名探偵のままでいて


 第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。
ミステリー好きで、小学校の校長だった祖父は、幻視や記憶障害といった症状が現れるレビー小体型認知症を患い、介護を受けながら暮らしていた。
しかし孫の楓が周りで起こった不思議の話を始めると、かつての知性が顔を出し、さらりと解き明かしてしまう。
だから楓は、そんな祖父に会いたくて、今日も祖父の住む家へと向かう。

 先生が子供たちの目の前で突然失踪してしまったり、小さな居酒屋で起こった殺人事件や、さらには楓に付きまとう視線の謎など、どれもちょっと不思議で、ちょっと怖い。
楓に問題を出しながら理論的に謎を追う祖父は、老いたとはいえ素晴らしい推理力。
こんな風に優しく語り掛ける謎解きは、あまりなかったように思う。

泥棒は野球カードを集める


 このところ古本屋の仕事で満足しており、しばらくは泥棒を辞めていたバーニィ。
しかし大家から、急に家賃を上げると言われ、困り果てる。
そしてちょうどミュージカルのチケットを買おうと並んだ列で、裕福な夫婦が旅行に出るという話を小耳にはさんだ。
バーニィは家賃を払うために仕事をすることにしたのだが、入り込んだ部屋で、またもや死体を見つけてしまう。

 仕事先で死んだ人間と出会うのが上手いバーニィ。
今度もまた、美女に利用され、死体にも出会っている。
関係してくる人たちが皆誰かを利用してくるためにややこしかった。
警察官であるはずのレイがバーニィに解決をせかしてくるという妙な関係もすっかりなじみ、レイが出てくると、ここで流れが切り替わるという指針にもなっている。

泥棒は抽象画を描く


 友達のキャロリンが飼っている猫が攫われた。身代金は25万ドルで、払えなければある絵画を持ってこいという。
美術館のものは警備が厳重なので、個人所有の物を狙おうと計画たバーニィは、とある高級なマンションへ忍び込む。
ところがそこにあったはずの絵が無くなっていて、代わりに住人の死体があった。

 バーニィの入るところには必ず死体がある。
無くなった絵はどこへ行ったのか、バーニィは捜索を開始するが、今回は登場人物が多すぎて把握しきれなかった。
さらに同じマンションでもう一つ死体が出てきてからは、美術館や銀行の人たちも巻き込んでどんどん話が大きくなる。
そしてバーニィは泥棒なのに、皆の前で犯人を指し示すという探偵となる。

お初の繭


 産業もあまりなく、貧しい地域に住むお初は、12歳で生糸工場へ出稼ぎに出ることになった。
各地からやってくる少女たちが集められたのは、淋しい土地ながら特別な糸を吐く繭が育つ場所で、そこで集団生活をしながら仕事が始まるのを待っていた。
ところが、毎日腹いっぱい食べ、日に三度も風呂へ入るという清潔で快適な日々を過ごしているうちに、だんだんと焦ってきたお初。
皆が飲んでいる薬にアレルギー反応がでたことで一人隔離の生活になってしまい、工場の異様な雰囲気を客観的に感じることができたのだった。

 ホラー。
割と早いうちから不気味な雰囲気は出ていて、少女たち以外の登場人物の名前も不気味。
そして予想もできるが、どうしても目が離せない。
深みへはまるお初。
出てくる糸や街の名前が、怪しいが滑稽なため、ひたすら気味が悪いだけではなかったせいで読みやすい。
だが不吉な予想はどれも必ず当たり、恐ろしい余韻を残す。

こぼれ桜 摺師安次郎人情暦


 摺師の安次郎は、亡き女房の実家へ預けていた息子の信太を引き取り、神田明神下の長屋に父子二人で暮らしていた。
その仕事ぶりは評価され、愛想はないが信用は得ていた。
ある日、弟弟子の直助が慌てて持ち込んだ情報は、友の彫師の伊之助が好色本を作ったという罪でお縄になったというものだった。
しかも、見るからに下手なものであるにもかかわらず、伊之助は自分が作ったと認めているという。

 元は武家育ちだった安二郎が摺師になった経緯は少しずつ明かされるが、それによる身内との確執が最後まで底で流れていて、安二郎の摺師としての仕事の様子と並行して書かれている。
大きな軸の一つと言っていいが、そちらは暗いばかりでつまらなく、摺師としての仕事の方が断然面白かった。
登場人物も皆個性豊かで混乱することもなくすんなり入り込め、摺師と版元、絵師や彫師との関係も興味が沸いた。

用心棒


 ストリップクラブの凄腕用心棒のジョー・ブロディーは、ある日一斉検挙に巻き込まれて逮捕されてしまう。
そこで再会した中国製マフィアの知り合いから、仕事を持ち掛けられる。
輸送中のあるものを強奪しないかというその誘いは、悪くないように思われた。
しかしいくつもの情報の漏洩やすれ違いでその仕事は失敗に終わり、ジョーは逃げながらもこうなってしまった元凶をおぶり出そうとする。

 ハードボイルドに分類される要素がたっぷり詰まっていて、スリルもあるけど人気者のジョーの行動が楽しくて読みやすかった。
彼の言動に惹かれるのがまずFBIの女性捜査官という立場の人であることも、興味をそそる。
アメリカの習慣が分からず理解できないところもあったが全く問題はなく、銃を撃つ場面もかなりあるがハラハラするというよりはしっかり見ておきたいというような気持になる。
退屈せずにあっという間に読めた。

鏡の国


 ミステリー作家だった叔母の室見響子が亡くなり、その相続権を譲り受けた私。
彼女の遺稿が見つかってそれを出版したいという話が出た時、私は原稿を読んで叔母のことが嫌いになった。
しかし編集者の勅使河原は、原稿には「削除されたパート」があるのではないかと言い募り、私へ再度原稿を読むように言ってきた。
ほとんどの部分はノンフィクションだという話を読み返しながら、私は叔母の人となりを考え直すきっかけが訪れたと感じていた。

 叔母が書いた小説と、それを読む私との間で話は行き来する。
小説の中の主人公とそれを読んでいる私とのどちらかに感情移入することもなく、読みやすい。
話が進むにつれ解明してくる真相に驚きつつも、大御所ミステリー作家の描いたものであるというには少し物足りないと感じた。
作家になる前の習作である設定であるとはいえだ。
結末のやり取りも削除された部分も、これはどうも胡散臭いという感じがあって、どちらの最後も消化不良だった。
そのため、最終章以外の面白さが消えてしまって印象はイマイチ。

泥棒は哲学で解決する


 世界に5枚しかないという貴重なコインを盗みに入った家には、すでに天窓から忍び込んだ泥棒たちによってめちゃくちゃに荒らされていた。
しかしバーニィが欲しかったコインはまだ残されており、バーニィは先客の犯行に見せかけられるとして楽な仕事をしたはずだった。
ところが、翌朝その家では住人の妻が死体で発見される。
そしてなぜかバーニィが殺人犯とされてしまうのだった。

 やっぱり仕事をした家で見つかる死体。
そしてさらに、コインや切手を扱っていた故買屋のなじみまで殺されてしまう。
バーニィが自らの無実を証明するために奮起するという流れも同じだが、これまでの登場人物も相棒になったり友人になったりと不思議で楽しい関係が起こる。
犯人を追い詰める探偵としても頼もしく、でも泥棒という特性もちゃんと生かした解決で変わっていて面白い。

泥棒は詩を口ずさむ


 引退する古本屋を買い取り、主人となったバーニィ。
元泥棒だと知っている人は少ないはずなのに、わざわざやってきたその客は、世の中に一冊しかない本を盗めと頼んできた。
楽勝で盗んでこれた本だったが、なんとそれを奪われてしまう。
しかもまた殺人事件にも巻き込まれ、バーニィはまたもや自分の無実を証明するために事件を解決する羽目になる。

 頼まれた仕事はしないはずのバーニィが、これで三度目の依頼泥棒なうえ、そのすべてで殺人事件の犯人にされてしまう。
同じ展開であきれてしまうが、話自体は面白い。
相棒となる女性もちゃんといるし、何かと融通を聞かせてくれる刑事のレイもいる。
奇抜な推理でもなく、ちゃんとヒントも隠されていて、ちょっと周りくどいが飽きずに読めた。

治験島


 島一つ、まるごと最先端の病院と研究施設にした場所で、集められた10人の新薬治験者。
始まったアレルギー治療で、「呪われている」という怪文書、医師の転落死などの不審な出来事が連続する。
そして飲み物に毒物が混入され、治験は中止となったが、事件の調べのために治験者は島に足止めされてしまう。
すると、自称探偵という一人の治験者が事件を捜査し始める。

 隔離された島の中で起こる事件。
犯人の目星もなかなかつかず、事件を起こした目的もわからない。
それでも少しずつ分かってくる人間関係が、長く息づく恨みを感じされる。
でも最後は予想もつかない大きな国際問題へと発展していくのだが、それはこれまで全く予感させるものがなく、取ってつけたように急に出てくる。
ミステリーでは必ず伏線や小ネタで事実を出しておくことが多く、すべてを隠したまま結末で急な展開を起こされると推理もできない。
そのためその展開が始まったとたん白けてしまう。
それを除けば楽しく読めた。