鹿の王 水底の橋


 オタワルの医術師ホッサルは、祭司医・真那の招きに応じて恋人ミラルとともに安房那領へと向かう。そこでホッサルは、清心教医術の発祥の地と言われたその地が、実は他の医術をもとにしたものだという、清心教医術の最大の秘密に触れてしまう。
そしてそのことが、ホッサルの人生を変えるかもしれない選択を迫ることになる。

 「鹿の王」の強烈な印象がどう広がるのかが楽しみだったが、全く別の角度だったために、「鹿の王」を読んでいなくても十分楽しめる話だろう。
考え方の違う医療の話が、こんなにすっきり明るい希望をもって終わるとは思ってもみなかった。
数年先のミラルの才気が飛び出してくるようだった。

業火


 キャリーからと思われる不気味な手紙を受け取ったケイ。
ベントンとの逢瀬も後味の悪いものとなり、ケイはそのまま、次の事件へと向かった。
それは農場の火事で、競争馬が20頭ほども道連れになったという。
そしてバスルームで見つかった、傷だらけの遺体。

 ゴールトとの決着がついたというのに、その相棒ともいえるキャリーが脱獄したと言われておびえるケイ。
ルーシーはヘリの操縦までできるようになっており、ケイはこれまでのような、何でもできる天才といったイメージをルーシーに明け渡したように見える。
最後は衝撃的で、キャリーの生死がはっきりしていない分不気味な後味が残った。
また主要人物を殺す作者。

黒鳥の湖


 伯父から受け継いだ貴金属店を大きくし、今や取締役社長に収まった彰太は、美しい妻と最愛の娘と共に、幸せだと実感できる毎日を送っていた。
ある日、娘の美華が学校へも行かず、夜遅く帰宅し、着るものも派手になり、荒れ始めた。
巷では誘拐した少女の持ち物を少しづつ送り付けて恐怖を倍増させる「肌身フェチの殺人者」が話題になっており、彰太は過去の因果が巡ってきたのかもしれないと疑心暗鬼になる。

 ほとんどが暗いトーンで、恐ろしい事件や思い出したくない過去の所業を描いているので、気分も暗くなる。
でも不思議と読む手は止まらず、どこへつながるのだろうという興味の方が大きい。
やがていろんなつながりが見えてきた頃には、空恐ろしい結末が見えてくる。
でも暗いまま終わらず、明るい決断で終わったため、思いがけずすっきりした気分となった。

遺留品


 カップルが殺される事件が続いていた。
今回見つかったのは次期副大統領候補ともいわれている政界人の娘だったせいで、世間から大きな注目を受け、検視官のケイにも、詳しい捜査情報は知らされなかった。
遺体はどれも半ば白骨化しており、死因さえつかめないまま。

 ケイと良い友情を作り上げようとしていたアビーが、存在感を示し始めた頃だった。
姪のルーシーといいアビーといい、いいキャラクターと思える人物に限って急に遠ざけるように話の中心からそらしていくのが気に入らない。
だが、突破口が見つからなくて苦しんでいる時、ほんの偶然から急にスピード感が増してくる展開は楽しかった。
相変わらず胡散臭い恋人のマークと、不思議に人間味を深めるマリーノが対照的。

青の王


 豊かな水の都ナルマーンでは、王が魔族を支配していた。
その都で盗みを働いたとして捕まった少年ハルーンが、投げ込まれた枯れ井戸の先に見つけた扉の先で、捕らえられた少女を見つける。
その少女を助けて逃げるうち、運よく出会った翼船の女船長と共に、少女の名前を取り返す旅を始める。

 「赤の王」とは違う眷属の、青の魔族は、長い間人間の支配下にあり、辛い思いをしてきたせいで荒んだ者が出始めていた。事情を知らずに助けた少女とハルーンとの出会いが偶然ではなかったことが最後に明らかとなり、すべては均衡の保たれた美しい時代を取り戻すまでの物語。
こちらも赤の王と同じような運命をたどり、奪われた力を取り戻すことができる冒険譚。
戦いの壮大さと、青の王城の想像できる美しさ、危機と、手助けしてくれる人たちの人物像など、「赤の王」よりもインパクトは強い。
登場人物の魅力もこちらの方が上回っていた。

証拠死体


 作家ベリル・マディソンが、自宅で無残に殺されているのが発見される。
調べていくと、彼女は何かにおびえ、遠くまで逃げていたにもかかわらず、自宅に戻り、その晩に殺されていた。
防犯ベルも稼働していたのに、なぜ。

 前作では、ケイはマリーノのことを嫌悪していた。
でも今回は少しづつ頼りにしてきている。そんな関係はきっと長く続くだろうと思うと先が楽しみになる。
前作で存在感を示していた姪のルーシーが登場しなかったのが残念だが、それでも十分読みごたえがあった。
そして今回は、検死官という職業でしかわからないことがキーになっているので、やっと彼女の存在感が出てきたと感じた。
ただ、マークのうさん臭さは消えないまま。ケイが簡単に信用してしまうのが不思議でしょうがない。

太平洋食堂


 明治の世、無理やりなこじつけとも思える罪で死罪となった大石誠之助の半生。
山と川と海に囲まれた紀州・新宮で生まれ、その風変りな人となりで人気者だったドクトル大石が、どんな人たちと友好を結び、どんな縁が元で不幸な終わりを見ることになったのかを、作者の時代考証や人物考証と共に読み解いていく。

 不思議な魅力があった大石誠之助の人物像がまず描かれ、それから一風変わった親族たちや、才能豊かな友たちを交えて時代の理不尽を解く。
そのページ数の多さから、じっくり読もうと覚悟をしていた割には、ほんの二日であっという間に読んでしまえる吸引力があった。
それほど昔でもない日本でのこと。そして、一人をじっと観察するように描かれていることで、むやみに入り込まないでいられ、そのおかげで自分なりの考察も持ちながら読めたため、ただ物語を楽しむだけでは終わらず、ずいぶんとエネルギーのいる読書となった。

鐘を鳴らす子供たち


 戦争で日本が負け、まだ復興には程遠く、なぜかいつまでも食糧不足な昭和22年。
教科書に墨を塗るように言われ、毎日歌っていた歌を禁止されても、大人たちはなぜそんなことをするのか誰も教えてくれなかった。
そんな頃、副担任の菅原先生から「日本放送協会が、子供たちを主人公にした放送劇をするので参加してほしい」と言われる。
訳が分からぬまま、家の手伝いをしなくて済むという理由で参加することにした良仁は、忘れられない経験を得ることになる。

 ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」をモチーフにした作品。
といっても存在すら知らなかった。
子供たちが、これまでとは全く違った世界で、未知のものに興味と恐れを抱いていく様子が大きな圧倒間で迫ってくる。
複数の子供たちの特徴がくっきりとしていて混乱もなく、目が離せないほどの緊張感があるわけでもないのに止まらない。

稽古長屋 音わざ吹き寄せ


 足を悪くして芝居をやめざるを得なかった兄と、唄と常磐津の稽古屋をしている兄妹。
やってくるお弟子さんに稽古をつけながら、二人は穏やかに暮らしていた。

 ご近所さんや芝居仲間、手伝いに来てくれるようになったお光のことなど、日常の細々を丁寧に語る。
兄の足が悪くなった経緯が忌事のように隠されているが、それほど嫌味でもなく、やがて知れる事として大事にされているようで心温かい。
どんな傷もやがて気持ちの区切りがつく時が来るといわれているよう。

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せき越えぬ


 上司からの指示で向かった箱根の関所で、ある不正をただしたことから縁を得て、小田原藩士・武一は東海道・箱根の関守になった。
厳しい調べがある関所には、毎日のように切実に関を超えたい者たちがやってくる。
武一は、幼馴染の騎市と共に、新しい仲間を得て、関守の仕事に精を出していた。

 人の縁の妙。
いい出会いがあるときは続く。その縁がもたらすものがたとえ悲しい出来事であっても、それは後悔にはならないと強く言われているような物語。
最後まで力強い。
足軽の衛吉が雰囲気を軽く明るくしてくれていて、一番印象に残る人物だった。

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