泣き娘


 葬儀の場で弔いのために泣くことが礼儀だった中国・唐の時代。
泣き喚くことを生業とした“哭女”として暮らしている燕飛には、秘密があった。
今日もいくつかの葬式を回り、弟妹のために稼いでいたら、ある時奇妙な恰好をした身分の高そうな男と出会う。

 まだ声変わり前の少年だからこそできる女装で、いろんな葬儀の場に出入りしているゆえか、いろんな人と出会う。
そんな中出会った危ういほど律儀な青蘭という男は、友人の戦死の状況を知りたいと燕飛に頼み込んできた。
卑しい身分の自分にも見下した態度を一切しない青蘭に協力していくうちに見えてきた真実。
いずれできなくなる“哭女”の仕事に悩んでいた燕飛が、青蘭と過ごしていくうちに将来をつかみ取る勇気を手に入れる様子に力が沸く。
そして成長し、離れてみて、これまで注がれていた優しさを実感する時の燕飛がまぶしい。
読みやすく、微笑ましく、見守りたいポジティブな感情だけが残る。

アンブレイカブル


 治安維持法成立。太平洋戦争の影が迫る日本。
函館漁労に、小説の題材に『蟹工船』を取り上げたいという銀行員の小林多喜二という男がやってきた。
その裏で、嘘は言わず、隠さず、ありのままを話してくれればいいと依頼してきたのは、内務省から来たクロサキという男。
妙な依頼に戸惑う二人の漁師たちは、やがて多喜二にかけられた一つの言葉で世界が変わる。

 クロサキが暗躍する短編集。
反戦川柳作家・鶴彬や、知人たちの失踪が続き、怯える編集者・和田喜太郎、そして哲学者の三木清。
彼らの話は、日本の沈んだ雰囲気の中で何を思っていたのか、謎かけのように解決や発展はしないまま終わる。
唯一『蟹工船』の物語だけは前向きだった。
政治の複雑さばかり目立つ。

インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー


 18世紀、独立戦争中のアメリカ、英国兵のエドワード・ターナーが殺人容疑で投獄された。
植民地開拓者の3代目のウィルソン家から依頼された記者のロディは、エドが投獄された経緯を聞きに監獄へ訪れ、被害者である先住民族の息子アシュリーの手記を見せる。
するとエドはその手記は改変されていると気づき、なぜそんなことになったのか推理を始めた。

 外科医ダニエルの元で仲間たちと解剖に明け暮れていた前の2作とは全く違い、今作は戦時中で獄中のエド。
これまでとの様子が違いすぎてなじめなかった。
また、ダニエル先生たちとの掛け合いの楽しさももちろんなく、エドの推理はなるほどと思えるがただそれだけで、長い愚痴を聞かされているようなつかみどころのない話で終わった。
シリーズ最終作というには残念な最後。

医学のひよこ


 生物オタクの中学3年生・曾根崎薫は、中学生でありながら東城大医学部に通う特殊だけど平凡な男子。
ある日仲間たちと洞穴を探検していると、巨大な卵を発見する。
こっそり育てようとしたが、そこは中学生、知恵も技術もなく、東城大医学部の先輩に助けを求めた。
しかし、大人たちの協力は得たが野次も入ってきて、いつしか国を動かす政治の駒となってしまっていた。

 ひと夏の冒険が、思いがけず大ごととなったカオルたち。
巨大な卵では、ヒトに似たものが育っているらしい。でもこれまで地球上で知られている生き物とは全く違う、新種でもあるらしい。
そんなものを引き当ててしまったせいで、いろんな人が興味を持ち、関わってきて、いつの間にかかすめ取られていく。
しかも唐突に結論が出ずに終わる。
なんとも理不尽だけど、そういえば子供の頃はそんなことが多かったなぁと思う。

高校事変 X


 名門私立高校・慧修学院高校三年の生徒たちが、国際文化交流のためホンジュラスを訪問するというニュースを目にした。
結衣は、かつて父が建てた計画を思い出す。
そしてホンジュラスでは、メキシコの武装勢力ゼッディウムに襲撃され、日本へ身代金の要求が来る。
結衣は兄を止め、慧修学院高校の生徒たちを救うため、ホンジュラスへ向かう決意をする。

 ついに最後の決戦か。と思ったらまだ続くらしい。
今度は日本を出て戦闘区域での戦いで、結衣は本場の戦場でこれまでとの大きな力の差に翻弄される。
それでも力になってくれる大人と出会い、知恵と機転で切り抜ける自分の長所を知る。
場所や相手は違っても、これまでと同じような展開となり、そろそろ高校を卒業する結衣はこれからどうするのだろう。

高校事変IX


 川崎市に家がある長谷部家。ある日玄関のベルが鳴り、戸口に顔を出した主婦の恭子は、そこにぼろぼろの格好をした有名人を見た。
フェリーから逃げ出してきた田代勇次は、かつて一度ファンイベントで合った家族の元へ逃げ込み、そこであっという間に一家を制圧し、仲間を集め始める。
勇次の目的は、結衣。

 結衣に殺意を向ける勇次との決戦。
もうアイドルの顔は打ち捨てた勇次が、あらゆるものを利用して結衣に迫る。
同じような境遇で、同年代の相手との対決だからか、むしろ手こずっていたよう。
これまでの大げさなほどの戦闘の大きさと異様さには、映画のような突き抜けた感じがあったが、今回はこじんまりとした雰囲気。
そして最後は大人の大きな力に頼り、高校生の世界の狭さを思い知らされている。

手袋の中の手


 探偵ドル・ボナーは、共同経営者シルヴィアの後見人であるP・L・ストーズから、妻に取り入り、金を巻き上げてる宗教家を妻から放したいと依頼を受ける。
しかし、動き始めた直後、依頼人のストーズが死体で発見される。
自殺か殺人か、若き探偵ドルは、警察と時に協力し、時にからかわれながら、事件解決のために奔走する。

 話がくどい登場人物が多く、うんざりしながら読んでいたせいか全く話に入り込めず。
結局最後までよくわからないまま。
主人公の魅力も感じられないし、印象に残ったのはむしろ共同経営者のシルヴィア。

11月そして12月


 高校も大学も中退し、今はカメラを持って虫を撮り歩いているフリーターの柿郎。
ある日公園で出会った女性に恋をした。
しかし、彼女と親密になる前に家族に巻き起こった不穏要素が、暇なはずの柿郎を忙しくする。
父の不倫に姉の自殺未遂、挙句には「彼女には関わるな」と言いに来る男性まで。
冬のひと時、柿郎に起こった大騒動。

 柿郎の口調が淡々としてどこか長閑なせいで、緊急事態もするりとやり過ごせそうな気がする。
出会った女の子が気になって調べたり家に押しかけたりというのはちょっとやりすぎだが、柿郎なら不思議はないような気になってしまったり、父の身勝手な理論も受け入れて協力させられたり、母にも使い走りをさせられて、それでもそれが自分のやりたいことだったという雰囲気を出す。
やっかいな男だが憎まれはしなさそう。

捜査一課OB-ぼくの愛したオクトパス


 初老の巡査長・鉄太郎と、若手キャリアの警部・賢人。
二人が今手掛けているのは風俗嬢ばかり狙った通り魔強盗事件。
頑固な鉄太郎に冷や冷やしながらも、捕まえた容疑者に賢人は違和感を覚える。
そんな時、母が浜辺で捕まえた傷ついたタコを飼い始め、ソクラテスと名付けたそのタコに触れられると不思議な予感を得られることに気づく。
頭の良いタコに導かれる賢人。

 赤川次郎のような読みやすさと、大倉崇裕のようなタイトルで、どちらも二番煎じ感たっぷり。
特に個性的な部分があるわけでもなく、すぐに埋もれてしまうような話なうえ、プロローグ的な周囲の説明が長くてうんざり。
視点がそれぞれの登場人物に何度も切り替わるため、いろんな角度から見られるがちょっとうるさい。
賢人の母の久子が癒しとなる。

レンタルフレンド


 友人や恋人、ママ友や人数合わせ、何でも来い。
大手の商社を辞めて始めた仕事はレンタルフレンドで、七実はあらゆる人物になりきる。
デザートブッフェへ一緒に行ってほしい、月に一度一緒に映画を見に行って感想を話し合う、婚約者の友人たちの集まりに一緒に行ってほしい。
依頼のなかで、七実は依頼者の人となりを観察していく。

 依頼してくる人にはいろんな理由があって、それでも依頼者に嫌な思いをさせないように精いっぱいのことをする。
人見知りせず、物怖じしない七実の様子は頼もしいがハラハラする場面もある。
同業者と出くわすこともあるし、設定がばれそうになることもあって、何とか乗り切ってはいるがちょっと都合が良い進み方。
それでも最後は前向きなシーンで終わるのでほっとした。