絵師金蔵 赤色浄土


 幕末の土佐、髪結いの家に生まれた金蔵は、絵の才能を見込まれ、江戸で狩野派に学び「林洞意美高」の名を授かる。
郷によびっ戻された金蔵は国元絵師となるが、商人の身分で国元絵師にまでなった金蔵をやっかむ者に贋作を作ったと冤罪をかけられ投獄されてしまう。
なんとか放免になったものの、親友の死、弟子の武市半平太の切腹、師匠の死、そして大地震と、金蔵を悲しみが襲う。
幸せとは何かを追い求め、たどり着いた金蔵の色とは。

 いきなり投獄のシーンから始まるので、どんな偏屈な主人公かと思っていまいち集中できず、読み進める気がお空なかった。
でも少しづつ進めていくと、金蔵の人となりが見えてくる。
それでも史実をなぞっている部分は淡々として、絵への執着はそれほど見えてこなかった。
血の赤を厄払いと考える金蔵にたどり着いてからは、時代の流れの速さを追いかけるようにあっという間に何年も後の話になって追いつけないところもあった。

百鬼園事件帖


 昭和初期、平凡で誰の記憶にも残らない影の薄さが悩みの大学生・甘木。
カフェなのにコーヒーが不味い店の常連だった。
そこで出会った偏屈で厳しいドイツ語教師の内田榮造先生と親しくなる。
先生は内田百間という作家でもあり、夏目漱石や芥川龍之介とも親交があったようで、そんな先生と行動を共にしていると、だんだん不可解な現象に出会い始める。

 偏屈だけど見捨てない先生と一緒にいるうちに、おかしな気配に気づき始める甘木。
そして話は芥川が描いた先生の絵へと移り、目の中にグルグルとした渦巻きを持つ影と出会ってしまう。
それはドッペルゲンガーだという事になっていくが、それは今まで持っていたドッペルゲンガーのイメージとは全然違うもので、この作品独自の存在だった。
その存在が面白くて意外で、それらが出てきてからは急に話が進み始めて面白かった。
特に先生のドッペルゲンガーは一味違っていて、どんなふうに現れて先生と協力しているのかもっと知りたくなる。

伯爵と三つの棺


 フランスが革命に入ろうとしている時、近隣の小国で起こった出来事。
ある日家を抜け出した小貴族の次男は、領地の堺である少年に出会う。
彼は三つ子で、仲良くなった4人は友情を深めていくが、大人になり三つ子の父であり彼らを捨てたという吟遊詩人と面会の機会が訪れる。
しかし面会直前に吟遊詩人が射殺され、目撃証言から犯人は三つ子の誰かだということになった。

 鑑定の技術がない時代、推理だけで犯人を追い詰める。
主人公の次男・クロは伯爵の書記官という職を得て、あらゆることを記録する傍ら、三つ子や伯爵との信頼関係も築く。
そこで起こった事件を追ううち、犯人は捕らえられ刑も済み、事件は終わったかにみえる。
しかしいくつかの疑問や違和感を持つ者が次々と新たに出てくるという止まらない思惑が、手が止まらないほど集中させた。
事実が語られるのは常にその者が死んでから手記で、という共通点も、まだ何か残っているのではと思わせる。

記憶の対位法


 自分が生まれる7年も前に死んだ祖父の遺品をかたずけることになったジャンゴ。
対独協力者として断罪され、一族から距離を置いていた祖父が晩年過ごした寒村の家で、ジャンゴは大量の書物と二十ほどの小箱を見つける。
遺品の中でただその小箱だけが、祖父の人となりを表すものだった。
そしてその箱から見つかった古く小さな紙片。
ジャンゴは西洋古典学を研究する大学院生ゾエと共に、その紙片の来し方を追求していく。

 「図書館の魔女」と同様、こちらも深い考察が多いため難しい専門知識の話がたくさん出てくる。
その道の研究者とゾエとの討論や、ジャンゴへの説明は大学の講義のよう。
そのため半分くらいはわからないままだった。
そして最後もなんだかよくわからないまま祖父への考察と、今を生きる自分たちへの応援で終わる。
ダヴィンチ・コードのような真実も解決もないので、長く読んできた割にしっくりこない。

PIT 特殊心理捜査班 水無月玲


 ビッグデータ解析による犯罪予測システムを開発している蒼井俊。
プロファイリングをするチームと一緒に、東京で起こった連続猟奇殺人犯“V”を追う。
足で捜査が信条の捜査員たちとぶつかりながらも、プロファイラーの水無月玲が率いるPITと共に捜査を進める中、現職のけいさつかんが惨殺されてしまう。
また、AIとプロファイリングとは違い、刑事の勘ともいうべき人に蓄積されたデータが告げた犯人にも注目が集まる。

 それぞれの得意分野から迫る事件だが、最後はなんだか拍子抜けしてしまう。
これは隠された事実だけど、これまでのミステリのようなあちこちにヒントがあるような感じではなかったため、予測できない。
そしてある意味よくある結末だった。

亡霊の烏 八咫烏シリーズ11


 雪哉こと博陸侯雪斎が独裁を敷く〈山内〉。
これまで存在が注目されてこなかった奈月彦の弟である凪彦が金烏代となった〈登殿の儀〉を経て皇后を選んだ。
ところが、いつまでたっても二人に子ができる気配がない。
一方、博陸侯によって滅ぼされた谷間から逃げ出したトビは、北家の朝宅で捕虜となっていた。

 2章になって、雪哉を外から見る視点での話が続いている。
でもそれらは誰か一人に注目しているというよりは雪哉を周りから見ている人達として視点が移り変わるためか、話が進んでいるような気がしない。
そのためか、誰にも感情移入しないまま争いばかりが起こり、物騒な話のまま進むため、1章のような没入感や読み終わった後の満足感が少ない。
なによりも雪哉を始め1章でメイン人物だった人たちの人物像が壊されるような描写ばかりで、全く違う話に思えてしまい、この世界を楽しむことができなくなってきた。

牧谿の猿 善人長屋


 裏稼業を持った者たちばかりが住む長屋だが、なぜかいつも人助けをする羽目になるので「善人長屋」と呼ばれている場所がある。
そこでただ一人だけ、裏も表も善人の加助が拾ってくるこまりごとは、長屋の全員で解決すると決まっていた。
ある日加助が連れて帰ってきたのは、大事な根付を無くして憔悴したお内儀だった。

 加助が拾ってくる人たちは、どれも結構深刻だ。
命を助けてもらった相手からもらった根付を無くして憔悴していたり、商家に盗みに入った賊を切り殺してしまった侍への恨みだったりする。
厄介な困りごとを拾ってくるが、加助のために長屋の者みんなで策を練る仲の良さが羨ましい。
そして最後は最初の盗賊へと話が戻り、善人長屋の名にふさわしい活躍をする。
毎回、彼らの裏の職業の話はほとんど出てこないが、それぞれの得意を生かしてはいる。

タルト・タタンの夢 〈ビストロ・パ・マル〉


 下町の小さなレンチ・レストラン。
従業員もたった4人だけど、フランスの田舎のオーベルジュやレストランを転々として修業してきた無口な人で、気取らないフランスの家庭料理を出す。
そんなシェフだが、店にやってくる客たちの様子には敏感で、不可解なことや誤解をさらりと解決してしまう。
おいしそうなフランス料理に関することならより力を入れて。

 名前を聞いただけではどんな料理か想像もできないが、描写が柔らかでとても美味しそう。
そして日本人とフランス人との感覚の違いで起こった誤解を解いてみたりと、無口なのに心まで癒す。
美味しい料理と共にいい思い出の残る店。

彼女は逃げ切れなかった


 父の介護のために5年前に早期退職した纐纈古都乃。
介護が終わってからは燃え尽き症候群のようになり、さらに先月古い友人の訃報も届いたとあって、共通の友人である刻子のやっている洋風居酒屋で飲み明かす日々。
ある朝道端でひき逃げを目撃したが、その時不思議な現象を起こす双子に出会う。
後日、刻子の店で偶然再会した双子と共に、元警察官の古都乃は事件を見抜いていく。

 不思議な力を持つ双子と元警察官という組み合わせが面白かった。
古都乃が考えていることがどんどん書かれているので、とめどないおしゃべりを聞いている気がしてあっという間に時間が過ぎる。
ただ、あくまでも元警察官の立場なので、推理に終わり、その後の真実までは明かされない。
もっと考察できるのではと続きを考えたくなる。

図書館の魔女 高い塔の童心


 一ノ谷にある高い塔。そこはあらゆる書物が集められた知の塔。
そこにいる「高い塔の魔法使い」と呼ばれる老人タイキは、このところ忙しい。
近隣との戦争がはじまりそうなため、国の権力者は寄り集まり、日夜情報と戦略の会議が行われていた。
そんな頃、タイキのもとで孫のマツリカは、好物の海老饅頭の味が落ちたことを疑問に思い、原因を探り始める。

 マツリカの幼いころの話。
もうすでにその頭脳はすばらしい。
自分の好きなものが食べられないからという理由だが、結果的に戦争を防ぐ。
しかし相変わらずの難解な説明と語彙で読みにくさは変わらずで眠くなる。
「まほり」ではそんなことはなかったので、「図書館の魔女」の世界感がその設定なのだろう。