かすてぼうろ~越前台所衆 於くらの覚書~


 田舎娘の十三歳の於くらは、越前府中城の炊飯場で下女働きを始める。
ある時、一人夜遅くまで働いていると、初老の男がやってきて何か食べさせてほしいという。
上手そうに食うその男は、なんと城主・堀尾吉晴だった。
於くらの作った夜食を気に入った吉晴によって、於くらはどんどん料理の腕を上げていく。
やがて主が変わっても、於くらはその腕と想像力で皆の腹と心を満たしていくのだった。

 いろんな地域の料理を知り、腕を上げるにしたがって、於くらはそれを残したいと思う。
読み書きもできなかった於くらがやがて覚書を作るまでに成長していくまで。
於くらの料理を食べた者たちとの交流も温かく、文献に残っている事もその都度注釈が加えられていて、それを初めて食べた時は皆どんな顔をしていたのだろうと想像するのも楽しくなる。

オブリヴィオン


 妻を殺害した罪で4年の服役後、出所した吉川森二の迎えに来たのは、二人の兄だった。
ヤクザものの兄・光一と、妻の兄の圭介。
森二は人との関りをできるだけ排していこうと決めていたが、住み家とした古いアパートの隣人・サラや、娘の冬香、そして兄たちとの間に次々と起こる出来事に追われる毎日になる。
妻を殺したことがいつまでも癒えずに過去を思うだけの森二と、そんな森二と関わることが辛いのに逃げられない兄たちとの関係が、暗く重くのしかかる。

 物騒な出だしで、ずっと暗い調子で進んでいき、すっと気持ちが冷えるような場面が続く。
そして過去と現在を交互に語ることで、思いはずっと過去にあるという森二の様子が印象付けられる。
でも後半で急に反転したように物事が進み始め、前を向く気持ちが沸いて森二の言動を変える。
 ひどい出来事ばかりが明らかになる割には暗くならず、それぞれ気に食わないと思っていた相手に助けられたりして、登場人物の印象をすっかり変えて終わったため、すっきりした気持ちで読み終えることができた。

空を駆ける


 会津藩士の父のもとに生まれたカシは、幼い時戊辰戦争を生き延びた。
しかしその後は横浜の生糸問屋へ養子に出され、さらに父によりアメリカ人女性宣教師メアリー・キダーが創立した女子寄宿学校フェリス・セミナリーへ入学となる。
生家はあるのに2度も父から捨てられたと感じるカシは、常にホームを求めていた。
やっと手に入れたフェリス・セミナリーでカシは学び、女性の自立こそがこの国の未来を切り開くと感じ始める。

 フェリスで思う存分学びながらも、やっぱりホームを求めてしまうカシ。
そこで出会った学友たちとの交流で、彼女は大きな翼を手に入れ、生涯の仕事と伴侶を手にする。
幼いころの出来事から、成長するにしたがって変わってくる考え方や好み、そして出会いと感情をいっぱい詰め込んであって、最後ま充実していた。
表紙の明るく爽やかなイメージのままで、まさに駆け抜ける。
とても楽しい時間だった。

鯉姫婚姻譚


 商才がないと早々に見切りをつけられ隠居の身となった呉服屋の跡取り息子・孫一郎。
身の回りの世話をする婆さんとひっそり暮らす家には、大きな池があった。そして父が家と共に残したのは、池に住む人魚だった。
ある日孫一郎は、まだ10歳ほどにしか見えないその人魚のおたつに求婚される。
そして、人と人ではないものの結婚の話をねだられ、決して幸せにならないと語る。

 人ではないものとの婚姻の話は、昔ばなしにもたくさんある。
知っている話もいくつかあったが、どれも幸せなのは本人たちだけで、周りは死んだりひどい目に合ったりする。
でもなぜかどれも、人が人外に歩み寄る話ばかりだった。
人に寄り添い、人の世界で生きようとしたものは少ない。
孫一郎の最後もやはり、傍から見れば恐ろしい、おたつからの究極の愛情をもらうことになった。

山亭ミアキス


 山道を走っていたら迷い込んだ、「山亭ミアキス」。
超美形のオーナーと美味しい紅茶、微かにリンゴの香りが漂う暖炉や絶品のアイルランド料理と驚くことばかり。そして外に出て霧が晴れると、青く光る湖がある。
だけどその不思議な宿では、携帯もつながらずテレビもなかったり、ほかの客の姿も見ない。
運よくたどり着いた人たちは、そこでひと時の癒しと、未来への力をもらう。

 「マカン・マラン」シリーズと同じように、料理の描写がとても美味しそうで気になる。
マタハラで仕事をクビになった女性や、ブラック部活に苦しむ少年、仕事での理不尽に悩む人など、いろんな人が迷い込む。
だけど共通しているのは皆悩んでいる者たち。
そして従業員たちは、目的を果たす力を手に入れたら、次の者に託して宿を去る。
その宿のことは、いい思い出となる者だけじゃないところがいかにも従業員たちの習性を表しているし、カラクリもわかってはいるけど神秘的で、短編だから読みやすくもあり、悲しいきっかけだったわりには後に残る余韻は軽い。

ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし


 いつものように怪異を求めて夜歩きする宣能と宗孝。
しかし宗孝は、宣能が秘めている荒事のことで頭がいっぱい。その時、二人の面前にひらりと漂う白いものが現れる。
驚き慄く宗孝。
 一方、自身が企んでいたことが失敗し、夜な夜な悪霊に悩まされている弘徽殿の女御は、悪霊が実は巫女たちの仕掛けだったことを知り、復讐を誓っていた。

 宗孝の周りが一気に慌ただしくなる。
どんなことも権力に任せてやってしまう弘徽殿の女御、都の裏の仕事をしている多情丸、そしてそんな物騒なことは何も知らずに純情な恋心を育んでいる東宮と初草。
物騒なことが多く起こる今回だが、東宮と初草の微笑ましいやり取りが和ませる。
今回は周りの者たちのエネルギーに押されて、宣能と宗孝の印象が薄かった。
これからの二人が心配になる。

青い雪


 第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
夏のひと時を過ごす3つの家族。
幼い時はただ楽しかった。でもある時、5歳の亜矢ちゃんがいなくなった。
子供だったために知らなかったことが、やがて少しずつ分かってくるようになり、亜矢ちゃんを取り戻そうと動き始める寿々音と大介、そして秀平。
やがて3つの家族の秘密も明かされ、あの日起こったことも明らかになる。

 3つの家族それぞれの子供たちの目線から語られるため、最初はバラバラな印象。
でも3家族の関係が分かり始めると、それぞれの出来事がつながり始める。
そしていつまでもつながらなかったタイトルは読み終わってはじめて気づく。
ちょっと関係者が多すぎて混乱した。

さよなら僕らのスツールハウス


崖に腰掛けるように建っているシェアハウス「スツールハウス」。
元恋人の結婚式にお祝いとして送った写真にこっそり隠した伝言。シャワールームから聞こえた、住人以外の音。植物が好きな青年に持ち込まれた月下美人についての相談。そして一番長く住んだ住人が急に思い立ったこと。

同じ時を過ごした記憶を、建物が思い出しながら語っているよう。
スツールハウスが建って最初の住人の話から始まり、入れ替わりながら、代々の住民それぞれの立場で起こったことを淡々と描いている。
しんみりしたり、後悔を解消できたり、ホラーだったりといろいろだが、私は一番最初の話が気に入った。

遺品博物館


 一見して年齢が分かりにくく、特徴もない男は、吉田・T・吉夫といった。
「遺品博物館」に収蔵する品を選ぶため、生前に依頼をうけた人から一つ、遺品をもらいにやってくるらしい。
金銭的価値は関係なく、死者の人生において最もふさわしい遺品を選ぶという。
 そんな吉田が引き取りに来た遺品にまつわる、依頼人と家族の話。

 遺産を残したことで起こる親族の争いや、死んでからわかる依頼人の交友関係、そして隠してきた思いなど、それぞれの人生が語られる。
悲しみに沈んだり、分け前を増やそうとしたり、出し抜こうとしたりする親族をしり目に、吉田は依頼人とその周辺を冷静に観察している。
そんな吉田の言動が時にコミカルだったり軽快だったりするため、全体の雰囲気もどこか明るくて読みやすい。
妙に感情移入することもなく、自分のことは謎のまま曖昧にして、依頼人の最も象徴的な遺品を選び取る様子は、何よりも依頼人の人柄を浮きだたせている。
こんな博物館があるならぜひ見てみたいし、依頼しておきたい。

道化師の退場


 永山櫻登は、俳優だが名探偵として名を馳せた桜崎真吾と面会する。
彼は、余命宣告を受けた病人だった。
前年の夏、小説家来宮萠子が自宅で殺害され、容疑者として櫻登の母春佳が逮捕されたが、「彼女の死に対して、わたしに責任がある」の言葉を遺し謎の自殺。
櫻登は、母の無実を信じてその真相を究明しようと桜崎を頼ってきたのだった。
桜崎の指示で、櫻登は母とその交友関係、さらに祖母やその親友にまで調査を広げ、母の残した言葉の意味を探っていく。

 誰からも変わっていると言われてきた櫻登は、会話のつなげ方が独特。
そんな彼に助言をする桜崎も風変りで、個性的な人物が多い。
だんだん広がる調査対象と人間模様に、より深くなってくるのは櫻登への興味。
イヤミスにはならない程度の、ホラーともいえるような最後は思わず読み返した。