戯場國の怪人


 江戸にある芝居小屋・市村座。
その桟敷席を予約し続ける者がいるが、一度も姿を見せないという不思議な噂が出る中、その一座の一人・八重霧という女方が死んだ。
そこから始まる市村座の怪異は、女形瀬川菊之丞、戯作者平賀源内、二代目市川團十郎、講釈師深井志道軒、広島藩士稲生武太夫、大奥御年寄江島という、一座の役者やシナリオまで巻き込んだ大きな事件となっていく。

 芝居小屋で起こる小さな怪異だと思っていたら、エンマ大王の一番補佐であったという小野篁、冥府まで出てくる大掛かりなものとなっていた。
役者の心意気や、昔江戸で起こった大事件をすべて芝居にして、最後は夢か現か、芝居か嘘かという、大きなはったりに引っかかってしまう。
大ごとになっていくたびに引き込まれていった。

お江戸けもの医 毛玉堂


 江戸に、動物の病を見る医者がいる。
腕は確かだが不愛想な医者の凌雲と、幼いころから凌雲を思い続けていた妻・お美津。
3匹の犬と1匹の猫、そして別嬪で口が達者な幼馴染のお仙と共に、にぎやかな毎日をすごしていた。
ある日、お仙が子供を連れてやってくる。
動物と子供は違うと断るお美津だが、お仙の押しの強さに負けて引き取り一緒に暮らしはじめ、毛玉堂はますますにぎやかになった。

 動物専門の医者である凌雲は、以前は人間の医者として名を馳せていたのだが、とある事件をきっかけに心を閉ざしてしまう。
そんな凌雲を支え、妻となったお美津の、うれしいけど悲しい心がしみじみと伝わってくる。
凌雲とお美津の動物好きと、お仙の美しさと強かさが軽い口調で楽し気に描かれているので、動物たちの生き死にの理不尽さによる悲しみは薄らいでいて、楽しい記憶だけが残る。

誰に似たのか 筆墨問屋白井屋の人々


 白井屋の、三代にわたる人たちのそれぞれの立場から見た胸中を、一人ずつ描いた短編集。
商才はあったけど女にだらしなかった店の前主人が死に、隠してあった妾の存在が明らかになったり、跡取り息子の頼りなさに頭を悩ませる当代主人。
親の反対を押し切って惚れた相手と一緒になった者の、すぐに死なれて今は貧乏暮らしをしている妹と、その娘。
手習いで嫌みを言われてずる休みをしようとした跡取り。
周りの思惑はどうあれ、自分の気持ちをただ大事にしたいと奮闘する白井屋の者たちの、頭の痛い日々を綴る。

 それぞれの立場で見た白井屋のことが語られていくが、たいてい不満で埋まる。
一つの家族の内情がよくわかりはするが、誰もがなにかしらの屈託を抱えて生きているんだと気づかされる。
でも不満ばかりで読んでいる方はあんまりいい気分ではなかった。

焼け野の雉


 長く行方知れずとなった夫・羽吉と離縁し、留守の間も守ってきた飼鳥屋を営む女主人のおけい。
ある日、剤も着屋から出た火で広く火事になり、ことり屋も焼けてしまう。
小鳥たちと共に何とか逃げ延びたおけいは、お救い小屋で肩身の狭い思いをしたり、昔の知り合いに嫌みを言われたりと、落ち着かない日々を送っていた。
さらに、娘の結衣をおけいに託したまま行方知れずとなってしまった永瀬を心配しながら、おけいはこの先どうやって生きていこうかと不安を募らせていた。

 ことり屋おけいの前作は、かなり前に読んだせいで忘れていたが、人間関係はすぐに思い出せた。
火事によってたくさんの人が死に、町が消えた様子がたびたび出てきて胸が痛い。
そして元夫との再会と、永瀬との関係も、火事で消えたように一旦まっさらになって考え直しているようだった。
辛い出来事が多く出てくるけど、どれも悲観的にはならないのでまっすぐ受け取れる。
そしてお救い小屋が閉鎖される頃には、おけいは次の生き方を決めていた。

ブラックバースデイ


 二つの家族が同棲しているという不思議に、主人公の駒之助は不審に思っていた。
なぜなら彼らはまるで息をひそめるようにひっそりと、外出もせず暮らしていたからだ。
実は彼らはテレビでも有名だった「取り違え子」の2家族だった。
二つの家族に起こった悲劇の真相に、駒之助は気になり始める。

 調べていくうちにどんどんわかっていく二つの家族の秘密。
恐ろしい出来事が次々起こって飽きないが、次第に嫌な予感もしてくる。
イヤミスまで行かないかもしれないが、恐ろしい人物は他にもいると感じさせるのが上手。

滅びの園


 突然上空に現れたクラゲ状の未知の物体。
それと共に白く有害な不定形生物<プーニー>が出現し、あらゆるものを飲み込んでいく。
また、抵抗の弱い者には精神にまで支障をきたす。
そんな中、一人の男が未知の物体の核付近に囚われていた。
人々は彼を説得し、核を壊して地球を守るために団結する。

 未知の物体が生き物なのかもわからない状態で、それに囚われてなお生きている男。
彼が生きて戻れるのか、そのまま未知の物体と融合するのか、不思議な世界が繰り広げられる。
何人かの特徴ある人物が起こす行動も奇妙で面白い。
想像もつかない近未来があった。

ツノハズ・ホーム賃貸二課におまかせを


 不動産会社の営業マン、澤村聡志は、気が弱くてなかなか成果をだせないでいた。
そんな彼の後輩として移動してきたのは、トップセールスを誇る美人営業・神崎くららだった。
人使いが荒い彼女のエネルギーに圧倒されつつ、大家と店子の間を飛び回る澤村に、いくつかのおかしな出来事が起こる。
「先輩が知恵を絞ってくださいね」というくららに次々と指令を出されながら、澤村は店子や大家さんを観察し、人々の思いをくみ取っていく。

 くららのエネルギーに押されてへとへとになる澤村。
それでも一緒に歩き回るうちに見えてくる彼女の人となりに魅かれ、そこから大家さんたちの観察へと思考が飛ぶ様は、彼の失敗した結婚へとつながり、まさに思考の変換。
くららぐらい押しが強く、ポジティブで、人を巻き込んでいくパワーが、羨ましいようなしんどいような。
結末はどれもハッピーエンドだけど、そこに至るまでを読んでいるだけでかなり運動した気になってしまう。

ネバーブルーの伝説


 アスタリット星国で写本士見習いとして働く15歳のコボル。
近隣諸国で起こった戦争や災害で失われていこうとしている書物を集め、写本して保護するために日々訓練をしていた。
ある日、塵禍に見舞われた隣国・メイトロン龍国へ赴いたコボルたちは、白に踏み込んだとたんに黒い霧の犬に襲われる。
訳もわからず逃げ出したコボルたちは、そこで出会った不思議な少女と共に隠されていた真実を知り、世界へ伝えていこうと決心して冒険へと旅立つ。
 
 大人たちに教えられたものが真実ではなかったと知り、自分の力で変えていこうとする少年少女たちの物語。
隣国の秘密や災害の真実、広い世界へ目を向けて驚き、未知の現象に慄く。
それでも向かっていく力強いエネルギーがあふれていて一気に読めた。
特別な役割を持っていたいという純粋な願いも瑞々しくて、楽しいファンタジーだった。

おやごころ まんまこと


 神田にある古町名主、高橋家の跡取り息子・麻之助は、近頃持ち込まれる悩みが増えていて困っていた。
そんな時、幼馴染の清十郎からも相談事を持ち込まれる。
悪友3人組は、それぞれの立場を超えて知恵を持ち寄り、江戸の困りごとを解決していく。
そしてついに妻のお和香に子が宿り、麻之助は居ても立っても居られない。

 「まんまこと」シリーズ第9弾。
のんびりしていたいと思っても、はや人の親になる麻之助。
人と人とのもめ事は庶民同士でと決められているためお武家や旗本には手が出せないが、友たちと協力して今度も様々な人の困りごとを聞く。
どのシリーズもちょっとづつ成長している。

怖い患者


 区役所に勤務する愛子は、同僚女子の陰口を聞いたことがきっかけで、たびたび「発作」を起こすようになり、クリニックを受信すると「パニック障害」と言われた。
この恐怖がただのパニックのはずがないと、愛子はドクターショッピングを始めてしまう。
 介護施設を併設する高齢者向けのクリニックでは、利用者の人間関係が次第に悪くなり、雰囲気がピリピリし始めるが、施設長は平等に接しようとするあまり、解決させないまま放っておくことになっていた。
 など、クリニックの周りで起こる人々の思いを濃縮して毒に変えたような不気味さが漂う短編集。

 怖いのは患者だが、医者だって他の科にかかば患者に変わる。
うっすらと張った毒の膜を一つ一つめくって奥へ進んでいくようなうすら寒い怖さがあった。