ひまわり


 ある日、交通事故に遭い四肢麻痺になってしまうひまり。
どうにか命はとりとめたものの、首から下が動かないということに愕然とする。
そしてスパルタと言われるリハビリセンターへ通うが、いつかは動けると楽観視していたひまりは、回復してもきっとここまでというラインが見えてしまう。
復職に希望を託すも、環境が整っていないとかヘルパーを入れるのは守秘義務の観点から許可できないなどと言われ、遠回しに退職を迫られる。
福祉の補助を受ければ、困ることはない。でも一生寝たきりで、目標もなく、社会から切り離されて生きるのかと落ち込むひまりに、古い友人から弁護士になればいいのにと勧められる。
そこから、ひまりの戦いが始まった。

体のほとんどが動かなくて、24時間介護が必要なひまりが、弁護士試験では前代未聞の音声入力ソフトをみとめさせて試験を受ける。
ボリュームがある割には読みやすく、ひまりの必死さに釣られる感じでどんどん進むが、健常者ですら体力がいることを目指すひまりに、読んでいるこちらもすごい勉強している気がして消耗してしまう。
しかも実在する人をモデルにしているためにリアルで、ゆっくり読もうと思っていたのにあっという間だった。

東京ハイダウェイ


 東京・虎ノ門の企業で働く桐人は、何度も希望を出してやっと配属されたマーケティング部門で、仕事への向き合い方がつかめず、また有能と期待されている同期との確執で疲弊していた。
ある日、普段は無口な同僚の璃子が颯爽と通り過ぎていく場面を目撃し、思わず後をつける。
そこで桐人が見たのは、昼休憩の間の短いプラネタリウムプログラムでで静かな時間を送る璃子だった。
 桐人と直也の上司にあたるマネージャー職として、中途で採用された恵理子。
しかし人事のトラブルで疲れ切った恵理子は、ある日会社へ向かう電車から降りないことにした。
終点でみつけたそこは、夢の島だった。
 ある会社の中の人間関係を、一人ひとり切り取って見つめる。

 誰の話もかなりしんどい。
読んでいると苦しくなってくるが、短編だとわかっているので読み進められる。
人には見せない部分の苦しさにさらされて、短い割には気分の消耗が激しかった。

白銀騎士団


 英国騎士のジョセフは、亡き父がジョセフのためにと鍛えた中国人とインド人の付き人と、メイドのアニーの三人を従え、今日も悪を倒す。
ある日、屋敷の者が化け物に襲われるという依頼を法外な値段で受けたジョセフ。
武道の達人である二人は人間担当、ジョセフは人外担当として乗り込むが、そこで出会ったのは人間だけど痛みを知らず、傷をものともせず立ち向かってくる化け物だった。
そして夜にはメイド部屋で休んでいたアニーのところにまでやってきた。
そいつの言う「ナイルの王者」とは。

 貴族でなければ人間扱いされないくらいの貴族意識がしみついた時代。
若い当主のジョセフは女好きだがちゃんと仕事はする。
従者の2人からいつも諫められてはいるものの、他人から従者をけなされて怒る主人を二人は信頼しているし、アニーも含めた家人すべてで知恵を出し、依頼にあたる。
ちょっと抜けたジョセフとしっかりした従者たちのやりとりは微笑ましい。

名探偵の生まれる夜 大正謎百景


 大正5年、とある探偵事務所に、早稲田大学の学生が探偵になりたいとやってきた。
ただ断るよりも実情を見せた方が良いと思った家主の岩井は、彼にある謎を持ち掛ける。
他に、野口英雄の娘だと言い張る少女の嘘を証明する羽目になる星一、ロープウェイの故障で宙釣りになった与謝野晶子、スリに大事な研究成果を取られたハチ公の主人・上野英三郎など、名を残した大正の傑人達。

 有名な人物たちが巻き込まれる様々な謎や犯罪に、居合わせた者が一夜の探偵となる。
大正時代の流行や景色が見えるような描写が楽しい。
それぞれは短い話だけど、巡り巡る縁にも思え、微笑ましい話も多く、短い大正の時代の賑わいが覗けた気がする。

ホテル・アルカディア


 ホテル・アルカディアの支配人の一人娘は、ある時から離れにあるコテージに閉じこもってしまった。
ホテルに長期滞在している宿泊客の芸術家たちは、彼女を外に連れだろうと知恵を絞ってあらゆる物語をコテージの前で語り始める。
その朗読会は80年たった後にホテルが廃墟となってからも続き、芸術家のファンたちが訪れるようになった。
芸術家たちが様々なテーマに沿って語る、摩訶不思議な物語たち。

 テーマごとに分かれているというが、不思議な物語はとてもバラバラなように見える。
次々とおかしなことが起こり、まるで思考が追い付かない。
そしてホテルの話を忘れそうになったころ、コテージにこもっていた娘へと戻ってくる。
ずっと揺さぶられて平衡感覚がなくなっていくようなお話。

奥の奥の森の奥に、いる。


 日本には5か所、一般の国民には知らされていない政府が隠している村がある。
そこに住むのは男にだけ、15歳で〝悪魔を発症〞するという特殊な人間。
そして女は、悪魔を生むためだけに生かされていた。
少年メロは、母の犠牲のもと仲間と共に逃げ出すが、友達が次々と悪魔になっていき、ついにメロの体にも全長がやってきた。
ひそかに思いを寄せていた少女を守ろうとして、いつしか巨大な悪魔へと変身しえしまう。

 生まれた時から悪魔村で暮らしているわりに、みんな教養はあり、外界からもたらされるサンドイッチの袋を開けたりもできる。
人間牧場の話はよくあるが、これは15歳までしか生きられない悪魔の中から何十年に一人出るかどうかの能力者を育てるために政府がひた隠しにしている村から逃げ出すという。
めでたしめでたしのような感じだが不気味な不安は残る。
でも読みやすいのですぐ終わる。

最高のウエディングケーキの作り方


 夢だったホテルアフタヌーンティーの仕事についていた涼音だが、パティシエの達也と付き合い、2人でパティスリーを作りたいという新たな夢を持ち、ホテルを辞めてしまう。
あまりにもあっさりと見えた退職に、裏切られたと思う者、まぶしく思う者、理解できない者と様々。
そんなホテル時代の同僚のそれぞれの思いを綴る。

 婚姻届けを描こうとして夫婦の氏に悩む涼音。
同性婚や非正規社員の理不尽などが題材で、まさか続きが出るとは思わなかった話。
涼音のこだわりはちょっとやりすぎと思う時もあったが、達也と寄り添い、協力していこうという気持ちが大きかったための題材だったのだろう。
この人の話は、辛い思いもあったり冷たく当たったり後悔したりもするが、基本的にわかり合いたいと思う人たちばかりで辛い終わり方はないので安心して読める。

山の上の家事学校


 政治部の記者として忙しくしていた幸彦だが、離婚して1年。
家のことは何もできず、すさんだ生活を送っていた。
そんな時、妹からある学校を教えられる。
そこは、労働として認められにくい「家事」を教える学校だった。

 家のことを手伝っていると思っていたけど、「ここから先は自分の仕事じゃない」と思っていたことが多かった。
妻から「一人になった時のために」と勧められた。
など、入学の理由は様々だけど、やらなければ生活の質が下がったり、体調を壊すことになること全般を教える学校。
近頃こうゆう、「男たちへの静かな抗議」が題材の本がよくある。
確かに「そうそう」と思う事は多いし、できれば意識を変えてもらいたいとずっと思ってきたけど、そうゆう相手はたいてい本など読まない。

化け者手本


 文政、江戸。
稀代の女形だった元役者の魚之助の足をなくしてから、鳥屋の藤九郎は彼の足となることにした。
ある日座元から呼び出され行ってみると、舞台の幕が下りたとき、首の骨がぽっきり折られ、両耳から棒が突き出た死体が、客席に転がっていたという。
その異様な死にざまのため、これは何かの見立て殺人ではと考えた二人だが、なんとこの奇妙な死人出はこれで二人目だという。

 シリーズ物の二作目だと知らなかったが、それなりに説明もちゃんとあったので困ることなく読めた。
ただ歌舞伎に興味がなかったり知識がなかったりするととても読みにくい。
メインの登場人物2人は個性的で魅力もあり、そのため歌舞伎の独特な言葉使いや振る舞いなどの部分になじめなくても読み進められる。
魚之助が足を無くす理由を知りたくなった。

ゴミの王国


 父の病的なほどの潔癖症の影響で過剰なきれい好きの日下部朝陽。
東京の民間清掃会社で契約社員として日々ゴミの回収をしている。
ある日、半年前に越してきた佐野友笑の部屋がゴミであふれていることを知り、恐怖に陥る。
人見知りしない仕事仲間兼映像アーティストのミントが朝陽を巻き込み友笑と仲良くなり、彼女の作るゴミアートをあるミュージックビデオを作ると意気込む。

 掃除をしないではいられない朝陽と、ゴミを集めてしまう友笑。
正反対の二人が仲良くなって、少しずつ変わっていく。
それぞれの育った境遇が極端なのも、2人の性分の対比がはっきり出てわかりやすい。
でもところどころで童話のような出来事や表現があって子供っぽい。
そのせいか、大きな問題も簡単に解決してしまってあっけない。