お化けのそばづえ


 子供のころからお化けが見えた。そいつらは真っ黒な顔で襲ってきて、おれ・須磨軒人はいつも怖い思いをする。
時に人に取り付いて凶行を起こすお化けは、どこへ引っ越してもやってきた。
しかし軒人はやがて結婚し、子供ももうすぐ生まれるときになって、妻にとりついたお化けが自らを殺そうとしている場面に出くわし、もう逃げ出せないと決心する。
霊能力者、お祓い、お札、様々な手を使って、自分と家族を守るためにあらゆることを試す軒人。

 お化けに襲われ、ずっと怖い思いをしてきた主人公。
訳も分からずただ見える人の話かと思ったが、ちゃんと理由が明かされる点では解決を見た分納得はいったが、ひたすら怖がっているだけの軒人の様子が話のほとんどで、うんざり。
参考文献もいくつかあったので、もう少し詳しく土地に絡めた信仰についての話が出てきたらよかったなと思う。

囚われの島


 新聞記者の由良が、ある店で出会った盲目の調律師・徳田。
彼の何かが気になり、由良は思わず後をつけてしまう。そして由良は、今まで誰にも話すことがなかった記憶を彼に話すことになり、いつしか二人の記憶は古い時代のある村へ結びつく。

 現代の出来事と、村で蚕を飼っている”私”とが入り乱れ、由良は生きることを放棄していくように影が薄くなる。
徳田の存在は大きいけれど、特に何もせず、主に蚕の話ばかりで、物語というより蚕で生きてきた人たちの生活の様子が描かれているだけ。
全体的に暗いトーンで夜のイメージだが、現代の話は要らないんじゃないかというくらい薄い存在感だった。

むかしむかしあるところに、死体がありました。


 弦の恩返し、桃太郎、一寸法師など、よく知っている昔ばなしのお話に、さらりと死体が混じっている。
はなさかじいさんが殺されていたり、一寸法師が容疑者だったりといった、どこかで間違えた昔ばなし。

 むかしむかしのお話は、もともときれいごとだけではなかったし、惨いことも非情なことも多いのだが、するりとわき道にそれてしまうと突然死体が増えていたりする。
どこから間違えたのかと思い出すうちに、どんどん話は進んでいって、全く違う後味になっていた。
でもどれも、もの悲しいというよりは悪意の方が大きく、煙に巻かれた感じで残念な気分になる。

ボーダーライト


 神奈川県内で薬物売買や売春などの少年犯罪が急増し、高尾巡査部長は係長の堀内から原因を探るよう指示される。
ペアの丸木と街へ出て情報を集めていると、犯罪に手を染める若者に共通して最近人気の『スカG』というバンドの噂を聞く。
高根拠はないがどうにも気になると言う高尾は、かつて荒れていた赤岩が薬物の取引現場で捕まったと聞いて話を聞くことにした。

 赤岩の高校にいる目立たない賀茂という生徒は時々オズヌが降りてくるという。
徐福やオズヌと絡めるのが好きなようで、今野敏作品にはたびたび出てくる。
でもどうも、憑依したというよりただ都合の良い時だけ人格が変わり、他力本願で丸く収めているような不自然さがいつもある。
今回は他にも憑依したという女性ボーカリストが登場し、戦うわけでも見逃すわけでもなく、ただすんなり従うだけとなり、修羅場も盛り上がりもなかった。
力の差が大きいということなのだろう。
それにしても乗り換えが早いし、無条件で従うほどの魅力が感じられない。

猫の惑星


 思春期を迎える前の子供のなかで、特別な力を持った子供だけが集められ、訓練と「用事」をする場所「施設」。
イクオは、念じれば物を動かすことができた。そしてその力を使って「ホンテン」から命じられた数々のミッションをこなしていた。
声変わりをしたちょっと年長の子が「卒業」していったり、新しい訓練を始めたりの毎日で、ある日イクオは施設の外にいつもいる猫から話しかけられた。
「ここから逃げよう」

 舞台は近未来?
施設で育ち、特殊な教育だけをされてきた子供たちは、外の常識を知らない。
そして猫にテレパシーで話しかけられ、逃げ出し、追っ手を倒し、王に会いに行く。
筋書きはそんなところだが、まとまりがないのでなぜか突然勝ったりする。
理由はなく、そんな世界だと受け入れても、イクオ以外の言動はころころといれかわり、皆現実味がない。
童話。

棟居刑事の恋人たちの聖地


 便利屋・山名泉は、病床の老人から、渋谷のカフェ『恋人たちの聖地』で未来の薬を受け取ってきてほしいという依頼を受ける。
不思議な体験をした山名だが、そこで出会った一人の女性に心を奪われてしまう。
するとある日、その女性からいきなり連絡が入り、「兄を助けてほしい」と言われる。

 半分がすぎるまで、棟居刑事が出てこない。
不思議なカフェが窓口のタイムトラベルもので、刑事事件の話じゃないのかと不審に思ってしまうくらい。
そしてその事件はおおむねタイムトラベルの話で終わるため、臨場感も感情移入もなく、盛り上がりもなかった。

インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー


 18世紀、独立戦争中のアメリカ、英国兵のエドワード・ターナーが殺人容疑で投獄された。
植民地開拓者の3代目のウィルソン家から依頼された記者のロディは、エドが投獄された経緯を聞きに監獄へ訪れ、被害者である先住民族の息子アシュリーの手記を見せる。
するとエドはその手記は改変されていると気づき、なぜそんなことになったのか推理を始めた。

 外科医ダニエルの元で仲間たちと解剖に明け暮れていた前の2作とは全く違い、今作は戦時中で獄中のエド。
これまでとの様子が違いすぎてなじめなかった。
また、ダニエル先生たちとの掛け合いの楽しさももちろんなく、エドの推理はなるほどと思えるがただそれだけで、長い愚痴を聞かされているようなつかみどころのない話で終わった。
シリーズ最終作というには残念な最後。

手袋の中の手


 探偵ドル・ボナーは、共同経営者シルヴィアの後見人であるP・L・ストーズから、妻に取り入り、金を巻き上げてる宗教家を妻から放したいと依頼を受ける。
しかし、動き始めた直後、依頼人のストーズが死体で発見される。
自殺か殺人か、若き探偵ドルは、警察と時に協力し、時にからかわれながら、事件解決のために奔走する。

 話がくどい登場人物が多く、うんざりしながら読んでいたせいか全く話に入り込めず。
結局最後までよくわからないまま。
主人公の魅力も感じられないし、印象に残ったのはむしろ共同経営者のシルヴィア。

前夜


 ある田舎町で伝わる〈蛭鬼〉という存在。タブーとされ、誰も口を開かないが、その町出身の兄弟は、その存在を信じていた。
映画スターとなった兄の死を受け入れず、1年後に蘇ると信じて火葬を拒否した弟。
拠り所は父の残した日記のみ。
兄がスターとなった映画の世界へ引き込まれ、学者へコンタクトを取り、探偵を雇って得た真実とは。

 土着の信仰を元に、夢と現実を行き来するような、ゆらゆらと漂い揺さぶられるような感覚。
猫を遠ざけたり、ザクロを食べたり、行動をすることでより信じていく様子が狂気を引き寄せているようで不気味な感覚を残す。
ただ、入り込めるほどの力はない。
もっと、取り込まれるような速さと力を持ったほかの作品とは大きく違う気がした。

天を測る


 幕末の安政7(1860)年、咸臨丸が浦賀港からサンフランシスコを目指して出航した。
そこに乗る算術・測量術を得意とする小野友五郎は、乗組員であるアメリカ人たちに負けない技量を披露していた。
アメリカの技術を知り、学び、自国で通用させるため、友五郎は数字と向き合う。
いつしかその実直さを買われ、望んだわけではなくとも出世し、やがて日本の大きな変革に巻き込まれていく。

 今野敏の書く主人公は、真面目で芯があり、ただ自分の役割を全うしているだけなのに人からは大きく評価され、変わった考えを持つ人だと言われるが、自分自身はただ思う道を進んでいるだけでなのでなぜ評価されるのか理解できないといった人物ばかり。
どんなシリーズでも同じで飽きてきた。
面白かったのは福沢諭吉が自分勝手でちゃらんぽらんの困ったやつという人物だったこと。
 ヴィクトルの活躍する「曙光」や、「蓬莱」、「海に消えた神々」といった昔のようなしっかり読ませる話がまた読みたい。