クラゲ・アイランドの夜明け


 岩手県沖の海上コロニー。
「楽園」と名付けたその地では、殺人、傷害、性犯罪、交通事故、違法薬物、違法労働、自殺者がゼロという「七つのゼロ」を謳っていた。
とろこが、外洋からやってきたらしい新種のクラゲが発見され、クラゲ好きの友人・ミサキがクラゲに食べられ自殺した。
事故として発表されたその死に疑問を持ったナツオは、ミサキがなぜ死んだのかを調べ始める。

 強い自分の意思を持たないはずだったナツオが、関わる人たちの意思に、まるで風を受けたようにあおられる様子がまさにクラゲのよう。
周りの意見や熱量をうけてひらひらとあちこちを漂いながら、周囲を伺い、やがてミサキの意思を見つける。
クラゲが好きすぎて混ざりたくなったのかなと気楽に予想していたのとは違い、シュールな結末だったが、「楽園」としてはそちらの方がしっくりくる。

星砕きの娘


 第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作。
鬼に攫われ、暗い岩の底で奴隷となりながらも心を壊さないでいた少年・弦太が、ある日、弦太は川で蓮の蕾を拾う。
砦に戻るとその蕾は赤子になっていた。
不思議なことに蓮華と名付けたその赤子は、<明>の星のめぐりと共に赤子と少女を繰り返す。
弦太が囚われて七年後、ようやく都からの討伐軍により弦太たちは解放されるが、蓮華と共に家に戻った弦太にはさらなる試練が待っていた。

 暗い砦にとらわれながらも自我を放棄せず、解放されて力を振るう様子は「鹿の王」と似た流れ。
しかし鬼や技術、服装、信仰などから古い日本の様子を想像させる。
そして読みやすく、世界感に没頭しやすいため一気に読める。
知恵や力をつけていく様子も細かく描かれていて成長が楽しめる。
個人的には、蓮華に優しくはないが面倒は見ていた笛詰が好印象。

烏百花 白百合の章


 第一部の頃、傍らで起こっていた出来事のいくつかを、それぞれの視点で描いた短編集。
西の本家では、新たに18番目の側室となるべくやってきた環が、なんとしても受け入れてもらわなければと意気込んでいて、南家で生まれた姫は政治に利用されまいと力を貯め、東の地では楽の才がありながらも実がないと言われて落ち込む青年があり、北領では力はあるが将来を決めかねている少年がいた。
東西南北それぞれの領地で育った若い烏たちの、頼もしい話。

 奈月彦の話が最後に語られ、それはそれは微笑ましい姿を見せてくれた。
それぞれの領地ならではのことが垣間見れて楽しく、また景色や衣装の表現が美しい。
なかでも灯篭の話で出てきた金魚の回り灯篭は、想像するだけで素晴らしいものを見た気になり、欲しくなった。
2部の最初に抱いた不穏なイメージがこれからどう変わるのか、烏たちの今後が楽しみになる。

星球


 退職したエリート会社員が、妻を亡くして2年。新たな伴侶を探そうと参加した「出会いの会」で、自信いっぱいだったのに誰からも選んでもらえなかった。
里帰り出産で受診した産婦人科で、まさかの昔の同級生が先生だった!
年上の天体マニアの女性に恋をした男。
いろんな恋の物語。

 ほのものとしたものもあれば、切なくて苦しいもの、どうしても忘れられない昔の恋や、仕事だけど気になる相手など、いくつもの感情があふれる。
なかにはがっかりするほどつまらないものもあるが、一つでもじんわり来るものがあれば良い。
個人的には、何十年も前の、戦時中の妻と家族への思いが一番心に残った。

ダークナンバー


 東京で起きた連続放火殺人事件の捜査で、警視庁分析捜査係の警部・渡瀬敦子はプロファイリングをするが、予測を外し、周囲から冷たい目を向けられていた。
一方、東都放送の土方玲衣は、元同級生の敦子を特集しようと思いつき、よりインパクトが出るようにと同時期に起きていた埼玉の連続路上強盗致死傷事件を絡めようとしていた。
警察と報道で、例のない共同捜査が進むとこになり、二人の執念が過去を探り当てる。

 警察の敦子と、報道の玲衣。
立場が違う二人が同級生として築いてきたつながりが事件を追い詰める様子は、後半でやっと盛り上がる。
それまではダラダラと長いなぁと感じていたが、事件の背景や人物のつながりが分かってくるにつれて面白くなってきた。
潔い敦子の采配も頼もしいと感じたし、玲衣の行動力と野望は逞しい。
複雑な事件と背景も想像力を掻き立てる。

赤い糸の呻き


 新聞紙を鷲掴みにして死んでいた男性の捜査に来た私は、上司の音無刑事の美貌に見とれながら、妄想の中にいた。
家が裕福だから働かなくていいし、働きたくもないけど父親がうるさいので働いているように見えて実は怠けていられる仕事として探偵を選んだ物部太郎。
建築家が人を殺してまでこだわった家からの景観。
 人死にが出ている事件ばかりなのに、どこかユーモラスな短編集。

 事件を追いながらも何かに気を取られている人たちによって、時折おかしな妄想が入り込み、くすりと笑える出来事も起こる。
そのせいで深刻にはならず、意外な人が真相を言い当てたりと、どれも楽しかった。
個性的な人物もいて、短い割には印象に残る。

コロナ黙示録


 中国での医師の気づき、クルーズ船でのクラスターに続き、桜宮市に新型コロナウイルスがやってきた!
首相がやらかしたことへの”忖度”合戦と、どこまでも甘い見込みしかできない日和見官僚、そして決断力のない政治家たちにオリンピックは救世主となるのか。
病院で起きていることが理解できない政治家が出すトンデモ指示と、明後日の方向を向いた政策を、笑う余裕もない医療現場で田口センセと白鳥、そして速水が走る。

 ここまで官僚と政治家をコケにして焚書になったりしないんだろうかと心配するくらいの悪口で、苦笑いしか出ない。
田口センセは相変わらず高階学長の丸投げに振り回されてコロナ対策の責任者になるが、それでもだんだん勝手に動き回れるようになったおかげで速水との再会も果たせた。
有事の際にすっぱり決断して動ける人たちのおかげで今生きていられるのだと思ったら、政治家などなんて無駄な生き物なのかと思いそうになる。
そして、まだ途中経過なはずのコロナをもうネタにしたのかと機動力に驚き、だけど悪口が多すぎて気分が悪くなる。
これは極端な評価が付きそうな本。でも一過性で長くは話題にならない感じ。

泣き娘


 葬儀の場で弔いのために泣くことが礼儀だった中国・唐の時代。
泣き喚くことを生業とした“哭女”として暮らしている燕飛には、秘密があった。
今日もいくつかの葬式を回り、弟妹のために稼いでいたら、ある時奇妙な恰好をした身分の高そうな男と出会う。

 まだ声変わり前の少年だからこそできる女装で、いろんな葬儀の場に出入りしているゆえか、いろんな人と出会う。
そんな中出会った危ういほど律儀な青蘭という男は、友人の戦死の状況を知りたいと燕飛に頼み込んできた。
卑しい身分の自分にも見下した態度を一切しない青蘭に協力していくうちに見えてきた真実。
いずれできなくなる“哭女”の仕事に悩んでいた燕飛が、青蘭と過ごしていくうちに将来をつかみ取る勇気を手に入れる様子に力が沸く。
そして成長し、離れてみて、これまで注がれていた優しさを実感する時の燕飛がまぶしい。
読みやすく、微笑ましく、見守りたいポジティブな感情だけが残る。

アンブレイカブル


 治安維持法成立。太平洋戦争の影が迫る日本。
函館漁労に、小説の題材に『蟹工船』を取り上げたいという銀行員の小林多喜二という男がやってきた。
その裏で、嘘は言わず、隠さず、ありのままを話してくれればいいと依頼してきたのは、内務省から来たクロサキという男。
妙な依頼に戸惑う二人の漁師たちは、やがて多喜二にかけられた一つの言葉で世界が変わる。

 クロサキが暗躍する短編集。
反戦川柳作家・鶴彬や、知人たちの失踪が続き、怯える編集者・和田喜太郎、そして哲学者の三木清。
彼らの話は、日本の沈んだ雰囲気の中で何を思っていたのか、謎かけのように解決や発展はしないまま終わる。
唯一『蟹工船』の物語だけは前向きだった。
政治の複雑さばかり目立つ。

インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー


 18世紀、独立戦争中のアメリカ、英国兵のエドワード・ターナーが殺人容疑で投獄された。
植民地開拓者の3代目のウィルソン家から依頼された記者のロディは、エドが投獄された経緯を聞きに監獄へ訪れ、被害者である先住民族の息子アシュリーの手記を見せる。
するとエドはその手記は改変されていると気づき、なぜそんなことになったのか推理を始めた。

 外科医ダニエルの元で仲間たちと解剖に明け暮れていた前の2作とは全く違い、今作は戦時中で獄中のエド。
これまでとの様子が違いすぎてなじめなかった。
また、ダニエル先生たちとの掛け合いの楽しさももちろんなく、エドの推理はなるほどと思えるがただそれだけで、長い愚痴を聞かされているようなつかみどころのない話で終わった。
シリーズ最終作というには残念な最後。