星砕きの娘


 第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作。
鬼に攫われ、暗い岩の底で奴隷となりながらも心を壊さないでいた少年・弦太が、ある日、弦太は川で蓮の蕾を拾う。
砦に戻るとその蕾は赤子になっていた。
不思議なことに蓮華と名付けたその赤子は、<明>の星のめぐりと共に赤子と少女を繰り返す。
弦太が囚われて七年後、ようやく都からの討伐軍により弦太たちは解放されるが、蓮華と共に家に戻った弦太にはさらなる試練が待っていた。

 暗い砦にとらわれながらも自我を放棄せず、解放されて力を振るう様子は「鹿の王」と似た流れ。
しかし鬼や技術、服装、信仰などから古い日本の様子を想像させる。
そして読みやすく、世界感に没頭しやすいため一気に読める。
知恵や力をつけていく様子も細かく描かれていて成長が楽しめる。
個人的には、蓮華に優しくはないが面倒は見ていた笛詰が好印象。

烏百花 白百合の章


 第一部の頃、傍らで起こっていた出来事のいくつかを、それぞれの視点で描いた短編集。
西の本家では、新たに18番目の側室となるべくやってきた環が、なんとしても受け入れてもらわなければと意気込んでいて、南家で生まれた姫は政治に利用されまいと力を貯め、東の地では楽の才がありながらも実がないと言われて落ち込む青年があり、北領では力はあるが将来を決めかねている少年がいた。
東西南北それぞれの領地で育った若い烏たちの、頼もしい話。

 奈月彦の話が最後に語られ、それはそれは微笑ましい姿を見せてくれた。
それぞれの領地ならではのことが垣間見れて楽しく、また景色や衣装の表現が美しい。
なかでも灯篭の話で出てきた金魚の回り灯篭は、想像するだけで素晴らしいものを見た気になり、欲しくなった。
2部の最初に抱いた不穏なイメージがこれからどう変わるのか、烏たちの今後が楽しみになる。

コロナ黙示録


 中国での医師の気づき、クルーズ船でのクラスターに続き、桜宮市に新型コロナウイルスがやってきた!
首相がやらかしたことへの”忖度”合戦と、どこまでも甘い見込みしかできない日和見官僚、そして決断力のない政治家たちにオリンピックは救世主となるのか。
病院で起きていることが理解できない政治家が出すトンデモ指示と、明後日の方向を向いた政策を、笑う余裕もない医療現場で田口センセと白鳥、そして速水が走る。

 ここまで官僚と政治家をコケにして焚書になったりしないんだろうかと心配するくらいの悪口で、苦笑いしか出ない。
田口センセは相変わらず高階学長の丸投げに振り回されてコロナ対策の責任者になるが、それでもだんだん勝手に動き回れるようになったおかげで速水との再会も果たせた。
有事の際にすっぱり決断して動ける人たちのおかげで今生きていられるのだと思ったら、政治家などなんて無駄な生き物なのかと思いそうになる。
そして、まだ途中経過なはずのコロナをもうネタにしたのかと機動力に驚き、だけど悪口が多すぎて気分が悪くなる。
これは極端な評価が付きそうな本。でも一過性で長くは話題にならない感じ。

泣き娘


 葬儀の場で弔いのために泣くことが礼儀だった中国・唐の時代。
泣き喚くことを生業とした“哭女”として暮らしている燕飛には、秘密があった。
今日もいくつかの葬式を回り、弟妹のために稼いでいたら、ある時奇妙な恰好をした身分の高そうな男と出会う。

 まだ声変わり前の少年だからこそできる女装で、いろんな葬儀の場に出入りしているゆえか、いろんな人と出会う。
そんな中出会った危ういほど律儀な青蘭という男は、友人の戦死の状況を知りたいと燕飛に頼み込んできた。
卑しい身分の自分にも見下した態度を一切しない青蘭に協力していくうちに見えてきた真実。
いずれできなくなる“哭女”の仕事に悩んでいた燕飛が、青蘭と過ごしていくうちに将来をつかみ取る勇気を手に入れる様子に力が沸く。
そして成長し、離れてみて、これまで注がれていた優しさを実感する時の燕飛がまぶしい。
読みやすく、微笑ましく、見守りたいポジティブな感情だけが残る。

猿の悲しみ


 弁護士事務所で”事務員”として働く風町サエ。
ちょっと正当じゃない手段も使って依頼主のために情報を集めてくるのが裏の仕事。
モデルとの離婚のためプロ野球選手に請求された1億もの慰謝料を減額するためモデルの過去を洗っていたら、ついでに頼まれていたマンションで女が殺された事件も妙に気になる。
そしてサエがつかんだのは、34年も前の出来事。

 二つの事件が交互にやってきて混乱する。
でもサエの言動がさっぱりしているので重苦しくならず、凜花という面白い人物も出てきてやり取りに目が離せない。
事件もうまい落としどころを見つけられるが、このシリーズはどうも男たちに分が悪いようだ。
凜花の含み笑いが怖くて美しい。
もう一度「笑う少年」を読み返したい。

笑う少年


 名目は弁護士事務所の調査員として、本当はいろんな手段で「調査」をしているシングルマザーのサエ。
芸能界を牛耳る小田崎貢司から、自身がプロデュースしたアイドルが自殺し、その両親から莫大な慰謝料を請求されているが、減額できないかと依頼が入る。
若い女の子だけで安売りピザの売り子をさせ、人気投票をしてトップをアイドルとして売り出している小田崎に、サエは気味の悪さを感じていた。
そしてまた別の方面から、今度は小田崎貢司の弱点を調べるよう依頼が入り、サエは経歴がほとんどわからないという小田崎貢司の身辺を調べ始める。

 サエの威勢のよさが気持ちいい。
かつて不良で、仲間とのいざこざで人を殺してしまい、しばらく服役していたというサエは、気が強くて度胸もあり、愛しい息子のために「1億円貯金」をしているという可愛い性格。
世間知らずで乱暴で、善人ではないという自覚があるが、卑劣な人物に思わず胸が悪くなるのを何とか抑えようとする姿は応援したくなる。
エネルギーの強さを行動力に変えているので、周りには同じようなエネルギーの強さの人が多くて個性が豊かだから飽きない。
そして表現の仕方が独特で面白いので一文が長くても心地よく、リズムよく読めるので没頭できる。

アンと愛情 和菓子のアン


 デパ地下の和菓子店「みつ屋」でバイトをしている杏子。
仕事は楽しく、お菓子もおいしいし、やってくるお客様との会話も楽しい。
何の不満もないのだけど、時々お客様から聞かれる和菓子の由来や謎に日々奮闘するうちに、ふと自信をなくしたりする。

 和菓子の可愛い姿と美味しそうな描写に気持ちが柔らかくなる。
登場人物も意地悪な人はいないし、困った客もいないため、和菓子のようなほんわかした気分のまま読み進められた。
美味しそうな和菓子と共に、優しい雰囲気を楽しめる話がほとんどだが、最後に杏子の子供っぽさが全開でガッカリしてしまった。
最後の短編を含めて、ほのぼのとしていて全体的に可愛らしいのに、その部分だけは気持ちがガサガサする。
でも、思わず検索してしまうほど美味しそうで可愛い和菓子たちに興味が出た。

ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女


 前作で人工知能研究の世界的権威バルデルの息子を助けたリスベットだが、その時の違法行為のせいで2か月の懲役を命じられた。
また、命を狙われているということもあり、最高の警備を誇る女子刑務所に収容されるが、そこでは囚人ベニートが誰よりも権威を誇り、看守さえ篭絡していた。
見過ごせないリスベットは、対決を決意する。
さらに元後見人のパルムグレンとの面会で、自らの子供時代にまだ秘密が残されていると気づき、ミカエルに頼んで調べ始める。

 この巻で、リスベットが最も信頼していた人物が殺されてしまう。
連絡を受けたリスベットは一見静かに聞いていたが、その実燃えるような怒りを押し殺していたのだろう。
また不審な人物が次々と出てきて、一市民となったリスベットだが平穏は遠いらしい。
いろんな不安と衝撃の予感をのぞかせて終わる上巻。

いちねんかん


 江戸の薬種問屋兼廻船問屋、長崎屋の主夫婦が、九州の別府まで湯治に行くことになった。
1年間長崎屋を預かることになった一太郎は、跡継ぎとしての本格的な修行となることに張り切っていたが、やはり都度都度寝込むこともする。
西から疫病がやってきていると噂をきけば、なぜか疫病神と疫鬼が長崎屋でケンカをすることになったり、押し込みに狙われたり、問題は次々とやってくる。
はたして長崎屋は、両親が帰ってくるまで無事でいられるのか。

 長い「若旦那」生活もそろそろ終わりになりそう。
跡継ぎとしての力量が試されると張り切って商いのアイデアをだしてみれば、大番頭にいいように扱われそうになったり、大阪の大店の娘婿を決める試験に立ち会うことになったり、妖たちの起こす騒動だけじゃないことも引き受けることになる。
これまでのように、割と気楽に行動していた一太郎のままではいかない。
区切りが見えてきてこれからが楽しみになる。

刑事さん、さようなら


 正月に呼び出された須貝警部補は、一件の殺人を処理後、後輩から「結婚したい女ができた」と相談された。
しかし数日後、後輩は自宅で首をつる。さらに二日後、風俗ライターが河原で殺されているのが発見され、続く人死に納得できない須貝はひそかに調査を進めると、後輩とライターのどちらにも関係のある女が浮かび上がる。
ところが、その女はどうやっても発見できなかった。

 いくつかの殺人。そして身寄りのない無害そうな男。
関係は想像がついたが、結末で驚かされる。
須貝は主人公だと思っていたのに違ったのか。
あまりにあっさりとした須貝の様子にしばらく茫然として、語られる二つの「正義」に考えが追い付かない。