ばけもの好む中将 十 因果はめぐる


 「ばけもの好む中将」である宣能の妹・初草は、文字が動いたり、色がついて見えるという共感覚の持ち主。そのため、文字そのものを読み取りにくく、読み書きができなかった。
そこで発明家に嫁いだ宗孝の5番目の姉に協力を頼み、初草が文字を読める発明品を作ってもらうこととなった。
一方、宣能と共に怪奇探しに出た宗孝は、宣能と別れた帰りに河原で瀕死の男に出会う。
その男が言い残した言葉が宣能に関わる名であったために、宗孝は苦悩の夜を重ねていた。

 初草の能力に宗孝の姉の知恵が重なり、とても愛らしい姿となった場面を想像するのが楽しかった。
宗孝は相変わらず姉たちとの微笑ましいやり取りで場を和ませ、宣能の麗しい姿が優雅を催す。
悪意を吐き出す多情丸が最後に不気味な高笑いを残すために後味が不穏だが、これから宣能の活躍が待っているのだろうか。

見た目レンタルショップ 化けの皮


 大学1年生の主人公・吾妻庵路は、レンタルショップの店長である。
通常のレンタル品に加え、もう一つの店の顔も持つ。
それは「見た目」のレンタル。
見た目を変えたい人たちが、思い通りの見た目に変身して、やりたい事とは?

 狐使いの後継者である庵路は、狐の化ける力を利用して、見た目を変えたい人たちの望みをかなえる。
おかしな設定だけど、長く生きている狐たちの力を使えるのはその力を持つ男子のみ。
そして利用者は、自分と同じように虐待を受けている子供を救いたい、見た目で得をしている人たちへのささやかな復讐、いつも一人でいる女性に、声をかけたいなど、様々。
でも結局、ちょっとバージョンを変えたいじめや虐待が原因のものが多かった。
柔らかい語り口と、誰も責めない終わり方は、小路幸也とそっくり。

数学者の夏


 数学が好きな上杉和典は、高校2年の夏、行き詰っていた。
部活で部員でリーマン予想の証明に取り組んでいたのだが、皆でディスカッションしながら進める方法に納得できず、一人で解いて見せたかった。
そしてこの夏、学生を対象に学生村を開設していた長野の山奥の村へこもることを決める。
ホームステイ先で数学だけに向き合うつもりが、不注意で解きかけのノートを隣家に飛ばしてしまい、そこから意外な出会いを得ることになる。

 開けてみればKZのメンバー。
ちょっとがっかりしたが、数学に夢中になり、自分には思いもつかなった方法をスラリと出されたことに羨望と嫉妬をあふれさせる様子は生々しく書かれていて、そんな心中を表現するのは作者の得意分野だったと思い出す。
次第に事は大きくなり、古い出来事を蒸し返すことになる。
戦争が起こした2次災害的な悲劇が何十年も心に傷をつけ続けることにこちらも苦しくなるが、それでもくたばらない力強さも隠さない昔の人々の印象が強く残り、子供っぽいKZ達はどうでもよくなる。

探偵は今夜も憂鬱


 仕事の締め切りが迫っている時に限って、美女からの依頼で探偵業をする羽目になる。
エステ・クラブの美人オーナーからは義妹に近づく悪い男との縁を切ってほしいと言われ、芸能プロダクションの社長からは突然失踪した売れっ子の女優を探してほしいと言われ、さらに雑貨店のオーナーからは、死んだはずの夫から3年ぶりに手紙が来た届いたので生死を調べてほしいと言われる。
 柚木は何とかライターの仕事を終え、それぞれ調査に乗り出す。
気乗りしない仕事のはずが、いやな予感や小さな不審に気を持っていかれ、またも美女に振り回される。

 短編3つ。
ハードボイルドを気取る柚木の、美女とのかみ合わないやり取りがちょっとうっとおしく感じる。
真実を悟るきっかけがさらりと流されているので、キーとなる違和感に気づかず、いつの間にか解決させているのがいつもの流れとなってきた。
個性あふれるメインメンバーの冴子がいないと締まらない。

初恋よ、さよならのキスをしよう 柚木草平シリーズ


 正月に娘の加奈子と訪れたスキー場で、高校時代の同級生だった卯月実可子と再会する。
初恋の相手は今も美しかったが、それから1か月後、彼女の営む雑貨店で何者かに殺されているのが発見される。
彼女の姪から、「自分に何かあったら柚木さんに相談するように」と言い残していたことを聞き、調査を始める。
警察は強盗殺人の線で追っていたが、柚木は実可子が仲良くしていた高校の同級生たちを訪ねていき、これは強盗ではなく、殺人が目的だったのではと思い始める。

 女たらしの柚木が、今回も盛大に美女に振り回されながらもあらがえない様子が笑いを誘う。
そしてところどころ出てくる娘のチクリとした冷たい眼差しと一言が、進展しない調査と人間関係をコミカルなものに変える。
 犯人を示唆する伏線がなかったように思うが、突然閃いて犯人に真相を問うことになったのが急すぎた。
それでも柚木の来し方が少し語られたので、これまでの疑問が解けた部分もあり、そちらでスッキリ感を持ってきた感じ。

初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ


 お草が営む「小蔵屋」の近所のもり寿司は、最近評判が悪いようだ。店主が代替わりしてから味も変わり、新興宗教や啓発セミナーを呼び込み、店舗一体型のマンションにも空き部屋が目立つようになった。
そんなご近所さんを心配している草の元に、息子の良一だと名乗る男が突然訪ねてきた。
草は、そんなはずはないと思いながらも、水の事故で死んだはずの良一が万一生きていたらと思う気持ちもあり、気になってしょうがない。
 男の言うことは本当か、気持ちが乱れ、仕事にも身が入らない。

 今回は草の心にこれまでにないほどの嵐を起こす。
悪人も心を弱らせた人もたくさん出てきて、どちらかというと暗い話が多かった。
それでも最後は拍子抜けする真実で、むしろいい大人の男(50代)が幼いころの母の嘘をなんの根拠もなく今でも信じ込んでいるところに違和感が残った。

悪霊じいちゃん風雲録


 商家の跡取りである伊勢次は、かなりの怖がり。なのに死んだはずのじいちゃん・左五平が幽霊となって孫の前にたびたび現れる。それも、幽霊退治を言いつけに。
一方、貧乏御家人の七男・文七郎にも、祖父の十右衛門の幽霊が稽古と称して扇子やキセルを打ち付ける日が続いていた。
二人は互いの困った先祖に振り回される。

生きている者よりも元気な幽霊が、孫をあの手この手で怖がらせながら、世間の幽霊騒ぎの真相をあばけと迫ってくるのは面白い光景。
しかも孫への頼みが幽霊退治である。
でも、両者の違いをもっとくっきりと出してほしかった。

高校事変 VIII


 武器密輸グループの指揮者として暗躍していた田代グループをつぶしたことで、結衣は田代親子から多額の懸賞金を懸けられた。
午前0時、一斉に結衣殺害へと向かう複数のグループ。
さらに結衣の高校の新任教師としてやってきた伊賀原は、結衣を確実に仕留めるためのある作戦を始動させていた。
 周り中敵だらけの中、結衣はどうするのか。

 パターンはこれまでと同じなので飽きてきた。
しかしまるでハリウッド映画のような展開で続きが気になり止まらない。
次々と襲い来る敵に結衣が仕掛けるトラップは、その場にあるもので短時間に作る即席のものばかり。
そしていつの間にか手を貸してくれる人たちも増え、今回も法の網からするりと身をかわす。
悪態ばかりついていても、結局は息が合う兄弟たちとの交流も、これからは増えていくのだろうか。

烙印(下)


 自転車に乗っていて死亡した女性、プールで突然死した恩師。
一見事故死に燃えるが、妙な共通点があり、ケイは感電死の疑いから人為的なものを感じ取っていた。
そしてまたも届く不気味な脅迫メール。
ケイに忍び寄るキャリーの影がだんだん濃くなっていく。
休日の予定を台無しにされ、疲労困憊して自宅に戻ったケイが目にしたのは、信じがたい出来事だった。

 堂々と目の前に現れるキャリー。
感電で死んだ人たちの真実が一瞬で分かったシーンは衝撃的だった。
よりによって家族が集まる自宅での出来事は、より一層恐怖をあおる。
しかしキャリーはまたも生き延びる。
ケイの恐怖や疑心暗鬼の描写だけで終わっていた今までのうっとおしさがやっと緩和された。

わが殿 上


 幕末、ほとんどの藩がそうであるように、大野藩も財政難に喘いでいた。
若き藩主・土井利忠は、誰もが良い案を出せずにいる中で、一人の若者に白羽の矢を立てた。
若干八十石の内山家の長男である七郎右衛門良休であった。
七郎右衛門は、誰もが知恵を絞っても出せなかった案で金を作り出し、若殿のいくつもの指令をこなす。

 珍しく妖怪が出てこない話。
そして主人公の性格も、とぼけた様子は割に少ない。
しかし、事が起こって途方に暮れる場面からいきなり数年が過ぎていたりと、場面の切り替わりが急すぎることも多くて気持ちの切り替えがしにくい。
それでも、次々出てくる金勘定のやりくりをなんとかこなす七郎右衛門のやり方は思いのほか堅実で、奇をてらったり偶然に頼ったりしていない。
そのため胸のすくようなどんでん返しはないが、藩の力をじっくりと積み上げていく様子が頼もしく映る。