れんげ野原のまんなかで


 秋庭市のはずれにある、ススキ野原のど真ん中に建つ図書館へ配属された新人司書の文子。
利用者が少ないため暇なのだが、ある時から小学生の肝試しの場所になってしまったり、本を並べて暗号を作る者が現れたり、大雪の日に図書館に閉じ込められそうになったりと事件は絶えない。
しかし、博識な先輩の力を借りてどうにか解決していく文子。
小さな図書館の、それでも忙しい日々。

 尊敬している先輩・能勢の言動は、とても優しく深い考えがあってこそで、毎回感心するが、新人司書の文子の言動は子供っぽすぎて共感が沸かない。
図書館へ家出しようとか、大きくてきれいな本を読む楽しみとか、いい話も多い。
最後、子供の頃の傷を背負って生きている人物に対しては厳しい能勢だったが、その後の行動は「なるほど!」と思わせた。
地主さんの家で起こった出来事など、面白くて納得できる印象に残るシーンは多いのに、主人公の文子の魅力だけがイマイチだった。

虚池空白の自由律な事件簿


 自由律俳句の伝道師といわれる俳人・虚池空白と、編集者の古戸馬。
2人は落書きや看板など、街の中で見かける詠み人知らずの名句〈野良句〉として集めていた。
行きつけのバーの紙ナプキンに書かれた文字、急逝した作家が一筆箋に残した遺言めいた言葉、夜の動物園のキリンの写真と共にSNSに投稿された言葉など、偶然見かけた言葉から、それらの背景を推察する。

 誰が残したメモなのか、どんな意味があるのかを推理していく二人。
時にそれが犯罪めいた出来事まで見つけ出してしまう。
でももともとの「自由律俳句」になじみがないせいか、なんだかしっくりこない。
ただの日常の謎なのに、わざわざわかりにくい言葉を使って煙に巻かれている感じがずっとあった。

クリムゾン・リバー


 山間の大学町周辺で次々に発見される惨殺死体は、両目をえぐられ、ひどい拷問を受けていた。
その頃、別の街では墓あらしや小学校への侵入事件があったが、何も取られていなかった。
それぞれの事件を追うベテラン刑事と若手警察官。
しかしその事件がつながるとき、何十年も続く恐るべき計画が明らかになる。

 一つは想像するだけで全身が緊張するような恐ろしい拷問を受けた死体。
一つは何も盗られていない侵入事件。
両極端な出来事が少しづつ繋がる様子が、発見と驚きと恐怖で目が離せない。
そして思いもよらない結末へとつながり、驚きでいっぱいになる。
種の選別ともいえる大掛かりな実験と、主人公の行く末が気になってしょうがなくなる。

三人書房


 作家となる前の江戸川乱歩が、兄弟で営んでいた古本屋。
そこへ持ち込まれるのは、松井須磨子の遺書らしいと言われる手紙や、浮世絵の贋作の噂など様々。
同じ時代を生きた宮沢賢治や高村幸太郎などとの交友と、不可解な事件に興味を持つ若き日の乱歩。

 第18回ミステリーズ!新人賞受賞作。
乱歩が興味を持つのは、不可解な事件。
それを、知人を通して現地をみにいったりして謎を解いていくのだが、三兄弟の個性は特徴的なのになぜか区別がつきにくい。
古本屋をやっていたわずか二年の間の出来事とあって儚いイメージがあり、乱歩が独自に調査して製本し、こっそり値札をつけてやなに並べていた本というのが興味を引くが、それについては関連してこなかったのが残念。
読みにくかった。

女たちの江戸開城


 慶応四年、鳥羽伏見の戦いに敗れた十五代将軍徳川慶喜が江戸へ逃げ帰って来た。
江戸へ向かって官軍が進発しようとしている中、慶喜の弱腰を非難する者もいたが、慶喜は江戸を戦場にしたくないと言い、自ら蟄居する。
そこへ、慶喜から朝廷との仲立ちを頼まれた皇女和宮の密命を受けた大奥上臈・土御門藤子が、京都へ向け命がけの旅をすることになった。

 藤子が持つ和宮の親書を、京都の帝へ。なんとしても。
人がたくさん死んでいく戦をなんとかして止めるため、そして和宮を京都へ戻すため、藤子は急ぐ。
その旅の中で護衛としてついてきた者たちとの絆も生まれるが、死んでいく者もいた。
怖い思いを何度もしながら、大奥で地位のある立場だった藤子がやり遂げるのは2度の旅だったのだが、話は旅のことだけだった。
江戸開城というタイトルなのに、城のことも大奥のこともほとんどなく、ただ急いだ命がけの旅のことばかり。
藤子と仙田のことは気になるが、タイトルとの違和感が大きかった。

進々堂世界一周追憶のカシュガル


 予備校に通うサトルは、京大に入る事、京都に住むことを目標としていた。
そして、京大の近くの喫茶店「進々堂」で出会った京大生の御手洗さんと仲良くなる。
彼はちょうど、世界一周の放浪の旅から帰ってきたばかりで、旅先での体験をいろいろと話してくれた。
イギリスで出会ったちょっと人には築かれにくい障害を持った青年のこと。
戦時中に連れてこられ、強制労働させられていた朝鮮人の姉弟のこと。
カシュガルで、誰にも顧みられずに暮らす老人のこと。
それらを、ただ尊敬の眼差しで聞くサトルとの対話の話。

 何か事件が起こるわけでもなく、謎が解かれるわけでもなく、ただ静かに御手洗の話を聞く。
だけどその異国の話が深刻だったり悲しかったりと、印象的なものばかり。
最初は退屈に思えていたが、だんだん引き込まれて行った。

ギニー・ファウル


 大学教授であり実録小説家の稲本浩三は、役10年前に三鷹で起こった未解決の夫婦行方不明事件を題材にしたいと編集者に持ち掛ける。
だが、未解決事件のため難しいと言われてしまう。
しかし稲本は諦められず、一人で調べ始めた。
そこからマルチ商法に関わってしまった女子学生の相談を引き受けたりしていくうちに、三鷹事件へとつながっていく。

 関係なさそうなマルチ商法からもどんどんつながっていくので、稲本が出会うどの人も怪しく見えてくる。
そしてどんどん暴力的になり、最後はグロテスクになってしまい、イヤミスの分野に入りそう。
表紙のホロホロ鳥も、不気味さを引き立たせる。

千年の黙 異本源氏物語 平安推理絵巻


 あてきが務めるお屋敷の御主は、物語を書くお方。
ある日、帝が大切にしている猫が盗まれたという噂が出る。
出産のため宮中を退出する中宮定子に同行した猫は、清少納言が牛車につないでおいたにもかかわらず、いつの間にか消え失せていたという。
 そして式部の書いた物語の一部が消えたという謎。
源氏物語の作者である式部が、日常の謎から自分の著書の謎まで、探偵役となる不思議な物語。

 千年まえの物語を題材に、その作者を探偵にしてしまうという大胆さ。
その時代では重要だったであろう歌もほとんど出てこず、解釈なども添えられているので読みにくさは全くなかった。
周りの人物も面白い人が多くて、飽きることなく一気に読んだ。
『源氏物語』が千年もの間抱え続ける謎のひとつ、幻の巻「かかやく日の宮」の事は初めて知ったけど、すごく納得できる終わり方だった。
他の説も探してみたい。

ミノタウロス現象


 史上最年少市長で市長になった利根川翼。
支持率を気にしつつ、くだらない因習やおじさんたちのマウント取りにうんざりしながらも真面目に仕事をこなしていた。
そんな時、世界のあちこちで角を持ち、ヒトよりも大きな体と力を持った怪物が現れる。
その怪物への対策を話し合うことになっていたある日、議会の最中に突然怪物が現れた。
何とか銃殺したものの、なんとそれは着ぐるみを着せられた議員だった。

 現代に、ファンタジーのような怪物が現れる。
それでもただの不可解な現象ではなく、ちゃんと出現や生態を検証していて、対処法まである。
最初はあまりの非現実感に醒めていたが、そのうち理由を考え始めた頃から私も一緒に検証に立ち会っている気になってくる。
空想ではあるけど、こうゆう人知を超えた現象が起こることもあるかもしれないと思って楽しめた。

死まで139歩


 毎日歩いて手紙を運ぶ仕事をする男。夜の公園で謎めいた言葉を言い残して消えた美女。
おかしな事件を相談されたツイスト博士。
しかしこの2件には、「しゃがれ声」の人物が共通して登場していた。
そして怪しい人物からの電話で呼び出されたツイスト博士は、そこで無数の靴が並べられたまま5年の間封印された屋敷へたどり着く。
さらに、埋葬されたはずの屋敷の主人の死体が、暖炉の前の椅子に座っていた。

 ツイスト博士シリーズのなかで今回は密室をしっかり作ってある事件だった。
そしてその仕掛けも、トリックを使ったもので何度も読み返した。
悲しく淋しい背景があったことが分かると、その手の込んだトリックが急にイメージが変わって悪意の要素が減る。
郷愁めいた印象を残した。