ボタニカ


 明治初期、土佐で生まれた少年・牧野富太郎は、植物に興味を持ち、ただひたすら愛した。
独学で植物を研究し、「日本人の手で、日本の植物相(フロラ)を明らかにする」と決意。
東京大学理学部植物学教室に出入りを許され、新種の発見、研究雑誌の刊行と様々な成果を上げる。しかし、自分の研究にしか目がいかないために、協力を申し出てくれる人からはいつしか疎まれてしまう。学歴がないため良い職にもつけず、常に貧乏だが、植物の研究に生涯を費やした人物の一生。
 
 裕福な家に生まれたが一向に家業に興味を持たず、長じては身代を食いつぶして売るしかなくなるほど植物を愛する富太郎。
常に協力者も現れるのに生かせず、時に唯我独尊。けれどよい妻とめぐり逢い、子も多く、周りを振り回し続けたわりに恵まれていた。
富太郎の業績は素晴らしいと思うが、近くにいたらさぞ迷惑だろう。
読みごたえもたっぷりだがあまり気分はよくなかった。

夢ほりびと


 リストラされ、再就職がままならないと気づいた佐伯は、家出をした。
そしてたどり着いた廃墟には、同じようにままならない人生から逃げてきた人たちがいた。
借金から逃げてきた夫婦、リストカットがやめられない女子高生、ビッグウェイブを待っているサーファー。そして廃墟の主、惚けたじいさん。
庭に宝が埋まっていると信じている家主と一緒に庭を掘りながら、佐伯は帰るに帰れず、そっと家族を覗く。

 池永陽の話はいつも暗い。
静かでゆっくり流れる時間は水底から覗いた景色のような現実感のなさで、暗くてじっとりしている。
今回は弱い人間があつまっているため、ことさら暗く感じる。
元気が吸い取られていくようで鬱々とする。

虹を待つ彼女


 第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。
IT企業の研究者である工藤は、人工知能を使って故人をバーチャルで蘇らせるプロジェクトに参加していた。
そこでプロトタイプのモデルとして選ばれたのが、自らの作ったゾンビゲームの中で自殺した、あるゲームクリエイター・晴だった。
しかし彼女に関するデータが乏しく、調べていくうちに工藤は彼女に魅了されていく。

 ゲーム、人工知能など、バーチャルな世界なら何でもありだろうと思っていたが、それでもリアルさを追求する研究者らしく、執拗な探索が興味を引いた。
そして生きた形跡の少ない晴に近づこうとするほど惹かれていき、脅迫を受けるまでになる工藤の様子がだんだん狂気じみてくる。
ミステリアスな晴をどこまでも理解したいという思いだけでたどり着く結末はとても人間らしい感情で、工藤の感情が一気にあふれ出てこちらも胸がいっぱいになった。
晴の作ったゲームに隠された謎と、晴の感情がとてもきれいに描かれていて、後味はとても清々しい。

夜のだれかの玩具箱


 少年の頃の辛い記憶から抜け出せないまま故郷に帰れない男、記憶にないがおかしな名前のバーの名付け親だと言われた男、突然消えた女房の夢を見る男など、どこかで読んだことがある昔話。

 小話なので読みやすく、怖い話も淡々と語られているので追い詰められることもない。
ただ、次の話を読むともう前の話はすっかり忘れてしまっているくらいに印象は薄い。

六つの村を越えて髭をなびかせる者


 蝦夷地開発が計画されていた江戸中期。
幕府の後押しで蝦夷地へ向かうことになった一行の中に、生涯9度も蝦夷へ渡った最上徳内がいた。
徳内は出羽国の貧しい農家に生まれながらも算術に秀でていたために師から推薦され、蝦夷地見分隊に随行する。
そしてそこで見たもの、出会った人、食べたもの、すべてに驚愕する。文字を持たないため見下され、争いを好まないために搾取されるアイヌの人々は、それでも美しい自然と独自の文化で雄々しく生きていた。

 蝦夷の話はあまり知らないためにとっつきにくく、始めはなかなか進まなかったが、徳内の様子、心持ち、周りの者との関りがじっくりと書かれていて、しだいに夢中になる。次はどんなことを思い、何を成したいと考えるのだろうと予想しながら、一緒に冒険へ出かけている気分だった。
為政者の思惑一つで命すら取られてしまう時代と、厳しい自然、それでも魅かれる場所への憧れが強く残る。
そして印象的なタイトル。

断罪のネバーモア


 不祥事が続き、ついに一部民営化を果たした警察。
茨城県つくば警察署の刑事課へIT企業から転職した新米刑事の藪内唯歩は、警部補の仲城流次のパートナーとなり、殺人事件の捜査を始める。
しかし、好き勝手に動き回る仲城や、自分にだけ隠し事をされている様子に疲れ、唯歩はしだいに自信をなくし、気を滅入らせていく。
それでも踏ん張り、いくつかの事件を解決していく唯歩だが、7年前の事件との関連や、これまでの事件でのかすかな違和感から、真実に気付き始める。

 パラレルワールドのように、少し違うシステムを持った今、が描かれる。
ブラック企業にいた頃のトラウマからキーボードを打てなくなっていたり、皆の隠し事に傷ついたする、リアルに思い描ける様子と、実際とはちょっと違う事件やシステムの架空の設定とが入り混じり、熱でも出たかのような現実感のなさが続く。
そして一層ややこしい事態になって、混乱させたまま終わり、狐狸妖怪に化かされたかのよう。
『ジェリーフィッシュは凍らない』のシリーズより混沌としていて、すっきりしなかった。

白光


 日本人初のイコン画家として生きた山下りん。
明治、日本女性初としてロシアの女子修道院に渡ったが、美術を学ぶつもりであったりんは、修道院でのやり方になじめず、5年の任期を待たずに帰国する。
それでも、聖像画師として30年以上を過ごしたりんは、300点以上の絵を描いた。
自分の求める絵の技術と、信仰のための絵との隔たりに苦悩しながら生きた、一人の絵師の物語。

 本当は美術を学びたかった。
けれど周りが求めていたのは信仰となる絵であった。
そのため留学先でも指示されることに納得できず、やがて体が拒絶する。宗教画には無用の絵師の個性が抑えられずに苦悩するりんの様子が痛々しい。
そして、どんなことがあっても絵を描き続けるりんの強さが最後まで貫かれていて、イコン、正教の日本での歴史、大聖堂の描写、様々なことを調べながら、長さも気にならず一気に読んだ。

捨てられ白魔法使いの紅茶生活


 養護院で育ったアマリアは、白魔法が使えた。
少しでも養護院の助けになればと、旅の冒険者一行に誘われて魔物討伐に出かける。
ある日、力以上の依頼を受けた一行の竜退治に失敗し、アマリアは囮にされて捨てられてしまう。
黄金の竜を前に、死を覚悟したアマリアだが、なぜか竜に助けられ、一緒に暮らすことになった。

 最初はどうもアマリアの受け答えがおかしくて、これはただ都合がいい事が起こるだけで物語になっていないのではないかと思っていたが、次第に解消される。
紅茶が大きな意味を持ち、竜が姿を変えた子供の愛らしさ、子ども扱いしていた弟分の素敵な成長、成り上がった冒険者のぼんくら加減など、王道のアイテムですんなり読み進められるようになっていた。
悪い心を持った者から姫を救い出す、おとぎ話。

都知事探偵・漆原翔太郎 セシューズ・ハイ


 イケメンだがお調子者の元国会議員・漆原翔太郎は、その計算なのか出まかせなのかわからない熱弁で東京都知事となる。
就任早々「お近くの首長を辞めさせてみろ」と言い放った。
その後も、ゆるキャラ殺害や都議会襲撃予告、アール大国の王女の来訪で秘書が言い寄られるなど、ちょっと普通でない事件ばかり起こる。
そして秘書の雲井は、毎度知事に振り回され、天才なのかおバカなのかと頭を悩ませていた。

 ドタバタで焦りまくりの秘書・雲井をしり目に、能天気で好き勝手に動き回る知事。
お騒がせ具合ではドラマの「警視庁0係」や大倉 崇裕の「警視庁いきもの係シリーズ」と似ているが、この二つほどほのぼのとした感想が出ないので、なんだか読んでいて苦しくなってくる。
秘書のくせに雲井がバタバタと大慌てになり、少しも余裕がなさそうに見えるのが情けなさすぎるせいか。