事件持ち


 入社2年目の新聞記者・永尾。
県警の記者クラブで毎日刑事を追求する日が続いていたが、ある日千葉で起こった殺人事件を追っていると、偶然被害者2人を知る不審な男・魚住優を接触する。
そして事件の関係者には、中学時代のつながりがあった。
その後、魚住は失踪し、重要参考人として警察からもメディアからも追われる身となる。
一つの事件を、刑事側、記者側の両方の目線で追う。

 被害者の遺族を追い回し、悲嘆にくれる家族からコメントを取ろうとする記者は、果たして必要な存在なのだろうか。
そんな悩みを持ちつつも、他社を出し抜いたスクープを取ろうと必死な永尾。
そして、社会人になってから、今更中学の頃の恨みを晴らすために殺人などするだろうかと疑問に思う警察。
お互い明かせない秘密だらけだが、終盤ではある種の仲間意識さえ生まれてくる。
言葉にはしない空気感を読み、本意を察知する。
大きな事件に縁があるというのは、察知能力の差か。

廃遊園地の殺人


 20年前、プレオープンの日に起きた銃乱射事件によって営業しないまま閉鎖となった遊園地・イリュジオンランド。
その後その場所を買い取り、完全に放置していた廃墟コレクターの資産家・十嶋庵(としまいおり)が、廃遊園地への招待をするいう。
数ある応募者の中から選ばれた10名には、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』という十嶋からの伝言が伝えられる。
 廃墟には関心があるが、所有することについては諦めている主人公の眞上だが、周りの雰囲気に付き合い、謎解きに協力することにした。
招待客たちは宝探しをはじめるが、次の朝、参加者の一人が着ぐるみを着せられて柵にくし刺しになった血まみれの状態で発見される。
この謎解きは、ただの謎解きではない。

 ただのコンビニのアルバイトの眞上が、集められた人たちの共通点を見つけ出したり、行動から不自然さを感じ取ったりと探偵役をする。
犯罪におののく者、恐慌をきたすもの、淡々と観察する者など様々だが、眞上の冷めた目で語られるせいかこちらも傍観者でいられた。
登場人物は少ない割に区別がややこしかったので、ただ殺される役ではない者たちの活躍がもうちょっとあればもっとわかりやすかったように思う。

最高のアフタヌーンティーの作り方


 老舗・桜山ホテルで、憧れのアフタヌーンティーチームへ異動した涼音は、張り切っていた。
新作のプレゼンに挑んだ涼音は、さっそく分厚い企画書を否定されてしまう。
だが、憧れの先輩や頼もしい同僚、心からアフタヌーンティーを楽しんでくれているお客様たちを見ているうちに、ただ頑張るだけだった涼音の気持ちにも変化が起こり始める。

 「マカン・マラン」シリーズの、ホテルバージョン。
大好きなアフタヌーンティー、同僚との関係、仕事への向き合い方、そしておいしそうなお菓子たち。
困ることも悩むこともてんこ盛りだが、暗くならず、ひたすら考え、そして見つけ出していく。
読み終わったら周りの人すべてから力づけられているような気持ちになり、美味しいものが食べたくなる。

ほたる茶屋 千成屋お吟


 日本橋で御府内のよろず相談を引き受ける『千成屋』の女将・お吟。
ある日、突然連絡が途絶えた姉を探して田舎からやってきた幼い娘を助け、姉探しを引き受ける。
女郎小屋で働いていたという姉は、足抜けをしたと言って行方不明になっていた。
 前の妻を探してほしいとやってきた参勤交代で江戸へ来た初老の男性、茶屋の女将が家族のように思っている店の若い衆の憂いなど、困りごとを自分のことのように思いながら真摯に解決していく、

 十手持ちだった父が亡くなってから、後を継ぐように始めたというよろず相談屋。
持ち込まれる相談を解決するという話はいろいろあるが、主人が女という点はあまり見ない設定。
そのためどこか懐の大きな母のような、見守ることがメインのような話でほっこりする。

天龍院亜希子の日記


 第30回小説すばる新人賞受賞作。
ブラックな人材派遣会社の営業をしている田町譲。忙しいのに人は補充されず、夜中まで働くこともザラで、それでも残業代はほぼなし。
付き合って3年の彼女ともなんだか離れ気味。
そんな時、えらく豪華な苗字を持つ小学校の時同級生だった天龍院亜希子のブログを見つけてしまう。
つまらない日々を、今はもうどうしているのかも知らない同級生の平凡なブログを読むことで流している田町の、平凡な日々。

 天龍院亜希子のブログが何かにつながるわけでもなく、本当に平凡な日常だった。
彼女とのこと、同僚とのこと、派遣スタッフのことで終わる毎日がだるそうに語られる。

スイッチ 悪意の実験


 夏休み、就職活動が上手くいっていない先輩から、バイトの話を持ち掛けられた。
それは、日当1万円、期間1か月の、初日のみ拘束時間ありのおかしな仕事だった。
心理コンサルタントとしてテレビにもよく出ている人物からの仕事で、「純粋な悪意」を知りたいという。
集められた6人の大学生には、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされ、押す押さないを任された。

 「理由のない悪」と、それをしてしまう人の心理を知りたいというリサーチ。
しかし、それが大きな事件へとつながり、それぞれの過去とも向き合う羽目になることで、心が軽くなる人、将来を真剣に考える人、達観する人、いろんな考えが見える。
でもところどころわかりにくい。
宗教の教えや概念のことだけでなく、物語の進み方が分かりにくい。
結局、大酒を飲んでは豪快に失言を飛ばす就活中の先輩が一番個性的で楽しかった。

婿どの相逢席


 小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、好き合ったお千瀬と結婚でき、うれしさでいっぱいだった。
ところが、お千瀬の実家である大店の仕出屋『逢見屋』に婿入りとなった鈴之助は、驚くことを知らされる。
そこは、女が仕切り、女が最も偉い家だった。
表向きは主人となるが、商売の一切は蚊帳の外、仕事もなく、ただ無為に過ごすことだけを望まれ、鈴之助は途方に暮れる。

 逆玉の輿のつもりが、婿入り早々隠居暮らしとなった鈴之助。
だが前向きな鈴之助は、可愛い妻を助けつつ、暇なことをいいことに、気になることにどんどん首を突っ込んでいく。
鈴之助の穏やかで人を安心させる性格が、あちこちで幸せの種となっていく様子がとても気持ちがいい。
捻くれた人も多く出てくるが、そうなってしまった原因をときほぐしていく鈴之助の言動が、やがて『逢見屋』にも変化をもたらしていきそうだ。

彼岸の花嫁


 富豪のリン家から、死んだ跡継ぎ・ティアンチンの嫁にしたいと言われたリーラン。
幽霊の嫁になどなりたくないと拒否するリーランだが、やがて夢の中で毎夜死んだティアンチンが現れ、食事や贈り物でリーランを説得しようとする。
不眠と恐怖で寝付いてしまうりーれんだが、なんとか結婚を阻止しようと、黄泉の国へ行くことを決意。

 リン家へと出向いた日に、奇しくも当主の甥にあたるティアンバイに恋をしてしまうリーレンが、どうにかして彼と結婚できないかといろんなことを考える様子がかわいい。
夢の中のティアンチンはどこまでもウザく書かれているし、意地悪な人はわかりやすく意地悪。
あの世と現世との行き来や、人間ではないものとの交流にはファンタジーらしくて楽しいし、恋した相手を一目見たいと衝動を抑えきれないなど少女らしいところや、どちらの求婚をうけようか悩んだりと、10代の少女の悩みと憧れが盛沢山だった。

うめ婆行状記


 北町奉行所同心の夫・霜降三太夫を卒中で亡くしたうめは、一度でいいからやってみたいと思っていたことをすることにした。
堅苦しい武家の作法から離れて、一人暮らしを始める。
手頃な家を借り、庭に生えていた梅の木になっている実をもいで梅干しに。
そして昔の知り合いがお隣さんだと知り、うめは楽しみが広がってうれしくなる。
ところが、甥っ子の隠し子が現れたり、お隣のおかみさんが亡くなったりと、ゆっくりする時がない。

 未完の遺作。
気の強そうなうめは、始めは意地っ張りの印象が強かったのだが、だんだんと母の顔、叔母の顔、義姉の顔と、いろんな面を見せてくれる。
周りの人たちをうまく橋渡しもして、家から離れて客観的な目をもったうめから見た、ご近所親戚ひとまとめの日常が楽しそう。
うめ自身の老いも語られてきた頃に唐突に終わってしまったのでとても淋しい。

孤虫症


 主婦の麻美は、夫には言えない”趣味”を持っていた。
週に3度、それぞれ曜日によって決めた男たちと逢瀬を習慣にしていたが、男たちが次々とおかしな症状で原因不明の死を遂げる。
やがて麻美自身もおかしな音に困らされ、腹部の痛みを感じ、やがて体中に虫が入り込んでいるように感じられ、手を切り落として失踪してしまう。
それは、麻美から相談を受けていたという妹にも起こる。これは忌まわしい家族のつながりのせいか。

 奇妙で、気味の悪い話だった。
近所の人たちの薄暗い悪意や、母親からの開き直った悪行、周りのすべてから責め立てられるような不気味な出来事は、やがて気が狂わんばかり。
しかもそれは麻美の身に起こったことか、妹か、母か。女たちの嫉妬も絡まり、道筋を立てて考えることができなくなりそうで、しばらく違和感と嫌悪感でいっぱいになる。
この手の話は苦手。