夜色表紙の本


 父が文字を書き、意匠と飾り文字は叔父が、細密画は母が描いた。
〈夜の写本師〉である三人が彼のために書いてくれた薄い本は、いつの間にか彼の元から消えていた。
おそらく家を出ていった息子が持ち出したのだろう。
持ち主の元へ戻ってくる呪いがかかっているから、きっとまだ生きているはず。
そうして微かな希望を持って、〈護符師〉である彼・ヴァニバスは息子を探す旅に出た。

 オーリエラントの魔導師シリーズ。
〈夜の写本師〉になれなかったヴァニバスだが、深い苦悩と憎しみを知って〈夜の写本師〉になっていく過程を描いている。
短編で、それぞれが違う話ではあるものの、すべてはヴァニバスに関わる事。
まとめて一つの大きな物語となっていて読みごたえがある。

うらぎり長屋


 江戸は本所、霧左衛門長屋の裏側にあるから「裏霧長屋」という。
しかしそこは、江戸で生きづらくなった者たちが行き着く場所であり、人はそこを「うらぎり長屋」と呼んだ。
 元大工の石蔵は、ふとしたことで盗みの一味に加わってしまう。しかし居酒屋で働く娘に惚れて足を洗おうとする。
料亭で女中として働いているおたつは、亭主が酒豪だと嘘をついて酒を買い続けていた。
怠け者の母を支えるため内職をしていたおえんは、ある日お店者らしき男に声をかけられる。
 裏長屋に住む人たちの人生。

 風通しも日当たりも悪い長屋に住む人々は、なぜそこに集まってきたのだろう。
彼らの来し方が一人ずつ語られる。
物悲しい出来事ばかりだが、途中に折り込まれる季節の花や子供の声にふと立ち止まるような、ゆっくりした時間が流れていた。

イタリアン・シューズ 〈フレドリック・ヴェリーン〉シリーズ


 離れ小島に老いた犬と老いた猫と共に住む元医師フレドリック・ヴェリーンは、ある日湖に張った厚い氷の上でかつての恋人を見つける。
病に侵され長くない彼女は、フレドリックに「昔した約束を果たす」ことを求めてきたという。
フレドリックは彼女のために、12年独りで引きこもっていた島を出て旅をする決心をする。
そしてその度は、フレドリックに出会いと過去の清算を持ち込んだ。

 全体的に暗く静か。
医師だったころのある事件がきっかけで孤島に引きこもって静かな暮らしをしていた男が、昔捨てた彼女と再会したことで様々な感情を思い出すようになる。
それなりに大変な旅をするわりに、フレドリックの静かな語り口のせいで淡々と進んでいく。
そのため印象に残るほどの出来事はない気がしてしまう。

藩邸差配役日日控


 神宮寺藩七万石の江戸藩邸。
「何でもや屋」とも揶揄されるお役目の差配役に就いている里村五郎兵衛は、日々様々な事に目を配らせている。
世子・亀千代君が失踪したとの知らせに慌てふためいたり、ご正室の猫が行方不明となったり、御用商人を巡る不正入札が発覚したりと忙しい。
「誰にもできぬお役を果たすのが差配方じゃ」という信条の元、一つ一つに誠実に向き合う五郎兵衛。

 何でも屋という通り、大きな陰謀から小さな修理の依頼まで、様々こなす五郎兵衛。
そして少しずつ信頼を得ていく様子や、持ち込まれる秘密への向き合い方など、真摯な姿に好感を持つ。
最後に明かされる飛び切り大きな秘密を、その親にすら守り通す姿は頑なとも見える。
読み始めから終わりまでに印象が大きく変わる物語だった。

シャーリー・ホームズとジョー・ワトソンの醜聞


 元軍医のジョー・ワトソンがベイカー街221bに帰ると、同居人の半電脳探偵シャーリー・ホームズが珍しく慌てている。
ジョーは9か月前に結婚して出ていったはずなのだ。
だがジョーには記憶がない。
さらにはやってきた依頼人が、「婚約破棄した女性に対して自分は愛していたのか調べてほしい」という奇妙なものだった。
ジョーと依頼人のおかしな記憶には関係がありそうだとして、2人は依頼人の婚約者が催す婚活パーティに参加することになる。

 ホームズとワトソン、さらにはモリアーティまでが女性という設定。
それになかなか慣れず、得体のしれないパーティ主催者であるエイレネと対峙することになってしまって置いてけぼりなまま終わった。