猫の惑星


 思春期を迎える前の子供のなかで、特別な力を持った子供だけが集められ、訓練と「用事」をする場所「施設」。
イクオは、念じれば物を動かすことができた。そしてその力を使って「ホンテン」から命じられた数々のミッションをこなしていた。
声変わりをしたちょっと年長の子が「卒業」していったり、新しい訓練を始めたりの毎日で、ある日イクオは施設の外にいつもいる猫から話しかけられた。
「ここから逃げよう」

 舞台は近未来?
施設で育ち、特殊な教育だけをされてきた子供たちは、外の常識を知らない。
そして猫にテレパシーで話しかけられ、逃げ出し、追っ手を倒し、王に会いに行く。
筋書きはそんなところだが、まとまりがないのでなぜか突然勝ったりする。
理由はなく、そんな世界だと受け入れても、イクオ以外の言動はころころといれかわり、皆現実味がない。
童話。

棟居刑事の恋人たちの聖地


 便利屋・山名泉は、病床の老人から、渋谷のカフェ『恋人たちの聖地』で未来の薬を受け取ってきてほしいという依頼を受ける。
不思議な体験をした山名だが、そこで出会った一人の女性に心を奪われてしまう。
するとある日、その女性からいきなり連絡が入り、「兄を助けてほしい」と言われる。

 半分がすぎるまで、棟居刑事が出てこない。
不思議なカフェが窓口のタイムトラベルもので、刑事事件の話じゃないのかと不審に思ってしまうくらい。
そしてその事件はおおむねタイムトラベルの話で終わるため、臨場感も感情移入もなく、盛り上がりもなかった。

インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー


 18世紀、独立戦争中のアメリカ、英国兵のエドワード・ターナーが殺人容疑で投獄された。
植民地開拓者の3代目のウィルソン家から依頼された記者のロディは、エドが投獄された経緯を聞きに監獄へ訪れ、被害者である先住民族の息子アシュリーの手記を見せる。
するとエドはその手記は改変されていると気づき、なぜそんなことになったのか推理を始めた。

 外科医ダニエルの元で仲間たちと解剖に明け暮れていた前の2作とは全く違い、今作は戦時中で獄中のエド。
これまでとの様子が違いすぎてなじめなかった。
また、ダニエル先生たちとの掛け合いの楽しさももちろんなく、エドの推理はなるほどと思えるがただそれだけで、長い愚痴を聞かされているようなつかみどころのない話で終わった。
シリーズ最終作というには残念な最後。

手袋の中の手


 探偵ドル・ボナーは、共同経営者シルヴィアの後見人であるP・L・ストーズから、妻に取り入り、金を巻き上げてる宗教家を妻から放したいと依頼を受ける。
しかし、動き始めた直後、依頼人のストーズが死体で発見される。
自殺か殺人か、若き探偵ドルは、警察と時に協力し、時にからかわれながら、事件解決のために奔走する。

 話がくどい登場人物が多く、うんざりしながら読んでいたせいか全く話に入り込めず。
結局最後までよくわからないまま。
主人公の魅力も感じられないし、印象に残ったのはむしろ共同経営者のシルヴィア。

前夜


 ある田舎町で伝わる〈蛭鬼〉という存在。タブーとされ、誰も口を開かないが、その町出身の兄弟は、その存在を信じていた。
映画スターとなった兄の死を受け入れず、1年後に蘇ると信じて火葬を拒否した弟。
拠り所は父の残した日記のみ。
兄がスターとなった映画の世界へ引き込まれ、学者へコンタクトを取り、探偵を雇って得た真実とは。

 土着の信仰を元に、夢と現実を行き来するような、ゆらゆらと漂い揺さぶられるような感覚。
猫を遠ざけたり、ザクロを食べたり、行動をすることでより信じていく様子が狂気を引き寄せているようで不気味な感覚を残す。
ただ、入り込めるほどの力はない。
もっと、取り込まれるような速さと力を持ったほかの作品とは大きく違う気がした。

天を測る


 幕末の安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。
そこに乗る算術・測量術を得意とする小野友五郎は、乗組員であるアメリカ人たちに負けない技量を披露していた。
アメリカの技術を知り、学び、自国で通用させるため、友五郎は数字と向き合う。
いつしかその実直さを買われ、望んだわけではなくとも出世し、やがて日本の大きな変革に巻き込まれていく。

 今野敏の書く主人公は、真面目で芯があり、ただ自分の役割を全うしているだけなのに人からは大きく評価され、変わった考えを持つ人だと言われるが、自分自身はただ思う道を進んでいるだけでなのでなぜ評価されるのか理解できないといった人物ばかり。
どんなシリーズでも同じで飽きてきた。
面白かったのは福沢諭吉が自分勝手でちゃらんぽらんの困ったやつという人物だったこと。
 ヴィクトルの活躍する「曙光」や、「蓬莱」、「海に消えた神々」といった昔のようなしっかり読ませる話がまた読みたい。

砂漠と青のアルゴリズム


 今や絶滅の危機にある日本人。AIによって探し出され、粛清される時代。
一方、2015年の東京では、新人の編集者がスランプの作家の元へ新作の依頼へ向かう。
どの現実も、地球の滅亡を予言したと言われる3部作の絵画をめぐって、現実と虚構が入り乱れる。

 哲学的な言い回しと、時代も場所も入り乱れた夢とも現ともつかない描写で、混乱させたままどこまでも続く。
そのうち考察しようという気すら起こらないほどの虚無感でどうでもよくなる。

偶然にして最悪の邂逅


 ふと気が付くと元号が変わっていた。
どうやら自分は殺されていたらしい。幽霊となっていた遊佐は、なぜだか急に起こされて戸惑う。
起こしたのはかつての教え子だった男。そいつはなぜか床の下に穴を掘っている。
どうやら死体を隠したいらしい。
 不思議な出会いからその男の身の上を聞くうち、自分の来し方を知る幽霊。

 自宅前で殴られた女性が警察にもひたすら隠そうとした事実。どうしても忘れられない教え子から頼まれた殺人。
面白い設定で起こる事件はなかなかに悲惨だが、語り口調の文体が軽い印象を残す。
その割に複雑だが、だんだん何を言っているのかわからなくなってくる。
どうでもいいようなことの言い合いを繰り返すためか。
終わってみれば何も記憶に残っていない。

揺籠のアディポクル


 無菌病棟で暮らすタケルは、もう一人の住人のコノハと二人きり、完全に隔離された建物にいた。
外部の雑菌から身を守るためだというこの病棟だが、ある大嵐の日、通常の病棟とのただ一つの通路が倒れてきた貯水槽によって破壊された。誰も助けが来ないことに恐れながらも、水や食料の貯蓄が充分あることに安心していた。
ところが、たった一人の同居人であるコノハが、メスを胸に突き立てられ、死んでいたのである。
この密室で、なぜ殺人が起こったのか。

 閉鎖空間での話がずっと続く。でも意外に住人は不快ではなさそうで、その様子は序章だと思っていたのだが、だらだらと続き長い間何も起こらない。
うんざりしてきたころやっと事件は起こるが、一人よがりな考えで気も狂わんばかりのタケルの思考があきれるほどつまらない。
同じような設定の小説ならいくらでもあるのに、これはすごくがっかりした。
『ジェリーフィッシュは凍らない』との差があまりにも大きい。

林檎の木の道


 17歳の夏休み、屋上に母が作ったバナナの茂る庭に埋もれた小さな池を掘り返していた広田悦至は、元彼女の由実果が、千葉の海で自殺したことを知る。
しかし、由実果は自殺するような人間じゃなかったという思いがどうにも気になり、葬式で出会った幼馴染の涼子と共に調べ始める。すると、今まで知らなかった由実果の姿が次々と現れ、謎を深めていった。

 夏休みという自由な時間と、暑さの中でうんざりしながら物思いにふける若者のけだるさが充分に感じられる、半ばぼんやりとした時間。そんな雰囲気のなかでゆるゆると時間が進み、愚痴っぽいシーンが多くて気が滅入ってくる。
多少推理の部分もあるが、ぼんやりしすぎて興味がなくなっていき、驚くようなこともなく、まぁそんなとこだろうと思う程度の結末。