紅蓮の雪


 伊吹の双子の姉・朱里は20歳の誕生日を向かえた日、なんの前触れもなく自殺した。
朱里が死ぬ1週間前にこれまで縁のない大衆演劇を見に行っていたのを知った伊吹は、何かの真実が知れればと大衆演劇「鉢木座」へ行き、若座長の慈丹からスカウトを受ける。
鉢木座で女方として活躍を始めた伊吹に、やがて自分の出生の秘密と鉢木座との関係を知る。

 双子の片割れを失ったことによる悲痛な気持ちと、親からの非道な扱いで苦しみ続ける伊吹の気持ちが、ひたすら綴られているためにずっと暗い。
親から無視され続けたくせに日舞だけは習わされていたり、なのに女の朱里にはやらせないで勉強だけさせていたりと不可思議なことは多かったのは、過去を捨てきれない親の我儘で、振り回された朱里と伊吹の辛さは想像もできないが、その一環した重苦しい空気は長く続けて読むのはしんどかった。

もしかして ひょっとして


 もうすぐ1歳になる那々美を連れて、電車に乗って実家に戻る電車の中、行き会わせた老婦人とのひと時の話題は、もう一人の七夕生まれの女性の恋バナだった。
男子バスケ部の異変をどうにかしてほしいとあちこちから頼まれた生徒会委員の研介。
ブラックな人材派遣会社に勤める永島に猫を預けていった友人の秘密、叔母に頼まれてこっそり荷物を取りに行ったら死体が待っていたなど、ちょっと変わった雰囲気の短編集。

 スッキリ解決するものばかりではないため、その後のことが気になってしまう。
良い話だったと穏やかな気分でいても、次は全く違った話でがらりと様子が変わっていくため、気持ちが切り替わらない。
それぞれの話は楽しめたけど、続けて読むのはちょっと辛かった。

ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし


 いつものように怪異を求めて夜歩きする宣能と宗孝。
しかし宗孝は、宣能が秘めている荒事のことで頭がいっぱい。その時、二人の面前にひらりと漂う白いものが現れる。
驚き慄く宗孝。
 一方、自身が企んでいたことが失敗し、夜な夜な悪霊に悩まされている弘徽殿の女御は、悪霊が実は巫女たちの仕掛けだったことを知り、復讐を誓っていた。

 宗孝の周りが一気に慌ただしくなる。
どんなことも権力に任せてやってしまう弘徽殿の女御、都の裏の仕事をしている多情丸、そしてそんな物騒なことは何も知らずに純情な恋心を育んでいる東宮と初草。
物騒なことが多く起こる今回だが、東宮と初草の微笑ましいやり取りが和ませる。
今回は周りの者たちのエネルギーに押されて、宣能と宗孝の印象が薄かった。
これからの二人が心配になる。

青い雪


 第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
夏のひと時を過ごす3つの家族。
幼い時はただ楽しかった。でもある時、5歳の亜矢ちゃんがいなくなった。
子供だったために知らなかったことが、やがて少しずつ分かってくるようになり、亜矢ちゃんを取り戻そうと動き始める寿々音と大介、そして秀平。
やがて3つの家族の秘密も明かされ、あの日起こったことも明らかになる。

 3つの家族それぞれの子供たちの目線から語られるため、最初はバラバラな印象。
でも3家族の関係が分かり始めると、それぞれの出来事がつながり始める。
そしていつまでもつながらなかったタイトルは読み終わってはじめて気づく。
ちょっと関係者が多すぎて混乱した。

楽園のアダム


 大厄災により人類は1%未満まで減少し、あらゆる問題を解決するために作り出された人工知能の「カーネ」により生活や判断、結婚や出産までも管理される世界。
しかしカーネのおかげで争いはなく、様々な役割をもった集団によって生活は十分に潤い、安定した人生を送れる時代。
「知識の島」で研究に勤しむ主人公・アムスは、ある日大好きなセーファと共に偶然死体を見つけてしまう。
それは良く知った人物で、しかもむごたらしい拷問の末、心臓を一突きにされた助教授だった。

 暴力などなく、平和で穏やかな暮らしをしていた島に、突然起こる不穏な出来事。
それは、助教授が南極から持ち帰った未知の哺乳類のせいだという。
その生き物によって幾人もが殺され、やがてアムスが聞かされるその哺乳類の真実に驚かされる。
情報が管理され、故意に知らされない事がある世界では、当たり前の自然であっても驚異となる。
それにしても、未知の哺乳類の獣っぷりはひどかった。ろくでもない性質のものを選んでしまったのか、知らないゆえの恐怖で大げさになっているのか。
そして男女の区別はあって知識もあるのに、割り当てられることに疑問がわかないのは不思議。

四十過ぎたら出世が仕事


 四十歳で課長に昇進した阿南が着任早々に起こるトラブル、無能な上司にイライラが止まらない石渡課長、中途入社だけど優秀と評判な和田課長には秘密があり、コネと言われたくなくて創業社長の息子であることを秘密にしている平松は失敗続き。
広告代理店の、不惑を迎える者たちの仕事に対する苦悩が、6人の視点から描かれる。

 どんな社風の会社で、どんな立場にあるのかで全く変わる心意気。
良い会社にしたいと思うか、楽しく働きたいと思うか、権力を持ちたいか。
結局どんな立場でいようとも、気に食わない人はいるもんだし、あの人のことに考えが及ばなかったと悔やんだところでそれもまた一面。
反対の面では絶賛されたりもしていて、自分のところには伝わってこないものも多い。
どんなことを「出世」とみなす?と問われているよう。

二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ


 新しい元号が発表される日、日本中が沸き立つように浮かれていた。
宣伝部の砂原江見は、20年務めた老舗映画会社・銀都活劇が身売りされるとが決まり社内には弛緩した雰囲気が漂う中、この時期だからこそやってみたいと、一つの企画を提案する。
わざわざ今面倒なことをしなくても、新しい経営体制になったらどうなるかわからないのに。
そんな陰口も漂ってくるが、江見は自分の人生を変えた一つの映画をどうしても光の中に立たせたかった。

 かつて優秀さで周りを黙らせた先輩たちと仕事がしたいと、いろんなアイデアを出す江見。
独立して社長をしている独身女性、家族のために辞めることを決めた女性、働くのは会社のためだと信じている女性、権力にすり寄ることで自分の立場を守る女性。
いろんな人が出てきては、しっかり持っているそれぞれの思いが描かれている。
男もかなり個性的だが、やはり女に焦点を当てているため細切れで登場している印象。
働くことは自分にとってどんな位置にあるのかを問いかけるような物語だが、最後は急に宇宙規模まで話が大きくなり、なんだか曖昧にかわされたような気分になった。

事件持ち


 入社2年目の新聞記者・永尾。
県警の記者クラブで毎日刑事を追求する日が続いていたが、ある日千葉で起こった殺人事件を追っていると、偶然被害者2人を知る不審な男・魚住優を接触する。
そして事件の関係者には、中学時代のつながりがあった。
その後、魚住は失踪し、重要参考人として警察からもメディアからも追われる身となる。
一つの事件を、刑事側、記者側の両方の目線で追う。

 被害者の遺族を追い回し、悲嘆にくれる家族からコメントを取ろうとする記者は、果たして必要な存在なのだろうか。
そんな悩みを持ちつつも、他社を出し抜いたスクープを取ろうと必死な永尾。
そして、社会人になってから、今更中学の頃の恨みを晴らすために殺人などするだろうかと疑問に思う警察。
お互い明かせない秘密だらけだが、終盤ではある種の仲間意識さえ生まれてくる。
言葉にはしない空気感を読み、本意を察知する。
大きな事件に縁があるというのは、察知能力の差か。

廃遊園地の殺人


 20年前、プレオープンの日に起きた銃乱射事件によって営業しないまま閉鎖となった遊園地・イリュジオンランド。
その後その場所を買い取り、完全に放置していた廃墟コレクターの資産家・十嶋庵(としまいおり)が、廃遊園地への招待をするいう。
数ある応募者の中から選ばれた10名には、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』という十嶋からの伝言が伝えられる。
 廃墟には関心があるが、所有することについては諦めている主人公の眞上だが、周りの雰囲気に付き合い、謎解きに協力することにした。
招待客たちは宝探しをはじめるが、次の朝、参加者の一人が着ぐるみを着せられて柵にくし刺しになった血まみれの状態で発見される。
この謎解きは、ただの謎解きではない。

 ただのコンビニのアルバイトの眞上が、集められた人たちの共通点を見つけ出したり、行動から不自然さを感じ取ったりと探偵役をする。
犯罪におののく者、恐慌をきたすもの、淡々と観察する者など様々だが、眞上の冷めた目で語られるせいかこちらも傍観者でいられた。
登場人物は少ない割に区別がややこしかったので、ただ殺される役ではない者たちの活躍がもうちょっとあればもっとわかりやすかったように思う。

スイッチ 悪意の実験


 夏休み、就職活動が上手くいっていない先輩から、バイトの話を持ち掛けられた。
それは、日当1万円、期間1か月の、初日のみ拘束時間ありのおかしな仕事だった。
心理コンサルタントとしてテレビにもよく出ている人物からの仕事で、「純粋な悪意」を知りたいという。
集められた6人の大学生には、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされ、押す押さないを任された。

 「理由のない悪」と、それをしてしまう人の心理を知りたいというリサーチ。
しかし、それが大きな事件へとつながり、それぞれの過去とも向き合う羽目になることで、心が軽くなる人、将来を真剣に考える人、達観する人、いろんな考えが見える。
でもところどころわかりにくい。
宗教の教えや概念のことだけでなく、物語の進み方が分かりにくい。
結局、大酒を飲んでは豪快に失言を飛ばす就活中の先輩が一番個性的で楽しかった。