虹を待つ彼女


 第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。
IT企業の研究者である工藤は、人工知能を使って故人をバーチャルで蘇らせるプロジェクトに参加していた。
そこでプロトタイプのモデルとして選ばれたのが、自らの作ったゾンビゲームの中で自殺した、あるゲームクリエイター・晴だった。
しかし彼女に関するデータが乏しく、調べていくうちに工藤は彼女に魅了されていく。

 ゲーム、人工知能など、バーチャルな世界なら何でもありだろうと思っていたが、それでもリアルさを追求する研究者らしく、執拗な探索が興味を引いた。
そして生きた形跡の少ない晴に近づこうとするほど惹かれていき、脅迫を受けるまでになる工藤の様子がだんだん狂気じみてくる。
ミステリアスな晴をどこまでも理解したいという思いだけでたどり着く結末はとても人間らしい感情で、工藤の感情が一気にあふれ出てこちらも胸がいっぱいになった。
晴の作ったゲームに隠された謎と、晴の感情がとてもきれいに描かれていて、後味はとても清々しい。

六つの村を越えて髭をなびかせる者


 蝦夷地開発が計画されていた江戸中期。
幕府の後押しで蝦夷地へ向かうことになった一行の中に、生涯9度も蝦夷へ渡った最上徳内がいた。
徳内は出羽国の貧しい農家に生まれながらも算術に秀でていたために師から推薦され、蝦夷地見分隊に随行する。
そしてそこで見たもの、出会った人、食べたもの、すべてに驚愕する。文字を持たないため見下され、争いを好まないために搾取されるアイヌの人々は、それでも美しい自然と独自の文化で雄々しく生きていた。

 蝦夷の話はあまり知らないためにとっつきにくく、始めはなかなか進まなかったが、徳内の様子、心持ち、周りの者との関りがじっくりと書かれていて、しだいに夢中になる。次はどんなことを思い、何を成したいと考えるのだろうと予想しながら、一緒に冒険へ出かけている気分だった。
為政者の思惑一つで命すら取られてしまう時代と、厳しい自然、それでも魅かれる場所への憧れが強く残る。
そして印象的なタイトル。

広域警察 極秘捜査班 BUG


 10年間、航空機墜落事故の犯人として死刑囚となっていた16歳のハッカー・水城陸。
その能力のため、死刑執行直前に救い出され、命と引き換えに名前と経歴を変えて警察の極秘捜査班に加えられる。
しかしそこは監視され、一人で外出さえできない捜査機関だった。
陸は、いつか人生を取り戻すと決め、その機会をうかがっていた。

 すべてが監視されている環境で次に取り掛かった事件が、10年前の事件で死亡したと思われていた人物だったことで、陸は希望を見出す。
仕事仲間も皆何かを隠している環境で、自分をはめた者たちをあぶりだそうと必死で考える様子が伝わってくる。
謀略に関しては何枚も上で、頭が切れる大人に戦いを挑む様子は無茶に思えたが、情報が集まってくると形勢が変わっていくため次の展開に興味が沸いていき、どんどん目が離せなくなる。
国が発行する公式な通貨が仮想通貨になる時代も本当にやってきそう。

噂を売る男 藤岡屋由蔵


 神田旅籠町、足袋屋の軒下にむしろを引いて古本を売る男。
その男・吉蔵が売っていたのは、裏が取れた噂や風聞といった事実。
人によっては使い道があり、またどう使うかは買ったものの自由という吉蔵のところには、時には侍や町年寄の隠居、果ては藩の関係者と、様々なものが顔を出すようになっていた。
そこでつかんだ噂がやがて、日の本を揺るがす大事件とつながっていく。

 町の噂を売る男。
きっちり裏を取るやり方で信用を得ていた吉蔵だが、危ない奴らも呼び寄せていたために起こった事件。
手下が命を落としてしまうという、どうしても許せない一件を追ううちにわかる事の大きさに驚くが、興味も沸く。
急がず、自棄にならず、じっくり詰めていく話の進め方が、頼もしい力に後押しされているようで落ち着いていられた。
さらに史実での顛末を知っているために、事件の大きさより吉蔵の気持ちに想像を働かせることができた。

御師弥五郎 お伊勢参り道中記


 伊勢詣の世話役・御師の手代見習いとして修業中の弥五郎。
御師のくせに伊勢にはいきたくないという訳ありだが、ある日出会った武士のような商人の清兵衛に頼み込まれ、伊勢まで用心棒として伊勢参りに同行することになった。
清兵衛は材木商だが、不当に吉野杉を売買したという濡れ衣を着せられ、さらには命まで狙われていた。
清兵衛を狙う悪党に不審な点を見つけた弥五郎は、用心棒をしつつ事の次第を調べ始める。

 一生に一度は行きたいと誰もが願う伊勢参り。
だが弥五郎はそれに虚像を見、嫌悪していたが、清兵衛とのかかわりで少しずつ考えが変わってくる。
伊勢が人々にどんな夢を見せているのか、そして故郷に残してきた遺恨とのケジメ。
不利な局面も知恵で乗り切る様子は頼もしかった。
西條奈加ははずれがない。

就活ザムライの大誤算


 すべては良い会社に入るため、7年余りを就活にかけてきた主人公の蜂矢徹郎。
常にスーツを着込み、話し方も面接向けの言葉使いで、周りから「就活侍」と呼ばれても気にしない。
同志である就活生たちを敵とみなし、恋愛やサークルで楽しむ者たちを見下し、希望の商社から内定をもらう事のみに徹底していた徹郎が、気ままな同級生や胡散臭いオジサン聴講生にもまれて自分の道を見失い、また探り出す、就活エンターテインメント。

 学生や就活を極端なほどの個性で押し通し、滑稽で、笑い泣きさせるのが上手い。
デビュー作の「被取締役新入社員」を思い出させる。
自分の信念を7年も貫き通すパワーは変人を通り越して個性として認められていて、そんな彼を冷静に観察する目もあり、素直に受け止める人、単純に感動する人と様々な視点もあって、人に興味を持つための素材がたくさんあった。

ゾウに魅かれた容疑者 警視庁いきもの係


 警視庁「いきもの係」のオアシス、田丸弘子が、定時連絡を絶ち、行方不明となった。
嫌な予感がした須藤は、弘子の自宅を捜索し、あまりにもきれいに片付いていることを不審に思う。そして、不自然な動物園のチケットを見つけた。
動物とくれば薄。
さっそく相談し、どうやら海外に連れ出されたとわかった須藤は、あらゆる伝手を使って薄と共に弘子を救い出すことを誓う。
偽造パスポートまで用意し拉致されたのは、ラオスだった。

 身内の一大事、長編となった今作は、読みごたえも充分。
薄は相変わらずの頓珍漢な受け答えで話の腰を折りまくり、本題を忘れそうになるが、ツッコむ須藤ももう慣れたもので、薄に流されながらも見失わない。
ダジャレも、おじさんが言えばただうすら寒いだけなのに、薄が言っておじさんがつっこむ構図は和やかにさえ見える。
海外の大きな密漁・密輸ルートで命の危険もあったりと、薄の生存力の高さと須藤の勘が存分に発揮されていて楽しかった。

追憶の烏 八咫烏シリーズ


 奈月彦と、浜木綿、そして愛らしい紫苑の宮との幸せなひと時。
そして雪哉は外界への遊学へ行き、何もかもが違う世界に一生懸命だった。
それが、一変する。

 シリーズが進むにつれて、毎回予想を裏切られる。
それも大きなショックを伴って。
今度も、雪哉の視野が広がった分、崩れたものも大きかった。
好きなシリーズで好きな登場人物もたくさんいるのに、愛着や執着を感じている者から切り捨てられるようで、苦しくて仕方がない。
美しい余韻を残した第1作目との落差が大きすぎるが、次に何を見させられるのかと興味も尽きない。
頭がついていかない程のスピードだった。

准教授・高槻彰良の推察4 そして異界の扉がひらく


 無事2年に進級できた深町に、高槻からバイトの話がやってきた。
子供の頃はやった、4時44分に、異界への入り口が開くという呪いをやってみたら、その後からおかしなことが続いているという建築事務所で働く女性からの依頼だった。
そしてしこで、とても貴重な出会いをする。
その人は、『青い提灯の祭り』に、行ったことがあるという。

 二人が出会う怪異が、だんだん物騒になっていく。
確かに深町が探していた『青い提灯の祭り』には近づいているが、危険にも近づいている。
人魚が目撃された地では、とうとう解決できない怪異にも出会ってしまった。
深町が卒業するまでには、二人が将来をつかみ取るための材料がそろっていそうだが、このまま異界へと取られる可能性もありそうでうすら寒い雰囲気が増してきた。
小話として挟まれた高槻のロンドンの頃の話では、その目の秘密が少し明かされる。


 森鴎外を父に持つ類は、すべてを受け入れて優しく頭をなでてくれる父が大好きだった。
父が亡くなり、潮が引くように人々が離れていってからは、父の遺産と印税で生きていけるため、働いたことすらなかった。
しかしそれでも世間の眼からは逃れられず、姉と共にフランスへ遊学する。
類にとってその時期は、幸せな時期となる。

 有名人の子供として生まれ、兄姉たちとの関係、そして自分にも何かの才能があるはずだと苦悩する姿を描く。
やがて絵を描くことから文章を書くことへと移り、それでも姉たちのように売れず、戦争で遺産も取られ、初めて社会人となる類。
人の一生をもれなく描いたというような、読み応えのある一冊だった。
なぜ鴎外ではなく息子を主人公にしたのだろうと思って読み始めたが、これほどの充実が得られるとは思わなかったし、自分もバーチャルで類の近くで生きたような気分になる。