よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記


 高校生の滝本望は、元芸者で粋なお蔦さんと、神楽坂で暮らしている。
最近近所で万引きが増えていると、警官の馬淵刑事が商店街にチラシを持ってやってきた。
商店街の者は皆、ずっと昔からの知り合いばかりで団結も強い。
そんな神楽坂に来た、若い女性の万引き犯。

 ご近所さんのために、ただ自然に力になりたいと思って行動する高校生の望。
商店街のためだけじゃなく、部活で起こったちょっとした「事件」や、皆が知っているけど誰も触れたことがない地域猫、そしてお蔦さんの交友関係まで、いろんな方面に力を出し惜しみしない。
とりわけ、お蔦さんの芸者時代の話はもっと知りたいと思ってじっくり読んだ。
重ねた年月や苦労が、愚痴や軽口でも湿っぽさはなくてむしろ知恵や励ましに聞こえる。
そのため、お蔦さんの話は聞いておこうという気になる。

Butterfly World 最後の六日間


 羽を持ったアバター、バタフライが生息するVR空間〈バタフライワールド〉にログインしたアキは、ずっとログアウトをしないでいられる人たちが住むという〈紅招館〉に行きたいと願っていた。相棒のマヒトと共に探し出し、やっとたどり着いたところで、トラッキングによってその〈紅招館〉周辺に地形変更プログラムが書き換えられてしまうという事故が起こる。閉じ込められた住人とアキたち。
 すると、非暴力が徹底されているはずの〈バタフライワールド〉で、殺人が起こってしまった。

 〈バタフライワールド〉が、アキに関係する12年前からの因縁によって壊れようとしていたことが分かってから、物語のスピードが上がる。
ちりばめられた謎を推理していくことを作者が願っていて、ヒントも与えられていたが、分かったのは半分ほどだった。
それでも、現実とVRを行き来するように、物語に入り込むことと推理とを交互にやりながら、たった6日の出来事を充分楽しめた。

和菓子迷宮をぐるぐると


 どんなことでも真面目にどこまでも考え、無意識に数式が出てくるような大学生・涼太は、大学院に進むかどうかを悩んでいた。
そんな時、育ての親である叔母に付き添っていった菓子展で、衝撃的なほど美しい和菓子に出会う。
一目で虜になった涼太は、大学卒業後、製菓専門学校に入学し、そこで答えの出ない追求と研究に苦悩しながらも、和菓子の深い底なし沼へとはまり込んでいった。

 物理工学から和菓子へ。すっきりと数式で表すことができる世界から、五感と好みの世界へと転身を遂げた涼太は、そのギャップにさぞ悩み抜いているだろうと想像するが、彼の気性は悩みながらもその悩みを探求していくという、理論的な解決方法を持ち出す。
その独特な視点から、同じ班の級友たちとも不思議に打ち解けていく様子が楽しい。
美味しい小豆餡の作り方を研究する様子や、解がたくさんあって困惑する様子は理系の性分だろうが、師匠や先生は感性と個性に気づけと助言してくる。
進路をがらりと変えたのに、少しも後悔していない涼太が清々しい。

彼岸の花嫁


 富豪のリン家から、死んだ跡継ぎ・ティアンチンの嫁にしたいと言われたリーラン。
幽霊の嫁になどなりたくないと拒否するリーランだが、やがて夢の中で毎夜死んだティアンチンが現れ、食事や贈り物でリーランを説得しようとする。
不眠と恐怖で寝付いてしまうりーれんだが、なんとか結婚を阻止しようと、黄泉の国へ行くことを決意。

 リン家へと出向いた日に、奇しくも当主の甥にあたるティアンバイに恋をしてしまうリーレンが、どうにかして彼と結婚できないかといろんなことを考える様子がかわいい。
夢の中のティアンチンはどこまでもウザく書かれているし、意地悪な人はわかりやすく意地悪。
あの世と現世との行き来や、人間ではないものとの交流にはファンタジーらしくて楽しいし、恋した相手を一目見たいと衝動を抑えきれないなど少女らしいところや、どちらの求婚をうけようか悩んだりと、10代の少女の悩みと憧れが盛沢山だった。

うめ婆行状記


 北町奉行所同心の夫・霜降三太夫を卒中で亡くしたうめは、一度でいいからやってみたいと思っていたことをすることにした。
堅苦しい武家の作法から離れて、一人暮らしを始める。
手頃な家を借り、庭に生えていた梅の木になっている実をもいで梅干しに。
そして昔の知り合いがお隣さんだと知り、うめは楽しみが広がってうれしくなる。
ところが、甥っ子の隠し子が現れたり、お隣のおかみさんが亡くなったりと、ゆっくりする時がない。

 未完の遺作。
気の強そうなうめは、始めは意地っ張りの印象が強かったのだが、だんだんと母の顔、叔母の顔、義姉の顔と、いろんな面を見せてくれる。
周りの人たちをうまく橋渡しもして、家から離れて客観的な目をもったうめから見た、ご近所親戚ひとまとめの日常が楽しそう。
うめ自身の老いも語られてきた頃に唐突に終わってしまったのでとても淋しい。

吾妻おもかげ


 家業の縫箔屋の跡を継ぐ決意が出ないまま、それでも絵を描くことが大好きな主人公の菱川吉兵衛。
本意を告げずに江戸へ出てきた吉兵衛は、絵師にもなれないまま10年の時を自堕落に過ごしていた。
ある時、吉原の娘の小袖に刺繍をして見せたところ評判となり、吉兵衛は苦界でも懸命に明るく生きようとする女たちに、自分のふがいなさを思い、奮い立つ。
やっぱり絵が書きたい。

 目指した絵師からは程遠い生き方をしていることに腐っていた吉兵衛は、いろんな流派の絵を見てきたことで誰にもない個性を身につけていたことに気づく。
そして絵師として名を残したいと踏ん張るうち、自分流の絵を描くことに目覚め、やがて人気が出ていく。
しかし浮世絵師としての吉兵衛は、やがて嫌っていた狩野派と同じようなことを始めてしまう。
吉兵衛の人生は女たちによって芽吹き、諭されていく様子が吉兵衛の焦りと共に描かれていて面白い。
どこかで彼の弟子側の視点で書かれた本を読んだ気がする。

虹を待つ彼女


 第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。
IT企業の研究者である工藤は、人工知能を使って故人をバーチャルで蘇らせるプロジェクトに参加していた。
そこでプロトタイプのモデルとして選ばれたのが、自らの作ったゾンビゲームの中で自殺した、あるゲームクリエイター・晴だった。
しかし彼女に関するデータが乏しく、調べていくうちに工藤は彼女に魅了されていく。

 ゲーム、人工知能など、バーチャルな世界なら何でもありだろうと思っていたが、それでもリアルさを追求する研究者らしく、執拗な探索が興味を引いた。
そして生きた形跡の少ない晴に近づこうとするほど惹かれていき、脅迫を受けるまでになる工藤の様子がだんだん狂気じみてくる。
ミステリアスな晴をどこまでも理解したいという思いだけでたどり着く結末はとても人間らしい感情で、工藤の感情が一気にあふれ出てこちらも胸がいっぱいになった。
晴の作ったゲームに隠された謎と、晴の感情がとてもきれいに描かれていて、後味はとても清々しい。

六つの村を越えて髭をなびかせる者


 蝦夷地開発が計画されていた江戸中期。
幕府の後押しで蝦夷地へ向かうことになった一行の中に、生涯9度も蝦夷へ渡った最上徳内がいた。
徳内は出羽国の貧しい農家に生まれながらも算術に秀でていたために師から推薦され、蝦夷地見分隊に随行する。
そしてそこで見たもの、出会った人、食べたもの、すべてに驚愕する。文字を持たないため見下され、争いを好まないために搾取されるアイヌの人々は、それでも美しい自然と独自の文化で雄々しく生きていた。

 蝦夷の話はあまり知らないためにとっつきにくく、始めはなかなか進まなかったが、徳内の様子、心持ち、周りの者との関りがじっくりと書かれていて、しだいに夢中になる。次はどんなことを思い、何を成したいと考えるのだろうと予想しながら、一緒に冒険へ出かけている気分だった。
為政者の思惑一つで命すら取られてしまう時代と、厳しい自然、それでも魅かれる場所への憧れが強く残る。
そして印象的なタイトル。

広域警察 極秘捜査班 BUG


 10年間、航空機墜落事故の犯人として死刑囚となっていた16歳のハッカー・水城陸。
その能力のため、死刑執行直前に救い出され、命と引き換えに名前と経歴を変えて警察の極秘捜査班に加えられる。
しかしそこは監視され、一人で外出さえできない捜査機関だった。
陸は、いつか人生を取り戻すと決め、その機会をうかがっていた。

 すべてが監視されている環境で次に取り掛かった事件が、10年前の事件で死亡したと思われていた人物だったことで、陸は希望を見出す。
仕事仲間も皆何かを隠している環境で、自分をはめた者たちをあぶりだそうと必死で考える様子が伝わってくる。
謀略に関しては何枚も上で、頭が切れる大人に戦いを挑む様子は無茶に思えたが、情報が集まってくると形勢が変わっていくため次の展開に興味が沸いていき、どんどん目が離せなくなる。
国が発行する公式な通貨が仮想通貨になる時代も本当にやってきそう。

噂を売る男 藤岡屋由蔵


 神田旅籠町、足袋屋の軒下にむしろを引いて古本を売る男。
その男・吉蔵が売っていたのは、裏が取れた噂や風聞といった事実。
人によっては使い道があり、またどう使うかは買ったものの自由という吉蔵のところには、時には侍や町年寄の隠居、果ては藩の関係者と、様々なものが顔を出すようになっていた。
そこでつかんだ噂がやがて、日の本を揺るがす大事件とつながっていく。

 町の噂を売る男。
きっちり裏を取るやり方で信用を得ていた吉蔵だが、危ない奴らも呼び寄せていたために起こった事件。
手下が命を落としてしまうという、どうしても許せない一件を追ううちにわかる事の大きさに驚くが、興味も沸く。
急がず、自棄にならず、じっくり詰めていく話の進め方が、頼もしい力に後押しされているようで落ち着いていられた。
さらに史実での顛末を知っているために、事件の大きさより吉蔵の気持ちに想像を働かせることができた。