ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上)


 月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の暴露生地を書いたせいで名誉棄損で訴えられ、有罪判決を受けた。
そして『ミレニアム』の発行責任者から身を引くことになったミカエルに、とある企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルから1年の契約として仕事を持ち掛けられる。それは、表向きはヘンリックの自叙伝の執筆だが、本当はおよそ40年前に失踪した兄の孫娘ハリエットを殺した犯人を見つけてほしいというものだった。

 人生の危機にタイミングよくあらわれる人物と依頼。
転機にすべく依頼を受けるミカエルだが、サブタイトルにもなっているドラゴン・タトゥーの女はいつミカエルにとっての重要人物になるのかとうずうずしながら読んだ。
かなり物語が進まないと絡んでこない彼女は、姿も言動も人目を惹く奇異な人物の割に控えめな登場で、彼女・リスベットが次に何をするのかが気になりつつも、ハリエット事件の捜査も充分に興味を惹かれる。

大雪物語


 ある冬、N県K町が観測史上初の大雪に見舞われる。
いろんな事情でK町に来ていた人たちは、住民とともに雪のK町に閉じ込められる。
 派遣切りにあい、ひったくりで金を稼いで逃げてきた男は、優しい独居老人の家で寒さをしのぎ、遺体を乗せた車で立ち往生しているドライバーと遺族は静かなやりとりで慰め合い、飼い犬が脱走して探していたら身動きが取れなくなり、通りがかった雪男みたいな人物に助けられた女子高生の安堵など。
雪で閉ざされた世界での6つの物語。

 大雪で孤立したK町の中では、普段では起こらない出会いが起こる。
人の力ではどうにもならないほどの大雪の圧迫感と、閉ざされて音がなくても明るい雪の中での奇妙な安心感が、不思議な心境を起こしている様子が分かりやすい。
短編集によくある、最後はみんなどこかでつながっていましたというような事もなく、ただ淡々と雪深い孤独をかみしめていた。
雪の温かさと白い闇の雰囲気が感じられる。

砂漠と青のアルゴリズム


 今や絶滅の危機にある日本人。AIによって探し出され、粛清される時代。
一方、2015年の東京では、新人の編集者がスランプの作家の元へ新作の依頼へ向かう。
どの現実も、地球の滅亡を予言したと言われる3部作の絵画をめぐって、現実と虚構が入り乱れる。

 哲学的な言い回しと、時代も場所も入り乱れた夢とも現ともつかない描写で、混乱させたままどこまでも続く。
そのうち考察しようという気すら起こらないほどの虚無感でどうでもよくなる。

うしろから歩いてくる微笑 柚木草平シリーズ


 母と相性ピッタリだから結婚しろと迫る変わり者の美早から、娘の加奈子にダイレクトメールが届く。釘を刺しておこうと訪ねると、友人だという薬膳の研究家を紹介された。そして、10年前に失踪した同級生の目撃情報が鎌倉周辺で増えているので調べてほしいという依頼を受ける。
なぜ今頃になって突然目撃情報が増えたのか、鎌倉の<探す会>に向かったが成果はなく、それどころかその夜、訪ねた女性が殺されてしまう。
10年前の事件と今回の殺人は関連しているのか、柚木は月刊EYESに正式にオファーをもらい、本格的に調べ始めた。

 加奈子とのやり取りから始まり、人脈を広げていく柚木。
だがそこははやり変わり者の友人は変わり者であり、振り回されることを楽しんでいるようで、美女たちの自由に巻き込まれる柚木の声にしないツッコミがやけに面白い。
そして流されるままにいる間は勝手に事件は解決するように思えた。
しかし柚木は突然動き出し、そこからの彼は毎回驚くほど人を動かす。
今度の事件は苦しいほどの執念を持った人たちが一人の少女を救い、守り通したことで、柚木も手を出すことはやめているが、なんともむなしい後味を残すものだった。
でも柚木らしい引き際が見れたことで無力感はなく、むしろ区切りをつけられた満足感があった。

片思いレシピ 柚木草平シリーズ


 親友の妻沼柚子ちゃんと一緒に通ってる学習塾の先生が、誰かに殺されちゃった。
お人形のような可愛さで、毎日おばあちゃんの手作りの少女漫画風ドレスを着て学校にやってくる柚子ちゃんは、周りの目もまったく気にしないふんわりお嬢様。
そんな彼女の家族もやっぱり一風変わった人たちで、なぜだか妻沼家の家族と一緒に事件の捜査をすることになってしまう。
そして落ち着かないのは柚子ちゃんのお兄ちゃんとのカンケイ。
柚木草平の娘、小学六年生の加奈子が探偵の遺伝子を発揮する。

 初恋の爽やかな後味を残す、可愛い探偵。
柚木草平も電話で登場していて、加奈子とのやりとりは微笑ましい。
いろんなことをうやむやにしたい草平と、ザックリと切り返す加奈子のやり取りは、悲惨な事件の捜査のわりに吹き出しそうになるほど軽く、柚子ちゃんのゆるーい雰囲気と共に軽やかな読み応えで楽しい。
ただ、柚子ちゃんのお祖父ちゃんだけは最後まで胡散臭い。


捨て猫という名前の猫


 若い女の声で、月刊EYES編集部にかかってきた電話。
「秋川瑠璃は自殺じゃない。そのことを柚木草平に調べさせろ」
単なる女子中学生の自殺とされていた事件のはずが、とりあえず調べ始めた柚木は、事件とは断定できないが自殺ともいいにくい、というなんとも妙な感覚を抱く。
事件の日の足取りを追い始めた柚木の元へ、野良猫のように迷い込んできた青井麦という少女。そして亡くなった少女の母親、さらには通っていた七宝焼きの教室の女主人と、今度も女たちに囲まれる柚木。

 進むようで進まない調査にもどかしい思いをしながらも、女たちの言動から目が離せない。
それでも、いったいいつからこの企みが始まっていたのか、事件の詳細が分かってからも細部まで見逃さない柚木が語る推理には身の毛がよだつ。
美女に甘いのが悪癖でも、麦への対応は紳士だったりするから、冴子や小高は見放さないのだろう。

そして娘の加奈子が序章で言う一言が、柚木のすべてを表していた。
「パパって、話をはぐらかすのが、ほーんと上手だよね」

不良少女


 「刑事事件専門のフリーライター」と言ってはいても、仕事がなくて探偵業を引き受ける柚木。
かつての上司だった吉島冴子の姪に届いた奇妙な手紙を調査したり、夜のコンビニで出会った金髪の少女のお家騒動を探ったり、月刊EYESの担当の小高直海から依頼された先輩の家の犬と猫の死因を調べたりする。

 美女に惹かれる柚木の性格がとても分かりやすく、出てくる女性たちのタイプが全く違ったものであればただの女たらしだが、柚木の好みは一貫している。
結末はやり切れないものもあるがそれで悲観的にならず、柚木らしい客観性で距離をおいていているので、こちらも必要以上に感情移入しないで済む。
そして、これだけ酒癖も女癖も悪い柚木を許せてしまうのは、探偵業だけは手を抜かず義理も通し、決して間違えないような天才探偵ではなく、かっこ悪いミスも犯すといったちょっと情けない中年の描写が必ず入るからだろうか。

夢の終わりとそのつづき 柚木草平シリーズ


 警察を辞めて8か月、無職同然の生活をしていた柚木の元へ、美女が訪ねてきた。
依頼はただ、ある家から出てくる男を1週間尾行すること。
不審なくらい簡単な依頼に2百万の報酬。
柚木は2日、男を尾行するが、3日目、男は公園のトイレで遺体となって発見された。しかも、胃も腸も空っぽの衰弱死という状態で。
さらに依頼者の美女までもが死に、柚木は昔の伝手をたどって背後関係を調べ始める。

 デビュー前の作品に大幅な手を加えた文庫化で、当初は主人公も柚木ではなかったらしい。
でもその性格はしっかり柚木で、めんどくさい人物を煙に巻いたり、美女に逆らえなかったり、権力へ大博打を売ったりと、ハードボイルドを気取る柚木の特徴はしっかり作られている。
面倒ごとに首を突っ込み、女には口説き文句を、そして噛み合わないセリフで話の腰を折る。
口説き文句と微妙にずれた会話のうるささが丁度よい息抜きとなっていた。

プラスチック・ラブ


 中学時代の同級生・寛子が、ラブホテルで殺害された。高校二年生の木村時郎はどうにも気になることがあり、彼女の高校の友人を訪ねる。寛子が“プラスチック・ラブ”という言葉を残していたことを知り、事件を取材している柚木草平にそのことを伝えたことで、事件は進展する。

 高校生の木村が、中学時代の同級生の女の子が死ぬことで彼女たちの行動を調べ始める短編集。
時系列を考えればおかしなことが起こっている。木村が関わる女の子たちは各編ですべて違うし、季節は多少違ってもどれも高校2年という時期で、それがなんともない風に書かれている。
でもそんな設定と時間を無視しても、ごく普通の、毎日に退屈している高校生で人とはちょっと違う感性を持っている木村の様子は、殺人事件が起こっている割にはゆったりとした気分で読み進められた。
 柚木草平も一瞬登場し、彼のキャラクターが出来上がるための足掛かりのような木村くんだった。

偶然にして最悪の邂逅


 ふと気が付くと元号が変わっていた。
どうやら自分は殺されていたらしい。幽霊となっていた遊佐は、なぜだか急に起こされて戸惑う。
起こしたのはかつての教え子だった男。そいつはなぜか床の下に穴を掘っている。
どうやら死体を隠したいらしい。
 不思議な出会いからその男の身の上を聞くうち、自分の来し方を知る幽霊。

 自宅前で殴られた女性が警察にもひたすら隠そうとした事実。どうしても忘れられない教え子から頼まれた殺人。
面白い設定で起こる事件はなかなかに悲惨だが、語り口調の文体が軽い印象を残す。
その割に複雑だが、だんだん何を言っているのかわからなくなってくる。
どうでもいいようなことの言い合いを繰り返すためか。
終わってみれば何も記憶に残っていない。