シュレーディンガーの少女


 65歳になったらプログラムされた病原体が全世界にいきわたり、人口の調節が可能になった世界。
64歳の占い師・紫は一人の少女を拾う。
盗みをして生活していた少女に名前を与え、自分の仕事を教え込んだ紫。
太っている人を全国から5名選び、ダイエット選手権という生死をかけた戦いに強制的に参加させる政府の催し。
サンマがもう食べられなくなった未来、サンマの味を再現しようとする小学生など、ディストピアと少女を合わせた短編集。

 ディストピアというだけあってどの話にもうすら寒い雰囲気があるが、サンマの話は面白かったし、65歳で死ぬ話もそれならそれでいいかとも思ってしまい、気味が悪いだけではなかった。
もっと広がっていきそうなところで終わるものもあって、物足りない部分を想像して存分に楽しめる。

烏の緑羽 八咫烏シリーズ


 生まれながらに「山内」を守ることを定められ、あらゆることに恵まれ、大事にされて育ってきた長束だが、側室の子供として生まれた弟が「真の金烏」となり、自分は臣下となった。その長束は、自分の側仕えをしている路近を怖いと感じていた。
路近への恐怖は不信感となり、周囲の者に相談する。
そして今は勁草院の教師として働く路近の師を紹介された長束は、路近の人となりを知るために、彼らに師事を乞う。

 飄々として何を考えているのかつかみにくい路近を持て余し、自分の部下としてどう扱っていいか悩む長束。
今作は路近と、彼の近くで生きてきた者たちの生い立ちが語られる。
どれもなかなかに厳しかった。
そのうえ敵対したり考えが違っていたりと、様々な方面からの意見が出てきて混迷を深めていっており、どこを見ればいいのかわからなくなってくる。
でも最後でやっと本筋の出来事に追いついてきたので、次は新展開があるかもしれないとドキドキする。

電気じかけのクジラは歌う


 AIが発達し、個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及してから、人はもう作曲をしなくても良くなった時代。
作曲家だった岡部は、「Jing」の学習をする検査員として働いていた。
ある日、数少ない作曲家として生き残っていた天才で、岡部のかつてのバンド仲間だった名塚が自殺したと知らされる。
そして、名塚が手続きをしたと思われる荷物が岡部の元へと届くが、そこには名塚が作ったと思われる曲と指をかたどったシリコン、そして名塚のDNAデータが書き込まれたスタンプ台が入っていた。
名塚は岡部に何を残したのか。

 近未来の日本。都市部では自動運転の車が走り、スマホでほとんどのことができる。
発達したAI個人の好みに合わせた曲を瞬時に作り、もはや誰もが知る名曲というのはなくなっていた。
そんな時代に、AIでは不可能な発想で新しい音楽を作り続けていた親友が死に、謎を託された岡部が動き出す様子は、なんでもAIに頼る時代を怠惰に過ごしていた時から脱出するためには苦労するほどのエネルギーが必要だと思い込んでいたけれど、意外と簡単だったというような雰囲気で語られる。
ツールは変わっても人が思う事は変わらないから想像もしやすい。
登場するシステムや現象も、実現するのはそれほど先のことではなさそうなくらい受け入れやすかった。

首取物語


 ひたすら歩いた末に見つけた男が持っている握り飯に、急激に空腹を覚える少年。
そして握り飯を奪って逃げることを繰り返していることに気づいた時、どうやら侍だったと思われる男の首と出会う。
どうすればこの世界から抜け出すことができるのか。
少年と侍は、協力することにする。
 二人が巡る不思議な国々で出会う人々や出来事が、この二人の縁を解き明かしていく。

 ただ不思議な出来事が続いていた序盤から、旅で出会った人からの一言が大きな意味を持っていることや、時折訪れる記憶の断片から、少年と侍の来し方を想像する。
ただの不運なのか、業なのかと考えるうち、道連れが増えていかない事にも理由があるのだと気づく。
どうすることもできない大きな力との対峙で知る過去より、今のお互いのことを信じることで、冒頭では絶望していた景色も楽観できるようになっていて、不思議な国々も旅の面白さだと感じられるようになる。

芦屋山手 お道具迎賓館


 先祖から受け継いだ芦屋山手のとある屋敷に住む「先生」と呼ばれている一人の男性。
彼が畑仕事の最中に土の中から見つけた白い器。欠けたりもせずきれいであったので「先生」は洗って日々の茶碗として使っていた。
しかしそれは、長時を経て付喪神となった白天目茶碗だった。
「先生」は彼をシロさんと呼んで、同じように付喪神となった器たちと賑やかな日々を過ごす。

 かつての権力者たちに愛され、現在は行方不明となっている器たちが付喪神となり、お茶席の時に集まっては思い出を語る。
実在した器たちが、誰の元で、どんなふうに使われていたかが語られるため、歴史としてみれば面白いのかもしれないが、主人公のシロさんや付喪神たち、持ち主の「先生」も含めてキャラクターとして登場しているのに個性が薄くて読んでいて少しも面白くなかった。
物語にするのか、器の歴史を追うのか、中途半端な印象だけが残る。

ペットショップ無惨 池袋ウエストゲートパーク18


 外からは見えにくい家庭の事情。学校にも行けないヤングケアラーの少女の、心を殺した目をみつけたマコト。
さらに売春を運営している奴らに目をつけられていたために放っておけず、タカシやゼロワンの力を借りてと救い出そうとする。
生後半年を過ぎた犬や猫は、見た目がいいものは繁殖に、それ以外は処分される世界。そんなものを見せられたマコトがした反撃や、引きこもりのハッカーがした淡い恋にも目をそらさずにすべて見つめる。

 池袋のトラブルシューター・マコトが今回出くわした弱い者たちは、家族の介護ですり減った子供や外国人労働者、そして逃げ出すこともできないペットたち。
それでももう新しいネタは少なくなってきた感じで、マコトはちょっと弱気になり、タカシはどんどんキングになっている。
ただ今回は、敵か味方かの分類ではない取引もあって、丸く収める瞬間の見極めは成り行き任せで危なっかしかった。

吉原と外


 お照が母の再婚相手から命ぜられたのは、義父が務めている商家の若旦那が囲う妾宅の女中だった。
花魁になっていくらも経たずに身請けされた美晴は、お照の5歳も下だが女でも見とれるほどの美しさ。
義父からは、美晴が男を作らないように見張っておけといわれていていたお照だが、お照の前では飾らない本音を言う美晴に付き合っているうちに、複雑な友情を持ち始める。

 親の都合で婚期を逃し、今また主が妾というお照は、うんざりしながらも仕方なく美晴に従っていたはずだった。
でも、年下なのに吉原で磨いた観察眼で周りの人間の動きを見事に言い当てる美晴に、お照はほだされていく。
最後は男の身勝手からくる自業自得に巻き込まれそうになったりするが、強くいようとする美晴に助けられもする。
嘘しかつかないはずの花魁をどこまで信じていいのか迷いながらも、自分の感性を信じることにしたお照は、きっと美晴と仲良く暮らせるだろう。

或るエジプト十字架の謎


 カメラマンの南美樹風は、自分の心臓移植をしてもらった医師の娘で法学者のエリザベスと共に、トランクルームで起こった殺人事件の検死に向かっていた。
本来は、警察が企画した法医学交流シンポジウムに参加していたエリザベスだったが、日本の捜査に興味があるということで、急遽予定を変更して捜査の現場へ向かったのである。
そこは、帽子が並んだ趣味の部屋という感じだったが、どうやら麻薬密輸にも関係していたらしい。

 カメラマンだが独特の閃きで事件の道筋を見つけ出してしまう主人公。
シリーズものだったようだがそれなりに説明は入るので困ることなく楽しめた。
主人公は発想が、エリザベスはその口調が特徴的で、理解しがたい現場でも面白い推理を見せてくれる。

初詣で 照降町四季(一)


 文政11年暮れ。18で男と駆け落ちした鼻緒屋の娘・佳乃が三年ぶりに照降町に戻ってきた。
どうやって父に詫びようと逡巡していると、通りすがりの顔なじみから、父が病で倒れていると聞く。
慌てて戻った佳乃の前に立ったのは、見習いとして父の弟子になっていた九州の小藩の脱藩武士・周五郎だった。
出戻りと浪人の鼻緒屋は、佳乃の独特なセンスで徐々に評判になっていったが、ある日佳乃の駆け落ちの相手・三郎次が姿を見せたという噂を聞く。

 駆け落ちして3年。
三郎次が作った借金のかたに女郎屋へ売られそうになって逃げかえった佳乃だが、鼻緒挿げの職人として生きていくことを決心し、また浪人の周五郎とも息が合ってきて、商いを広げていく様子は、一度地獄を見てもそこから逃げ出せた強さが続いているようで力が沸いてくる。
いかにも訳ありそうな浪人の周五郎だが、秘密があっても頼もしさの方が強く描かれていて、この一家の行く末が楽しみになる。

幻月と探偵


 革新官僚・岸信介の秘書・瀧山が急死した。
元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者で、小柳津邸での晩餐会で毒を盛られた疑いがあったため、相究明を依頼された私立探偵・月寒三四郎は小柳津邸へとやってきた。
そこで、義稙宛に古い銃弾と『三つの太陽を覚へてゐるか』と書かれた脅迫状が届いていたことを知る。
瀧山の件を調べていたはずが、またも小柳津邸で毒殺事件が起こる。
事は満州の裏の顔にまで広がっていった。

 登場人物の人種が様々で、さらに部隊が満州ということもあり、名前や地名などが分かりにくく、繋がりが見えてくるまでは苦労した。
ただの殺人の調査だったはずが、大きな政治の力まで加わってきたときにはもう戻れないくらい巻き込まれている探偵の月寒。
それでもはったりをかませながらも恐れず乗り込んでいき、最後は大物とも駆け引きをする。
すべてを知りたいと思ってしまうのは探偵らしいが、命知らずと紙一重でハラハラしながら楽しめた。