明治銀座異変


 横浜の本町通り、馬車で通りかかった西洋人を、3人の侍が切りかかり殺してしまう。
必死で逃げる奥方と青い目の小さな子供。
しかしその事件は、犯人が捕まらないまま17年の月日が流れた。
 開化日報記者の片桐は、14歳の見習い探訪員“直太郎”と共に御者が狙撃され、暴走した鉄道馬車に出くわす。
止めようと駆け出す直太朗と、乗客だった一人の女性によって、暴走は止められたが御者はそののち死に、狙撃事件として新聞のネタになることになった。
片桐と直太朗、そして乗客の女性・咲子は、事件を追ううち17年前の事件との繋がりを見つけてしまう。

 舞台は前作より前の話。
一見やる気のなさそうな片桐と、”腕白”な直太朗のやり取りが微笑ましく、そこに加わる咲子の聡明さが際立つ。
手がかりの少ない事件だが、事実がわかり始めると止まらない。
理由もなく殺された西洋人の来し方が分かるにつれ暗い気分になってくるし、その尻拭いを丸投げされてしまう片桐のやるせない苦悩が息苦しい余韻となる。
それでも、時々姿を見せる久蔵に親しみを感じてしまうし、咲子の後の人生は力強いとわかっているから気持ちは沈まない。

礼儀正しい空き巣の死


 高齢夫婦が旅行から帰ったら、知らない男が浴室で死んでいた。
その男は靴をそろえ、脱いだ服をたたみ、割った窓ガラスも補強するという礼儀正しさ。笑い話のような事件から起こる、30年前からの犯罪。
 死んでいた男はホームレスと思われたが、その家が30年前に少女殺人事件の起こった隣家だったことを定年間際の金本刑事課長が思い出す。
単なる偶然なのか。

 出世欲の強い卯月枝衣子警部補が、金本の勘を引きついで調査していると、ちょうど起こったばかりの別の事件との関連まででてくる。
そうやって次々と関連事項が増えて聞き、とうとう30年前の事件にもつながってしまった。
男たちの思惑にあきれたり振り回されたりと、枝衣子は忙しくなるが、枝衣子自身にも大きな進退の決断へとつながり、事件の広がりと枝衣子の人生の広がりに興味を惹かれて目が離せなくなる。
柚木草平が、「小説の登場人物」として出てきた。
でも山川は登場人物としてちゃんと登場していた。
前作はちゃんと実際に警察にいた人物として登場していたのに?

ダブル・ミステリ (月琴亭の殺人/ノンシリアル・キラー)


 不思議な招待状で〈日本のモン・サン・ミッシェル〉と称えられる天眼峡へ呼び出された探偵の森江春策。
ところが、会場となる月琴亭ホテルでは、同じように様々な理由で呼び出された者たちが5人。
皆、それぞれに興味をそそられる内容が書かれた嘘の招待状だった。
そして不気味な陸の孤島と化したそのホテルで、拉致されてきたと思われる男が一人、拘束されていた。

 両側から、二つの物語が進行し、真ん中で一つになる。
面白い作りだが、事件自体はありふれたもの。
しかし登場人物が交差し、二つの事件を行き来するため、人間関係がややこしい。
ミステリとして近年ではアンフェアと言われる手段を使っていたことも、面白いが混乱される要因だったため、何度も読み返すことになる。
最後に人物相関図が欲しいと思ってしまった。

明治乙女物語


 東京・御茶ノ水の高等師範学校女子部で学ぶ咲と夏。
ある日、森有礼主催の舞踏会に出席した二人は爆発事件に遭遇する。
犯行声明により犯人が特定され、警備も強化されていたが、咲は現場で見つけたものから、全く違う犯人も見つけていた。
女が学ぶことについて偏見が大きかった時代、二人は様々な障害を自分たちで切り抜けながら、自分の人生を歩もうと前を向く。

 ままならないことが多いことで、生き急ぐ者たちの哀しさがじんわりと染み出す。
強く生きているつもりでも、幼いころの思い出に心を揺らしたり、憧れに気をはやらせたり、諦めに身を投じたり、これから人生を選び取っていく乙女たちの心の揺れが、時代の揺れに共鳴しているよう。
心を強く持とうという気を残す物語。

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(下)


 回復すれば拘束されるリスベット。そして裁判が待っている。
それまでにザラチェンコと公安が隠していることを反論できない証拠と共に見つけ出す。
ミカエルは見方を増やし、こっそりリスベットと連絡を取り合い、さらにはエリカの窮地をも救おうとしていた。

 『ミレニアム』にはそれらを告発するスクープを盛り込み、リスベットの裁判にぶつけて発行する。
そして活躍したのはミカエルの妹アニカ。
彼女は今までほとんど出てこなかったのに、ここでは一番の主役。
まだるっこしくて堅苦しく、長いだけの裁判の様子が残っているのかと思うと憂鬱だったが、アニカの追い詰め方にはスピード感があって一息に読み進められた。
自由を手に入れたリスベットは、これから変わっていけるのだろうか。

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上)


 ザラチェンコとの戦いで瀕死のリスベットを助けたミカエルは、リスベットを過去から救おうと、調査を始める。
ザラチェンコがなぜその罪を何度も見逃されてきたのか、カギは公安にあると読んでいたが、彼らも策をめぐらせミカエルを追い詰める。
一方リスベットは、二つ隣の部屋にザラチェンコがいることに気づき、お互いを監視し合っていた。

 しぶといザラチェンコ。
でもリスベットはあきらめない。どうにかして自分の未来を守ろうとする気持ちが強く、同じように真実を知りたいと強く思っているミカエルとやっと同じ方向を見始めた。
そしてさらにいくつかの死体ができ、事態は急変する。
エリカは『ミレニアム』から距離を取ったところから、ミカエルは国の中心へ、リスベットは自分を出せる世界で、つながりも増え、メンバーも増えてくるので複雑になってくる。
政治的な部分も増えてもきた。

ミレニアム2 火と戯れる女(下)


 警察、リスベットが仕事をしていたミルトン・セキュリティ、そしてミカエルたちの『ミレニアム』。
三者それぞれがリスベットを探していたが、謎は一向に解ける様子もなく、リスベットの友人のミミまで拉致され、暴力を受けてしまう。
しかしパソコンを通じてこっそりやり取りをしていたミカエルは、やがてザラの正体にたどり着き、リスベットもザラの居場所を突き止める。

 強烈な印象を残したリスベットの過去が語られる。
ただ、事実はそれほど驚くようなことではなかった。リスベットが起こした「最悪の事件」以外は。
血はつながっていても冷酷な人たちに、リスベットはどう立ち向かうのか。恐ろしい場面が多くて怖くなる。
 前回の事件以来、1年も姿を消していたリスベットは、今度はどんな行動に出るのか興味が沸いた。
死んでしまったダグとミアの件が薄らいでしまうようなストーリーは前巻と似ているが、これもまた続くのだろう。

ミレニアム2 火と戯れる女(上)


 リスベットの後見人のビュルマンは、復讐を誓い策をめぐらせていた。
そしてその頃、『ミレニアム』では、人身売買と強制売春の調査をしているカップルと特集号と書籍の刊行を計画していた。
上手く出版に持ち込めそうだという時、突然カップルとビュルマンが銃で撃たれて殺されてしまう。
その銃にリスベットの指紋がついていたことから、リスベットは殺人犯として指名手配され、様々なところから行方を追われることになる。

 リスベットが姿を消していた間の出来事が平和で穏やかだったせいか、その後の展開が急なうえ恐怖も大きい。
正体不明の「ザラ」という人物、カップルとリスベットの関係。
ビュルマンがもっと腹黒いかと思っていたらあっさり殺されてしまうこと、ミカエルにハリエットとも関係を持てるほどの魅力が感じられない事、リスベットのミカエルに向かう怒りが強すぎる理由、今はまだわからないことばかりで、頭がいっぱいになってしまう。

上流階級 富久丸百貨店外商部 (3)


 神戸の富久丸百貨店芦屋川店で敏腕外商員として働く鮫島静緒。
静緒を信用して仕事を頼んでくれるお客様も増え、ますます忙しく動き回る。
美容整形に興味があるけど怖くて静緒に話を聞いてきてほしいという女性投資家。息子の中学受験で義親からの圧力と本人の希望がかみ合わないという主婦。
著作権を侵害されているイラストレーターに弁護士を探したり。
そんな中、母に初期のがんが見つかり、静緒は急に将来に不安を感じ始める。
今のうちに家を買い、母と暮らす場所を見つけておく方がいいのか、そして幼馴染からのヘッドハンティング。
悩みが増える一方の静緒。

 今回もいろんな要望に応えるべく走り回る静緒。
中でも終活の一環でホームパーティーを開いた清家の方々とのやり取りは、慌ただしい静緒にほっと一息つかせる穏やかさと柔らかさがあってこちらも和む。
家出した勢いで家をキャッシュで一括購入するような人たちの言動は、決して我儘ではない上品さがあるため、力になりたいと思ってしまう魅力がある。

うさぎ幻化行


 飛行機事故で死んだ義理の兄。
リツ子のことを「うさぎ」と呼んでかわいがってくれていた兄が残したのは、音風景の音源だった。
しかしリツ子は、その音は自分あてではないような気がして、義兄の残した音を訪ね歩くことにした。

 事故から始まった物語は、静かでもの悲しい様子でずっと続く。
しかしリツ子は、音源を求めて旅に出た道中で出会う人たちとの妙な接点から不穏な矛盾を見つけてしまい、少しづつ正気を失っていくような感覚で読み進めていく。
判明する謎あり、曖昧にされた謎あり。
でもどちらかというと余韻に浸れる謎ではなく、ただ突然打ち切られたという感覚が強く残る。
すべては幻想で終わってしまいそう。