片思いレシピ 柚木草平シリーズ


 親友の妻沼柚子ちゃんと一緒に通ってる学習塾の先生が、誰かに殺されちゃった。
お人形のような可愛さで、毎日おばあちゃんの手作りの少女漫画風ドレスを着て学校にやってくる柚子ちゃんは、周りの目もまったく気にしないふんわりお嬢様。
そんな彼女の家族もやっぱり一風変わった人たちで、なぜだか妻沼家の家族と一緒に事件の捜査をすることになってしまう。
そして落ち着かないのは柚子ちゃんのお兄ちゃんとのカンケイ。
柚木草平の娘、小学六年生の加奈子が探偵の遺伝子を発揮する。

 初恋の爽やかな後味を残す、可愛い探偵。
柚木草平も電話で登場していて、加奈子とのやりとりは微笑ましい。
いろんなことをうやむやにしたい草平と、ザックリと切り返す加奈子のやり取りは、悲惨な事件の捜査のわりに吹き出しそうになるほど軽く、柚子ちゃんのゆるーい雰囲気と共に軽やかな読み応えで楽しい。
ただ、柚子ちゃんのお祖父ちゃんだけは最後まで胡散臭い。


捨て猫という名前の猫


 若い女の声で、月刊EYES編集部にかかってきた電話。
「秋川瑠璃は自殺じゃない。そのことを柚木草平に調べさせろ」
単なる女子中学生の自殺とされていた事件のはずが、とりあえず調べ始めた柚木は、事件とは断定できないが自殺ともいいにくい、というなんとも妙な感覚を抱く。
事件の日の足取りを追い始めた柚木の元へ、野良猫のように迷い込んできた青井麦という少女。そして亡くなった少女の母親、さらには通っていた七宝焼きの教室の女主人と、今度も女たちに囲まれる柚木。

 進むようで進まない調査にもどかしい思いをしながらも、女たちの言動から目が離せない。
それでも、いったいいつからこの企みが始まっていたのか、事件の詳細が分かってからも細部まで見逃さない柚木が語る推理には身の毛がよだつ。
美女に甘いのが悪癖でも、麦への対応は紳士だったりするから、冴子や小高は見放さないのだろう。

そして娘の加奈子が序章で言う一言が、柚木のすべてを表していた。
「パパって、話をはぐらかすのが、ほーんと上手だよね」

不良少女


 「刑事事件専門のフリーライター」と言ってはいても、仕事がなくて探偵業を引き受ける柚木。
かつての上司だった吉島冴子の姪に届いた奇妙な手紙を調査したり、夜のコンビニで出会った金髪の少女のお家騒動を探ったり、月刊EYESの担当の小高直海から依頼された先輩の家の犬と猫の死因を調べたりする。

 美女に惹かれる柚木の性格がとても分かりやすく、出てくる女性たちのタイプが全く違ったものであればただの女たらしだが、柚木の好みは一貫している。
結末はやり切れないものもあるがそれで悲観的にならず、柚木らしい客観性で距離をおいていているので、こちらも必要以上に感情移入しないで済む。
そして、これだけ酒癖も女癖も悪い柚木を許せてしまうのは、探偵業だけは手を抜かず義理も通し、決して間違えないような天才探偵ではなく、かっこ悪いミスも犯すといったちょっと情けない中年の描写が必ず入るからだろうか。

夢の終わりとそのつづき 柚木草平シリーズ


 警察を辞めて8か月、無職同然の生活をしていた柚木の元へ、美女が訪ねてきた。
依頼はただ、ある家から出てくる男を1週間尾行すること。
不審なくらい簡単な依頼に2百万の報酬。
柚木は2日、男を尾行するが、3日目、男は公園のトイレで遺体となって発見された。しかも、胃も腸も空っぽの衰弱死という状態で。
さらに依頼者の美女までもが死に、柚木は昔の伝手をたどって背後関係を調べ始める。

 デビュー前の作品に大幅な手を加えた文庫化で、当初は主人公も柚木ではなかったらしい。
でもその性格はしっかり柚木で、めんどくさい人物を煙に巻いたり、美女に逆らえなかったり、権力へ大博打を売ったりと、ハードボイルドを気取る柚木の特徴はしっかり作られている。
面倒ごとに首を突っ込み、女には口説き文句を、そして噛み合わないセリフで話の腰を折る。
口説き文句と微妙にずれた会話のうるささが丁度よい息抜きとなっていた。

出身成分


 平壌郊外の保安署員クム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。
記録はずさんとしかいいようがなく、記録した人物の署名すらされていない。
関係者の話を聞くべく現地に向かったアンサノは、11年たった今でも口を閉じ、真実を語りたがらない住人たちに困惑する。
出身であらゆるものが制限され、理不尽に抗う気も起らずに生きる人たちを見て、アンサノは父を思い出していた。
最上位階級である「核心階層」で、医師をしていた父の政治家への毒殺疑惑があってから、国の体制に疑問を持ち始めていたことに気づく。

 脱北者からの証言に基づいており、地味で複雑であると冒頭に書かれているが、決して単調でも地味でもなかった。
調べが進むうちに見えてくるものは、環境や教育の偏りが思考にこれほど影響するのかという驚愕と絶望。
ただ、同じように育ったアンサノがどこで人とは違った視点を持ち、北朝鮮以外の国ではごく普通とされる考えを持てるようになったのかが疑問として残り、時間をかけた周到な工作に力を貸した上司の悲しみが救われない。

イスランの白琥珀


 「オーリエラントの魔道師」シリーズ。
ヴュルナイは、幼い時国母イスランによってその力を目覚めさせられた。
その後大魔導士となり、いまわのきわのイスランに国の行く末を託されたが、後継者たちの裏切りにより命を狙われる。
辛くも生き延びたヴュルナイは、オーヴァイディンと名を変えて齢100を超える年になり、友となったエムバスと旅をしていた。
ある日、無実の罪で捕らえられた若い女族長を助けることになり、そこからオーヴァイディンは国を救う策をめぐらせ始め・・・

 魔導士となること、どうすればなれるのか、その秘密が長い旅の途中でわかる。
頑固で、関係のない人々には頓着せず、人助けも気が向いた時だけというひねくれた老人となったオーヴァイディン。
いつの間にかなくしていた白琥珀が、イスランの意思を示すときの衝撃は乱暴ともいえるほどだが、女族長との出会いがイスランとの誓いをオーヴァイディンに思い起こさせる。
この時を待っていたかのように。
人である故に持つ闇が魔導士という力になり、オーヴァイディンのしぶとさと賢さは、近くにいたらさぞめんどくさいだろうが、それ以上に頼もしいだろう。

ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし


 皇太后の父が建てた夏の離宮で、華やかな宴が催されていた。
その離宮では、先日生まれた孫の顔を見たいという皇太后、もちろん帝や妃である弘徽殿の女御、梨壺の更衣を始め、宮中で働く者たちが大勢集まり、恋のかけひきや政治の駆け引きなど、様々な思惑が動いていた。
もちろんそこには宗孝と中将も招かれており、「美しい妻を持った嫉妬深い夫が、妻と娘たちを惨殺した」という噂があることを知った中将は、めったに立ち入ることのできない離宮での不思議をなんとしても見つけようと、嬉々として散策を始めていた。

 夏の夜の熱に浮かされたような宴の様子が、夢の中のように美しい。
そんな中を、中将は不思議を求め、若宮は真白に会いに、宗孝はめったに姿を見せない姉を探して、それぞれさ迷い歩く。
肝試し的な様子になってくるが、結局はドタバタでなぜかうまく収まる。
何もかも知っているような十の姉に振り回される宗孝が可愛い。

獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパーク16


 世間がタピオカミルクティーに狂っていたころ、マコトの友人でありヤクザの幹部であるサルも店を出していた。
そこへやってきた一人のオジサン。一部上場企業に勤めながらも、追い出し部屋へ入れられ、バイトをしにサルの店へやってきたのだった。

 ラブホテルばかりを狙う強盗や、新手のオレオレ詐欺ならぬバースディ詐欺、記憶に新しい児童虐待など、今回もつい最近こんな事件を聞いたというものばかり。
マコトはタカシやゼロワンの力を借りながら、相手を探り出していく。
 胸の悪くなるような事件を知った後の解決は、やっぱりスッキリする。

心淋し川


 江戸の千駄木町の一角に、心町(うらまち)と呼ばれる場所がある。
小さな川が流れていて、その両側には貧乏長屋が並んでいた。その川は流れが悪く、淀んで悪臭を放つ季節もあるが、ここに住む者からは心川(うらかわ)と呼ばれ、人々の生活の中にしみこんでいた。
そんな心町に住む人の、川と同じように流れだせずに行き詰り、もがく人生の様子を描く。

 妾を4人も囲った青物卸の大隅屋六兵衛。妾の一人があるときふと思いついて、六兵衛が持ち込んだ張方に彫刻を施す。
若いころ、手ひどく捨てた女が今になってやたらと思い出される四文飯屋の与吾蔵。
半身麻痺となってしまった息子に異常な執着を見せる母。息子を殺した盗賊を12年も探している男。
いろんな闇を抱えた人たちがいて、でもそれらを詮索するような人もいず、皆何とか生きていけている。
暗くなりがちな生い立ちの人ばかりだけど、ゆったりと流れる川のように静かに互いを思いやっている様子が、やがて癒しとなっている。
心川の本当の名の通り、うら淋しい物語。

楽園の烏


 変わり者と言われた養父は、行方不明になって7年たつ。
死亡宣告によって遺言が施行され、山を受け継いだ安原はじめ。その不可解な相続には、一言「この山を売ってはならない理由が分かるまで、売ってはいけない」とだけ書かれてあった。
山を売ってくれとやってくる不審な人物をかわしていくうち、「幽霊」と名乗る美女に誘われ、はじめは山内へと拉致されていた。

 八咫烏シリーズ第2部のスタート。
「人間」側から見た山内の様子は、異世界そのもの。しかし、猿との対戦から20年後、あの雪哉が出世していて、身内である烏たちを守ってもいるけど迫害もしているという。
1部の雪哉からは想像できない仕打ち。キャラクターのイメージのあまりの違いに戸惑いながらも、はじめの行動には何かの意図があると気づいてくる。
これまでのように没頭できるほどではないのは、序章だからか。
最後になって明かされる事実がやっとスタートなのだろう。