五つの季節に探偵は


 第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞
高校二年生の榊原みどりの父は、探偵をやっている。
そのせいで周りからいろいろと面倒なことを頼まれたりしてきたが、今回は特にやっかいだった。
同級生からの頼みは、「担任の弱みを握ってほしい」。
断るつもりが承諾させられ、しょうがなく担任の尾行をしてみたところ、みどりは人間の本性を見つけることに楽しみを見出してしまう。

 お人好しなのかと思ったらそうではなく、ただ人の本当の顔を見たいという欲求と、探偵の仕事が楽しくなってしまったみどり。
一章ごとに成長していて、時には真実を暴きすぎて傷つけてしまうこともあったり。
探偵としての洞察力や閃きよりも、関係者に迫る場面が印象的だった。
解決するだけじゃなくて、冷酷なまでに真実をごまかさないやり方は、なんとなく察してあやふやにする周りに毅然と対抗していて気持ちが良かった。

コスメの王様


 明治、家の借金返済のために牛より安い値段で売られてきた少女・ハナと、家族の生活のために進学をあきらめて神戸に出てきた少年・利一。
大銀杏の木の下で出会った二人はやがて、売れっ子の芸妓と化粧品会社の社長となった。

 銀杏の木の下、ドブにはまって死にかけていた利一を助けたハナ。二人はよく似た顔立ちをしていて、お互いが大好きだった。
そんな幼馴染の二人が成長していく様子がじっくりと書かれていて、互いに助け合い、それでも相手より頑張っていないからとより力を貯めるために踏ん張る姿が何度も出てくる。
そしてこれまでの高殿円の文体とは少し違っているようにも感じた。
これまでは、登場人物の感情を強く表現して感情移入させるものが多かったが、これはどこか客観的で、ざくざくと次々に投げ込まれる雪玉のように油断できないスピードで進むため止められなかった。
後半、二人が遠く離れていた期間はお互いの近況もあまり語られず情報がないのは、それだけ心理的にも離れていたのだろうかと思うし、最後はやっぱりここへ戻るのだという場所があったことが、まだ大丈夫という気にもなる。

オブリヴィオン


 妻を殺害した罪で4年の服役後、出所した吉川森二の迎えに来たのは、二人の兄だった。
ヤクザものの兄・光一と、妻の兄の圭介。
森二は人との関りをできるだけ排していこうと決めていたが、住み家とした古いアパートの隣人・サラや、娘の冬香、そして兄たちとの間に次々と起こる出来事に追われる毎日になる。
妻を殺したことがいつまでも癒えずに過去を思うだけの森二と、そんな森二と関わることが辛いのに逃げられない兄たちとの関係が、暗く重くのしかかる。

 物騒な出だしで、ずっと暗い調子で進んでいき、すっと気持ちが冷えるような場面が続く。
そして過去と現在を交互に語ることで、思いはずっと過去にあるという森二の様子が印象付けられる。
でも後半で急に反転したように物事が進み始め、前を向く気持ちが沸いて森二の言動を変える。
 ひどい出来事ばかりが明らかになる割には暗くならず、それぞれ気に食わないと思っていた相手に助けられたりして、登場人物の印象をすっかり変えて終わったため、すっきりした気持ちで読み終えることができた。

遺品博物館


 一見して年齢が分かりにくく、特徴もない男は、吉田・T・吉夫といった。
「遺品博物館」に収蔵する品を選ぶため、生前に依頼をうけた人から一つ、遺品をもらいにやってくるらしい。
金銭的価値は関係なく、死者の人生において最もふさわしい遺品を選ぶという。
 そんな吉田が引き取りに来た遺品にまつわる、依頼人と家族の話。

 遺産を残したことで起こる親族の争いや、死んでからわかる依頼人の交友関係、そして隠してきた思いなど、それぞれの人生が語られる。
悲しみに沈んだり、分け前を増やそうとしたり、出し抜こうとしたりする親族をしり目に、吉田は依頼人とその周辺を冷静に観察している。
そんな吉田の言動が時にコミカルだったり軽快だったりするため、全体の雰囲気もどこか明るくて読みやすい。
妙に感情移入することもなく、自分のことは謎のまま曖昧にして、依頼人の最も象徴的な遺品を選び取る様子は、何よりも依頼人の人柄を浮きだたせている。
こんな博物館があるならぜひ見てみたいし、依頼しておきたい。

よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記


 高校生の滝本望は、元芸者で粋なお蔦さんと、神楽坂で暮らしている。
最近近所で万引きが増えていると、警官の馬淵刑事が商店街にチラシを持ってやってきた。
商店街の者は皆、ずっと昔からの知り合いばかりで団結も強い。
そんな神楽坂に来た、若い女性の万引き犯。

 ご近所さんのために、ただ自然に力になりたいと思って行動する高校生の望。
商店街のためだけじゃなく、部活で起こったちょっとした「事件」や、皆が知っているけど誰も触れたことがない地域猫、そしてお蔦さんの交友関係まで、いろんな方面に力を出し惜しみしない。
とりわけ、お蔦さんの芸者時代の話はもっと知りたいと思ってじっくり読んだ。
重ねた年月や苦労が、愚痴や軽口でも湿っぽさはなくてむしろ知恵や励ましに聞こえる。
そのため、お蔦さんの話は聞いておこうという気になる。

Butterfly World 最後の六日間


 羽を持ったアバター、バタフライが生息するVR空間〈バタフライワールド〉にログインしたアキは、ずっとログアウトをしないでいられる人たちが住むという〈紅招館〉に行きたいと願っていた。相棒のマヒトと共に探し出し、やっとたどり着いたところで、トラッキングによってその〈紅招館〉周辺に地形変更プログラムが書き換えられてしまうという事故が起こる。閉じ込められた住人とアキたち。
 すると、非暴力が徹底されているはずの〈バタフライワールド〉で、殺人が起こってしまった。

 〈バタフライワールド〉が、アキに関係する12年前からの因縁によって壊れようとしていたことが分かってから、物語のスピードが上がる。
ちりばめられた謎を推理していくことを作者が願っていて、ヒントも与えられていたが、分かったのは半分ほどだった。
それでも、現実とVRを行き来するように、物語に入り込むことと推理とを交互にやりながら、たった6日の出来事を充分楽しめた。

和菓子迷宮をぐるぐると


 どんなことでも真面目にどこまでも考え、無意識に数式が出てくるような大学生・涼太は、大学院に進むかどうかを悩んでいた。
そんな時、育ての親である叔母に付き添っていった菓子展で、衝撃的なほど美しい和菓子に出会う。
一目で虜になった涼太は、大学卒業後、製菓専門学校に入学し、そこで答えの出ない追求と研究に苦悩しながらも、和菓子の深い底なし沼へとはまり込んでいった。

 物理工学から和菓子へ。すっきりと数式で表すことができる世界から、五感と好みの世界へと転身を遂げた涼太は、そのギャップにさぞ悩み抜いているだろうと想像するが、彼の気性は悩みながらもその悩みを探求していくという、理論的な解決方法を持ち出す。
その独特な視点から、同じ班の級友たちとも不思議に打ち解けていく様子が楽しい。
美味しい小豆餡の作り方を研究する様子や、解がたくさんあって困惑する様子は理系の性分だろうが、師匠や先生は感性と個性に気づけと助言してくる。
進路をがらりと変えたのに、少しも後悔していない涼太が清々しい。

彼岸の花嫁


 富豪のリン家から、死んだ跡継ぎ・ティアンチンの嫁にしたいと言われたリーラン。
幽霊の嫁になどなりたくないと拒否するリーランだが、やがて夢の中で毎夜死んだティアンチンが現れ、食事や贈り物でリーランを説得しようとする。
不眠と恐怖で寝付いてしまうりーれんだが、なんとか結婚を阻止しようと、黄泉の国へ行くことを決意。

 リン家へと出向いた日に、奇しくも当主の甥にあたるティアンバイに恋をしてしまうリーレンが、どうにかして彼と結婚できないかといろんなことを考える様子がかわいい。
夢の中のティアンチンはどこまでもウザく書かれているし、意地悪な人はわかりやすく意地悪。
あの世と現世との行き来や、人間ではないものとの交流にはファンタジーらしくて楽しいし、恋した相手を一目見たいと衝動を抑えきれないなど少女らしいところや、どちらの求婚をうけようか悩んだりと、10代の少女の悩みと憧れが盛沢山だった。

うめ婆行状記


 北町奉行所同心の夫・霜降三太夫を卒中で亡くしたうめは、一度でいいからやってみたいと思っていたことをすることにした。
堅苦しい武家の作法から離れて、一人暮らしを始める。
手頃な家を借り、庭に生えていた梅の木になっている実をもいで梅干しに。
そして昔の知り合いがお隣さんだと知り、うめは楽しみが広がってうれしくなる。
ところが、甥っ子の隠し子が現れたり、お隣のおかみさんが亡くなったりと、ゆっくりする時がない。

 未完の遺作。
気の強そうなうめは、始めは意地っ張りの印象が強かったのだが、だんだんと母の顔、叔母の顔、義姉の顔と、いろんな面を見せてくれる。
周りの人たちをうまく橋渡しもして、家から離れて客観的な目をもったうめから見た、ご近所親戚ひとまとめの日常が楽しそう。
うめ自身の老いも語られてきた頃に唐突に終わってしまったのでとても淋しい。

吾妻おもかげ


 家業の縫箔屋の跡を継ぐ決意が出ないまま、それでも絵を描くことが大好きな主人公の菱川吉兵衛。
本意を告げずに江戸へ出てきた吉兵衛は、絵師にもなれないまま10年の時を自堕落に過ごしていた。
ある時、吉原の娘の小袖に刺繍をして見せたところ評判となり、吉兵衛は苦界でも懸命に明るく生きようとする女たちに、自分のふがいなさを思い、奮い立つ。
やっぱり絵が書きたい。

 目指した絵師からは程遠い生き方をしていることに腐っていた吉兵衛は、いろんな流派の絵を見てきたことで誰にもない個性を身につけていたことに気づく。
そして絵師として名を残したいと踏ん張るうち、自分流の絵を描くことに目覚め、やがて人気が出ていく。
しかし浮世絵師としての吉兵衛は、やがて嫌っていた狩野派と同じようなことを始めてしまう。
吉兵衛の人生は女たちによって芽吹き、諭されていく様子が吉兵衛の焦りと共に描かれていて面白い。
どこかで彼の弟子側の視点で書かれた本を読んだ気がする。