挟んだ厳しい時代を生きた。
一方、朝鮮の革命家に恋をしたマサは、何があろうと彼と一緒にいようと決め、朝鮮へ渡り、朝鮮人と偽って生き抜く決心をする。

 二人の女性の、大きく人生を揺さぶられた混沌の時代の生き方。
前半は、方子が特別な立場だったせいもあり、マサの側は退屈だったが、佳境に入ってくるとやっと勢いが出て面白くなった。
これだけ対局でも、国にいいように扱われ、戦争で死にそうになり、信じた人たちとまた会えることを祈って過ごすという面では同じことをした二人。
二人の優しい出会いがじんわりと沁みる。

忘らるる物語


 星卜で「皇后星」に選ばれた環璃は、次の帝を決めるための儀式のため、真珠で飾った輿に乗せられ、4つの国の王の元を順にめぐる。
そこで王と寝て、子ができればその王は次の帝となる。
住んでいた国を滅ぼされ、夫は殺されて子は連れ去られた。もう何も持たない環璃にから、まだ心を奪う儀式は続く。
そんな時、山賊に襲われた環璃を助けたのは、昔から女だけに伝えられてきた不思議な場所から来た、不思議な力を使う女性・チユギだった。
そして環璃はチユキと約束をする。

 男が支配する世界を変えたいと願い、復讐を誓う環璃が、国々で見聞きしてきたことで学んでいく様子が生々しく綴られている。
「トッカン」や「上流階級」の世界との落差が大きすぎてとまどうが、強烈な出来事や言葉たちが次々と押し寄せてくるのであっという間にその世界にのまれてしまう。
予想される結末ではあったけど、それまでの物語の迫力に押されてそんなことで落胆する余裕もなかった。

クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介


 服飾ブローカーの桐ヶ谷と、アンティークショップの店長で人気のゲーム実況配信者である小春。
二人は、警察がどうしても見えなかった方向からの視点で事件を見、解決へ導く手伝いをしている。
今回も、杉並警察署の未解決事件の再捜査を行う部署にいる南雲から、いくつかの事件を見せられた。

 赤ちゃんの時に捨てられた子供が親を探している。服飾の学校へ通っていた女性が裁ちばさみで殺された事件。女子高生が必死で隠していた怪我など、身につけていた服から見えてくるものを見、推理する二人。
知らない世界のことだから、知らない事がいっぱいでとても興味が沸く。
いちいち調べていくからなかなか進まないが、それでもあっという間に読み終えた。
二人のキャラクターも、掛け合いも楽しいし、何より彼らの言葉はまっすぐ届いてくるので、きつい言葉でさえ清々しい。

孤宿の人(上)


 北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐国・丸海藩。
店の女中に手を付け生まれた子供を厄介払いするため、江戸から金比羅代参に連れ出された九歳のほう。
しかし途中で船酔いで寝込んでいる間に付き添いに捨てられ、置き去りにされた。その後藩医を勤める井上家に引き取られるが、そこで優しかった琴江が毒殺されるという事件が起こる。
その後も領内で次々と不穏な事が続き、ほうは立場が弱いために振り回されることになる。

 阿呆だから”ほう”と名付けられ、これまでさんざんな扱いを受けていたほうだが、井上家では下働きとして幸せに暮らしていたのに、琴江の死で再び不運に見舞われる。
それでも出会いに恵まれているのか、振り回されながらもちゃんと守ってくれる人に出会えている。
血なまぐさい出来事も多いのに、ほうの生き方を見ているとほっこりしてくる。
これからもひどい仕打ちは多いだろうけど、こんな運に恵まれていくのだろうと思えてくる。

烏の緑羽 八咫烏シリーズ


 生まれながらに「山内」を守ることを定められ、あらゆることに恵まれ、大事にされて育ってきた長束だが、側室の子供として生まれた弟が「真の金烏」となり、自分は臣下となった。その長束は、自分の側仕えをしている路近を怖いと感じていた。
路近への恐怖は不信感となり、周囲の者に相談する。
そして今は勁草院の教師として働く路近の師を紹介された長束は、路近の人となりを知るために、彼らに師事を乞う。

 飄々として何を考えているのかつかみにくい路近を持て余し、自分の部下としてどう扱っていいか悩む長束。
今作は路近と、彼の近くで生きてきた者たちの生い立ちが語られる。
どれもなかなかに厳しかった。
そのうえ敵対したり考えが違っていたりと、様々な方面からの意見が出てきて混迷を深めていっており、どこを見ればいいのかわからなくなってくる。
でも最後でやっと本筋の出来事に追いついてきたので、次は新展開があるかもしれないとドキドキする。