遺留品


 カップルが殺される事件が続いていた。
今回見つかったのは次期副大統領候補ともいわれている政界人の娘だったせいで、世間から大きな注目を受け、検視官のケイにも、詳しい捜査情報は知らされなかった。
遺体はどれも半ば白骨化しており、死因さえつかめないまま。

 ケイと良い友情を作り上げようとしていたアビーが、存在感を示し始めた頃だった。
姪のルーシーといいアビーといい、いいキャラクターと思える人物に限って急に遠ざけるように話の中心からそらしていくのが気に入らない。
だが、突破口が見つからなくて苦しんでいる時、ほんの偶然から急にスピード感が増してくる展開は楽しかった。
相変わらず胡散臭い恋人のマークと、不思議に人間味を深めるマリーノが対照的。

青の王


 豊かな水の都ナルマーンでは、王が魔族を支配していた。
その都で盗みを働いたとして捕まった少年ハルーンが、投げ込まれた枯れ井戸の先に見つけた扉の先で、捕らえられた少女を見つける。
その少女を助けて逃げるうち、運よく出会った翼船の女船長と共に、少女の名前を取り返す旅を始める。

 「赤の王」とは違う眷属の、青の魔族は、長い間人間の支配下にあり、辛い思いをしてきたせいで荒んだ者が出始めていた。事情を知らずに助けた少女とハルーンとの出会いが偶然ではなかったことが最後に明らかとなり、すべては均衡の保たれた美しい時代を取り戻すまでの物語。
こちらも赤の王と同じような運命をたどり、奪われた力を取り戻すことができる冒険譚。
戦いの壮大さと、青の王城の想像できる美しさ、危機と、手助けしてくれる人たちの人物像など、「赤の王」よりもインパクトは強い。
登場人物の魅力もこちらの方が上回っていた。

証拠死体


 作家ベリル・マディソンが、自宅で無残に殺されているのが発見される。
調べていくと、彼女は何かにおびえ、遠くまで逃げていたにもかかわらず、自宅に戻り、その晩に殺されていた。
防犯ベルも稼働していたのに、なぜ。

 前作では、ケイはマリーノのことを嫌悪していた。
でも今回は少しづつ頼りにしてきている。そんな関係はきっと長く続くだろうと思うと先が楽しみになる。
前作で存在感を示していた姪のルーシーが登場しなかったのが残念だが、それでも十分読みごたえがあった。
そして今回は、検死官という職業でしかわからないことがキーになっているので、やっと彼女の存在感が出てきたと感じた。
ただ、マークのうさん臭さは消えないまま。ケイが簡単に信用してしまうのが不思議でしょうがない。

太平洋食堂


 明治の世、無理やりなこじつけとも思える罪で死罪となった大石誠之助の半生。
山と川と海に囲まれた紀州・新宮で生まれ、その風変りな人となりで人気者だったドクトル大石が、どんな人たちと友好を結び、どんな縁が元で不幸な終わりを見ることになったのかを、作者の時代考証や人物考証と共に読み解いていく。

 不思議な魅力があった大石誠之助の人物像がまず描かれ、それから一風変わった親族たちや、才能豊かな友たちを交えて時代の理不尽を解く。
そのページ数の多さから、じっくり読もうと覚悟をしていた割には、ほんの二日であっという間に読んでしまえる吸引力があった。
それほど昔でもない日本でのこと。そして、一人をじっと観察するように描かれていることで、むやみに入り込まないでいられ、そのおかげで自分なりの考察も持ちながら読めたため、ただ物語を楽しむだけでは終わらず、ずいぶんとエネルギーのいる読書となった。

鐘を鳴らす子供たち


 戦争で日本が負け、まだ復興には程遠く、なぜかいつまでも食糧不足な昭和22年。
教科書に墨を塗るように言われ、毎日歌っていた歌を禁止されても、大人たちはなぜそんなことをするのか誰も教えてくれなかった。
そんな頃、副担任の菅原先生から「日本放送協会が、子供たちを主人公にした放送劇をするので参加してほしい」と言われる。
訳が分からぬまま、家の手伝いをしなくて済むという理由で参加することにした良仁は、忘れられない経験を得ることになる。

 ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」をモチーフにした作品。
といっても存在すら知らなかった。
子供たちが、これまでとは全く違った世界で、未知のものに興味と恐れを抱いていく様子が大きな圧倒間で迫ってくる。
複数の子供たちの特徴がくっきりとしていて混乱もなく、目が離せないほどの緊張感があるわけでもないのに止まらない。

稽古長屋 音わざ吹き寄せ


 足を悪くして芝居をやめざるを得なかった兄と、唄と常磐津の稽古屋をしている兄妹。
やってくるお弟子さんに稽古をつけながら、二人は穏やかに暮らしていた。

 ご近所さんや芝居仲間、手伝いに来てくれるようになったお光のことなど、日常の細々を丁寧に語る。
兄の足が悪くなった経緯が忌事のように隠されているが、それほど嫌味でもなく、やがて知れる事として大事にされているようで心温かい。
どんな傷もやがて気持ちの区切りがつく時が来るといわれているよう。

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せき越えぬ


 上司からの指示で向かった箱根の関所で、ある不正をただしたことから縁を得て、小田原藩士・武一は東海道・箱根の関守になった。
厳しい調べがある関所には、毎日のように切実に関を超えたい者たちがやってくる。
武一は、幼馴染の騎市と共に、新しい仲間を得て、関守の仕事に精を出していた。

 人の縁の妙。
いい出会いがあるときは続く。その縁がもたらすものがたとえ悲しい出来事であっても、それは後悔にはならないと強く言われているような物語。
最後まで力強い。
足軽の衛吉が雰囲気を軽く明るくしてくれていて、一番印象に残る人物だった。

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グッドバイ


 長崎の油商・大浦屋の主の大浦慶。
黒船来航で日本中が大騒ぎの中、茶葉交易に乗り出した。
無謀と言われたその商いを軌道に乗せ、大浦屋も繁盛するが、やがて外交問題にもなりかねない詐欺にかかり、今でいう3億円ほどの借金を負う。
それでも逃げ出さず、今を辛抱のし時だと踏ん張るお慶。
そのお慶が商いで出会い、友情をはぐくみ、信をおき、ともに目指したものを描く。

 実在したお慶の、大きな浮き沈み。商人とはこれほどまでの大事をやってのけるのかと慄く。
方言や商売のことが難しくてなかなか進まなかったが、歴史上有名な人達の話よりはよっぽど興味を引いた。

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迷子の王様 君たちに明日はない5


 リストラ請負会社で面接官としてやってきた真介。
ベテランで優秀な美容部員、家電メーカーの研究員や異常なほど無口な書店員と、今回も様々な人間の首を切る。
そして最後は自分自身の身の振り方まで考えなければいけなくなった。

 どんなにいい会社に入っても、一生安泰とはいえない昨今。
リストラの対象になるのは無能ばかりではないし、優秀な人ならその決断にも興味を持つ。
真介が、仕事で出会う人との会話の中でつかんでいくものが何なのか、その結果が今回は出た。
仕事選びだけでなく、選び方まで考えさせられる。

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迷子の王様 君たちに明日はない5 (新潮文庫) [ 垣根 涼介 ]
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まほり


 社会学研究科の研究家を目指し、院試を控えた勝山裕は、卒研グループの飲み会で聞いた都市伝説に興味を惹かれる。
2重丸の印がそこら中にある村で、肝試しのように子供たちだけで山に向かった時に出くわした恐ろしい出来事。
ちょうどその村に近いところに実家がある裕は、夏休みを利用して調査を始める。

 都市伝説、民俗学の類に興味はないけど、空恐ろしい風習や薄気味悪い口伝がひっそりと生き続けている閉鎖された地域の時代錯誤な人々を不審に思う裕と、全くの別角度からその村に興味を示した少年が、やがて一つの残酷な事実を見つける。
 慣れるまでは読みにくいと感じていた文体も、淡々とした語り口なのにだんだんと深く沈んでいくような感覚に襲われて引き込まれる。
そしてある時から予想される、結末に出くわした時の衝撃。
しばらく余韻に引きずられる。

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まほり [ 高田 大介 ]
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