忘らるる物語


 星卜で「皇后星」に選ばれた環璃は、次の帝を決めるための儀式のため、真珠で飾った輿に乗せられ、4つの国の王の元を順にめぐる。
そこで王と寝て、子ができればその王は次の帝となる。
住んでいた国を滅ぼされ、夫は殺されて子は連れ去られた。もう何も持たない環璃にから、まだ心を奪う儀式は続く。
そんな時、山賊に襲われた環璃を助けたのは、昔から女だけに伝えられてきた不思議な場所から来た、不思議な力を使う女性・チユギだった。
そして環璃はチユキと約束をする。

 男が支配する世界を変えたいと願い、復讐を誓う環璃が、国々で見聞きしてきたことで学んでいく様子が生々しく綴られている。
「トッカン」や「上流階級」の世界との落差が大きすぎてとまどうが、強烈な出来事や言葉たちが次々と押し寄せてくるのであっという間にその世界にのまれてしまう。
予想される結末ではあったけど、それまでの物語の迫力に押されてそんなことで落胆する余裕もなかった。

クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介


 服飾ブローカーの桐ヶ谷と、アンティークショップの店長で人気のゲーム実況配信者である小春。
二人は、警察がどうしても見えなかった方向からの視点で事件を見、解決へ導く手伝いをしている。
今回も、杉並警察署の未解決事件の再捜査を行う部署にいる南雲から、いくつかの事件を見せられた。

 赤ちゃんの時に捨てられた子供が親を探している。服飾の学校へ通っていた女性が裁ちばさみで殺された事件。女子高生が必死で隠していた怪我など、身につけていた服から見えてくるものを見、推理する二人。
知らない世界のことだから、知らない事がいっぱいでとても興味が沸く。
いちいち調べていくからなかなか進まないが、それでもあっという間に読み終えた。
二人のキャラクターも、掛け合いも楽しいし、何より彼らの言葉はまっすぐ届いてくるので、きつい言葉でさえ清々しい。

孤宿の人(上)


 北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐国・丸海藩。
店の女中に手を付け生まれた子供を厄介払いするため、江戸から金比羅代参に連れ出された九歳のほう。
しかし途中で船酔いで寝込んでいる間に付き添いに捨てられ、置き去りにされた。その後藩医を勤める井上家に引き取られるが、そこで優しかった琴江が毒殺されるという事件が起こる。
その後も領内で次々と不穏な事が続き、ほうは立場が弱いために振り回されることになる。

 阿呆だから”ほう”と名付けられ、これまでさんざんな扱いを受けていたほうだが、井上家では下働きとして幸せに暮らしていたのに、琴江の死で再び不運に見舞われる。
それでも出会いに恵まれているのか、振り回されながらもちゃんと守ってくれる人に出会えている。
血なまぐさい出来事も多いのに、ほうの生き方を見ているとほっこりしてくる。
これからもひどい仕打ちは多いだろうけど、こんな運に恵まれていくのだろうと思えてくる。

烏の緑羽 八咫烏シリーズ


 生まれながらに「山内」を守ることを定められ、あらゆることに恵まれ、大事にされて育ってきた長束だが、側室の子供として生まれた弟が「真の金烏」となり、自分は臣下となった。その長束は、自分の側仕えをしている路近を怖いと感じていた。
路近への恐怖は不信感となり、周囲の者に相談する。
そして今は勁草院の教師として働く路近の師を紹介された長束は、路近の人となりを知るために、彼らに師事を乞う。

 飄々として何を考えているのかつかみにくい路近を持て余し、自分の部下としてどう扱っていいか悩む長束。
今作は路近と、彼の近くで生きてきた者たちの生い立ちが語られる。
どれもなかなかに厳しかった。
そのうえ敵対したり考えが違っていたりと、様々な方面からの意見が出てきて混迷を深めていっており、どこを見ればいいのかわからなくなってくる。
でも最後でやっと本筋の出来事に追いついてきたので、次は新展開があるかもしれないとドキドキする。

電気じかけのクジラは歌う


 AIが発達し、個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及してから、人はもう作曲をしなくても良くなった時代。
作曲家だった岡部は、「Jing」の学習をする検査員として働いていた。
ある日、数少ない作曲家として生き残っていた天才で、岡部のかつてのバンド仲間だった名塚が自殺したと知らされる。
そして、名塚が手続きをしたと思われる荷物が岡部の元へと届くが、そこには名塚が作ったと思われる曲と指をかたどったシリコン、そして名塚のDNAデータが書き込まれたスタンプ台が入っていた。
名塚は岡部に何を残したのか。

 近未来の日本。都市部では自動運転の車が走り、スマホでほとんどのことができる。
発達したAI個人の好みに合わせた曲を瞬時に作り、もはや誰もが知る名曲というのはなくなっていた。
そんな時代に、AIでは不可能な発想で新しい音楽を作り続けていた親友が死に、謎を託された岡部が動き出す様子は、なんでもAIに頼る時代を怠惰に過ごしていた時から脱出するためには苦労するほどのエネルギーが必要だと思い込んでいたけれど、意外と簡単だったというような雰囲気で語られる。
ツールは変わっても人が思う事は変わらないから想像もしやすい。
登場するシステムや現象も、実現するのはそれほど先のことではなさそうなくらい受け入れやすかった。

首取物語


 ひたすら歩いた末に見つけた男が持っている握り飯に、急激に空腹を覚える少年。
そして握り飯を奪って逃げることを繰り返していることに気づいた時、どうやら侍だったと思われる男の首と出会う。
どうすればこの世界から抜け出すことができるのか。
少年と侍は、協力することにする。
 二人が巡る不思議な国々で出会う人々や出来事が、この二人の縁を解き明かしていく。

 ただ不思議な出来事が続いていた序盤から、旅で出会った人からの一言が大きな意味を持っていることや、時折訪れる記憶の断片から、少年と侍の来し方を想像する。
ただの不運なのか、業なのかと考えるうち、道連れが増えていかない事にも理由があるのだと気づく。
どうすることもできない大きな力との対峙で知る過去より、今のお互いのことを信じることで、冒頭では絶望していた景色も楽観できるようになっていて、不思議な国々も旅の面白さだと感じられるようになる。

吉原と外


 お照が母の再婚相手から命ぜられたのは、義父が務めている商家の若旦那が囲う妾宅の女中だった。
花魁になっていくらも経たずに身請けされた美晴は、お照の5歳も下だが女でも見とれるほどの美しさ。
義父からは、美晴が男を作らないように見張っておけといわれていていたお照だが、お照の前では飾らない本音を言う美晴に付き合っているうちに、複雑な友情を持ち始める。

 親の都合で婚期を逃し、今また主が妾というお照は、うんざりしながらも仕方なく美晴に従っていたはずだった。
でも、年下なのに吉原で磨いた観察眼で周りの人間の動きを見事に言い当てる美晴に、お照はほだされていく。
最後は男の身勝手からくる自業自得に巻き込まれそうになったりするが、強くいようとする美晴に助けられもする。
嘘しかつかないはずの花魁をどこまで信じていいのか迷いながらも、自分の感性を信じることにしたお照は、きっと美晴と仲良く暮らせるだろう。

しのぶ恋 浮世七景


 浮世絵の名作から生まれた江戸の話。
いずれ親の決めた人の元へ嫁ぐことは決まっているからと、わかっていても気持ちがあふれる若い娘。
過去と名前を捨てて生きてきたが、10年たっても決して消えない思い。
火事で死んだはずの美少女と乳母の秘密。
次の絵を描くために引っ越してきたものの、構図が浮かばず苦悩する絵師。
いろんな「人を思う」場面が描かれる。

 恋だけじゃない思いもあり、様々な立場にも思いを馳せることができる。
でも最後は、一生懸命なのにどこか滑稽な女の話で、不思議と癒されて終わる。
読んだ後でもう一度絵を見て、こんな風に見えるのかと考えることもできて楽しかった。

播磨国妖綺譚


 室町時代、播磨国。
律秀と呂秀の兄弟は、それぞれ違った職からの商売替えを経て、薬草を育て処方しながら庶民を相手に病を診る法師陰陽師だった。
ある晩、呂秀のもとに恐ろしい異形の鬼が現れ、かつて蘆屋道満に仕えた式神で、今は仕える主を探しており、呂秀が最も主にふさわしいから使役しろとやってきた。
その恐ろしい姿から御しきれるか不安になった呂秀は、小さくて儚いものの名を付けた。
鬼は、時に呂秀を軽くあしらいながらも、「鬼は人ができぬことをする、人は鬼ができぬことをする。ただ、それだけだ」と言い、呂秀を助けてくれるようになる。

 播磨の国、姫路城と、馴染みのある土地の名で、その景色も想像しやすかった。
恐ろしい姿の鬼ではあるが式神で、時に山の神ともやり取りをする強気なところがあるが、小さいものには優しかったりと妙に人間臭い。
妖が見える弟と、陰陽師の力は強いが全く見えない兄という二人の違い、都からの使者も含めて個性がはっきりしていて面白かった。

絵ことば又兵衛


 吃音がひどい又兵衛は、母のお葉と共に寺の下働きをしていたが、ある日寺の襖絵を描きに来た絵師・土佐光吉と出会い、絵を描く楽しさを知る。
それから又兵衛は良い出会いによって絵を習うことができるようになるが、母のお葉が毒を飲まされて殺されてしまう。
苦悩を抱えながらも絵をかいていく又兵衛は、自分の父は荒木村重であること、母だと思っていたお葉はもともと乳母であることを知らされ、また新たな苦悩を胸に住まわせることになる。
長の師であり友であった者たちが死んでいき、自らも老いを感じる頃までの、又兵衛の生きざまを描く。

 吃音によって周りから疎まれ、責められ、同情される日々が続いても、又兵衛は絵によって道をつくっていく。
どうにもならない世の中の流れにも、年を取ってから罪人とされてしまっても、自分を表現するのはいつも絵だった又兵衛の心情がじっくりと描かれていた。
最初は退屈に感じたけれど、飽きたと感じる前に引き込まれ、笹屋や光吉、内膳らと共に又兵衛の人生を見守っていたような気になった。