欺瞞の殺意


 無実にもかかわらず、自白して「殺人犯」として服役していた元弁護士の治重。
自白と反省、そして協力的なその態度から、治重は無期懲役を言い渡された。
それから40年以上たち、仮釈放された治重は、事件関係者でまだ存命していた澄子へ長い手紙を送る。
「わたしは犯人ではありません。あなたはそれを知っているはずです。」

 舞台、話の構成から、かなり昔に書かれたものかと思ってしまうような雰囲気だが、2020年のもの。
関係者数人だけの、事件の日の推理だけで話が進むため、閉塞感があり、時間が止まったよう。
そのなかで登場人物を駒のように動かしながら様々考えることで、じっくり話に入り込める。
入り組んだ謀略にはなるほどと思わせるが、結末はおおよその予想通り。

浄土双六


 若くして出家したいたが、くじ引きにより将軍に決まり、還俗した義政。
乳母として尽くした若君に疎まれ、自害する今参局。義政の妻の富子に拾われた雛女。
 乱世での己の生き様に疑問を持つ者たちの、苦しい胸の内を束ねた短編集。

 前の章で主人公の身近にいたものを次の章で主人公にしたりと、つながりが見えているので関係が分かりやすい。
同じ頃に生きた者たちが同じ時を過ごしていても、それぞれでこれほど視点が違ってくるのかと驚くほど見え方が違う。
でもほとんどのものは自らの境遇を恨んで気持ちを荒ませているため全体的に暗くて苦しい。
ただ最後は、気まぐれに拾われた貧しい少女から見た世界で、一番視野が広かったためか、閉塞感が和らいでほっと息がつけた気がした。

准教授・高槻彰良の推察4 そして異界の扉がひらく


 無事2年に進級できた深町に、高槻からバイトの話がやってきた。
子供の頃はやった、4時44分に、異界への入り口が開くという呪いをやってみたら、その後からおかしなことが続いているという建築事務所で働く女性からの依頼だった。
そしてしこで、とても貴重な出会いをする。
その人は、『青い提灯の祭り』に、行ったことがあるという。

 二人が出会う怪異が、だんだん物騒になっていく。
確かに深町が探していた『青い提灯の祭り』には近づいているが、危険にも近づいている。
人魚が目撃された地では、とうとう解決できない怪異にも出会ってしまった。
深町が卒業するまでには、二人が将来をつかみ取るための材料がそろっていそうだが、このまま異界へと取られる可能性もありそうでうすら寒い雰囲気が増してきた。
小話として挟まれた高槻のロンドンの頃の話では、その目の秘密が少し明かされる。


 森鴎外を父に持つ類は、すべてを受け入れて優しく頭をなでてくれる父が大好きだった。
父が亡くなり、潮が引くように人々が離れていってからは、父の遺産と印税で生きていけるため、働いたことすらなかった。
しかしそれでも世間の眼からは逃れられず、姉と共にフランスへ遊学する。
類にとってその時期は、幸せな時期となる。

 有名人の子供として生まれ、兄姉たちとの関係、そして自分にも何かの才能があるはずだと苦悩する姿を描く。
やがて絵を描くことから文章を書くことへと移り、それでも姉たちのように売れず、戦争で遺産も取られ、初めて社会人となる類。
人の一生をもれなく描いたというような、読み応えのある一冊だった。
なぜ鴎外ではなく息子を主人公にしたのだろうと思って読み始めたが、これほどの充実が得られるとは思わなかったし、自分もバーチャルで類の近くで生きたような気分になる。

准教授・高槻彰良の推察3 呪いと祝いの語りごと


 「不幸の手紙」を受け取ったという深町の友人の難波。
なんとなく嫌なことが重なって、気分が沈んでいる難波を、高槻の元へ連れて行った深町は、不幸の手紙にまつわる都市伝説を聞く。
そしてそのすぐ後、「図書館のマリエさん」に呪われたという女子中学生たちに会う。
なんでも、図書館の蔵書に隠された暗号を解かないと呪われるというものらしい。

 図書館にやってきた高槻と深町は、まだあまり知られていない都市伝説に出会うことになる。
呪われたという話だけ聞けば胡散臭いことこの上ないが、それを解く高槻はもう、怪異を求める好き者ではなく、探偵のよう。
しかも最初の「不幸の手紙」にもつながり、妙にすっきりする。
そして休暇で訪れた村では、思いがけなく殺人事件にも出くわしてしまい、スリルも大きい。
閉ざされた村に伝わる不気味な風習や因縁は、民俗学を扱う話には必ず出てくる不気味の代表であり、やっぱりこれもかなり不気味な話だった。

准教授・高槻彰良の推察2 怪異は狭間に宿る


 怪異を集めている青和大学の准教授・高槻彰良の元に、コックリさんにまつわる話が舞い込んだ。
子供たちがやったコックリさんが、今はいない同級生の名前を出し、さらに帰ってくれないままロッカーに住み着き、覗いたものをそのロッカーに引きずり込むという。
おびえる少女たちに優しく語りかけながら、高槻は「コックリさんに帰ってもらうための儀式」をすると言い出した。
 
 またもなじみ深い話題。
その10円玉がどうやって動くのか本当に不思議だった子供の頃を思い出すし、そこから発展して呪いにまでなってしまう経緯にも興味が沸く。
日常でちょっと怖いと思われている現象が、高槻の語りでしっかり学問になっていく様子も楽しく、もっと知りたくなる。
「常識担当」の助手・深町から見た高槻は時々頼りないけど、嘘に傷つく深町にまったくダメージを与えないのは高槻のすごいところでもあり、不思議な体質の二人のこれからも気になる。
民俗学というと古い時代の研究といったイメージだが、現代にもネタは豊富にあるようだ。

准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき


 他人が嘘を言うと歪んで聞こえるという耳を持つ深町尚哉は、大学進学と共に一人暮らしを始めた。
人と関わらないことを選び、嘘を聞かないで済むように生きてきた深町だが、何気なく受講した民俗学の講義で准教授・高槻に気に入られ、怪異を聞き謎を解くバイトを始める。
怪異と聞くとテンションが上がってしまう高槻の「常識担当」といてついていく深町は、相談者たちの嘘を聞き、初めて自分の耳が役に立つことを知る。

 怪異を楽しみ、自ら怪異へと飛び込んでいくのは「ばけもの好む中将」と同じような感じだが、こちらは現代。
立ち向かう理由も姿勢も違い、民俗学の勉強もできて楽しい。
幽霊の出るアパートや、仕返しをする藁人形、天狗の神隠しなど、どれも知っている都市伝説を元にした話だから難しくもなくとっつきやすい。
そして高槻の方にも秘密がありそうで、興味が沸いた。

透かし模様のストール


使用糸:ハマナカモヘア (30)
編み図:おでかけニット No.5 より
透かし模様のストール 220 g
使用針:7号針

前作



キノの旅XI the Beautiful World


 春。キノとエルメスが向かう国では、あちこちで火の手が上がっているようだった。
そして通りかかる軍隊。キノたちは、何が起こるのかを国の外でじっと見ていた。

 静かに語られる、いろんな国の”事情”
残酷だったり理解できない法律だったり、あるいは笑顔に隠されたやさしさだったり。
でもどの国の話もとてもシュールで、すべては教えてくれない。
そして毎回、その国に住んでいたらどうするだろうと考える。

圓朝


 近代落語の祖・三遊亭圓朝。
母に反対され、いろんなものを習ってきたが、やはり噺が好きだと噺家になった圓朝だが、あまりの上手さに師から妬まれ、嫌がらせをうけてしまう。
しかし、それならばと自ら作り出した怪談噺や人情噺で人気を博し、大勢の弟子を抱える一門とまで上り詰めるが、その人気の影にはそれ相応の苦悩もあった。

 伝説的な噺家の一代記。
師匠から疎まれてしまうほどの腕だが、その師匠からの仕打ちにどれほど傷ついただろうかと苦しくなる。
それでも好きな噺を辞められず、不思議な経験をしたことから集めだした幽霊話で「夏は怪談」という風習まで根付いてしまう。
弟子に向ける言葉が優しく、噺のことばかりを考え、やがて本にまでなる大成功だが、引退を決意する事件にはこちらも泣きそうになる。
どんなことを考えてきたのかはよく書かれているが、仕事とは離れた人となりの点ではつかみどころがない印象で、夢中で読めるが感情移入はしない。