電気じかけのクジラは歌う


 AIが発達し、個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及してから、人はもう作曲をしなくても良くなった時代。
作曲家だった岡部は、「Jing」の学習をする検査員として働いていた。
ある日、数少ない作曲家として生き残っていた天才で、岡部のかつてのバンド仲間だった名塚が自殺したと知らされる。
そして、名塚が手続きをしたと思われる荷物が岡部の元へと届くが、そこには名塚が作ったと思われる曲と指をかたどったシリコン、そして名塚のDNAデータが書き込まれたスタンプ台が入っていた。
名塚は岡部に何を残したのか。

 近未来の日本。都市部では自動運転の車が走り、スマホでほとんどのことができる。
発達したAI個人の好みに合わせた曲を瞬時に作り、もはや誰もが知る名曲というのはなくなっていた。
そんな時代に、AIでは不可能な発想で新しい音楽を作り続けていた親友が死に、謎を託された岡部が動き出す様子は、なんでもAIに頼る時代を怠惰に過ごしていた時から脱出するためには苦労するほどのエネルギーが必要だと思い込んでいたけれど、意外と簡単だったというような雰囲気で語られる。
ツールは変わっても人が思う事は変わらないから想像もしやすい。
登場するシステムや現象も、実現するのはそれほど先のことではなさそうなくらい受け入れやすかった。

首取物語


 ひたすら歩いた末に見つけた男が持っている握り飯に、急激に空腹を覚える少年。
そして握り飯を奪って逃げることを繰り返していることに気づいた時、どうやら侍だったと思われる男の首と出会う。
どうすればこの世界から抜け出すことができるのか。
少年と侍は、協力することにする。
 二人が巡る不思議な国々で出会う人々や出来事が、この二人の縁を解き明かしていく。

 ただ不思議な出来事が続いていた序盤から、旅で出会った人からの一言が大きな意味を持っていることや、時折訪れる記憶の断片から、少年と侍の来し方を想像する。
ただの不運なのか、業なのかと考えるうち、道連れが増えていかない事にも理由があるのだと気づく。
どうすることもできない大きな力との対峙で知る過去より、今のお互いのことを信じることで、冒頭では絶望していた景色も楽観できるようになっていて、不思議な国々も旅の面白さだと感じられるようになる。

吉原と外


 お照が母の再婚相手から命ぜられたのは、義父が務めている商家の若旦那が囲う妾宅の女中だった。
花魁になっていくらも経たずに身請けされた美晴は、お照の5歳も下だが女でも見とれるほどの美しさ。
義父からは、美晴が男を作らないように見張っておけといわれていていたお照だが、お照の前では飾らない本音を言う美晴に付き合っているうちに、複雑な友情を持ち始める。

 親の都合で婚期を逃し、今また主が妾というお照は、うんざりしながらも仕方なく美晴に従っていたはずだった。
でも、年下なのに吉原で磨いた観察眼で周りの人間の動きを見事に言い当てる美晴に、お照はほだされていく。
最後は男の身勝手からくる自業自得に巻き込まれそうになったりするが、強くいようとする美晴に助けられもする。
嘘しかつかないはずの花魁をどこまで信じていいのか迷いながらも、自分の感性を信じることにしたお照は、きっと美晴と仲良く暮らせるだろう。

しのぶ恋 浮世七景


 浮世絵の名作から生まれた江戸の話。
いずれ親の決めた人の元へ嫁ぐことは決まっているからと、わかっていても気持ちがあふれる若い娘。
過去と名前を捨てて生きてきたが、10年たっても決して消えない思い。
火事で死んだはずの美少女と乳母の秘密。
次の絵を描くために引っ越してきたものの、構図が浮かばず苦悩する絵師。
いろんな「人を思う」場面が描かれる。

 恋だけじゃない思いもあり、様々な立場にも思いを馳せることができる。
でも最後は、一生懸命なのにどこか滑稽な女の話で、不思議と癒されて終わる。
読んだ後でもう一度絵を見て、こんな風に見えるのかと考えることもできて楽しかった。

播磨国妖綺譚


 室町時代、播磨国。
律秀と呂秀の兄弟は、それぞれ違った職からの商売替えを経て、薬草を育て処方しながら庶民を相手に病を診る法師陰陽師だった。
ある晩、呂秀のもとに恐ろしい異形の鬼が現れ、かつて蘆屋道満に仕えた式神で、今は仕える主を探しており、呂秀が最も主にふさわしいから使役しろとやってきた。
その恐ろしい姿から御しきれるか不安になった呂秀は、小さくて儚いものの名を付けた。
鬼は、時に呂秀を軽くあしらいながらも、「鬼は人ができぬことをする、人は鬼ができぬことをする。ただ、それだけだ」と言い、呂秀を助けてくれるようになる。

 播磨の国、姫路城と、馴染みのある土地の名で、その景色も想像しやすかった。
恐ろしい姿の鬼ではあるが式神で、時に山の神ともやり取りをする強気なところがあるが、小さいものには優しかったりと妙に人間臭い。
妖が見える弟と、陰陽師の力は強いが全く見えない兄という二人の違い、都からの使者も含めて個性がはっきりしていて面白かった。

絵ことば又兵衛


 吃音がひどい又兵衛は、母のお葉と共に寺の下働きをしていたが、ある日寺の襖絵を描きに来た絵師・土佐光吉と出会い、絵を描く楽しさを知る。
それから又兵衛は良い出会いによって絵を習うことができるようになるが、母のお葉が毒を飲まされて殺されてしまう。
苦悩を抱えながらも絵をかいていく又兵衛は、自分の父は荒木村重であること、母だと思っていたお葉はもともと乳母であることを知らされ、また新たな苦悩を胸に住まわせることになる。
長の師であり友であった者たちが死んでいき、自らも老いを感じる頃までの、又兵衛の生きざまを描く。

 吃音によって周りから疎まれ、責められ、同情される日々が続いても、又兵衛は絵によって道をつくっていく。
どうにもならない世の中の流れにも、年を取ってから罪人とされてしまっても、自分を表現するのはいつも絵だった又兵衛の心情がじっくりと描かれていた。
最初は退屈に感じたけれど、飽きたと感じる前に引き込まれ、笹屋や光吉、内膳らと共に又兵衛の人生を見守っていたような気になった。

五つの季節に探偵は


 第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞
高校二年生の榊原みどりの父は、探偵をやっている。
そのせいで周りからいろいろと面倒なことを頼まれたりしてきたが、今回は特にやっかいだった。
同級生からの頼みは、「担任の弱みを握ってほしい」。
断るつもりが承諾させられ、しょうがなく担任の尾行をしてみたところ、みどりは人間の本性を見つけることに楽しみを見出してしまう。

 お人好しなのかと思ったらそうではなく、ただ人の本当の顔を見たいという欲求と、探偵の仕事が楽しくなってしまったみどり。
一章ごとに成長していて、時には真実を暴きすぎて傷つけてしまうこともあったり。
探偵としての洞察力や閃きよりも、関係者に迫る場面が印象的だった。
解決するだけじゃなくて、冷酷なまでに真実をごまかさないやり方は、なんとなく察してあやふやにする周りに毅然と対抗していて気持ちが良かった。

コスメの王様


 明治、家の借金返済のために牛より安い値段で売られてきた少女・ハナと、家族の生活のために進学をあきらめて神戸に出てきた少年・利一。
大銀杏の木の下で出会った二人はやがて、売れっ子の芸妓と化粧品会社の社長となった。

 銀杏の木の下、ドブにはまって死にかけていた利一を助けたハナ。二人はよく似た顔立ちをしていて、お互いが大好きだった。
そんな幼馴染の二人が成長していく様子がじっくりと書かれていて、互いに助け合い、それでも相手より頑張っていないからとより力を貯めるために踏ん張る姿が何度も出てくる。
そしてこれまでの高殿円の文体とは少し違っているようにも感じた。
これまでは、登場人物の感情を強く表現して感情移入させるものが多かったが、これはどこか客観的で、ざくざくと次々に投げ込まれる雪玉のように油断できないスピードで進むため止められなかった。
後半、二人が遠く離れていた期間はお互いの近況もあまり語られず情報がないのは、それだけ心理的にも離れていたのだろうかと思うし、最後はやっぱりここへ戻るのだという場所があったことが、まだ大丈夫という気にもなる。

オブリヴィオン


 妻を殺害した罪で4年の服役後、出所した吉川森二の迎えに来たのは、二人の兄だった。
ヤクザものの兄・光一と、妻の兄の圭介。
森二は人との関りをできるだけ排していこうと決めていたが、住み家とした古いアパートの隣人・サラや、娘の冬香、そして兄たちとの間に次々と起こる出来事に追われる毎日になる。
妻を殺したことがいつまでも癒えずに過去を思うだけの森二と、そんな森二と関わることが辛いのに逃げられない兄たちとの関係が、暗く重くのしかかる。

 物騒な出だしで、ずっと暗い調子で進んでいき、すっと気持ちが冷えるような場面が続く。
そして過去と現在を交互に語ることで、思いはずっと過去にあるという森二の様子が印象付けられる。
でも後半で急に反転したように物事が進み始め、前を向く気持ちが沸いて森二の言動を変える。
 ひどい出来事ばかりが明らかになる割には暗くならず、それぞれ気に食わないと思っていた相手に助けられたりして、登場人物の印象をすっかり変えて終わったため、すっきりした気持ちで読み終えることができた。

遺品博物館


 一見して年齢が分かりにくく、特徴もない男は、吉田・T・吉夫といった。
「遺品博物館」に収蔵する品を選ぶため、生前に依頼をうけた人から一つ、遺品をもらいにやってくるらしい。
金銭的価値は関係なく、死者の人生において最もふさわしい遺品を選ぶという。
 そんな吉田が引き取りに来た遺品にまつわる、依頼人と家族の話。

 遺産を残したことで起こる親族の争いや、死んでからわかる依頼人の交友関係、そして隠してきた思いなど、それぞれの人生が語られる。
悲しみに沈んだり、分け前を増やそうとしたり、出し抜こうとしたりする親族をしり目に、吉田は依頼人とその周辺を冷静に観察している。
そんな吉田の言動が時にコミカルだったり軽快だったりするため、全体の雰囲気もどこか明るくて読みやすい。
妙に感情移入することもなく、自分のことは謎のまま曖昧にして、依頼人の最も象徴的な遺品を選び取る様子は、何よりも依頼人の人柄を浮きだたせている。
こんな博物館があるならぜひ見てみたいし、依頼しておきたい。