准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき


 他人が嘘を言うと歪んで聞こえるという耳を持つ深町尚哉は、大学進学と共に一人暮らしを始めた。
人と関わらないことを選び、嘘を聞かないで済むように生きてきた深町だが、何気なく受講した民俗学の講義で准教授・高槻に気に入られ、怪異を聞き謎を解くバイトを始める。
怪異と聞くとテンションが上がってしまう高槻の「常識担当」といてついていく深町は、相談者たちの嘘を聞き、初めて自分の耳が役に立つことを知る。

 怪異を楽しみ、自ら怪異へと飛び込んでいくのは「ばけもの好む中将」と同じような感じだが、こちらは現代。
立ち向かう理由も姿勢も違い、民俗学の勉強もできて楽しい。
幽霊の出るアパートや、仕返しをする藁人形、天狗の神隠しなど、どれも知っている都市伝説を元にした話だから難しくもなくとっつきやすい。
そして高槻の方にも秘密がありそうで、興味が沸いた。

クラゲ・アイランドの夜明け


 岩手県沖の海上コロニー。
「楽園」と名付けたその地では、殺人、傷害、性犯罪、交通事故、違法薬物、違法労働、自殺者がゼロという「七つのゼロ」を謳っていた。
とろこが、外洋からやってきたらしい新種のクラゲが発見され、クラゲ好きの友人・ミサキがクラゲに食べられ自殺した。
事故として発表されたその死に疑問を持ったナツオは、ミサキがなぜ死んだのかを調べ始める。

 強い自分の意思を持たないはずだったナツオが、関わる人たちの意思に、まるで風を受けたようにあおられる様子がまさにクラゲのよう。
周りの意見や熱量をうけてひらひらとあちこちを漂いながら、周囲を伺い、やがてミサキの意思を見つける。
クラゲが好きすぎて混ざりたくなったのかなと気楽に予想していたのとは違い、シュールな結末だったが、「楽園」としてはそちらの方がしっくりくる。

ダークナンバー


 東京で起きた連続放火殺人事件の捜査で、警視庁分析捜査係の警部・渡瀬敦子はプロファイリングをするが、予測を外し、周囲から冷たい目を向けられていた。
一方、東都放送の土方玲衣は、元同級生の敦子を特集しようと思いつき、よりインパクトが出るようにと同時期に起きていた埼玉の連続路上強盗致死傷事件を絡めようとしていた。
警察と報道で、例のない共同捜査が進むとこになり、二人の執念が過去を探り当てる。

 警察の敦子と、報道の玲衣。
立場が違う二人が同級生として築いてきたつながりが事件を追い詰める様子は、後半でやっと盛り上がる。
それまではダラダラと長いなぁと感じていたが、事件の背景や人物のつながりが分かってくるにつれて面白くなってきた。
潔い敦子の采配も頼もしいと感じたし、玲衣の行動力と野望は逞しい。
複雑な事件と背景も想像力を掻き立てる。

赤い糸の呻き


 新聞紙を鷲掴みにして死んでいた男性の捜査に来た私は、上司の音無刑事の美貌に見とれながら、妄想の中にいた。
家が裕福だから働かなくていいし、働きたくもないけど父親がうるさいので働いているように見えて実は怠けていられる仕事として探偵を選んだ物部太郎。
建築家が人を殺してまでこだわった家からの景観。
 人死にが出ている事件ばかりなのに、どこかユーモラスな短編集。

 事件を追いながらも何かに気を取られている人たちによって、時折おかしな妄想が入り込み、くすりと笑える出来事も起こる。
そのせいで深刻にはならず、意外な人が真相を言い当てたりと、どれも楽しかった。
個性的な人物もいて、短い割には印象に残る。

高校事変 X


 名門私立高校・慧修学院高校三年の生徒たちが、国際文化交流のためホンジュラスを訪問するというニュースを目にした。
結衣は、かつて父が建てた計画を思い出す。
そしてホンジュラスでは、メキシコの武装勢力ゼッディウムに襲撃され、日本へ身代金の要求が来る。
結衣は兄を止め、慧修学院高校の生徒たちを救うため、ホンジュラスへ向かう決意をする。

 ついに最後の決戦か。と思ったらまだ続くらしい。
今度は日本を出て戦闘区域での戦いで、結衣は本場の戦場でこれまでとの大きな力の差に翻弄される。
それでも力になってくれる大人と出会い、知恵と機転で切り抜ける自分の長所を知る。
場所や相手は違っても、これまでと同じような展開となり、そろそろ高校を卒業する結衣はこれからどうするのだろう。

高校事変IX


 川崎市に家がある長谷部家。ある日玄関のベルが鳴り、戸口に顔を出した主婦の恭子は、そこにぼろぼろの格好をした有名人を見た。
フェリーから逃げ出してきた田代勇次は、かつて一度ファンイベントで合った家族の元へ逃げ込み、そこであっという間に一家を制圧し、仲間を集め始める。
勇次の目的は、結衣。

 結衣に殺意を向ける勇次との決戦。
もうアイドルの顔は打ち捨てた勇次が、あらゆるものを利用して結衣に迫る。
同じような境遇で、同年代の相手との対決だからか、むしろ手こずっていたよう。
これまでの大げさなほどの戦闘の大きさと異様さには、映画のような突き抜けた感じがあったが、今回はこじんまりとした雰囲気。
そして最後は大人の大きな力に頼り、高校生の世界の狭さを思い知らされている。

11月そして12月


 高校も大学も中退し、今はカメラを持って虫を撮り歩いているフリーターの柿郎。
ある日公園で出会った女性に恋をした。
しかし、彼女と親密になる前に家族に巻き起こった不穏要素が、暇なはずの柿郎を忙しくする。
父の不倫に姉の自殺未遂、挙句には「彼女には関わるな」と言いに来る男性まで。
冬のひと時、柿郎に起こった大騒動。

 柿郎の口調が淡々としてどこか長閑なせいで、緊急事態もするりとやり過ごせそうな気がする。
出会った女の子が気になって調べたり家に押しかけたりというのはちょっとやりすぎだが、柿郎なら不思議はないような気になってしまったり、父の身勝手な理論も受け入れて協力させられたり、母にも使い走りをさせられて、それでもそれが自分のやりたいことだったという雰囲気を出す。
やっかいな男だが憎まれはしなさそう。

レンタルフレンド


 友人や恋人、ママ友や人数合わせ、何でも来い。
大手の商社を辞めて始めた仕事はレンタルフレンドで、七実はあらゆる人物になりきる。
デザートブッフェへ一緒に行ってほしい、月に一度一緒に映画を見に行って感想を話し合う、婚約者の友人たちの集まりに一緒に行ってほしい。
依頼のなかで、七実は依頼者の人となりを観察していく。

 依頼してくる人にはいろんな理由があって、それでも依頼者に嫌な思いをさせないように精いっぱいのことをする。
人見知りせず、物怖じしない七実の様子は頼もしいがハラハラする場面もある。
同業者と出くわすこともあるし、設定がばれそうになることもあって、何とか乗り切ってはいるがちょっと都合が良い進み方。
それでも最後は前向きなシーンで終わるのでほっとした。

風景を見る犬


 那覇市大道の栄町にある売春宿の息子・香太郎。
「アミーゴ」でバイトをして、平和な夏休みになるはずだったのに、近所で2件の殺人事件が起きてしまう。
狭いご近所さんでそんな偶然はおかしい。
 自由で頼もしい近所の有力者の母、いつの間にか疎遠になっていた隣の幼馴染、女好きで悠々自適な近所のゲストハウス「アミーゴ」のマスター、そしてふらりとやってくる本土からの素性のわからない旅行客。
香太郎はいつの間にか、母や居候と共に事件を探る役割を担う。

 被害者の過去が分かってくるととたんに複雑になる事件。
捜査に顔を突っ込んで不思議と情報を集めてくる母達に振り回されているようで、香太郎はしっかり周りを見渡している。
そして皆は、沖縄のゆるりとした曖昧な雰囲気の中で何年も前の重い秘密を探り出してしまうが、当事者がすべていなくなり、彼らの気持ちを注がれた「今生きている者」を守るために考える。
 むやみに犯罪を暴くことをしない。

あなたの隣にいる孤独


 母と二人、「あの人」から逃げながら各地を転々としてきた無戸籍児の玲菜。
もちろん学校にも行ったことがないけど、優しい母にきちんと躾けられてきたから勉強も得意。
いつものリサイクルショップで出会った風変わりな男・周東に頼られなんとなく手助けするうちに、玲菜はこの店の人たちに癒されてしまう。
ある日、母から急に「あの人に見つかった。必ず連絡するから、帰ってきてはダメ」と言われ、周東のリサイクルショップに居候することになってしまった。

 戸籍がなく、学校にも通えず、友人もすぐに入れ替わるような生活をしているのに、玲菜は母と仲良しで、優しく育てられていて歪んだところもない。
そんな生活が続いていたのに、なぜか今の街にはなじんでいるような気がして不思議に感じていたら、突然やってきた逃亡生活の終わり。
理由はすぐに明らかになる。
事実に愕然とはするが反発する気は起きず、頼もしいリサイクルショップの店主と飄々とした周東のおかげで淋しくもないし、むしろこれで「普通」の生活が手に入るかもしれないと期待をしたりしている。
事件としては10年以上も続いた残酷な出来事なのに、とてもさっぱりとしていて涼しい風に吹かれているような気分の話だった。