天を測る


 幕末の安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。
そこに乗る算術・測量術を得意とする小野友五郎は、乗組員であるアメリカ人たちに負けない技量を披露していた。
アメリカの技術を知り、学び、自国で通用させるため、友五郎は数字と向き合う。
いつしかその実直さを買われ、望んだわけではなくとも出世し、やがて日本の大きな変革に巻き込まれていく。

 今野敏の書く主人公は、真面目で芯があり、ただ自分の役割を全うしているだけなのに人からは大きく評価され、変わった考えを持つ人だと言われるが、自分自身はただ思う道を進んでいるだけでなのでなぜ評価されるのか理解できないといった人物ばかり。
どんなシリーズでも同じで飽きてきた。
面白かったのは福沢諭吉が自分勝手でちゃらんぽらんの困ったやつという人物だったこと。
 ヴィクトルの活躍する「曙光」や、「蓬莱」、「海に消えた神々」といった昔のようなしっかり読ませる話がまた読みたい。

砂漠と青のアルゴリズム


 今や絶滅の危機にある日本人。AIによって探し出され、粛清される時代。
一方、2015年の東京では、新人の編集者がスランプの作家の元へ新作の依頼へ向かう。
どの現実も、地球の滅亡を予言したと言われる3部作の絵画をめぐって、現実と虚構が入り乱れる。

 哲学的な言い回しと、時代も場所も入り乱れた夢とも現ともつかない描写で、混乱させたままどこまでも続く。
そのうち考察しようという気すら起こらないほどの虚無感でどうでもよくなる。

偶然にして最悪の邂逅


 ふと気が付くと元号が変わっていた。
どうやら自分は殺されていたらしい。幽霊となっていた遊佐は、なぜだか急に起こされて戸惑う。
起こしたのはかつての教え子だった男。そいつはなぜか床の下に穴を掘っている。
どうやら死体を隠したいらしい。
 不思議な出会いからその男の身の上を聞くうち、自分の来し方を知る幽霊。

 自宅前で殴られた女性が警察にもひたすら隠そうとした事実。どうしても忘れられない教え子から頼まれた殺人。
面白い設定で起こる事件はなかなかに悲惨だが、語り口調の文体が軽い印象を残す。
その割に複雑だが、だんだん何を言っているのかわからなくなってくる。
どうでもいいようなことの言い合いを繰り返すためか。
終わってみれば何も記憶に残っていない。

揺籠のアディポクル


 無菌病棟で暮らすタケルは、もう一人の住人のコノハと二人きり、完全に隔離された建物にいた。
外部の雑菌から身を守るためだというこの病棟だが、ある大嵐の日、通常の病棟とのただ一つの通路が倒れてきた貯水槽によって破壊された。誰も助けが来ないことに恐れながらも、水や食料の貯蓄が充分あることに安心していた。
ところが、たった一人の同居人であるコノハが、メスを胸に突き立てられ、死んでいたのである。
この密室で、なぜ殺人が起こったのか。

 閉鎖空間での話がずっと続く。でも意外に住人は不快ではなさそうで、その様子は序章だと思っていたのだが、だらだらと続き長い間何も起こらない。
うんざりしてきたころやっと事件は起こるが、一人よがりな考えで気も狂わんばかりのタケルの思考があきれるほどつまらない。
同じような設定の小説ならいくらでもあるのに、これはすごくがっかりした。
『ジェリーフィッシュは凍らない』との差があまりにも大きい。

林檎の木の道


 17歳の夏休み、屋上に母が作ったバナナの茂る庭に埋もれた小さな池を掘り返していた広田悦至は、元彼女の由実果が、千葉の海で自殺したことを知る。
しかし、由実果は自殺するような人間じゃなかったという思いがどうにも気になり、葬式で出会った幼馴染の涼子と共に調べ始める。すると、今まで知らなかった由実果の姿が次々と現れ、謎を深めていった。

 夏休みという自由な時間と、暑さの中でうんざりしながら物思いにふける若者のけだるさが充分に感じられる、半ばぼんやりとした時間。そんな雰囲気のなかでゆるゆると時間が進み、愚痴っぽいシーンが多くて気が滅入ってくる。
多少推理の部分もあるが、ぼんやりしすぎて興味がなくなっていき、驚くようなこともなく、まぁそんなとこだろうと思う程度の結末。

烙印(上)


 チャールズ川沿いに自転車に乗っている間に23歳のエリサ・ヴァンダースティールの死体が発見される。
頭上の街頭のガラスが散らばり、ヘルメットや自転車とも数メートル離れていた。
月に一度のベントンとの憩いの時間をマリーノの電話で中断されたケイは、すぐにその場に向かう。
そしてケイには、匿名のサイバー暴力団から奇妙なメールが立て続けに送られてきていることも不安要素となっており、ルーシーに助けを求めた。

 不審なメールのことでイライラさせられながらも、ベントンとの時間をすごしていたケイが呼び出されるまでに、半分のページが使われている。
やっと事件が起こったころには飽きてしまっていた。
キャリーが関わっていることは明らかだろうが、まだそれも示していない。
ケイの不満が長ったらしく書かれているため、読んでいて気分が暗くなる。

〈銀の鰊亭〉の御挨拶


 高級料亭旅館〈銀の鰊亭〉は、1年前に火事で離れが全焼し、当主夫妻が亡くなり、助けに向かった娘の文は怪我を負った上に記憶を失う。
そこへ、大学入学を機会に一緒に住むことにした文の甥の光が加わった。
ある日刑事だという磯貝が光に声をかけ、あの火事は事故として処理されたが、実は当主夫妻と共に身元不明の男女の死体も発見されていたと教えてくれる。
光は礒貝と共に、真相を追い始めた。

 火事での身元不明の男女の件はなかったことにされており、すでに捜査は終了しているため大きく動けない礒貝を助けるために、光はいろいろと考えるが、突然の文の「記憶をなくしてから身についた不思議な力」が出てきたとたんに急に陳腐になった。
そしていくつかの事実を見つけたにもかかわらず、結末はなんとも肩透かし。
文のおかしな力もそこまで活躍はせず、いったい何のためだったのか。

こわれもの


 漫画作家・陣内。漫画は人気絶頂、婚約者もいて、陣内は幸せの中にいた。
ところが突然、恋人の里美が事故で死んでしまう。
衝撃のあまり、陣内は連載中の漫画のヒロインを作中で殺してしまった。
ファンからは抗議の嵐。しかしその中に、里美の死を予言した手紙がみつかり、陣内は差出人にコンタクトをとる。

 幸せから一転、絶望へと転がり落ちた陣内の行動は、動揺をそのまま表して一貫性がなくなってしまう。
そんな彼に寄り添おうとする手紙の差出人を、陣内が信用してしまうのは当然のことだろう。
最後のどんでん返しのための伏線もちゃんとつくってあり、混乱も大げさなくらいに次々と起こる。
でも、やっぱりどこにでもある流れ。「やっぱりか」としか思わなかった。

神の手 (上)


 元FBI心理分析官ベントンは、収監中の殺人犯の脳を調べることで、殺人犯の心理を知ろうとしていた。
面談のなかで未解決事件の手がかりを得た彼。そして、発見された惨殺死体に残された手形と、手形を付けた女と出会ったルーシー。
それらのつながりは。。

 会話のかみ合わない殺人犯と向き合うのは、さぞストレスのたまることだろう。
スカーペッタの影が薄くなったかわりにマリーノは頑固さが濃くなり、ルーシーは大きな悩みを抱えていて、どんどん混沌としていく。
ルーシーは恋人も仕事の相棒もころころと変え、目まぐるしく移り変わる視点と共に混乱が大きくなる。
いつものようによくわからないままの前半。

痕跡 (上)


 法医学コンサルタントのスカーペッタは、かつて自分が就いていたリッチモンドの現検屍局長・マーカスから、1本の電話で呼び出された。
死因不明の少女の遺体を調べるためだったが、かつての検屍局は取り壊されようとしており、スカーペッタは衝撃を受ける。
 そして、一見関係のない事件だったトラックに轢かれて死んだ男性から取った微物が、その少女にもついていたことがわかる。

 これまでで一番薄い。印象も、内容も。
誰にも焦点を当てさせないような書き方は新シリーズになってからだが、そのせいかどこにも着目させず、誰もが無駄に長引かせようとしているよう。
やっと微物に気を向かせることができて、事件が進み始める。