アイスマン。ゆれる


 山本知乃は、祖母の遺品である文箱の中から見つけた古文書の力を使い、男女の相思相愛を使ったことがある。
体の悪い母と二人暮らしのため結婚はあきらめていた知乃だが、ある日高校の同級生・東村と再会し、好きになってしまった。
しかしあの術は自分には使えない。
そんな中、同じく東村を好きになった友人から、術をかけてほしいと頼まれ、困惑した知乃の元へ、不思議な影が近づいてきた。

 古文書に書かれた禁忌の技だったり、魔女のような叔母だったり、夢の中のようにふわふわした物語。
術をかければ自分の体を削ることに気づき、次はないと影からの忠告まで受けてしまった知乃は悩むが、気の弱さと母の一大事で捨て身になったりしても、うまいぐあいに事が収まってしまった。
ただ、東村の礼儀正しさが胡散臭いほどで、投資の話が出た頃にはすっかり詐欺師だと思ってしまっていた。
小説というよりアニメのほうがあっているストーリー。

偽恋愛小説家、最後の嘘


 編集者の月子は、担当する小説家・夢宮宇多への恋心と、仕事へのままならなさに悩んでいた。
ある日、ベストセラー作家である星寛人が自宅マンションの屋上で死体となって発見される。しかも真夏にもかかわらず死因は凍死という不自然さで。
直前に星がSNSに短編小説の最高傑作ができたと投稿していたため、各出版社の編集者による大捜索も行われたが、死の真相も短編の行方もわからずじまいだった。
星の内縁の妻・長崎愛璃、月子の友人・浜岡有希、外部編集者の糸里、人間関係が様々に入り乱れる中、アンデルセンの「雪の女王」を夢宮の誘導で月子は少しずつ読み解きながら、真相を手繰り寄せる。

 言葉と、それを紡ぐ人の個性とをうまく解きほぐす夢宮の様子に、黒猫シリーズを思い出す。
黒猫のようなクールさも、深さもないが、その分身近な題材を用いてわかりやすくしているような感じ。
だけど登場人物の魅力という面では黒猫のほうがしっかりと人物像が作られているためイメージしやすい。
夢宮は、月子の妄想で生み出した人物のような雰囲気だったため、煙に巻かれて終わったような気になってしまう。
事件と、人物と、動機や真相といったことよりも、夢宮と月子の「雪の女王」の解釈が強く印象に残る。

大義 横浜みなとみらい署暴対係


 暴力団を取り締まる暴対係に、「ハマの用心棒」と言われる諸橋と、相棒の城島がいる。
捕まえて刑務所に入っていた人物が出所して、復讐をしにやってきたり、抗争が始まりそうなことを察知して防ぎに動いたり、暴力団員たちが起こす様々ないざこざを取り締まる毎日を描く。

 一つ一つが短いうえに会話で進む出来事も多いため、ちょっとした時間で気軽に読める。
でもそれなりに人間関係も人柄もよくわかり、安積藩、樋口班とはまた違った雰囲気が合って面白いが、短編ゆえか、印象は残りにくい。

暮鐘 東京湾臨海署安積班


 「安積班シリーズ」短編集。
江東区有明で発生した強盗事件は、被害者が病院で死亡し、本格的な操作が開始された。するとそこへ、犯人は自分だと男が出頭してきた。
あっさり解決かとほっとした雰囲気が漂う中、ひとり須田だけはもやもやとした違和感を抱えていた。
 飲み屋で偶然出会った鑑識のベテランと推理競争をしたり、速水のチームの連携を見せつけられたり、署内の人間の複雑でバラエティーに富んだ考えが飛び交う。

 短い話の中で、安積班のメンバーの個性がよくわかる。
それぞれの視点を大事に拾い上げ、日々起こる事件の様子が日常として描かれている。
速水や相楽との絡み、チーム内での考え方の違いなど、署内をいろんな角度から見ているよう。
でも安積を買っている人たちが綴る賞賛は、そこまで納得できる出来事がなかったようでしっくりこない。

悪魔を殺した男


 「逆さ五芒星」を残した連続殺人犯の阿久津は、一人隔離された病室にいた。
面会にやってくるのは、かつての相棒・天海。
阿久津の能力を使って事件を解決してきた天海だが、それを利用しようとする者が現れた。
阿久津は、その巧妙な心理戦に勝てるのか。

 触れた物の記憶を読み取れるという阿久津を信じる天海は、どんなに隠しているつもりでも阿久津への気持ちを回りに悟らせていたために利用される。
発覚していない犯罪を裁くために人を殺してきたために「悪魔」と呼ばれた阿久津をも罠にはめようとするもう一人の「悪魔」の様子は、姿が見えない気味悪さが最後まであって気が抜けないが、いろんなところに手を出して散らばりすぎた感じがする。
誰もが関係者となってしまった時にはこじつけが過ぎる気がした。

欺瞞の殺意


 無実にもかかわらず、自白して「殺人犯」として服役していた元弁護士の治重。
自白と反省、そして協力的なその態度から、治重は無期懲役を言い渡された。
それから40年以上たち、仮釈放された治重は、事件関係者でまだ存命していた澄子へ長い手紙を送る。
「わたしは犯人ではありません。あなたはそれを知っているはずです。」

 舞台、話の構成から、かなり昔に書かれたものかと思ってしまうような雰囲気だが、2020年のもの。
関係者数人だけの、事件の日の推理だけで話が進むため、閉塞感があり、時間が止まったよう。
そのなかで登場人物を駒のように動かしながら様々考えることで、じっくり話に入り込める。
入り組んだ謀略にはなるほどと思わせるが、結末はおおよその予想通り。

浄土双六


 若くして出家したいたが、くじ引きにより将軍に決まり、還俗した義政。
乳母として尽くした若君に疎まれ、自害する今参局。義政の妻の富子に拾われた雛女。
 乱世での己の生き様に疑問を持つ者たちの、苦しい胸の内を束ねた短編集。

 前の章で主人公の身近にいたものを次の章で主人公にしたりと、つながりが見えているので関係が分かりやすい。
同じ頃に生きた者たちが同じ時を過ごしていても、それぞれでこれほど視点が違ってくるのかと驚くほど見え方が違う。
でもほとんどのものは自らの境遇を恨んで気持ちを荒ませているため全体的に暗くて苦しい。
ただ最後は、気まぐれに拾われた貧しい少女から見た世界で、一番視野が広かったためか、閉塞感が和らいでほっと息がつけた気がした。

星球


 退職したエリート会社員が、妻を亡くして2年。新たな伴侶を探そうと参加した「出会いの会」で、自信いっぱいだったのに誰からも選んでもらえなかった。
里帰り出産で受診した産婦人科で、まさかの昔の同級生が先生だった!
年上の天体マニアの女性に恋をした男。
いろんな恋の物語。

 ほのものとしたものもあれば、切なくて苦しいもの、どうしても忘れられない昔の恋や、仕事だけど気になる相手など、いくつもの感情があふれる。
なかにはがっかりするほどつまらないものもあるが、一つでもじんわり来るものがあれば良い。
個人的には、何十年も前の、戦時中の妻と家族への思いが一番心に残った。

アンブレイカブル


 治安維持法成立。太平洋戦争の影が迫る日本。
函館漁労に、小説の題材に『蟹工船』を取り上げたいという銀行員の小林多喜二という男がやってきた。
その裏で、嘘は言わず、隠さず、ありのままを話してくれればいいと依頼してきたのは、内務省から来たクロサキという男。
妙な依頼に戸惑う二人の漁師たちは、やがて多喜二にかけられた一つの言葉で世界が変わる。

 クロサキが暗躍する短編集。
反戦川柳作家・鶴彬や、知人たちの失踪が続き、怯える編集者・和田喜太郎、そして哲学者の三木清。
彼らの話は、日本の沈んだ雰囲気の中で何を思っていたのか、謎かけのように解決や発展はしないまま終わる。
唯一『蟹工船』の物語だけは前向きだった。
政治の複雑さばかり目立つ。

医学のひよこ


 生物オタクの中学3年生・曾根崎薫は、中学生でありながら東城大医学部に通う特殊だけど平凡な男子。
ある日仲間たちと洞穴を探検していると、巨大な卵を発見する。
こっそり育てようとしたが、そこは中学生、知恵も技術もなく、東城大医学部の先輩に助けを求めた。
しかし、大人たちの協力は得たが野次も入ってきて、いつしか国を動かす政治の駒となってしまっていた。

 ひと夏の冒険が、思いがけず大ごととなったカオルたち。
巨大な卵では、ヒトに似たものが育っているらしい。でもこれまで地球上で知られている生き物とは全く違う、新種でもあるらしい。
そんなものを引き当ててしまったせいで、いろんな人が興味を持ち、関わってきて、いつの間にかかすめ取られていく。
しかも唐突に結論が出ずに終わる。
なんとも理不尽だけど、そういえば子供の頃はそんなことが多かったなぁと思う。