お江戸けもの医 毛玉堂


 江戸に、動物の病を見る医者がいる。
腕は確かだが不愛想な医者の凌雲と、幼いころから凌雲を思い続けていた妻・お美津。
3匹の犬と1匹の猫、そして別嬪で口が達者な幼馴染のお仙と共に、にぎやかな毎日をすごしていた。
ある日、お仙が子供を連れてやってくる。
動物と子供は違うと断るお美津だが、お仙の押しの強さに負けて引き取り一緒に暮らしはじめ、毛玉堂はますますにぎやかになった。

 動物専門の医者である凌雲は、以前は人間の医者として名を馳せていたのだが、とある事件をきっかけに心を閉ざしてしまう。
そんな凌雲を支え、妻となったお美津の、うれしいけど悲しい心がしみじみと伝わってくる。
凌雲とお美津の動物好きと、お仙の美しさと強かさが軽い口調で楽し気に描かれているので、動物たちの生き死にの理不尽さによる悲しみは薄らいでいて、楽しい記憶だけが残る。

焼け野の雉


 長く行方知れずとなった夫・羽吉と離縁し、留守の間も守ってきた飼鳥屋を営む女主人のおけい。
ある日、剤も着屋から出た火で広く火事になり、ことり屋も焼けてしまう。
小鳥たちと共に何とか逃げ延びたおけいは、お救い小屋で肩身の狭い思いをしたり、昔の知り合いに嫌みを言われたりと、落ち着かない日々を送っていた。
さらに、娘の結衣をおけいに託したまま行方知れずとなってしまった永瀬を心配しながら、おけいはこの先どうやって生きていこうかと不安を募らせていた。

 ことり屋おけいの前作は、かなり前に読んだせいで忘れていたが、人間関係はすぐに思い出せた。
火事によってたくさんの人が死に、町が消えた様子がたびたび出てきて胸が痛い。
そして元夫との再会と、永瀬との関係も、火事で消えたように一旦まっさらになって考え直しているようだった。
辛い出来事が多く出てくるけど、どれも悲観的にはならないのでまっすぐ受け取れる。
そしてお救い小屋が閉鎖される頃には、おけいは次の生き方を決めていた。

滅びの園


 突然上空に現れたクラゲ状の未知の物体。
それと共に白く有害な不定形生物<プーニー>が出現し、あらゆるものを飲み込んでいく。
また、抵抗の弱い者には精神にまで支障をきたす。
そんな中、一人の男が未知の物体の核付近に囚われていた。
人々は彼を説得し、核を壊して地球を守るために団結する。

 未知の物体が生き物なのかもわからない状態で、それに囚われてなお生きている男。
彼が生きて戻れるのか、そのまま未知の物体と融合するのか、不思議な世界が繰り広げられる。
何人かの特徴ある人物が起こす行動も奇妙で面白い。
想像もつかない近未来があった。

ネバーブルーの伝説


 アスタリット星国で写本士見習いとして働く15歳のコボル。
近隣諸国で起こった戦争や災害で失われていこうとしている書物を集め、写本して保護するために日々訓練をしていた。
ある日、塵禍に見舞われた隣国・メイトロン龍国へ赴いたコボルたちは、白に踏み込んだとたんに黒い霧の犬に襲われる。
訳もわからず逃げ出したコボルたちは、そこで出会った不思議な少女と共に隠されていた真実を知り、世界へ伝えていこうと決心して冒険へと旅立つ。
 
 大人たちに教えられたものが真実ではなかったと知り、自分の力で変えていこうとする少年少女たちの物語。
隣国の秘密や災害の真実、広い世界へ目を向けて驚き、未知の現象に慄く。
それでも向かっていく力強いエネルギーがあふれていて一気に読めた。
特別な役割を持っていたいという純粋な願いも瑞々しくて、楽しいファンタジーだった。

絞め殺しの樹


 根室で生まれたミサエは、孤児のため、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られた。
しかしそこでは一家にこき使われ、見かねた出入りの薬売りに見込まれて薬問屋で奉公することになる。
そこで学んだミサエは、戦後に保健師となり、また根室に戻ってくる。
1人前になったとはいえ、吉岡家からの不当な扱いは変わらず、見合いで結婚させられ、子供を設けるが長女は自死を選び、次の息子は生まれてすぐに養子に出してしまう。
一人の女の、過酷な人生。

 勉強をして、職を得て、独立したにもかかわらず、周りに流されるまま見合いをして結婚し、自分勝手な男に違和感を感じながらも尽くす。
なぜ自分の意見を言えないのかとイライラした。
自立しているのに断れないのは性分だとしても、嫌な感情ばかりが湧き出る第1部だった。
第2部は、養子に出された息子・雄介からの目線だが、吉岡家の息苦しさはまだ残り、狭い集落の生きにくさをこれでもかと出してくる。
雄介が最後に決めた生き方だけが、強さを示して終わる。
時折現れる白い猫が癒しの瞬間で、それ以外はたいてい苦しい出来事だった。
不気味なタイトルだが、「人は誰もが誰かを締め上げ、締め付けられながら生きていく」という様子がよくあらわれている。

箱庭の巡礼者たち


 洪水でがれきだらけになった街の片隅で見つけた黒い箱。
それは箱庭だった。しかも生きている。その秘密を知る人たちとのぞき込むうち、彼らは箱庭の中に入っていってしまう。
そこでは王がいて、竜や吸血鬼もいた。英雄が生まれ、銀の時計で世界を移動したり、不思議な発明をする人、意思を持った機械人形、挙句の果てには不老不死の薬と、あらゆる異世界があった。

 一つ一つは現実なのに、合わさるとすべてがどこかの箱庭で誰かに観察されているという、入れ子のような世界。
どこと誰がつながっているのかを考えながら、それぞれに楽しい世界が広がる。
最後は壮大な話になり、広がっていく宇宙のような余韻で終わる。
でもちょっと大きすぎてうさん臭く感じてしまった。

黒猫と語らう四人のイリュージョニスト


 一月前に大学に長期の休暇願を出してから、黒猫は一切の連絡を絶った。
学部長の唐草教授から、探してほしいと頼まれた付き人は、失踪前に研究室を訪ねてきた4人に、話を聞くことにした。
黒猫はなぜ姿を消し、ずっと連絡が取れないのか。
なぜその4人と会っていたのか。
付き人もこの先を考えなければいけない時が来ていた。

 久しぶりの黒猫シリーズでわくわくしていたが、なにやら不穏な気配。
黒猫は相変わらず美学を語るが、なぜか探偵のように4人の人物の影を明らかにしてしまう。
こんな風に追い詰める人ではなかった気がしていた。
いつもと違う雰囲気だったのに、結末は全く予感も予想もしなかったから衝撃が大きかった。
これで終わり?ちょっと辛すぎる。

北緯43度のコールドケース


 博士号を持ち、30歳で北海道警察の警察官となった沢村。
未解決となっていた5年前の少女誘拐事件の被害者・島崎陽菜の遺体が発見される。
犯人と思われていた男は既に死亡していたのだが、共犯者がいたのかと再び捜査本部が設置される。
しかし今回も解決には至らなかった。
しばらくして、5年前の捜査資料が漏洩し、沢村が疑われる。

第67回江戸川乱歩賞受賞作
 研究者の身分を捨て警察官となった沢村が、ここでも自分の居場所を見つけられずもがく。
5年前の事件では捜査から外された沢村が、今度は秘密漏洩の建議までかけられてどうするか。
沢村の迷いがずっと付きまとい、事件の薄暗いイメージと並行して事件解決の困難さを強調している。
ちょっと読みずらいと感じるところもあったが、一つ一つ解明していく事実が心地よくて一気に読めた。

数学の女王


 博士号を取得後に警察官となった沢村依理子は、突然本部の警務部に異動となる。
そんな中、新札幌に新設されたばかりの北日本科学大学で爆破事件が発生。
そしてまた急に捜査一課へ行けと命じられ、沢村は困惑していた。
爆破事件の犯人は一向に絞られず、捜査の方向も曖昧になっていくなか、沢村は一人の男のことが気になっていた。

 爆破で狙われたのは学長で、沢村は真という名前と学長という立場から勝手に男だと思い込んでいた。
自分が女であることを理由にした人事異動に憤りを覚えていたくせに、自分もジェンダーバイアスがかかったものの見方をしていたことに気づいて愕然とする沢村の様子が生々しい。
能力はあるのに女であるために報われないと信じ込んだ者、それでも運をつかんで転機を迎える者など、なにがきっかけになるか紙一重で怖くなる。

とりどりみどり


 万両店の廻船問屋『飛鷹屋』の末弟・鷺之介。
『飛鷹屋』の子供は5人いて、全員母が違うけど仲はいい。
毎日3人の姉に付き合わされてうんざりしていた鷺之介は、ある日芝居小屋で出会った同じ年くらいの少年と友達になる。
往来で騙りに出くわしたり、姉が突然戯作者に弟子入りしたいと言い出したり、境内で買った手ぬぐいが物騒な証拠品だったりと、全く飽きない毎日だ。
そして母の月命日に墓参りに行った鷺之介が知る、出生の秘密。

 遠慮も気遣いも全くない姉たちに一向に太刀打ちできない鷺之介が気の毒になるが、次第に姉たちの頭の良さと行動力に関心させられる。
口も悪いのであちこちで厄介を起こすが、それでもちゃんと弟を大事にしているし、女だからと我慢もしない。
見方につければ頼もしい限りだ。
こんな風に強く生きられればいいなぁと羨ましくなる。